0-6 カーテン越しの朝日
天幕の向こうを知りたいならば
えーと……お久しぶりです。
言い訳はしません。というか、これほど遅れてしまっては、どんなイイワケだって出来ません。
ただ、生活に慣れてきたので、更新頻度は高まる、と思います。
願望毎週、目標隔週、最低毎月くらいには、何とか……。
「──────ステラ?」
「知らないです」
ステラが拗ねた。
申し訳ないが、とてもかわいらしい。
──────正直このまま見ていたい。
だが、このままでは話が進まない。
参ったなぁ。仕方ないなぁ。
保護者面をして大人げなく行こう。
さて、全ての事柄には原因が必ずある。
どんなに事情が込み入っているように見えたとしても、絡まった糸を解くように解決すればいい。
唇を尖らせてそっぽを向く。
気になるのか時々こちらを見る。
そして、目が合うと慌てて顔を背ける。
分かりやすく『私は拗ねています』と言わんばかりのポーズ。
改めて言うが、本当にかわいらしい。
拗ねている事を知ってほしい。興味を引きたい。
もっと構ってほしい──────自分だけを構ってほしい。
「ごめんねステラ」
「別に……特に謝ってもらう事はないです」
頭の上に手を置く。
手の平を通して微かな感情が伝わる。
手を置いた瞬間、微かに震えた肩。
直後、心地よさに身を預けようとして──────我に返ったかのように反発。だが、名残惜しい。
あからさまに拒絶するわけではない。
むしろ、踏み込んでほしい。分かってほしい。
だが、簡単に踏み込んでほしくもない。簡単には分かってほしくない。
──────そんな複雑な感情。
「──────ごめんね、ステラ」
上目遣い。少し膨らんだ頬。
いかにも『不満です。とっても怒っているんですよ』といった感じの表情をされる。
思わず、人差し指で膨らんだ頬をつつきたい衝動に駈られるが抑える。諸手を上げて怒るに違いない。……見たい気もするが、今回はお預けだ。
人の心なんて理解できるはずがない。
それは当たり前。自分と他人は違う。
コミュニケーションに100点満点の答えなんてない。
この少女が欲しがっている言葉は自分には分からない。もしかしたら、ステラ自身にも分からないかもしれない。
だから──────卑怯な手を使わせてもらおう。
「俺は君と出合ったばかりだから、どんな風に謝罪したら良いのか分からない。
だから、物で釣らざるを得ない俺を許して欲しい」
闇属性の《収納》──────空間を歪めてポケットと呼ばれる『異次元のくぼみ』を作り、ソコに物品を保存する魔術。自分のように時間の流れが存在しない亜空間を作成する場合は大魔術に分類される。
取り出したのは内に黒い液体を保存したガラス容器。それと白磁の上皿。
白磁の上皿に粘性の透明な液体を垂らす。
明らかな異臭。表面から立ち上がるゆらぎ。
パチリと指を鳴らし発生した火花から発火。先端に鬼火を灯した人差し指を黒い液体に近づける。
†
ギリシャの叙事詩イーリアスにこんな逸話がある。
それは英雄アキレウスと智将オデュッセウスの物語。
アキレウスの母は息子が戦争に行くことを嫌がり、女装させて少女の集団に紛れ込ませた。
少女の一人との間に子供が出来たりしたが、それでもバレる事はなかった。数年後、神殿に商人に扮した男が現れるまでは。
その男の名をオデュッセウス。かのトロイア戦争におけるアカイア軍側の将軍である。
アキレウスがいないと戦争に負ける。そんな予言をもとに、オデュッセウスは少女の中からただ1人の少年を探す事になった。
さて、彼はどうしたか?
