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常盤井宮家

1501年(文亀元年) 3月 川俣楠十郎



「……貴様、それは本当に言っているのか?虚言ならば…今直ぐに、許しを乞えば…片腕を切り落とすだけで許してやろう」


「殿…我が命を賭けても、正しい事に御座いまする」


「そうか……」

大きく息を吐いた。


(まさか…帝のご子孫が生きておられるとは……。あぁ、天は未だ…我を見捨ててはおらぬのか。常盤井宮家…そして、その皇族として全明親王と恒直親王が居る。兄君も居られたらしいが…夭逝してしまったらしい。あぁ…常明親王陛下……良くぞ、その血脈を残しました……。某は…未だ、帝の御一族に仕えて宜しいので御座いますな……。帝、今世こそ…帝の御一族を守り、必ずや盛り立ててみせましょう)


「_______っ!!何をしている、忠宗!こうしてはおられぬ。今直ぐに常盤井宮家の状態を調べよ!今、どのような生活を営まれているのか…どのような場所に住んでいるのかをな」


「は、ははっ!」


「帝…某が直ぐに駆けつけまするぞ」


______________________________


「調べたものが此方に御座いまする」


「ふむ…山城国の常盤井殿に住まうのか。細かな場所は分かっているのか?」


「無論、調べておりまする」


「それで、御殿の状態が最悪というのは…どういう事だ?ただ、草が多い茂っているだけという事か?」


「いえ、ところどころ雨漏りがあり…塀も一部朽ちて穴が空いておりまする。また、屋根も応仁・文明の乱によって屋敷が燃えた事で…町人の家と差程変わりませぬ」


「何をしている!何故、貴様はそのままにしておいたのだ!皇の一族が御座す御殿を町人と同等のものにするとは何事か!忠宗、直ぐにでも家を立て直さねばならん」


「ははっ!銭の方は如何程入用でしょうか?」


「一千貫だ。そのくらいはあるだろう?」


「勿論に御座いまする」


「よし、ならば…次は献上品を選定する。今の段階で献上出来そうなものを決める。行くぞ」


「はっ!」


______________________________


「さて、何を献上すべきか…」


(候補は幾つかある。先ず、銭2千貫、金50両…それに、関派の刀工に命じて作らせた楠刀を10振だな。それと、塩を100升くらい献上するのも有りだな。銭があっても、塩が無ければ…朝廷の儀式で余計な出費が増えようし…塩自体もそこまで安価とは言い切れぬしな。後は…馬5頭程も献上しておきたいな)


「忠宗…銭7千貫、金100両、楠刀10振、馬5頭、塩100升を用意せよ」


「はっ!」


「他に、何か良いものはあるか?」


「さて……」


「そうしますると、甘酒なども宜しいのでは御座いませぬか?」


「それは、ここにあるか?」


「はっ」


「されば、それは1千升持って行け。足りなくば買って来い」


「ははっ!」


「他にはあるか?」


「……そう言えば、前にかなり多く買い取った"松茸"。アレの食用の分を持っていくのは如何で御座いましょうか?」


「松茸……?しかしなぁ…ん?いや、待てよ。名案だな。3箱持っていけ!」


「ははっ!」


「それと、松茸には菊水の螺鈿をかたどった箱を使え。無ければ、職人に作らせよ」


(良かった、各地方の漆器や螺鈿…芸術、武具の職人を集めておいたお陰で箔もかなりつけられそうだ。さて、後は…どうやって面会にまで持っていくか…だな。その辺は考えておかねばなるまい)






1501年(文亀元年) 4月 菊水忠宗



「では、先に荷の方を送っておく。護衛には1番隊から5番隊までがつけ。残りは明日、俺と共に来い」


「はっ!」


「行け!」


(さて…南朝の生き残り、どのようなお方であろうか?聞けば、先代は既に60歳を越えた老人とか。そして、その子は数え年で21歳とか。老人と若輩…殿はとても崇拝しておられるようだが、果たして殿が崇拝する人間足り得るのだろうか?確認して…もし、殿が担ぐべきお方でないと判断した場合は…殿の為にならぬ故、御隠れになって頂こう。全ては、楠木の復興と栄光の為…そして、左衛門尉様の…殿の為だ!)


