0-4 朝日は未だ昇らない / Terra Pluton ─ eclipse or light eater(lux defectus in Latin) ... or the Death
幽王。
よし、間に合った。
ゴールデンウィークの後始末で書く時間が全然なかった……
電車の時間って便利だなぁ……φ(..)カリカリ
ワイバーンに乗り、夜明け前の空を翔る。
風属性の神秘を使って、自分の周りだけ向かい風をかき消すのは容易だ。だが、耳元をゴウゴウと撫でる、肌を切るような強く冷たい向かい風の感覚は何事にも代えがたい。クソッタレな任務を吹き飛ばしてくれるようだ。
ワイバーンは竜種である。
竜種の中では最下位の神秘しか保有していないとは言え、群を抜く機動力を持っており、一匹のワイバーンですら上位階梯の冒険者のパーティーでも仕留め損なう事がある。
こんな危険な奴に乗っている、という時点でまともな仕事じゃない。
しかも、ワイバーンは特別に調整された強化体。それも1体ではなく20体ときた。これだけの”戦力”があれば小規模な村なら容易に更地になる。正面から討伐するなら、専用の軍隊が必要になるだろう。
上からの命令曰く、目的は一人の少女。その証拠ごと消す事。
なんでも、『海峡交易都市』───通称、文化交わる海風の都市───の治療院に配属しようとしたところ脱走されたとか。
そして、その少女───R136a1は現在、長距離移動列車に潜伏しているらしい。
らしいと言うのは彼女につけていた奴隷契約の首輪の位置が分からなくなったからで、仕舞いには反応そのものがロストしたとか。
明日の昼に『鉱泉城塞都市』───通称、時代重なる鉱泉の都市───に到着するらしいソレを《透過》の魔術を使いながら、線路に沿って飛ぶ事で詮索し特定、強襲する。最後尾に特等室用の特別車両が付いているらしいが……さて、どうなるか。
強化体ワイバーン20体という戦力。
長距離列車に潜伏する少女の証拠を消す。
……まぁ、『そういう事』である。
自分の組織の上層部は帝国内での事柄なら大抵はもみ消せる。出来ないかもしれないが、少なくとも彼らはそう信じている。
──────勇者。
よく分からない連中だ。
無限に存在する平行世界の一つ。その地球に存在するニホンという国から招かれた人類の希望──────という名目の『帝国』の『兵器』。
……まぁ、容易く制御できると思っていたら手酷く手を噛まれたのだが。
その結果、女宰相は失脚し果ては行方不明。クーデターを促した連中も勇者には頭が上がらない。
そんな連中から『加護』なんて便利なモノを貰っちまった時点で人の事は言えないが。
曰く、旅や交渉、魔術。果ては詐称や盗みまで様々な分野を司る神様だそうだ。
そんな御大層なモノを貰ってするのが、名前ですらない符号としての呼び名しか知らない少女の殺害。そして、証拠の全てを破壊する事。
まぁ、ロクな死に方は出来ないだろう。
死体が残れば良い方かも知れない。あの■■■のように行方不明が妥当だろう。
……あれ?誰だっけ?思考に靄がかかったような?
「よぉ、こんな時間からどうした?盗んだワイバーンで走り出したくでもなったのか?」
──────男がいた。
黒装束を纏った、病的なまでに青白い肌をした不気味な男だった。
俺のようにワイバーンに騎乗するワケでなく、空中に浮いている。外見も合わさって幽霊のように見える。
しかも、俺と相対位置が変わらない。ワイバーンは長距離移動列車が半月掛かる距離を半日で移動できる程の機動力を持つ。それに追いつく程の高性能のアイテムを持っている、もしくは魔術や奇跡の使い手、と言う事だろうか?
タイミングからすると、先ほどの『頭に靄がかかる感覚』はコイツのせいか。おそらくは高位の加護を持っているに違いない──────
ここまで考えた所で、散らばっていた無数の単語が線を結ぶ。
まさかコイツ、つい先日『海峡交易都市』から帰国した──────
「──────テラ=プルートーン」
「お、名前を知ってくれているとは嬉しいねぇ」
まさか、列車に乗っていたのか!?
