0-5 暖かい布団で微睡むように
薄雲の揺籃、晴天の霹靂と雨後の虹霓
大ッッ変お久しぶりです。
社会人って自分から時間を作らないといけないんですね……。
単に難産だったこともありますが。
今回はステラ目線です。
夢を見た。
全てが滅ぶ夢を見た。
†
其は人を憎む悪竜。
女神の試練の一つ。
世界を滅ぼす10の災厄。その4。
九の蛇頭。切断したら倍に増えるとされる。
即死の毒。加護なくば見ただけで発狂する。
憎植伝染毒竜レディオ・ヒュドラ
毒は増殖し、憎しみを植え付ける。
愛憎反転。人間を自らと同じ存在に作り替える。
即死できた者は幸せだ。そうでなくば、生きたまま体を作り替えられ、愛した者から優先して手に掛けなくてはならなくなる。幸福と快感に侵されながら。
†
少女にとっての全てが滅んでいく。
少女によって、全てが滅んでいく。
少女は加護によって時を超えて毒竜を見ながらも、加護によって発狂できなかった。
竜の封印が解け、少女自身を守る加護の防壁が破られた瞬間、少女の体は竜に変生する。少女の精神のまま。正気のまま。
変性が決定した少女を未然に殺せなかった。
最後の瞬間まで少女の側にいる事を選んだ。
そして少女は夢を見る。
全てが滅ぶ夢を──────
†
滅ぼす。滅ぼす。滅ぼす──────
愛しいのに、楽しくてたまらない。
憎しいのに、悲しくてたまらない。
全てが混然とする。
記憶と感情が無茶苦茶になる。
最後の表情が微笑みなんて嫌だ。
私/竜への選別/嘲笑のように。
──────電の槍。
──────空を裂く漆黒の二叉槍。
夢の世界が滅んでいく。
其は予知に映らない予見殺し。
確定した未来を覆し殺す死神。
昇る朝日を約束する安寧の暗闇──────
†
幼子よ、なぜ泣くのか。
その理由を話しておくれ。
私はキミを抱き締めよう。
溢れる涙を受け止めよう。
夢の話を聞かせてくれ。
さあ、じきに夜が明ける。
今日は何を見に行こうか。
新しい世界を見に行こう。
†
目が覚めた。
優しい歌を聞いたような気がする。
「起きたかい?」
「──────テラ、さん」
日が昇ったばかりの白い光に染まった部屋。
優しい表情をした色白の青年。
少し乱れた髪とその奥の瞳は吸い込まれるような黒。
ベットから体を起こす。
一束の髪の毛が目に掛る。
「隣、失礼するよ」
そう言ってベッドに腰かけ、私の顔に指を延ばす。髪の毛を整えるのだろうか?
右手の袖から、この部屋で嗅いだことのないニオイがした。
「怖い夢でも見ていたのかい?」
目元の湿り気を拭われる。
「──────え」
「さっきまで泣いていたんだよ」
私の目に掛った髪の毛を掃う。
そのまま、髪の毛を手櫛で整えていく。細く長い指が、髪の毛を梳いていく。
「ステラ。キミがどんな夢を見ていたかは分からない。
でも、キミが怖い夢を見て、その内容を忘れられないなら話してくれないかな?オジサンで良いなら聞いてあげるよ」
テラさんの指の動きが、ほんの少しゆっくりになる。
「──────テラさん」
「どうしたのかな?」
指の動きが止まる。
「テラさんって、分かりやすいですよね」
「…………そうかい?」
「ええ、とても分かりやすいです」
例えば、相手を心配しているときは一人称がオジサンになるとか。
例えば、会話中に手持無沙汰になったら、相手の髪の毛をいじるとか。
いくつか挙げていくと、テラさんは体勢を変えるふりをして少し遠ざかり、ついでに目を逸らす。
本当に分かりやすい。多分、この後は何か作業をする、と言って距離を取って仕切り直すのだろう───そうはさせない。
少し恥ずかしいけど──────
「──────えいっ」
「おっと!?」
腰を浮かせ始め、体のバランスが崩れたところを狙って腰に飛び込んで抱き着く。
「びっくりした……。危ないよ、ステラ」
逃げられないようにベッドに倒そうと思ったが、体重差やステータス差から片手で支えられてしまった。
もしかしたら、体勢を崩しているように見えたのは勘違いだったのかもしれない。……いや、この程度は体勢を崩したうちに入らない、のか。
腰の下に手が差し入れられる「よっと」視界反転。
私はテラさんの腰に抱き着いたまま。安定感のある左太腿に頭を乗せて、私のお腹はテラさんの右足の付け根あたり。
「ごめんなさい、テラさん。でも、こうしないと逃げちゃいそうな気がして……」
まぁ、捕まえたつもりで捕まえられてしまったのだが。
見上げる。
目が合うと、露骨に目を逸らすテラ。
本当に分かりやすい──────変わらないなぁ。
──────あれ?
