亡霊が復活した日
1498年(明応7年) 1月上旬 楠城 川俣楠十郎
《…衆寡敵せず、我が命運尽きたか》
《兄上!ここに居られましたか!お逃げくだされ、もう持ちませぬ》
《七郎、介錯を頼めるか?》
《兄上!》
《七郎、お前は九界のうちどこに行きたいのだ?》
《…七生まではただ同じ人間に生れて、朝敵を滅さん事ば望みまする》
《そうか、されば我は王道が為に再び生まれん。さらばだ、七郎》
______________________________
「_______っ!!」
(ここは…一体?視界が悪い…霧か?我は七郎に介錯されたはずだが…何が起こっているのだ?)
「ようやった!雪!立派な男じゃ!」
「殿に似て赤子ながらに立派な身体に御座いますね。これは、良き武士になるのでは御座いませぬか?」
「そんな事は、無いぞ?雪に似て目元が綺麗じゃぞ?」
「まぁ」
雪がコロコロと笑う
(声が聞こえるが…聞き覚えがないな。はて、我はどこに行ったのだ?)
「それにしても…大人しゅう御座いますね」
「あぁ…今までに三人子が出来たが、こんなに静かな事は初めてだな。まさか、赤子にしてもう肝が据わっておるのか?立派な息子じゃ、ハハハ!」
(九界にしては穏やかなものだ。少なくとも、三悪道行きは免れたと言ったところか。いや、本当にそうか?こんなにも笑いが堪えないのにか?)
「あら、手を動かして…どうしたのかしら?お腹が空いているようではなさそうだけれども…」
「いや、何となく…眠そうだな。少し、話し声が煩かったかな?」
(やはり…!笑い声が我を取り囲むように四方から聞こえるではないか…!寄るな!痴れ者が!)
「…あぅあぁ」
「まぁ、可愛い…」
「おぉ!喋りおった!」
(何っ?!声が上手く出せないだと?!視界だけでなく声まで奪うのか、ここの住人共は!)
「あぁうぅ…あぅ」
(駄目だ…何度試しても声が思うようにでない……。俺に今出来る事は無いのか?!…考えろ)
「大人しいと思ったら、やはり殿に似て活発で御座いますね」
「俺の子ならば、当たり前だ!ハハハ」
(…ここが浄土でない事だけは分かった。しかし、このような事をする悪道など聞いたことがおらぬ。果たしてここは一体?)
1501年(明応10年) 1月上旬 楠城 川俣楠十郎
「……」
(あれから、3年近く経ったが、俺なりに調べた結果…どうやら、俺は地方の小さな地頭の家に赤子として生まれ変わったらしい。死したはずが、九界のどこにも行かずどこも通らずに転生する事などありえるのか?それに、輪廻転生など…本当に実在したのか…。未だに信じられぬな。しかし、これが醒めない夢で無いと断言出来ぬ以上は…現実として受け止めるしか無かろう。)
「さて、考えても仕方がない。情報が不足しているのならば…集めねばな」
(とは言ったが…まさか、既に帝…いや、この"時代"では後醍醐帝が…敗戦を重ねて吉野に退き、南朝を開くも…滅びてしまうとは……。我が半生は、一体なんだったのだ。帝の新政の為に粉骨砕身し、守ってきたものが…最早無いとは…。それに、湊川の敗戦から150年以上も経っていて、幸い俺が生まれ変わったのは我が子孫の嫡流だが…息子達より下の孫の代以降では勢力も振るわず一族郎党はちりじりになり、あまつさえ……忠臣と呼ばれた我らが朝敵として"楠木"の姓すら名乗れず、代わりに"川俣"を名乗っているとは……。)
「…なんたる事よ」
(そして、俺、楠木左衛門尉正成は…死んだ事になっている。まぁ、当然の事だな。そして、あの敗戦後…俺の首は一時晒し首となったらしいが、本当の事は曖昧にしか伝わっていない。足利宰相が遺体を遺族に返したとも聞く。どちらにせよ、俺はあの戦いで敗れ…死んだのだ。それは、紛れもない事実だ。しかし…)
「足利め…公儀なんぞを開きおって……!許せぬ…帝の一族を惨めな境遇に追いやった事もだが…今の帝さえ十分に支えられず自分の権威・権力の為に帝の住まう洛中で内紛を起こすとは、それでも世を導く人間か!ふざけるな!何が公儀だ!朝廷を…帝を蔑ろにする奸臣共め!」
(足利宰相はまだ良い。奴は祭り上げられたに過ぎんのだ。それに、話を聞けば…奴は天龍寺船等を唐土に送って寺を造り…帝の鎮魂を祈ったと聞く。考えれば…別段、悪い人柄ではなかったな。だが…その孫以降、帝から奪った権力に飽き足らず…権威までも奪おうとするとは言語道断!許されざる事よ!平相国以来の宮中を乱す奸臣よ!)