英雄。冒険者の王。迷宮都市の支配者。プルートーン財団創設者。
最悪だ。こいつには適わない。冒険者になって一年目で最上位の竜種たる、『予言の悪竜』を単身で撃破した男だ。何としてでも逃げなくては──────
「そんなに大量のワイバーンを連れて、何をしようとしているのかな───って聞くまでもないよな」
「──────行けッ!」
とにかく時間を稼ぐ。
ワイバーンに突撃を命令。ダメージを与える事ではなく、ワイバーンの体で姿が見えなくなる事を期待する。
「ヘルメス、プシューコポンポス──────ハデスの隠れ兜を此方に」
祝詞を上げる。
伝令神ヘルメスの逸話を元に構築された《奇跡》を発動させる──────!
最上位の《隠蔽》の神秘を発動させるアイテム、ハデスの隠れ兜。
曰く、冥府を支配する大神ハデスが所有していたとされ、これを使ってハデスは戦ったとされる。
そして、この隠れ兜を借りた神──────伝令神ヘルメスの加護を俺は預かっている。
ワイバーンが時間を稼いでいる内に、少しでも遠くに行かなくては。
ヘルメスの象徴にして加護の源である、伝令神の杖と羽サンダルの効果で空中を歩けるとはいえ、ワイバーン程の機動力を持つアイツ相手にどこまで逃げ切れるか?
「いや、ハデス相手にハデスの隠れ兜が利くわけないだろ」
男は目の前にいた。
先ほど幽霊のようだと感じたが、コイツは幽霊じゃない。幽霊なんて格ではない。
ハデス───死の神。
そう、コイツは死だ。死そのものだ。
「──────ッ!ヘルメス、アルゲイポンテース。ヘファイストス、ハルパー!不死殺すアダマスの鎌剣を此方に!」
「おっと」
恐怖のままに武器を呼び出し振るう。
顕れるは大型の鎌のような武器。
しかし、男は難なくかわす。
「不死殺しとはいえ当たらなければどうと言う事はない。
形状を知っていれば、動作から軌道は読める」
男がハルパーに触れると、闇色の輝きと共に消え失せる。
「君の敗因はリサーチ不足。伝令神の加護を受けていながら、下調べが出来ていないのは大失点だね。
無策で旅をしたり、商売をしようとする者に伝令神が加護を与えてもロクな目に合わないだろうさ」
「ちくしょう……。だが、線路の側で行方不明になった事が分かれば、乗客である貴様が疑われるのは自明だぞ……!」
せめてもの悔し紛れ。だが、的を得ているハズだ。
伝令神ヘルメスの加護を通して連絡を取り合っている仲間もいる。俺の行動は無駄にはならないはずだ。
「線路?何言ってるんだ」男は言う「ここは川だぞ」
…………馬鹿な。
「──────いつから」
「そんなの決まっている」
思わず零れた言葉に男は答える。
「初めからだ」
視界が──────世界が闇に包まれる。
ああ、何も見えない。分からない。
やれやれだ、全く。ロクな死に方できないって思った矢先に死ぬ羽目になるとは。
──────ああ、それでも。
こんなにも安らかな気持ちで死ねるならば、いくらかマシな方か。
†
夜明け前の空に男が一人。
「やれやれだ、全く──────なんて、それを言いたいのは此方の方だ」
ワイバーン騎乗者を《収納》に突っ込み、黒装束の男──────テラはため息を付く。
本当にどうしたものか。
《収納》内部は時間の流れが無いとは言え、早めに処理したいところだ。
とりあえず、《収納》にぶち込んだ男は記憶を奪って、『旅の途中で発見した、事故にあったらしい行き倒れ』として病院───治療院にでも放り込んどけば良い。
即死させて《収納》にぶち込んだワイバーンは冒険者組合にでも持ち込めば良い。ワイバーンは竜種───立派な害獣だ。勝手に駆除しても文句は言われまい。