何かが引っかかる。
私は今、何て思った?
刻一刻と輪郭がぼやけていく。
この感覚を逃してはダメだ。そんな焦燥感が奔る。
「───っ!」焦燥感のままに口火を切る「テラさん!」
「──────ん?何かな」
落ち着いた声。いや、私を落ち着かせるような声。
「えっと……」
言葉に詰まる。
聞こうと思った内容が、靄がかかるかのように急速に曖昧になる
「もしかして私たち、どこかで出会った事ないですか?」
「新手のナンパかな?」
しまった、聞き方を間違えた。
初対面の人に強引に話しかける切っ掛けを作る、みたいな感じになってしまった。
「まぁ、出会った事は多分ないけど、カバーストーリーの設定がそうなっているから混乱したのかもね」
頭を撫でられる。
不思議とそれだけで落ち着く。
大きくて少し冷たい手。安定感のある膝。安心して何も考えられなくなる。
「そう、なのかも……しれません」
聞きたかった事はそういった内容ではないのだが、先ほど感じた感覚はとうに失せていた。
何となく後味が悪い感じがするが、仕方ないと割り切る。
「もしかして、カバーストーリー作ったせいで変な夢でも見たのかな?」
「いえ、そういうワケではない……と思います」
申し訳なさそうなテラさんには悪いが、夢の内容は覚えていない。
抱きついたままの私と頭を撫で続けるテラさん。
特に会話はないが、居心地の悪さを感じる事はない。
陽だまりのような温もり。油断したら足をパタパタとさせてしまいそうだ。
何となく感じる気恥ずかしさを隠すように、テラさんの腹に抱きつく力を強める。
いい匂いがするわけではない。でも安心する。安心するのだが──────
──────これは何のニオイだろうか?
ナニカの匂いが混ざっているように思える。
先ほども感じた、この部屋では嗅いだことのないニオイ。このニオイは──────
「───外のニオイがします」
知らない空気の匂い。
何となく埃っぽいような気がする。
それと、何と言っていいか分からないが何かの気配がする
「あぁ、さっきまで風を浴びてたからね」
何となく声が遠い。
会話の焦点が合わないような、伝える事を小出しにしている感じ。
「それだけですか?」
「……タバコ吸ってたよ」
─────嘘だ。
確かにテラさんの服からは独特なタバコのニオイがする。
でも、気になったニオイはタバコのニオイを上書きしている。
「新しいタバコのニオイはしないです」
顔を上げて、目を合わせる。
目線が絡んだ瞬間、僅かに視線の先が揺らぐ。
「…………気を付けたのさ」
とっさに出た言葉の意味を理解し、表情が一瞬止まる。
タバコのニオイが付かないように気を付けるならば、服を変えればいい。理由は分からないが、直感的にそう思った。
「テラさん───隠していること、無いですか」
「……はぁ」ため息「どこから気づいたんだ──って初めからか」諦めたように少し投げやりな口調で。
「追っ手が来た」
「私の、ですよね」
「そうだね」
「どう、したんですか」
「処理したよ」
「そうですか……」
淡々と告げるテラさん。
その横顔は冷たく強張っている。
「テラさん」その言葉は無意識に出ていた「私はここにいて良いんですか?」
「良いよ」
返事はすぐに帰って来た。
「キミはここにいて良い、それは俺が決める事。
キミが決めるのは、ここに居たいかどうか、だ」
目が合う。
──────どうする?
