表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

狼煙

1501年(文亀元年) 6月 九条尚経






「父上、ここに居られましたか」


「どうした、こんな夜更けに」


「帝が崩御なされましたぞ!」


「何?帝が…。それは、誠か?」


「誠にごじゃりまする」


(帝が崩御なされた…普通、公家達からすれば二重の意味で辛かろうな。だが、麿達九条家の人間からすれば逆よ。主たる我ら一族が苦難に見舞われている時に助けるどころか家司の地位を利用して我らを圧迫する始末…。そのような時に、帝は手を差し伸べずに我らを勅勘しあまつさえ五摂家の名に泥を塗ったのじゃ。いくら帝とて限度というものがあろう。じゃから、今の帝が崩御したと聞いた時は清々したでおじゃるの)


「そうか…あの帝が、崩御なされたか。我らを苦しめ惨めな境遇に追いやった我が君が…」


「これは、いいころ合いではごじゃりませぬか父上。ここは公儀と手を組んで朝廷での権力復古に力を尽くしてみるというのは」


「しかし、直ぐには動けぬでおじゃろうな」


「なぜにごじゃりまするか?」


「第一、朝廷側から求められねば動いたところでろくな影響は及ぼさんじゃろうな。むしろ、敵を増やしかねんの」


「では、見す見す…この機を逃せと?」


「そんな事は誰も言っておらぬじゃろう?奴らに折れさせるのじゃ、あくまで我らからは折れぬという立場でな」


「しかし、それでは式に消極的な関白は要らぬと糾弾されかねませんぞ」


「まぁ、聞くのじゃ。体裁としては…無論、式の交渉を行う。しかし、裏で公儀に手を回しておいてわざと遅らせるのじゃ。進展するにしても、ゆっくりとな」


「なるほど…」


「正確には、公家達が絶望の色を浮かべるまででおじゃろう?そうして、ようやく我らが動くという算段でおじゃるの」


「なんと、そのようなお考えが…」


「勿論、見返りがなくば動かぬのが武士達じゃからな。適当な官位と新たに即位した帝に格別のお言葉を賜れば大人しくなるでおじゃろう」


「なんという策士におじゃりまするか」

思わずうなり声をあげてしまった。


(我が父ながら黒い事を考える御人だ。憎き相手の顔が日に日に絶望と焦燥の色に帯びていき、最も綺麗な時に救い上げる。そうする事で名実共に我らの力を示し、九条の名を再興するのじゃ!そして、次の政権では我らに辛酸を舐めさせた者達を追い落とし、出来れば都から追放したいものじゃ。そうして、奴らは望郷の思いに苦しみながら逝っていくのでおじゃろうな。なんと、惨めでみすぼらしい最後なのじゃ。想像するだけで笑みが絶えぬの)


「では、父上…明日から早速参内した後に内衆の安富殿に書を送ってまいりまする」


「ああ、そうしてくれると助かるの」


(さて、馬鹿な公家達の顔色伺いが楽しみでおじゃるの)






1501年(文亀元年) 6月 安富元家






「それで、九条家としては昵懇衆からの要請に渋って欲しいのじゃが…」


「誠に御座いまするか?帝の大切な式に御座いまするが…」


「良いのじゃ、臣を大切に扱わぬ君など君ではないのじゃ。分かってくれるかの?」


「明応5年の一件の事に御座いまするか?」


「そうじゃ、その事じゃ。その一件さえなければ、我が家も目をつむったであろうにの」


(この公家は頭の中に花でも活けているのか?流石の俺でも、帝が崩御する事は望まぬぞ?公家に要求を通しやすいという利はあるが…何分しつこい。良くて、利益が不利益の半分回収出来るといったところだ。割に合わん。それに対して、こいつはなんだ?そもそも、銭を出すとも言ってないのに、頭の中で勝手に銭が貰えるものだと妄想しているのか?別に、五摂家はお前達以外にもいるのだから、職務怠慢で引きずり下ろすことも出来るのだぞ?この阿呆は世間知らずにも程があろう…)