「殿、では…砦の防備は予備役である子供と後備役足る老人にお任せして宜しいでしょうか?」


「あぁ、その通りに進めてくれ。砦は留守居役は権丸に任せる」


「仰せのままに…!」


「さて、今宵は早めに寝て早朝に出かけるとしよう。母上に俺が京に新たな交易所を見繕う為に、向かうと言って説得しておいた」


「なんと、手際の良い。某、感嘆致しましたぞ」


「この程度が出来ねば、太志は…遂げられぬ。そうであろう?」


「……そうでありましょうな」


「では、俺は寝る。護衛の方は任せる」






1501年(文亀元年) 4月 常盤井宮恒直親王



(今日は何時になく慌ただしい足音がするの)


「どうしたのじゃ?」


「はっ……川俣を名乗る者達が献上品を持って来たと。また、恒直親王様、全明親王様にお会いしたいと申しておりまする」


「拝謁がしたいと…?川俣とは…聞いた事がない姓じゃ。どのような者なのじゃ?」


(それに、何の連絡も無しに訪ねてきて、会いたいとは……無礼であろう!我らは皇族の末席に列する者ぞ!我らを愚弄する気か!)


「はっ……川俣と名乗る者は3歳程の童子に御座いまするが…その周囲には6尺程の大男達が凡そ200人程おりまする」


「な、なんという巨漢なのじゃ…まるで、鬼では無いか……。鬼の軍勢よ!恐ろしや…。しかも、それを統べるのは童子とは…。まるで、牛若丸と弁慶の話よな」


「お会いになりまするか…?」


「先ずは…献上品だけ見ておこうかの」


「献上品になりますれば…隣の部屋に置いてありまする」


「そうかの。ならば、見に行くとするかの」

襖が開いている。


「…ん?誰か居るのかぇ?」


「恒直か?」


「そこに居るのは父上にごじゃりまするか?」


「そうじゃ」


「どうしたのですか…父上、かようなところで立って居られて_______」


「恒直、この贈り物を送ったのは誰じゃ?」


(どうしたんだ?先程より打って変わって険しい顔になっておじゃるが…)


「川俣と名乗る童子にごじゃりまする。それに、鬼を率いてこの屋敷を囲んでおりまする」


「川俣と名乗る……童子!?童子じゃと!?それに……鬼?まさか_______」


「は、はぁ…」


「今直ぐに会わせよ」


「されど…」


「これが分からぬのか!」


「何の事を仰っておるので_______」


(何だ…あの螺鈿は……中身は、松茸?あの螺鈿の文様は……菊水紋!?菊水紋と…松茸……まさか)


「ち、父上…!直ぐに会いまする!これ、何をして居る!川俣を名乗る童子を連れて来るのじゃ」


「は…ははっ!」


(大変な事になったでおじゃるの)






1501年(明応10年) 4月 川俣楠十郎

「…表を上げよ」


「ははっ……あ、あぁ……!」


(み…みか……帝。こんなところに居られたので御座いまするか…。某は、もう会えぬかと考えて御座いました。何と…何と……天は非情な事か。たとえ、天照大御神様とて…許されざる事に御座いましょう。どれ程…某を惨めな気持ちにすれば気がすむのだ…!俺はもう…前世で死別した者達には会えぬと、前世の者達は帰らぬと…そう、考えておったのに……!その覚悟も、あったのに…何故、天は某の覚悟を愚弄するか!何故…失ったものは戻らぬと分かっている者に……失ったものを見せるのか!恨むぞ…貴様達を…神を、運命を_______)



