第43話 放課後カフェへ
その日の放課後、俺は聖ちゃんと「ムーンバックス」に来ていた。
学校を出る時は一緒にではなく、「ムンバ」で待ち合わせをした。
一緒に学校を出たら、それこそ俺はもう確定でブラックリストに名前が書き込まれてしまうだろう。
いや、ブラックリストがよくわからないけど。
俺はいつも通り普通のアイスコーヒーを頼み、聖ちゃんは何やらまたスイーツみたいな甘い飲み物を買っていた。
これはもう、れっきとした放課後デートだろう。
まさか俺が聖ちゃんと放課後デート出来るようになるなんて、前の世界にいた頃は本当に夢にも思わなかった。
本当に幸せでしかない。
「ん? どうしたんだ?」
聖ちゃんが上に乗ってるクリームをスプーンストローで掬って、小さな口を開けて可愛らしく食べている。
それを見てるだけでも可愛くて悶えそうだ。
「いや、昼休みのことを思い出してて。聖ちゃんは相変わらず負けず嫌いだなぁ、って思って」
本当はただ聖ちゃんの可愛い姿を見てただけなんだけど。
「うっ……あれはその、忘れてくれ……」
「ん? えっ、何を?」
なにやら聖ちゃんは気まずそうにそう言ったが、何を忘れるべきなのかがわからない。
「その、東條院とのやり取りだ。あれは私もその、ムキになったというか……」
「別に気にすることはないんじゃない? あれは東條院さんから仕掛けてきたんだし」
「まあそうだが……その、引いたか?」
聖ちゃんは飲み物で口元を少し隠しながら、俺のことを上目遣いをしながらそう言ってきた。
一気に俺の心臓がドクンと跳ね上がった。
狙ってやってないんだろうけど、可愛すぎか。
「引くわけないよ。聖ちゃんのそういうところも可愛いと思ったし、俺は好きだから」
「そ、そうか……なら、いいけど……」
聖ちゃんは少し恥ずかしそうに、ストローに口をつけて飲み物を飲んだ。
「そ、そういえば、男子は野球のようだが、久村はどうなんだ? 重本は得意と言っていたが」
「一応、小学校の頃は野球やってたから、人並み以上には出来ると思うよ。だけど素人の勇一には負けると思うけど」
あいつは本当に意味わからない、なんで素人が県でもトップクラスの投手から、ホームランを二発打てるのか。
さすが運動神経抜群の漫画の主人公だよ。
まあそれを言うなら、聖ちゃんや東條院さんもそうなんだけど。
「東條院さんと戦うことになってたけど、大丈夫?」
「大丈夫、とはなんだ? まさか、私が負けると思っているということか?」
「えっ、いや、そうじゃないけど……」
勢いで対決するって決めてたから大丈夫かな、と思っただけなんだけど。
まさか聖ちゃんがそんな反応をするなんて。
「あんな口だけのお嬢様に私は負けない。なんだ、私のか、彼氏である久村は、私が負けると思っているのか?」
「っ……聖ちゃんが、俺のことを彼氏って言ってくれるなんて……」
「そ、そこじゃないだろ! わざわざ言うな!」
聖ちゃんが聞いている部分は全く違うともちろんわかっていたが、俺としてはそこがめちゃくちゃドキッとして嬉しかった。
「そ、それに……お前は、その、私の彼氏だろ。別に今更、口に出して喜ぶほどのことじゃ……」
「ふふっ、そうだね。それにしては聖ちゃんも、俺のことを彼氏っていう時にどもってたけど」
「くっ……も、もう二度と言わない」
「えっ、それは嫌だ。また言ってよ」
聖ちゃんの口から「久村が彼氏」って言われると、本当に嬉しいから。
もう二度と言われなくなるなんて、そんな悲しいことはない。
「そ、それならあまりからかうな。恥ずかしいだろ……」
「わかった、善処する」
「……そういう時の『善処する』って、あまり信用ならない気がするのだが」
「それで、聖ちゃんが東條院さんに勝つかどうかだっけ。もちろん聖ちゃんが勝つに決まってるでしょ」
「おい、話を逸らすんじゃない」
「逸らしたんじゃないよ、戻しただけ」
そう、最初の話はそこだったはず。
「俺の彼女である聖ちゃんが、東條院さんに負けるはずないよね」
「そ、そうだな、もちろん、私が勝つさ」
よし、誤魔化せた。
聖ちゃんをからかうのは反応が可愛くて楽しいから、これからもからかっていきたいからね。
だけどやりすぎは絶対によくないから、聖ちゃんが嫌がらない程度にしないと。