「…それが、分岐点だったという訳だな」
(それ以後、帝の…朝廷の権力は完全に失墜し、残るは実すら危うい権威のみが残った。それすらも、あの忌まわしき応仁・文明の大乱で失われ…京の朝廷は困窮に苦しんでいると聞く。)
「朝廷を守らずして、何が武士だ!ふざけるな!散々、宮中を乱しておいて、次は己の継嗣で問題を起こして府中も乱すとは…どれだけ愚行を重ねれば気が済むのだ!足利の公儀なんぞ…認めぬぞ」
(そもそも…源大樹公が鎌倉に公儀を開いた事で武士は朝廷に認められたのだ。それまでは、穢多と変わらぬ蛮族・穢れ人として扱われていたのだ!だが、その朝廷への恩を忘れ…宮中圧し続けた鎌倉の公儀は、我が主…後醍醐帝によって葬られたのだ。公儀とは、朝廷なくして成り立たぬ事を鎌倉の府が示したであろうに…何故それを理解せぬ!)
「解せぬ事よ…」
(しかし、だからと言って…帝の新政が全て正しく良かったのかと言われれば、残念ながら……否と言わざる負えぬな。確かに、建武の新政の理念は間違っていなかったはずだ。しかし、武力を持たぬ朝廷が武力を持ち…武功を挙げた者に対してまともな恩賞を出さぬどころか……所領を奪うようでは、武士から見放され…力を失うのは当然であろうな。そのところが…帝にお分かり頂けなかったのは…朝臣たる俺の至らなかった事であろう。しかし、仮にそこが違ったとしても…新政は果たして上手く行ったのか…?)
「いや、どうだろうな…」
(難しいだろうな…帝は律令制に基づく政治体制を望まれたが、そもそも…律令制に基づく国司や郡司などは衰退し、変わって守護・地頭が台頭していたのだ。律令制に基づくのならば…守護・地頭を国司・郡司のそれぞれに割り当てる形で吸収すべきだったのだ。しかし、それを両方採用するというのは…些か矛盾している。そもそも、守護・地頭は当時…鎌倉の公儀に属する御家人に与えられた役職である。そして…鎌倉の公儀の頂点に君臨するのは大樹、征夷大将軍…まぁ、実を言えば執権あるいは内管領だが…どちらにせよ、征夷大将軍の下に付けられたものだ。征夷大将軍自体…令外官なのだから、律令制の外にある役目なのだ。律令の中にある役目と律令の外にある役目を両方採用するが、政治体制は律令制に基づくというのは無理な話だ)
「とすれば、政治だけが問題だったのだろうか…?」
(いや、律令制に基づくのであれば…武士も廃止するべきだろう。武士とは要は私兵の集まりなのだ。そして、律令制に置ける軍事力は武士では無く軍団や防人、衛士…あるいは健児なのだ。そこに、武士の二文字は無いのだ。そうなれば…武士がその中に吸収されるしか律令制に基づく政治は不可能なはずなのだ…。)
「武士と軍団…相性は最悪だな」
(そもそも、律令制は中央集権なのだ。それに対して…俺を含めて武士というのは聖武帝の代の橘左府が行った墾田永年私財法による律令制…中央集権体制の崩壊によって出来た墾田地…そう、私有地を守る私兵として用いられたのが多くの武士達の起源なのだ…。故に、土地を私有化する事で発生した武士と、土地の私有化は仮に認めても…私的な軍事力を認めない律令制では相容れぬのだ。)
「この時点で…我らの夢が潰えるのは必然だったのか……なんたる事よ」
(極めつけは…武士は鎌倉の公儀以後、自分達の土地で政務を行っているのだ。これでは、国司・郡司を復活させても…意味は無かろう。武士の根絶…あるいは吸収をしない限りは、帝との夢は…叶わぬのか。)
「…武士が滅びる」
(…天照大神よ、我らの夢をそこまで突き放すか……。武士を辞めねば、夢は叶わぬ。されど…武士を辞めれば我は、一体何者になれば良いのだ…。こんな事ならば…何も知らず、ただ無責任に帝と共に公儀を倒す為に戦い続けたあの日のままでありたかった…。新政が長く続かぬのは…分かっていた。それでも、生まれ変わり…今は過去の世界を知れば知る程、律令制や武士という言葉について己で情報を集め…知る程、考えるのを辞めたくなる)