「…た……した…如何した!」


「_______っ!?あ、あぁ…こ、これは…とんだお目汚しを!」


「良いのじゃ、川俣殿」


「川俣殿などと…某は左衛門尉と……あ、いえ…楠十郎と及び下さい」


「そうか…楠十郎。麿は常盤井宮家…先の当主である、常盤井宮全明親王である」


「は、ははっ!」


「失礼じゃが…楠十郎は本当は川俣という姓ではないのでは無いか?」


「はっ…某の真の姓は、楠木に御座いまする。南朝に忠義を捧げた…楠木左衛門尉様の子孫に御座いまする」


「そうか、やはりな…」


「良い箱を貰ったのでな…まさかとは思っておじゃったが、真にそうであったとは……」


「見て頂けたので御座いましょうか?」


「勿論じゃ。箱のアレは、誰が入れると決めたのじゃ?」


「某に御座いまする」


「何と…」

全明親王殿下が絶句しておられる。


(そんなに、驚く事であっただろうか?南朝に仕えるものならば…あれくらいの"覚悟"を示すのは当然の帰結であろう。それに、我が生涯をかけて守ったもの……そして、失ったと思っていたものを…もう一度守る事が出来るかもしれぬのだ。最早、何を失おうが誰と敵対しおうが…恐れるものなどないのだ。)


「何と…健気な童子なのじゃ…。かつての主家の為に、今尚も…尽くそうとは……」

殿下が小袖で御尊顔をお隠しになられた。


「"かつて"では、御座いませぬ。"今も"主家に御座いまする。そして、かつては敵対したとは言え…帝は帝。北朝であっても元は南朝も北朝も無いので御座いまする。故に…間接的に今の帝も、主家同然。然らば、主家とその御一族の為に尽くすは我が生涯一の誉れに御座いましょう。七生報国…幾度、敵に殺されようとも…主家の為に報いてみせましょうぞ!」


「あぁ…真、今楠公でおじゃるの……」


(今では…南朝の正統にして、唯一の大覚寺統の流れを汲む宮家…。我が主家にとって不足なし。聞けば、自らを顧みず、己も貧困に喘いでいるにも関わらず…洛中の貧しき者に米を渡していると聞く。慈悲深く…聡明なお方なのであろうな。それに、今は大覚寺統存亡の危機なのだ…皇位などは後から何とでもなるが、滅んでしまえば…全て無に帰するのだ…。故に、ああは言ったが…先ずは宮家の安全を確保せねばならん)


「楠十郎や、主は自分の本当にしたいように生きて良いのだぞ。大覚寺統は今までよく生き残ったのじゃ、元はと言えば…後醍醐帝が無理をしたせいでここまで惨めな事になっておるのじゃ…後醍醐帝の想いも、分からぬでも無いが……。それは、洛中の者達を苦しめ、混乱させた一因でもあるのじゃ。それに…その後醍醐帝も、その直接の一族も…南朝の公家達も…皆、滅んでしまったのじゃ。もう、滅びゆく一族に忠義は無用じゃ。これよりは、己の為に生きよ…」


「ならば、我が生涯を常盤井宮家に捧げようとも良いのでは御座いませぬか?」


「なっ……!?正気でおじゃるか?」


「それに…某は、南朝が滅ぶとは思いませぬ。常盤井宮家が、復古させるので御座いまする。我らがお支えさすれば…必ず叶いましょう!」


「その、無責任なまでの夢を…誰が保証するというのだ!」

常盤井宮恒直親王殿下が叫ばれた。


(確かに…後醍醐帝が叫んだ無責任なまでの夢が…理想が、この長く暗い時代を呼び込んだのだ。恒直親王殿下が憤慨なさるのも無理はない…。先代のツケを払わされ…そのツケに苦しんでいるのだから…。そして、それを支持し支えていた俺に…その言葉を否定する権利はない。しかし……)