もったいぶらずに結論を言おう。少女が好む物の中に、1つだけ武器を紛れ込ませたのだ。
その結果───英雄の気質を持つアキレウスのみが剣を手にした。
さて、この伝説から学ぶべき事は『求める相手の性質を読んで、適合する物を選ぶ』と言う事。
玉石混交恐るに足らず。石山の中に紛れた玉の性質を知れば簡単に見分ける事が出来るはずだ。
例えば、藁の山から一本の針を探す事は困難だが、磁石を使う事を思いつけば幾らか楽になる。
ここで気を付けたいのは相手の事を知る事だ。
藁の山から針を探すという例を出したが、針が骨でできている場合もあるだろう。
相手が針ならばトライアンドエラーを繰り返せば良いが、相手が人間の場合はそうは行かない。
親が子供に与えるモノ──────それには期待という重しが括り付けられている。
どんな親だって、子供には優れた人生を送ってもらいたいものだ。
優れた才能。優れた人脈。優れた学歴。優れた外見──────果てには、優れた結婚相手に優れた子供に孫、ひ孫。
そのためには金に糸目をつけない、そんな親のどんなに多い事か。
だが、親は万能ではない──────例えば、未来を視たりなんて出来るワケはない。
世紀の発明をするはずだった将来の大天才や、美術史を書き換えるような将来の大芸術家に、スポーツ選手になって欲しいと願っているかもしれない。
この例えで、スポーツを心身の健康のため、などと親が割り切ることが出来たら子供は幸せかもしれない。
まぁ、人生なんてモノはどう転ぶか分からないモノだ。
責任を取る事なんで誰にもできやしない。もしかしたら、本人だって出来ないだろう。
話を戻そう──────いや、話を変えよう。
俺とステラの関係は何だ?
冒険者と依頼者。つまるところ、利害関係だけで繋がった赤の他人だ。
保護者に送り届けるまで護送する。
その契約上、身を護るための防具や身分保障、最低限の食事や衣類を与えるのは問題ないだろう──────流石に厳密な栄養バランスとか本来の身分に相応しい衣類の品性などは保証できないが、これは仕方ないと割り切って欲しい。
さて、今度こそ話を戻そう。
俺はステラに対してモノで機嫌を取ろうとしている。
少なくとも10代前半の少女───幼女と言うべきかもしれない───に対して50の男が取るべきではない行動だ。決して間違っている行動ではないが、少なくとも褒められた行いではないだろう。
だが、俺にはコレを確実に気に入ると感じた。
アキレウスに対する武具。周りの少女は見向きもしないモノ。
この世界の一般的な少女なら見向きもしないだろうが、ステラなら確実に気に入る。そんな天啓じみた直感が走った。
理由は分からない。だが、直感には必ず理由がある。直感とは無意識的に集めた情報が導いた答えなのだ。明確な理由を示せないが、理由は確実にあるのだ。
出会ってから一晩しか経っていない少女相手に、どんな理由があれば『一般的な少女が気に入るはずのないモノ』を『確実に気に入るモノ』だと導き出したかは分からない。
まぁ、失敗したならば『面白い手品を見せようと思った』なんて嘯けば済む話ではあるのだが。
──────粘性を持った透明な液体に火が付く。
さてショーダウン。魚は食いつくのか。
目を見開くステラ。
その瞳が燃え盛る炎を映して揺らめく。
──────よし、食いついた。
明らかに夢中になっている。モノを使って気を引く、という当初の目的は達成された。
あとは、食いついた魚がどれくらい大きいかを探る。釣り師の腕の見せ所だ。魂の管理者たる冥府神ハデスの名代たる『冥王』の名に懸けて、太公望もかくやあらんと言わんばかりの人釣りを見せてやろう。
「これはガソリンといって──────」
「──────燃える水!燃える水じゃないですか!?」
夢中で見ていたステラが、がばっと食いつかんばかりに顔を向けてくる。
輝く瞳、つばが飛ぶかと思うくらいの勢いと顔の近さ。
ずいぶん食いつきが良い。何というか食べられそうだ。
魚を釣ったと思ったら龍だった。いつの間に登龍門の上に陣取っていたのか。
藁の山にある針を磁石を手に探していたら針が手の平を貫通した感じだ。
針がネオジム磁石で出来ていたとは聞いていないし、想像すらしていなかった。