「じゃからの、是非とも協力してほしいのじゃ。勿論、無償でとは言わぬ。官位や守護も存分に認めるぞ?」


「なるほど…。取り敢えずは、その旨を書に纏めて頂きたいので御座いまするが…」


「うむうむ、任せておくの」


「忝い。何分、他にも客がいるものでして…少々、頭が追い付かぬのです」


「仕方がないの、そればかりは…。取り敢えず、麿の申した件…よしなに頼むの」


「ははっ!」


(馬鹿な男だ。言質も取らせずに野放しとは…愚かな事を。まぁいい、計算通りだ。一先ず、あの馬鹿含め公家は当分放置でいいな。来れば、適当に話を逸らして…面倒ならば他の内衆に任せればいいか。それにしても、最近聡明丸様の動きが怪しいな…。監視を強化しておくか。このような時に出しゃばられでもすれば面倒だからな)



_________________________________________________



「お久しゅう御座いまするな、山城守殿」


「そうですな…あれは、山城での国一揆を潰した時以来でしたな」


「あの時は幾分お世話になりましたな」


「いえいえ、とんでも御座らん。大した事はしておりませぬよ」


「ご謙遜を。あれを鎮められるのは畿内では政所執事たる山城守殿をさしおいて他にはおりませぬ。最も、田舎大名も票に入れるなら大内次郎殿も御座いまするが…」


「しかし、それをするにはちと、遠すぎますな」


「全くですな。して、その大内なのですが…最近は拡大に次ぐ拡大をして山陰山陽はおろか、北九州にまで覇を唱えているとか…」


「そうですな。今川の了俊老公以来の栄華を極めんとしておりますな」


「して、そのたこ足はどこまで伸ばせまするかな?」


「時期次第では、難波の古都巡りもするでありましょうな」


「なるほど、大和田楽も見るでしょうかな?」


「かもしれませぬな」


「少し、足元を見ねばならんかもしれませぬな」


「然り、大望もよろしいが…小石にはお気を付けを」


「…注意しておこうか」


(食えぬ男だ。だが、馬鹿を相手にするよりは大分いい。悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ?俺は、朝から馬鹿に付き合わされてうんざりしてるんだ。こういうのは女や酒もいいが…やはり、これが一番冷静になれるな。さて、今夜は帰さぬぞ?覚悟しろ、狸男め)





1501年(文亀元年) 6月 川俣楠十郎






「お初にお目にかかりまする、川俣楠十郎に御座りまする」


「これは…丁寧に。痛み入りまする。この坊主めは、元は鷹司の家を出自に持ちまする鷹司政玄に御座いまする。して、今日は何用でお呼びとなったので御座いましょうか?」

目の前の坊主が少し驚いた顔でそう言った。


(そう言えば…忘れていたが、俺の見てくれは3歳のガキだったな。普通に考えれば、ガキにご指名で呼ばれるのには流石に驚くか。さて、ここを抑えられるかどうかで後の展開が大きく変わって来るな。正念場だ、腹をくくるしかないな)


「某は、都の文化や朝廷について母や母方の祖父から聞いた折にひどく憧憬を抱き、いつしか…某も御方々のような教養を覚えたいとすら思うようになったので御座いまする。そのような折に、宮様との御縁が運よく出来ましたのでなんとか宮様に御教授願えないかと申し上げたところ、政玄様をご紹介された次第に御座いまする」


「なるほど…かような背景がおありで」


「はい」


「しかし、失礼を承知で聞きまするが…楠十郎様は誠に3歳の童子なので御座いまするか?」


「はっ、誠に御座いまする。宮様にお会いできた折にも珍妙だと仰られました」


「いや、これは…。しかし、誠…狐に化かされている気分に御座いまするな。いやはや、これほど出来た童子は見たことが御座いませぬ」


「お戯れを…某など、産毛が生えたばかりの青二才ゆえ」

そういうと、目の前の御方がほぅっと息を吐かれた。


「しかし、朝廷や公家を無視する武士が多い中で我らを求めるとは…佐々木判官以来の事よな」


「佐々木判官殿…いやはや、懐かしいお名前ですな」


(佐々木殿か、直接的な関りはないに等しいが、湊川の折に琵琶湖を封鎖した手腕には敵ながら賛辞を贈ったものだ。そうか、彼の人は、朝廷の歴史を支えてくれていたのだな。有難い話だ)


「知らないのも無理は……ん?懐かしい?まさか、知っておるのか?!」


「あ、いやこれは…」


(知っているも何も、同時代を生きた人間だしな。それに、間接的とは言え交戦しているのだ。逆に忘れている方が難しいであろう)