「俺は…一体どうすれば、良いのか……」
(いや、止めよう。今考えても…悪戯に頭を痛めるだけだ。別の事をしよう。さて…何をするか)
「…そう言えば、まだ筆と紙があったな」
(これで…何時ものアレをやるか)
「…ん?」
(誰かの足音がするな。まぁ、きっとあいつだろうな)
「楠十郎様、ここにいらっしゃいましたか。如何なさったのですか?」
「権丸か、何でもない。物思いにふけっていたが…やる事を思い出したので今からやろうとしていただけだ」
「左様で御座いましたか」
「…あぁ」
(和田権丸か。この者の父は川俣家の譜代家臣にして重臣の一人だったな。この川俣家は北伊勢の地頭の一派で北伊勢の地頭は全部で四十八家ありそれをこの地域では北勢四十八家と呼んでいるらしいな。地頭が乱立しているのか…大勢力が近隣に出来ればあっという間に吸収されるだろうな。どうしたものか…)
「それはそうと、権丸。少し着いてまいれ」
「はっ!」
(それにしても、三男に生まれるとは…この時代では家督相続権は嫡子の長男にあり、仮に長男が死んだとしても次男である次兄が継ぐ事になっている。と言っても、次兄は刀鍛冶を継ぐとか…そうなると、長兄が死ねば俺に家督が回って来るのか。面倒な事だ。長男に生まれれば…こうも悩まずに済んだものを…。難儀な事だ…。まぁ…それに、仮に長兄を葬るとしても、今は少なくとも出来ないな…。俺に100人以上動かせる人間が居て…過半数の重臣を味方にするか父を認めざる負えない状況に追い込むかをしなければ…当分は無理だな)
「…池に御座いますか?楠十郎様は池がお好きなので御座いますか?」
「静かだからな」
「何をなさっているのですか?」
「見れば分かるだろう?池を描いておるのだ」
「また、奥方様の筆を持って来たので御座いますか?」
「……俺が家臣に作らせたものだ」
「左様で」
権丸がケラケラと笑う。
「…ふん」
(父に聞いた話では、この領内では検地を長らく行っていないと聞く。検地は定期的に行わないと、農民が年貢を逃れる為に田畑を隠している可能性があるのに、それを指摘されても子供の戯言だと思って取り合わぬとは……。前世で我がやった政治がまるで子孫に伝わっていないとは…。思ったより、この家の政治機構、体制は駄目だな。小競り合いばかりしおって、この愚か者め。されど、愚痴を零してばかりでは駄目だな……時間はかかるが、一つずつ解決するしかないか。)
「…難儀だな。どこもかしこも」
「そんなに難しゅう御座りますか?」
「戯け、民の事じゃ」
「と言いますと?」
「まともに政治が行えてないという事じゃ」
「はぁ…?」
(まぁ、この話を童にしても意味は無いか…。検地をする役人が居ないのならば俺がなるしか無いな。となれば、図面を書くのも俺か……。つくづく思うが、俺の家臣はよくこんなものが描けたな…。それはそうと、この家にも政務に通ずる者が居ると聞いたな)
「権丸、そなたの父は政務を好むと聞くが…どうなのだ?」
「たしかに戦働きは好まぬと聞きまするが…政務が好きかと言われれば…分かりませぬ。しかし…それが、何か?」
「ならば良い。今度、和田佐渡守に話を伺いたいと俺が言っていたと伝えてくれ。」
「御意に御座りまする」
(和田佐渡守か、戦働きを好まぬとは…下手な蛮勇気取りよりは使えそうな男だな。この地の税収について…何か知っていれば良いのだが。一人、一人…だな。地道だが確実に味方を増やすべきだな)
1501年(明応10年) 和田佐渡守充信
(今日は楠十郎様が俺に何か話を聞きに来ると倅が言っていたが…はて?)