イーリアスで例えるのならば、勢い余ったアキレウスはオデュッセウスに切りかかった感じだ。
おぉ、智将オデュッセウスよ。勇者アキレウスに切りかかられるとは情けない。
「アテナの加護が無ければ危なかった」などと言っている場合ではない。トロイヤ軍に引き込むという使命をどうしてくれるのだ。総大将アガメムノーンが安全地帯で嘆いているぞ。
だが、ここに居る(比喩なので居ないが)のはトロイヤ戦争を勝利に導いたアカイア軍最知の英雄オデュッセウス。彼ならば、言葉巧みにアキレウスを言いくるめるだろう。
──────落ち着け。
好奇心という餌でステラを釣り上げた。
ならば、後は捕まえるだけだ。大きい魚を釣り上げて逃げられた、なんて笑い話にもならない。
「──────なんだ、知っていたのか」
「知ってるも何も───」食いつき気味に迫ったところで我に返ったらしい「───ごめんなさい」
「別に謝る事じゃない」と、肩を落とすステラの頭を撫でる。一瞬、食べられるかと錯覚したが、大したことではない。歴戦の冒険者相手にここまでの恐怖を植え付けるとは……只者ではないな。
拗ねる事は止めてくれたが、その代わりにしょぼくれてしまった。
……やれやれ。難しいモノだ。
†
「テラさん、ごめんなさい」
「改めて言うけど、別に謝る事じゃない」
「本当ですか?」
「本当だよ」と俯いているステラの頭を撫でる。
サラサラとした触り心地。きめ細やかな砂のように、手の平からこぼれ落ちていく──────いかんな、撫でるのが癖になってる。
話を戻そう。
「オジサンにとっては拗ねてくれて嬉しいよ」
おそらく、ステラが誤った理由とは異なるが、こちらが先決だ。
「そ、そうなん、ですか?」
一瞬、口ごもるステラ。一瞬の戸惑いに気づかないフリをして「そうだとも」と頭を撫でる。
「甘えるのとは違って、拗ねるのは『拗ねても大丈夫』って信頼がないと出来ないからね」
経験上、助けられた直後の子供の反応は二通りだ。
愛想を振りまくか、疑ってかかるかだ。
前者の方は簡単だ。
見捨てられたくないから愛想良く振舞う。
言い方は悪いが、しっぽを振る犬のように。
後者の方も理解できる。
人を信じることが出来なくなっている。
激しい虐待を受けた動物は簡単に人には懐かない。
根底には恐怖がある。
酷い目に合うのが怖いから愛想を振りまく。
酷い目に合うのが怖いから関係を結べない。
出会ったばかりのステラ──────ステラとなる前の少女は酷く衰弱していた。
ステラは奴隷として、劣悪な環境に身を置いていた事は想像に難くない。
このような場合、助けられたばかりの子供は助けられた事を疑う傾向にある。
疑う内容はいくらでもある。例えば、何のために助けたのか。もっとひどい扱いをされるんじゃないか。それとも売り飛ばされてしまうんじゃないか。
そして、ステラも疑った。
黙って胸裏に秘めるのではなく、感情のままにぶつけた。
自分は、可能な限り誠実に答えた。可能な限り丁寧に接した。
その結果、拗ねてくれた。
例え拗ねても、手間を掛けさせてしまっても、この人は自分の事を見捨てない、という確信が無くては出来ない事だ。
疑うのを止めて信頼してくれた。
多くの子供を救ってきたが、こんなに早く拗ねてくれたのは初めてだ。
あぁ、こんなにうれしい事はない。最大の報酬といっても過言ではないだろう。
「──────テラさん、少し苦しいです」
「──────。おっと、ごめんよ」
慌てて手を放す。
思わず力いっぱい抱きしめていた。
感無量だった。これくらいは許してほしいと思うが、苦しがっているなら止めなくては。
「あ──────」
「ステラ?」
「いや、その……」
「確かに苦しかったですし、煙草の匂いがしましたし、おヒゲがジョリジョリしましたが───」頬を赤らめて、恥ずかしそうに「───その……嫌、とは言っていません」
──────お、おお、うおおおぉぉぉおおおあああああああ!!!
「テ、テラさん!?」
デレた!ステラがデレた!
マジか!こんな事あるのか!
それにしても、なんだこの破壊力は!
そして、価値観を揺さぶるかのような感情は何だ!?父性か!?父性なのか!?
「ちょっ、テラさ──────」
思いっきり抱きしめる。ついでに頬ずりもする。
ええい、逃がして堪るモノか!