「実は、母上が都についてお詳しく…朝廷の話を強請った折に昔、話してくれたので御座いまする」


「そうであったか…いや、しかし…それはそうとしても母子共に末恐ろしいですな」


「全ては母のお陰に御座いまする」


「なんと、母想いの子じゃ…このような、童を育てた母…一度会ってみたいものよ」


「五摂家の方々にそう仰られたのならば、母もお喜びになるでしょうな」

政玄様がうんうんと頷かれた。


「それで、先程の師の件だが了解致した。任せておくがよいぞ」


「ははっ!有難き幸せに御座いまする」


「よいのじゃ、よいのじゃ。それで、身内や周りの者達にも断りを入れに一度帰京したいのじゃが…良いかの?」


「はっ!政玄様のご都合がつき次第こちらに来てくだされ。警護の者もつけさせますゆえ」


「何から何まで申し訳ないの。それと、これからは師弟関係になるとは家、そなたは一族の主となる人…坊主めに敬語は不要ですぞ」


「ははっ!あ、いえ…分かった」


「うむうむ。それと、還俗した折には鷹司忠尊と名乗らせて頂きたく存じまする」


「うむ、良き名じゃ。それと、禄は一月5貫だが…内容次第では上げさせてもらうぞ」


「なんと…有難き幸せに御座いまする。では、坊主めはこれにて失礼させて貰いますぞ」


「ああ、送っていこう」


「忝い」


(さて、鷹司の一角を引き入れたか。おそらく、宮様に託した切り札とこの一件が広まれば…宮中の堂上家の大半は引き入れられるだろうな。だが、当然公儀側について積極的でなかったとしても敵対する者はいるはずだろう。その数次第では…婿養子や血縁関係を利用して潰す事も出来ような。最も、睨まれないように細心の注意を払って工作せねばならんがな)


「ここまででよろしいですぞ」


「そうか」


「では、戻った際にはよろしくお頼み申し上げますぞ」

そう言って、目の前の男が頭を下げた。


「ああ、こちらこそ…期待している」



_________________________________________________



「…行ったか。それで、忠宗…我らと衝突しそうな公家はどれほどいるのだ?」


「一家に御座いまする」


「は?」

思わず間抜けな声が出た。


「嘘だろ…それで、その一家とはどこだ」


「九条家に御座いまする」


「増々分からん。その家は五摂家の一角だろ?追随する公家達がもう少しいてもいいんじゃないか?」


「これには、現九条家当主とその父である前当主が引き起こしたとある事件が関係しているように御座いまする」


「…続けよ」


「まず、事の始まりは九条准后様が自身の家司…つまり、公儀でいうところの管領に正確な数までは分かりませぬが、応仁・文明の乱により近江国坂本にご避難された際に公事用途でおよそ200貫文を当時の家司である唐橋国子監様に立て替えて貰う条件として文明4年の某月に九条家の家領の中より和泉国日根荘入山田村の年貢を自らの子息の代まで引き渡すという約定に御座いました。」


「しかし、和泉国と言えど段銭がそう簡単に徴収出来るものなのか?盗まれたり、治める頃には付近の領主に奪われてしまうのではないか?」


「流石は我が殿、ご明察通りに御座いまする。そもそも、公儀の初代大樹によって観応の擾乱以後全国で年貢、あるいは段銭の半分が守護に取られてしまっているので御座いまする。そして、残り半分もほとんどが付近に領地を有する小領主などに横領されているのに御座いまする」


「身勝手な話よな、兄弟喧嘩に公家や民が巻き込まれるというのは…。最早、その頃から周りが見えていないと見た」


「全くですな。そして、公家というのは公事に莫大な銭がいるのです。だから、収入のほとんどを横領されてしまえば…次々に公事や儀式などを停止せざるを得なくなるのです。そうなると、それらに関わる人々に利が回らなくなり…公家だけでなく、その周辺にいる者達も将棋倒しのごとくバタバタと倒れ困窮し、その者達もいつもよりものが買えないならばそのものを売る人達も少しずつ利が減っていき…貧困が波紋のように広がっていくので御座いまする。その行く手を阻む者が出ない限り」