男が持っていた通信用のアイテムはハデスの権能を使って、強制的に寿命を迎えさせることで破壊。位置などを伝える事は出来なくなっているとはいえ、破壊しておくに越したことはない。
ワイバーンが列車を狙っていることに気付いたのが一時間ほど前。
その時点でハデスの権能を利用してライダーの魂魄に干渉し、『迷宮』の権能で迷わせた。男が持っていた加護の影響か効き目が出るまで時間が掛かったが、列車を視認する前には術中に落とすことが出来た。
それにしても随分と回りくどい事をした。
通信用のアイテムを使わなくても大丈夫だ、と意識の外に置かせる。
橋を通った時に、線路と川の認識を入れ替える。
そして──────男の記憶と真名を奪う。
後の問題は──────
「こんなヤツにも加護か、随分と気安くなったモンだな──────ヘルメス」
ライダーが持っていた伝令神の杖と羽サンダル。
『そう言わないでよハデス叔父さん』
返答があった。
ギリシャ神話の伝令神ヘルメス。
旅、商売、知恵、話術、魔術、盗みなどなど様々な分野を司る神々の便利屋。
「戦争の神に鞍替えしたのか?アレスがへそを曲げるぞ」
『そういうワケじゃないんだけどねー……。まぁ頼まれたからね』
様々な分野を司るという特徴から多くの信者を持つ。
それはギリシャ神話の存在していた世界から遠く離れた異世界でも変わらないのだろう──────ってそんなワケあるか。
「仕方ない奴だ。気安いのは昔からだからな──────と言うとでも思ったか?どうせアフロディーテにでも頼まれたんだろ」
返答はなし。適当に掛けた鎌だから、正誤は気にしない。
この世界にないモノならば、来訪者が持ち込んだもの。
しかし、ライダーはおそらくだが、この世界の生まれ。ならば彼に加護を与えた者がいるはずだ。
例えば、伝令神ヘルメス本人。
彼は多くの旅人や商人、あるいは魔術師や楽士、果ては泥棒や詐欺師に信仰された。
その経緯を鑑みれば、低位の加護を持っている連中が多い事は想像に難くない。
だが、彼は自分を信仰しない者に加護を与えるような者ではない。
今回のライダーはヘルメスの事をロクに知らなかった。そんな奴に加護は与えないだろう。
例えば、父なる天空の系譜にして輝きの名を持つオリュンポスの王ゼウス。
ギリシャ神話の中で唯一神に近い性質すら持ちうる最高権力者。神々の王にして神の代表、神の代名詞。
余談だが、神々の格の指標の一つに異名の多さがある。
ここでの異名は逸話に関係するものだったり、威信や容姿を褒めたたえるもの。あるいは習合した神の名前が異名として残ったりもする。
例えば、インド神話の最高神の一柱、維持神ヴィシュヌは1000の異名を持つとされる。
ゼウスが持っている異名の数は30を優に超える。
これはギリシャ神話の中では最も多い。なお、異なる神話では価値観が異なるので数値を比べる事に意味はない。
さて、話を戻そう。
偉大なるゼウスならば、ヘルメスの加護をバラまく事も可能だろう。
ヘルメスはゼウスの息子であり、様々な要件で使い走りをさせられた。
だからこそ、不用意にヘルメスの加護を与える事は嫌がるだろう。
さて、愛美神アフロディーテ。
愛と美、性欲と司る女神。アスタルテやイシュタルなどの外来の地母神とルーツを同じくし、多産や豊穣を司ることもある。また、彼女たちと同じく金星と結び付けられる。
性欲を司るだけあり、奔放な性格をしている。
ギリシャ神話において、オリュンポス12神の内の子供世代の男神と関係があり、夫である鍛冶神ヘファイストスや浮気相手である軍神アレス。伝令神ヘルメスや光明神アポロンとも関係がある。
