プロローグ
ある哲学者が言った。
――人間には自分自身以外に、敵はほとんどいないものである。最大の敵はつねに自分自身である。判断を誤ったり、無駄な心配をしたり、絶望したり、意気消沈するような言葉を、自分に聞かせたりすることによって、最大の敵となるのだ。
夜の森で、ふと、彼は故郷のこの言葉を思い出す。これは言葉の通りの意味だ。けれども、彼はなんとなく言葉の意味を再考する。そんなことは、無駄である。この後彼は死ぬ。
彼らは、知っていた
――彼が自分たちを殺せない程、優しい人間であると
彼は、知らなかった
――愛している仲間が、彼を殺そうとしていることを
考えに耽っていると、暗闇から彼らが現れる。最大級の殺意をもって。彼は、その状況を瞬時に察する。
確かに、魔王を殺す時、頼もしかった彼らなら自分も殺せる。おそらく、今が最強の布陣で臨むことができる、絶好の機会なのだ。
――考えるだけ、無駄だったかな。
彼も応戦する姿勢を見せる。だが、彼らには敵意が湧かない。
「――――フンッ!」
殺意と共に大剣が彼を襲う。とっさに身を翻して剣で受け止めようとするが、彼の身体には衝撃が大きくのし掛かる。しかし、反撃はしない。
「すまんな」
大剣を受けている彼の身体に、黒い鎖が飛ぶ。彼は、剣を捨てて、身を移し避けようとするが左手を鎖が掠める。すると、左腕に鎖が現れ、巻きつき、左腕は機能しなくる。
「――ぐっ⁈―――」
拷問の呪いも掛けてあったのだろう、激痛がはしる。
「大人しく死んでくれ、それ以上は地獄だぞ」
彼が冷ややかな視線向けながら言う。
「俺が諦め悪いのは、君達が良く知ってるだろ?」
「だからこそだ、これ以上は君を攻撃するのは、此方としても中々にくるものがあってな」
背後から男が言った。彼の頭上から魔法で造りだされた無数の槍が影を落とす。これは、男が良く遊んでいた魔法だ。
――このままじゃ、避けきれないな。
彼は、巨大な盾を造りだし、槍を受け止める。その間に、その場から逃げる。反撃をする気になれない彼にはそれしか出来ない。
暗い森を駆ける。左腕以外は、無傷。彼らは追ってこない。何故、彼らが自分を殺そうとしてるかは、彼には分からない。仮に、分かったとしても自分が納得できる理由は出てこないだろう―――
温かい光が彼を照らす。
振り向くと、小さな太陽がある。これも造られた仮初の太陽だ。この魔法はきっと彼女のだろう。距離は離れているが、灼熱が彼の皮膚を突き刺す。周りの木々は、一瞬にして、次々と焼き尽くされていく。彼の規格外な身体で、なんとか耐えてるだけで、常人なら痛みに耐えられずにそこで力尽きているだろう。しかし、彼は走る。
暫く走っていると――
「こっちよ!」
「早く来い!」
正面から、彼らの中に居なかった仲間2人が彼を呼んでいる。そして2人は、後方一帯に、氷塊と稲妻を落とす。
「助かる!」
彼は、男女2人が創り出した次元を隔絶する魔法の中へと入る。自分が魔王征討の旅の最初からいた2人だ。
――この2人は、味方か!
「左腕。今、解呪するからね!」
「俺ら2人がいるから安心しろ」
――良かった、助けてくれる仲間はまだいたんだ
安心で全身が緩む。
「ありがとっ……」
腹部に、背後から男の剣が刺さっている。一瞬の出来事であった。それを、理解する間も無く、彼の視界は揺らぎ、身体は地面へと倒れる。
――わからない。何が起きたんだ
「ごめんな、許してくれ」
「本当にごめんね」 2人は泣いている。
――ああ、そうかこの2人もだったのか。自分には理解できない重要な理由があるのだろう。あんなに強い2人が泣くんだから、相当なことだろうし、しょうがない。異世界生活もここまでかな。
彼の神から授かった力は、敵意が無いと発動しない。
彼ら全員はこの2人だけには必ず最後まで彼の敵意が湧かないと予測して事に臨んだが、結果は、全員に敵意など湧くこともなく彼は策にはまった。本来なら、敵意がなくとも通常の魔法ならば彼らに攻撃は出来たはずだった。 それでも、彼はしなかった。
左腕に巻き付いていた鎖の力が彼女によって増幅され全身に巡った、力を使わない限り、彼の身体はもう自分自身では動かせない。
倒れる彼を2人は、泣きながら見ている。
しばらくすると、彼ら6人全員が集まる。
「お前がその気なら、この状況でもひっくり返せるだろ?俺らは、それでも構わないんだぞ」 男は言う。
彼は何も喋らない、ただかつての仲間を見て微笑んだ。死を受け入れるように、優しい表情で。
「っ…」
そして大剣が彼に振り落とされ、勇者の短い生涯は幕を閉じた。
不定期。随時、駄文の修正を行なって参ります。
ただの妄想分ですので、大目に見てやってください。
良ければ評価お願いします。