「それが、畿内もそうだが畿内以外が特段困窮している一つの理由ではあるな。まぁ、畿内の都や博多では商人が奮闘しているお陰で多少はマシではあるが…それでも浮浪者は絶えぬな」


「その通りに御座いまする」


「さて、脱線させてしまったな。それで、段銭は我が指摘通りになったのか?それとも、ならなかったのか?」


「ご明察通りに御座いました。結局、和泉国日根荘での段銭徴収に失敗してしまい、唐橋家も困窮してしまったので御座いまする。そこで、唐橋家は日根荘を担保に不足分の銭を根来寺に借りていたのです」


「ちょ、ちょっと待て…その家司は阿呆なのか?収入もないのに借金をする気持ちは分からんでもないが…完全に沼にハマっているぞ?何を考えているんだ?それに、根来寺?寺のくせに高利貸しをするとは…世も末だな」

思わず溜息が零れた。


「お言葉にあるように…結果として、唐橋様は借金を返せませなんだ。それによって、根来寺に日根荘の引き渡しが要求されました」


「…」


(何というか、哀れだな。捨てる勇気と恥を忍ぶ気概がない者の行く末というのは…)


「そうなると、主人たる九条様は家臣の独断で行われた事なので了承出来ないと主張した上で、担保を渡す事は出来ないがそれ以外の方法なら唐橋様に取らせるという立場立ちました」


「それに対して、唐橋様は誓約するに至ったそもそもの原因は主人である九条様の困窮にあるとし、そこに銭を貸したから自分は銭が足りなくなった。そして、肝心の借りた場所からは段銭が取れなかったのでそれを担保に借りたとし…結論としては自分に過失はないと主張致しました」


「少し、苦しいな」


「誠に。そして、根来寺側は誓約に基づき担保の引き渡しを要求しました」


「全うでない事をする者達が一番全うというのは皮肉な事だな」


「そうですな。そして、唐橋様が九条邸に乗り込み直談判をした事により事件が起きたので御座りました。九条様とそのご子息は唐橋様の行動に憤慨し殺害してしまったのです」


「…最悪だな」


「はい。そして、ここからが現在に繋がる話なので御座いまするが…」


「唐橋家は公卿に昇りうる家格である堂上家の当主であった事と既に唐橋様が殿上人として帝に仕えていたという事が九条家の没落を招いたので御座いまする」


「傲慢と傲慢を掛け合わせるとは…火に油を注ぎ過ぎであろう。それに、朝廷の殺生嫌いの風潮…大火に麦の粉を投げやがったな」


「頭の足りぬ公家に御座いまするな、全く。そして、この結果菅原家の嫡流たる唐橋家を助けるかたちで北野の長者たる高辻長直を筆頭に、東坊城和長・高辻章長・五条為学が連名し、九条父子を糾弾致しました。その結果、紆余曲折は御座りましたが…九条父子は勅勘に処され、出仕も停止され家札を持つ事が禁じられたのに御座いまする」


「九条父子に同調する者はいなかったのか?」


「居るにはいまするが…九条家赦免後に九条父子への不信や嫌悪から交際を断られ父子は孤立して行き、勅勘以前に同調した者達も白い目で見られる事があった為、唐橋様のご子息の取り立てや存続を図る動きに加わっていったのに御座いまする」


「…手をあげなければ、救いはあったのにな。まぁ、そこまで頭が回らぬ父子ならばそこを切り抜けられたとしてもどこかでボロが出るだろうな」


「はっ、誠に」


「では、逆に九条家を遊ばせて公儀の権威を揺すってみるか?」


「良き事案かと。流言飛語はお任せあれ」


「任せた。ただし、流すのは九条と足利の蜜月からだ。そして、教えてやれ…世の中には自分が飼われている事を自覚できない家畜が確かに存在しているという事をな」


「はっ!必ずやご期待に沿いまする」


(さぁ、対足利最後の反抗作戦の狼煙は上がった。浄土でその諸行を悔いるがいい。それまでは…精々撒き餌でも食べて腹を肥やす事だ。動けなくなるほどに)

鷹司忠尊はたかつかさただたかと読みます。また、菊水忠宗の忠宗は代々の棟梁が襲名する名前です。引退すれば、別の名を名乗る形になります。




TwitterID

@Akitusima_1547

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