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My Sweet Darlin'

顔が見たい

作者: 偽ソース

 大学の合格発表は嬉しいものでした。しかし、いざ大学生になってみると、思い描いていたキャンパスライフは無かったように感じます。

 何か欲しいものがあり、努力し続けてようやく手に入れても、その瞬間から興味は薄れていくのでしょうね......。

 県立A高校2年生の斉田良さいた りょうは悩んでいた。彼の望んでいた高校生活とはどんなものだったか、もはや覚えていない。

 

 県内有数の進学校であるA高校、彼の中学時代はA高校への入学を目標に掲げた1年生の夏休みから、勉強漬けの日々だった。友人は少なくなかったが、休日にショッピングモールで映画を見たり、買い食いしたり、ゲーセンに行くことはなかった。

 誘われないわけではなかったが、高校受験に万全の状態で挑むべく、そこに一切の妥協はなかった。

 合格した時は嬉しかった。よくテレビでやっている合格発表のニュースで、合格したのに泣いている人の気持ちがわからなかったが、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


 しかし高校生活が始まると、すぐ大学受験のことを考えなければならない。燃え尽き症候群とはよく言ったもので、高校受験で全てを出し尽くした彼の目には、普通の生活がとても色褪せて映った。

 今日も7時間、学校に拘束されて受験に必要のない科目を受けさせられる。憂鬱な気持ちを抱えながらの通学路にはどこか虚しさを感じた。


 学校に着き、机に座る。また、苦痛な時間が始まる......。そう思いながら教科書を取り出していると、友人である鈴木一樹すずき かずきが話しかけてきた。

 

「俺さ、今朝、松田果林まつだ かりんちゃんと喋っちゃった。」


「へえ......。」


 松田果林まつだ かりんとは、同じ学年のマドンナ的存在の少女である。良は一度も彼女を見たことがなかったが、一樹に言わせれば、会ったらほぼ確実に惚れてしまう魅力を放っているらしい。

 

「お前って本当そういうのに興味ねえよな。女子に興味ないとか男子高生としてどうなん。」


「女子に興味ないわけじゃないけど、会ったことないし......。」


「じゃあ、今から見に行くか。」


「え。」


 良は嫌がったが、なぜが強引な一樹に根負けしてしまった。ただ、彼も気にはなっていたのだ。しょっちゅう話題に上がる人を知らないのは会話上よくない。そこで話が途切れてしまうからだ。


 松田果林のいるクラスに着いた。一樹はキョロキョロしているが、いつもの席にいないらしい。大体、謎の魅力を放ってるならいないことにも気付けよという感じではあるが。


「留守みたいだ。」


「そう......。」


 それだけ言うと、チャイムが鳴ったので二人は急いで教室へと戻った。


 

 昼休みになった。教室で仲良し4人組でお弁当を食べ終え、食後にジュースが飲みたくなったので自動販売機まで買いに行くことにした。一樹と雑談しながら階段を下りていた時だった。


「今のが松田果林だ。」


 一樹はそういった。しかし、良は誰かとすれ違ったことにさえ気づかなかった。下を向いていたせいか。彼は少し惜しいことをしてしまったと思った。


 

 放課後、図書室で授業の復習をすることが日課となっていた良は、自習スペースの角に位置取り、ひたすら数学の問題とにらめっこしていた。

 まだ、放課後になったばかりなので図書室にも何人か人がいた。斜め前の女子二人のひそひそ話が耳につく。なぜか静かな場所での小声は良く耳に残るのだ。


「今日の古典わけわからなかった。」


「そうね、果林は先生の集中砲火浴びてたしね。」


 二人がクスクスと笑う声が聞こえた。


(確か今、果林と言ったな。どちらかは分からないが、おそらくあの二人のどちらかが松田果林じゃないのか。)


 良の手はすでに止まっていた。今や、あの二人をどうにかして見ることができないか、そればかりを考えるようになっていた。


(日も暮れてきたし窓ガラスの反射を利用できないか、いっそ回り込んでみるか、いや彼女らが席を立った時に確認するか。)


 20分ほどで飽きたのか、彼女らは教科書を鞄にしまい始めた。いよいよ顔を拝める時が来たと良は確信していた。席を立ち、鞄を持った。

 

 しかし、彼が彼女の顔を確認することはなかった。絶妙なタイミングで一樹が図書室に入ってきたのが見えた。


(あいつに、松田果林を見ようとしていたことをバレたくはない。)


 そう思った良は、視線をノートに戻した。


「おい良、今お前の近くにいたのが松田果林ちゃんだぞ。」


 やはりそうだったか。良は「どうしてくれる、お前のせいで見逃したじゃないか」と言いたくなる気持ちを抑えて、


「え、もっと早く言ってくれればよかったのに。」


 と、白を切ることにした。



 一週間がたったが、良はいまだに松田果林の顔を拝むことはできていなかった。毎日チャンスは来るが、あと少しのところで邪魔が入る。興味ないふりをしていたのが仇になってしまった。

 今や、松田果林の顔を見るために学校に行っているといっても過言ではない。退屈な毎日だったが、目標ができたこの一週間は良にとって久しぶりに充実した日々だった。再び、良の視界には色鮮やかな景色が映っていた。


 昼食後、いつものようにジュースを買いに行くと、自販機の前で困っている女子がいた。良は早くジュースを買いたかったが、無視することもできない性分なので声をかけることにした。どうやら、500円を自販機の下に落としてしまったらしい。確かに高校生にとっては大金だ。

 

 何とか取り出すことに成功し、お金を渡す。その時、不意にネームプレートに目が行った。


ー松田 果林ー


 良は心臓がとび出るかと思った。一週間想い続けてきたことが、ようやく実を結んだように感じられた。


(まさに棚から牡丹餅。こんな偶然ってあるのか、一週間会えなかったんだぞ。緊張してきた。まじまじと顔を見たら変な人だと思われるな、少しだけだ......。会釈する程度だ、この一週間を無駄にしないよう、その一瞬に集中するんだ......。)


 良は緊張しながら、感謝を述べる果林を見た。


 そこには、色白で、黒髪の美しい女性が立っていた。たたずまいもどこか上品で、学校中の男子に注目されるのもうなずける。


 しかし彼は思った。「僕のタイプじゃない」と。その子は確かに可愛いかった。町を歩けば誰もが振り返るのではないか。ただ、良のタイプではなかった。再び、周りの景色が色褪せていくような気がして、それを食い止めるべく必死に彼は思った。


(すごい、絶世の美女はいたんだ。何から何まで完璧だ。こんな子は他にはいない、一樹が夢中になるのも理解できる。彼女がうちのクラスにいればいいのにな、これがきっかけで友達になれないかな。いや、そんなこと思うのもおこがましい。)


 しかし、いくら心の思いを誇張しても彼の見る景色は再び色褪せていく。


(これからも偶然出会えたらいいな、いや一樹と一緒にまた見に行こう。今なら自分の気持ちに素直になれる。彼女と同じクラスの奴にいろいろと聞いてみよう......。)


 ついに良の視界からは色が消えた。

 彼の彼女を見たいと思う気持ちは確かに本物だった。その目的を達成するための努力も確かなものだっただろう。

 

 ただ、好みのタイプではなかっただけだ。






 投稿後、2日ほどは内容を変更することがあります。本来は、投稿前にチェックすべきなのですが、変更したい点は投稿後に出てくることが多いです。大きく変えることはありませんが、少し文をいじったりすることがあるのでご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/14 11:24 退会済み
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