「わ、わーーー!?」
†
ちっちゃくて柔らかくて、暖かくてシャンプーの香りがした。
「──────ふぅ」
大満足。
腕の中のステラはぐったりしている。
「ゴメンねステラ」
「いえ、だいじょぶ、です」
生も根も尽き果てた、と言う感じ。
……悪い事をしたな。
落ち着いた今でも、信じられない。
あんなにボロボロになった少女が、こんなにも早く心を開いてくれるとは。
あぁ、それだけで助けた甲斐がある。今までの行いは──────ステラと出会ってからではなく、それこそ迷宮での塗炭の生活は無駄ではなかったのだ。
生死の矛盾した迷宮で比喩ではなく何度も死んで、深淵で待ち受けていた真実に打ちのめされて、迷宮を完全攻略して、居場所のなくなった迷宮を出て、冒険者になって、死に場所を探して、悪竜と戦って、それでも死に損なって。
そして、そして。そして──────光。
「テラ、さん?」
抱きしめる。強く抱きしめる。
そうしないと、この奇跡が逃げてしまいそうな気すらした。
「ありがとう、ステラ」
声が震えているのが自分でも分かった。
「どういたしまして」
小さな手が背中に回される。
あぁ、ダメだ。誤魔化せない。
視界が歪む、嗚咽が漏れる。
「テラさん──────」
視界が塞がる。
暖かい闇に包まれる。
頭を抱きかかえられている事に気が付く。
いつの間にか抱きしめる力が緩んだのか、ステラはベッドの上で立ち上がっていた。
「──────こちらこそ、ありがとうございます」
†
ベッドの上に隣り合って座る。
急に興奮した後、虚脱感に見舞われた。
その心の隙から貯めこんでいた澱みというの名の過去が流れ出した。
落ち着くのに少し時間が掛った。
自分とステラの間にある距離は、感情という名の濁流に押し流された時のモノか。
「──────あの、ですね」
何となく気まずい空気の中、ステラが切り出す。
「ステラ?」
「いや、あの──────あの時、私が謝った理由なのですが」
思い起こす。
20分も前じゃないのに、昔の事のようにすら思える。
かなり思い入れの強い出来事を挟んだの仕方ないが。
思い返すと、かなり恥ずかしい事をしてしまった。
少女の胸で涙する50男。通報待ったなしである。
「実は、拗ねてしまった事じゃないんです」
一瞬の空白。慌てて頭を切り替える。
知っていたので「あれ、そうなのかい」と、とぼける。
「それじゃぁ、どうして謝ったのかが分からないなぁ」
「えっと……テラさんをビックリさせてしまったから、です」
「それだけ?」
「──────え?」
手の平を反す。
理由が分からない、という前提を崩す。
「謝ったのは、オジサンをビックリさせたから──────それだけかい?」
底意地の悪い質問をしているのは分かっている。
だが、この少女が備えているナニカ──────それを開花させないのは間違いだと思った。
その先に、この少女に俺が出来るの事があるんじゃないか、そんな風に思った。
躊躇の末、ステラは答える。
「──────それだけ、です」
「本当に?」
ゆらり。
炎が揺らぐ。
「普通じゃないって思ったんです」
「何が?」
「燃える水を見て、はしゃぐなんて」
「普通なら、可愛いモノとか綺麗なモノに興味を持つべきなんです。
普通じゃないから、可愛いモノとか綺麗なモノよりも不思議なモノの方が好きなんです。
私は──────」
──────私は普通ではないんです。
自分は普通ではない。
自分は、周りの人間が期待する『普通』ではない。
現代日本では別に問題ない程度の些細なズレ。
そのような悩みを抱える青少年には「それを長所として伸ばせば良い」と助言を与えるべきだろう。
だが、ここは異世界──────格差のある封建社会。
諸人は普通という檻に閉じ込められ、そこから逸脱しようものなら激しい弾圧を受ける。
諸人は産まれによって激しく制限され、そこから抜け出すには何かしらの『力』がいる。
例えば、一人の捨て子が『戦闘力』を頼りに英雄となったように。
例えば、一人の少女が『知力』を尽くして軍務卿になったように。
少なくとも、『普通じゃない苦悩』から脱するには『始めの力』が必要だ。
だが──────ココには『力』を持つ人間がいる。
「そうかい?俺は素敵だと思うよ」
「──────え?」
それは現代日本だったらば、誰しも持っていて当たり前の『力』。
本来なら誰しも持っていて然るべき『力』──────『理解力』だ。
「俺がステラにガソリンを見せたのは、君が興味を持つと思ったからだ」
「テラ、さん」
「ガソリン以外にも、色々な不思議なモノを持っている。
俺が、じゃない──────俺たちが、だ」
困惑した目。その下に、光が垣間見える。
その光は期待か、それとも希望か──────
「それじゃあステラ、いくつか質問をしていいかな?」
俺は、その光を知りたいのだ。
7話『カーテン越しの朝日』でした。
カーテンの向こうが明るくなったからと言って朝日が昇ったとは限らない。
──────天幕の向こうを知りたいならば
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
謝りあって、感謝しあって。
というワケで今回もコミュ回。
新たな登場人物は次話を待ってください。
これからもよろしくお願いいたします。
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