「無責任な理想への…夢への責任は六文銭で払いましょうぞ」


「死ぬ気でおじゃるか、楠十郎?」


「今は、死ぬ気は御座いませぬ。されど、死ねともうされれば…何時でも死ねる覚悟は御座いまする」


「童子の命一つで何になるのじゃ!」


「恒直親王殿下…何になるのでは御座いませぬ。狼煙を上げるのに御座いまする。帝の御一家の復古の狼煙を…!我らは旗揚げ役にしか御座いませぬ。我らが旗揚げをし…たとえ、某が道半ばで倒れようと…復古の夢は潰えませぬ。一人が旗を揚げれば…必ず同調者は現れ、その旗揚げ役が大きくなればなるほど…その火は広く燃え広がるので御座いまする」


(そうだ、もう…俺は揺れぬ。今こそ、今一度日ノ本を洗い直し…汚れを消す時よ。尊皇討奸を胸に、易姓革命の開始をする時よ!)


「そして、殿下達は…某が縋った時に、手助けをして下されば良いので御座いまする。そうすれば、仮に某が失敗したとて…強請られた故、止む無くと言い逃れる事は出来ましょうぞ」


「成程…真、日ノ本一の忠臣よ。その真っ直ぐな忠義に…報いる事の出来ぬ我らを許してくれ……」


「良いので、御座いまする。至高なる帝の御一家に尽くせるのは本望。国が為、帝が為に…この命燃やし尽くす所存!」


「猛き童子よ。そなたに…坂家宝剣を与える」


「え……?」


「父上!?」


「楠十郎よ、この剣で…日ノ本を導き、民の安寧が保たれる世を創ってくれ」


「ははっ!」


(何という…ご信頼……。必ず応えねばならんな…。あぁ、また一つ…重いものを背負ってしまった。されど、これは俺が無責任な夢を語った代償なのだ。逃げる事は許されぬ)


______________________________


「もう…帰ってしまうのかの?」


「全明親王殿下、また必ず会えまする」


「ならば…今度は、楠十郎の元服の時に会いに行こうかの」


「何と…某、今世一の誉れに御座いまする」


「これだけでは、足りぬのじゃ…。我らに楠十郎がしてくれた事に比べれば小さき事よ」


「あぁ……でしたら、殿下」


「何じゃ?」


「返すついでに、一つ某の助言を聞いては下さらぬか?」


「申してみよ」


「家の立て替えに関しましては…某が別途、銭を出しまする故、7千貫と金100両はとっておいて下され」


「相分かったぞ」


「何でも、帝のご気分が優れぬご様子…。いざという時、公儀は動かぬでしょうなぁ……。その時に、その銭達は強力な護符になるはずで御座いましょう。もう、武家に怯えてばかりの朝廷ではない…と」


「ほほほ…おっほほほ!怖いのう!怖いのう!流石は猛き童子じゃ!今楠公じゃ!強かじゃのう…それで居て心強い!任せておくがよい。だから、そちも立て替えの方頼むぞぇ?」


(流石は…宮家、知っておられるか)


「ははっ!」


(さて…此方側の役者は揃った。公儀よ……精々束の間の幸福を噛み締めているが良い。所詮…後10年の命だ。10年後…貴様らの腐った口に糞を詰め込んで根切りにしてくれよう)

この作品内での常盤井宮常直親王の出生は1480年という架空の設定にしております。

理由は幾つかあるのですが、一番は当時の公家や帝を除く皇族の多くが、30代から40代で嫡男を出生、あるいは婿養子とさせる際に結婚させる娘が出生した年齢などがあてはまる事から、常盤井宮常直親王の父、全明親王が40代でキリが良い年として、1480年を選びました。

また、楠刀は"なんとう"と読みます。松茸の入った箱は1箱10本程入っています。予備役はよびやくと読みます。よびえきではありません。






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