ドンドンと足音が近付いて来る。
「…噂をすれば」
「入るぞ、佐渡守」
「はっ、今日はどのような御用で?」
「話を聞きに来たのじゃ、正確には師事されに来たと言っても良い」
「はぁ…?ですが、一体何をご教示すれば宜しいので御座いましょうか?」
「そうだな…色々聞きたいが、今日はこの領内の税収について聞きたい」
「税収…?」
(楠十郎様はどのご兄弟とも違うと倅は言っておったが…この歳で税収について聞きたいと自らやって来るとは……一体この御方は、どのような御方なのだ…?)
「父上、言った通り不思議なお方でありましょう?」
「確かにな。お前が若殿では無く楠十郎様の傍に侍る気持ちが何となく分かるぞ」
「左様で」
「さて…領内の税収についてでしたな、楠十郎様」
「あぁ、教えてくれ」
「では、失礼ながら…逆にお尋ねしたいので御座いますが、領内の税収について聞きに来るということはある程度は領内の税収について知っているが、自分の知らない税収がまだあるかもしれないという意味でここに来られたので御座いますか?」
「半分は正解だが、半分は不正解だな」
「と、申しますと?」
「無論、税収の事はある程度自分で調べて来たつもりだ。この領内が主に米…そう、年貢によって税が賄われ…領内にある川の普請などにも税の一巻として徴発される事程度なら知っている。しかし、それ以外にも俺の知らない税があるかも知れぬと思ってな。それで、政務を一任する佐渡守の話を聞きに来たのだ。これは、佐渡守に言った半分だ」
「ほぅ…!」
(なんと…!真にこの御仁は童子なのか……?)
「そして、もう半分は俺はこの領内を豊かにしたいと思っている。聞けば、この領内は伊勢国にあると聞く。しからば、湊で多くの船が行き交い商人などと交易をするも良し、伊勢街道から商人を呼び寄せるも良しの領内を富ますには非常に良い土地だ。故に、その現状を知らなければ夢は叶わぬだろう?」
「成程…!某、感服致しましたぞ!いやはや…神童とは楠十郎様の為にある言葉に御座る!」
「煽てても何も出んぞ?」
「煽てておるのでは御座いませぬ。大人であっても、武士だからと言って民から奪うばかりの者は伊勢国に少なくはありませぬ。当然、この家とて例外ではありませぬ」
「…父上」
(倅が戒めたが、それどころでは無いわ!ようやく、政務が分かる御仁に出会えたのだ。この高揚感が抑えられる訳無かろう!)
「楠十郎様、確かに税収はその通りに御座いまするが…税率は少しばかり高いので御座いまする」
「どれ程なのだ?」
「公と私でそれぞれ7と3に御座いまする」
「7と3だと?!」
「はっ!」
「正気か?佐渡守!」
「某も同感に御座いまするが…何分、決めたのは殿に御座いまする故……」
「また、父上か…困ったものだ」
「…真に」
(こればかりは仕方がないのだ…。これでも、かなり抑えている方なのだ。どうしてこう財政や民の事を考えて頂けぬのだろうか……?)