その瞳は光を吸い込むような黒。
「私は、あなたのそばに居たいです。でも、テラさんは良いんですか?」
「オジサンは構わないよ。最後に決めるのはキミだ」
笑う。
「依頼だって言いましたよね。私は何も差し出せませんよ」
「金も地位もある。女や土地をもらっても面倒なだけ。
詰まる所、俺を満足させる報酬は存在しないのさ」
頭に、軽く手がのせられる。
「オジサンが──────俺がステラを助けたのは単に偶然。その時に気が向いたからだ。
もし、報酬を払いたいと思うなら、助けて良かったって思わせてくれれば良い」
少し力を込めて、大雑把に頭を撫でられる。
「いくら考えても、すぐに答えは出ないさ。
いっぱいまで飯食って、満足いくまで眠って、頭空っぽになるまで動いて。そんな風に日々を過ごしたら、いつか答えが出るだろうさ」
……。
そう言うモノなのだろうか。
「そう言うモンだよ」キミも分かりやすい。そんな含み笑いが聞こえた気がした「まぁ、不安なのは分かるけどさ」
逃げ出した場所で偶然出会った見ず知らずの冒険者に助けられる。
「まぁ、裏があると思うのは当然だ。
対価と安心は等価交換。利害関係の一致こそが真の協力関係だ」
でも例外はある。
感情のみを対価とする一方的な献身。
「人は生まれる場所と死ぬ刻限を選べない。
だからこそ人は『彼ら』に祝福を与える。
生まれて間もない子供。今わの際の老人。全てを手に入れる者と全てを失う者。
ステラ──────全てを失い。これから全てを得る者よ。私が貴女を祝福しよう」
──────。
其は『力』ある言葉。
黒と緑。兜と槍、鎌と鋤。
始まりと終わりの管理者。その間に何を成すかを見定める者。
『彼』は私の頭を撫でる。
大きな手だ。大きくて冷たい。でも不安に思うことはない。
「まぁ、なんだ……騙すつもりなら名前なんて付けないさ」
脇の下に手を入れられ持ちあげられる。
腰が浮く。目線の高さが揃う。まるで、赤ちゃんを抱き上げるように。
「新しく名前を得た。それはもう一度産まれなおしたに等しい意味を持つ。
俺は名付け親に過ぎないけど、君を──────ステラを守る責任がある」
そのまま抱きしめられる。
「だからさ、不安に思わないでくれ。
いや──────不安に思っても良いから、それを隠さないでくれ。
迷惑かもしれない、なんて思わないでくれ。隠される方がよほど辛い」
優しく背中を叩く手。
子守歌に似た安心感。
「君を守る責任がある──────なんて言っても俺自身、至らぬ点が山ほどある。
さっきは俺が名付け親だって言ったけど、君の方が優れている事だって色々あるだろう」
また、脇の下に手を入れられる。
今度はベッドのすぐ側に動かされる。
足が付く。今度は私の方が目線の高さが上になり、ベッドに腰掛けるテラさんを見下ろす形になる。
「これから色んな事があるだろうけど、互いに助け合っていこう」
手が差し伸ばされる。
「よろしく、ステラ」
──────。
「はいっ。よろしくお願いいたします、テラさん」
握手の向こうで、誇らしげな笑みを浮かべていた。
†
ベッドに腰かけ肩を寄せる。
頭に手を置いた後「はい、コレ」私に上着を羽織らせる「ありがとうございます」「どういたしまして」
「言うの忘れてたけど、朝食の前に洋服屋さんが来てくれて、ステラの洋服を見てくれるらしい」
「あ、そうなんですか」
「そうなんだよ。朝食が始まるのが7時から───だいたい一時間後から。洋服屋さんが来るのは30分くらい後かな」
「そうなんですね。楽しみです」
空いた時間を特に意味のない話で繋ぐ。
会話が途切れる事もあるが、居心地の悪さは感じない。
「しかし『自分はここにいていいのか』か、髄分と哲学的な事を考えるね」自分が君くらいの時は明日の飯の事しか考えてもなかったよ、と呟いてから「そう言えば、ステラって何歳?」
「12歳らしいです」
「(らしい……?)そうか12歳か。思ったよりお姉さんだな」
「思っていた年齢と一緒だったから、何となく気まずい、ですか」
「なんで分かるんだい?」
「テラさんは分かりやすいです」
「参ったなぁ……今まで助けた女の子にはそんな事言われたこと無かったのになぁ」
……。
「……私の前に、女性を助けた事があるのですか?」
「ああ、何度もあるよ。一番幼かったのは───たしか9歳だったかな?」
…………。
「男の子もいたし、子供じゃない事も当然たくさんあった。
でも何故か女の子に助けを求められる事が多くてね。
財団の仲間の手を借りて、出来る限りの事はしてあげた。一人立ちした後も財団が手助けしたりね」
……………………。
「でも、助けた後に『自分はここにいていいのか』って聞いてきたのは君が初めてだよ。
他の子はすぐ甘えてくれたからなぁ……」
…………………………………………。
「──────ステラ?」
「知らないです」
六話『暖かい布団で微睡むように』。
暖かい布団。それは絶対の安寧。
自分だけでその『世界』を作るのは難しい。一人暮らしを始めて痛感した事の一つ。
誰か───または過去の自分───の努力があってこそ。
何となく過ごしていた日常は守られたもの。物事には必ず過去がある。吉凶は表裏一体。一瞬の出来事で変わる者なのだ。
──────薄雲の揺籃、晴天の霹靂と雨後の虹霓。
長くなったので分けました。
続きは来週月曜日に投稿……出来たらいいなぁ。
分けたのでタイトルを変更しました。
次回タイトルこそは『朝の陽ざしよりも明るく』を予定。
これからもよろしくお願いいたします。
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