「うちのクラスの女子は、バスケ経験者はいないんでしょ?」
「ああ、私を含めて、体育の授業で軽くやったことある人しかいないな」
まあ聖ちゃんは体育で軽くやっただけで、県でもトップクラスの人に勝てるレベルになっちゃうから、ほぼ経験者と言っていいと思うけど。
「東條院さんのクラス、バスケ部が三人いた気がするよ」
「何? 本当か?」
「うん、勇一に聞いたから間違いないと思う」
勇一はバスケ部なので、女子のバスケ部とも多少の交流があるのだ。
バスケの試合は、五人チームでするスポーツだ。
いくら聖ちゃんが東條院さんより強くても、他のチームメイトの差が激しかったら、試合に勝つのは厳しいだろう。
「ふむ、そうなのか……」
聖ちゃんは飲み物を飲みながら、少し考えている。
「なら話は簡単だ。私は一人で、東條院とその三人のバスケ部の者達を倒せばいいのだ」
「すご、カッコよすぎて惚れる。あっ、もう惚れてた」
「んっ! だ、だからあまりそういうことは言うな……」
今のはしょうがない、だって聖ちゃんがカッコよすぎだから。
そして聖ちゃんなら出来るかもしれないのが、本当にすごいところだ。
「バスケにおいて、一番点数が入るのはスリーポイントだな」
「うん、そうだね」
バスケのルールとして、普通のシュートは総じて二点となっている。
だけどリングから遠いところに半円が描かれているのだが、そこよりも外側から打って入るとスリーポイントとなり、三点入るのだ。
「つまり相手が二点入れてきても、全部私がスリーポイントを打って入れれば勝つということだ」
「すっごい暴論だけど、まあその通りかもね」
もちろん数字上はそうだけど、現実ではそんな簡単にいくはずがない。
スリーポイントは遠くから打つので、単純に入る確率が落ちる。
プロでも試合で三割も入ればいい方なのだ。
試合で全部入れるなんて、普通は不可能……だけど。
ここは俺や聖ちゃんにとっては現実だが、あくまでも「おじょじゃま」という漫画の世界。
そして聖ちゃんは漫画のキャラの中でも、トップの身体能力を持つ。
頑張れば、出来るのかもしれない。
「だがいきなり球技大会の日にシュートを打ってはいるわけがないからな……」
「まあ、確かにそうだね」
「……よし、練習するか」
「えっ、練習? バスケの練習ってこと?」
「もちろんそうだ。球技大会は水曜だからな、それまでに準備しとかないといけない」
「おー、すごい本気だね」
「東條院には負けたくないからな。あいつは詩帆の恋のライバルだから、私にとってもライバルだ」
「そういう考え方なんだね、聖ちゃんっぽいけど」
「……それに、あいつのせいで私は詩帆の料理を手伝わないといけなくなったからな」
「……えっ、もしかしてそれが本当の理由?」
「い、いや、違うぞ。詩帆の恋のライバルだからというのが大きな理由で、料理に関してはほんのちょっとの理由だ」
……どうなんだろう、ちょっと慌ててるから、もしかしたら大部分の理由が料理に関してかもしれない。
「ま、まあそこは今はいい。とにかく、東條院に負けないためにバスケの練習をしないとな」
「練習といっても、どこでやるの?」
「この近くにアラウンドワンがあるだろう、あそこならバスケットゴールがあるだろう」
「あー、あそこか」
アラウンドワンというのは、いろんなスポーツが出来るアミューズメント施設だ。
ボウリングやカラオケとかもある施設で、店舗にもよるがバスケが出来るところもある。
「よし、今から行くか」
「えっ、今から!?」
「もちろんだ。球技大会は明後日だから、今日と明日しか練習する時間がない」
「すごいね、マジで……」
まさか聖ちゃんがここまで本気になるとは思っていなかった……。
聖ちゃんは俺が思った以上に、負けず嫌いなのかもしれない。
「……その、久村も付き合ってくれるか?」
聖ちゃんが少し不安そうに、そして期待の声を込めて、上目遣いでそう問いかけてくる。
……ずるいなぁ、聖ちゃんは。
そんなこと聞かれなくても、俺の答えは決まってるのに。
「もちろん行くよ。なんたって俺は、聖ちゃんの彼氏だからね」
「っ……そ、そうか。さすが私の彼氏だ」
「あ、やべ、鼻血出た……」
「なんでだ!?」
聖ちゃんが可愛すぎだからです。
久しぶりに聖ちゃんのせいで鼻血が出てしまった。