「奪う財政では、必ず立ち行かなくなる。佐渡守…これよりは、奪うのではなく創る財政を作らねばならん。それは、分かっているな?」
「はっ!」
「佐渡守、一つ…思いついた事がある。後日それを纏めて相談しに来る。その時、また相談に乗ってくれるか?」
「……はっ!微力を尽くしまする」
「有難うな。佐渡守…先ずは一つずつ、だな?焦らず確実にだ」
「ははっ!」
(大変な事になったな。僅か3歳の童子が…大の大人と同じ考えを持つとは…。もし、この方が嫡男になったのならばどんなにいい事か…。)
1501年(明応10年) 川俣楠十郎
「権丸、人払いを頼む。考えた事がある」
「はっ!」
(権丸は俺よりも7つ上か…となれば、元服は明らかに向こうが先だな。それまでに…何とかして、俺の手足にしたいところだ。それと、その父 佐渡守か。あの男は悪くない。結局、戦をするにしても財務がろくなものでなければ…戦もろくなものにはならん。俺が新政の為に戦った時に負けた者共も、大概はそれが敗因だろう。結局、戦というものの大半は…する前に決まっているのだ。となれば、仮に…長兄を殺す際に_______)
「おっと、いけないな。まだ、葬るとは決めていないのにその前提とは流石に失礼だったな。」
(さて、思考を戻すが…財政と見回りか。この近くならば伊勢湾と伊勢街道を早い段階で視察しておきたいものだ。そうすれば、一つ視野が変わるだろうな…。だが、それと同時に長兄を排斥して嫡男の座を奪取せねば…話にならん。そうなると、家臣団を切り崩して此方側に引き込む事が必要となるな)
「となれば…まずは、文官職を主とする者達から切り崩すの一手だな」
(手始めに先ずは佐渡守だな。佐渡守が終わったら、次を考えるとしよう。それと…民の見回りもしたいが、残念ながら…この身体では当分先だな。いや待て…まだ方法が残っていたな)
「楠十郎様」
「なんだ、権丸?」
「奥方様がお見えに御座いまする」
「入りますよ、楠十郎」
「母上?如何なさいましたか?」
「また、部屋に篭っているのですか?」
「いえ、考えに更けていただけに御座いまする」
「なら良いのですが…」
「それ程心配でしたら、父上に頼んで皇大神宮に行きませぬか?」
「皇大神宮…?」
母上が怪訝そうな顔で此方を覗き込む。
「はい」
(皇大神宮…母と祖父の顔を見に里帰りをしに行く。これを押し通せば…伊勢街道が見られる!是が非でも通さねば!)
「ですが…」
「正月に神社仏閣に参拝するのは何も可笑しく御座いませぬ。それに、母上の実家にも帰れるではありませぬか」
「それは…そうですが……」
(もう一押しか?)
「それに、私は…生まれてから、母上の父上…そう、私の唯一の祖父の顔を知りませぬ。楠十郎は寂しゅう御座いまする」
「……」
母がじっと此方を見詰めてきたので見つめ返し。
「…父上が許可したらですからね?」
「母上!有難う御座いまする」
(良し!作戦は上手くいったな!これであわよくば…志摩国まで見れるな)
「では、母はもう行きますよ。もし、行くのなら母にも伝えるのですよ?」
「はい!」
「やはり、楠十郎様も奥方様に甘えるので御座るのですね」
権丸がケラケラと笑う。
「煩い、黙れ」
(こいつ、最近俺の事を弄って来てないか?)
「否定せぬのですな」
権丸がケラケラと笑う。
「肯定もしておらぬだろう」
「なら、否定するのですな?」
「ふん…!」
(また、ケラケラ笑いやがって。こいつの悪い癖だ事あるごとに、すぐ俺をからかう。全く、相性が悪いとはこの事だな)
「それで、お父上には聞きますので?」
「後日な。今日はもう疲れた」
「左様で」
(誰のせいだと思っておるのだ、戯けが)
登場人物は基本的に史実に基づきますが、一部フィクションや伝説、逸話なども混じっての作品となるのでご注意下さい。