アフロディーテが頼めば、彼らはホイホイ従ってくれる。加護を与えたのも、この性質かも知れない。
やれやれ、あんな奴のどこが良いのやら……。
余談だが、オリュンポス12神の内の親世代の男神であるゼウス、ポセイドン、ハデスの好みは貞淑な女性である。突発的にムラッとして襲ってしまう事はあっても、長く付き合うような事は余りない。
あ、そういえば──────
「そう言えば、アフロディーテに贈るために大神の蔵から黄金を盗んだ事があったが、その件はどうなった?」
『あーははは……何のことかな?』
突然、神話の事を蒸し返す叔父。
すっとぼけて返す甥。
「……………………」
『……………………』
沈黙が支配する。
だが、伝令神ヘルメスは話術の神。この状況を打開しようと口を開く。
『ところで、その器は何だい?随分と馴染んでいるね。相当気に入っているようだけど』
相手の興味を引き付けるような話題を選ぶ。
「問答無用──────プルートーン、ハーデス、ヘカトンテイル、タルタロス」
だが残念、ハデスはコミュ障だった。
ヘルメスの言葉に乗ると知らぬ間に誘導されるから、無視をするという正しい選択をした、とも言える。
テラは祝詞を唱える。
簡略化されたソレはハデスの逸話にまつわるキーワード。その羅列を並べて繋げたもの。
ハデスの逸話を元に構築された《奇跡》を発動させる。
「奈落行きだっ……!1050年奈落行きっ……!」
『ちょっ──────』
テラの影が蠢き、無数の漆黒の腕が飛び出す。
無数の手は伝令神の杖と羽サンダルを影に引き込む。
『待ってくれ叔父さん、ここで僕を奈落に落としても利点は無いんじゃないかな?』
「いや、意味はある。お前を逃がすと情報が洩れる」
そう言い捨てて、影は閉じた。
「さて、後は……っと」
†
「ハデスかぁ……厄介だなぁ」
先ほど漆黒の中に放り込まれるライダーを遠くから見守っていた男は───正確には彼の加護が───呟いた。
彼も伝令神ヘルメスの加護を授かった者の一人。加護の証に伝令神の旅行帽を被っている。
「取り敢えず、この事を他の担当者にも──────!」
男の足元の影が蠢く。闇より暗い深淵から伸びるのは光を喰らう漆黒の腕──────。
『知らんのか?誰であろうと死からは逃げられん』
漆黒の腕が現れた触れた瞬間、どこかからの声を聴く前に男は気を失った。
そして、漆黒の腕が伝令神の旅行帽を影の中に引きずり込む。
†
同じ現象が各地で起きていた。
†
未明、帝国宮殿某所。
「ディアナ殿、ヘルメスの加護を与えた者どもが加護を奪われました」
豪奢な服を着た男が慌てた様子で状況を伝える。
「ええ、私も感知しました」
それは人を──────人生を惑わす魔性の美。
応じるのは若い女性。少女。
男からすれば小娘と言えるような年齢の彼女は、しかして男よりも立場が上だった。
勇者ディアナ。
周囲を圧倒する絶対的な美を持つ少女。
金星を司る愛美の女神アフロディーテの加護を持ちながら、月女神を称する勇者の長。
「アウトリュコス様はどうでした?」
「私は問題ない。だが、貴殿の──────アフロディーテの力でヘルメスの加護を受けた者は全員、加護を剥奪された」
男はアウトリュコス。
勇者のクーデターを指示した貴族の中心人物。現・宰相。
伝令神ヘルメス加護を受けて生を受けた転生者。加護の由来から、生来の名とは別に伝令神ヘルメスの息子の名を名乗っている。
「なるほど、ありがとうございます。殿下には私から伝えるわ。
貴方には引き続き、プルートーン財団の監視をお願いします」
だが、宰相たる彼でも勇者の長であるディアナには強く出られない。
理由は二つ。一つは彼女が皇太子テレイオスの婚約者だから。もう一つは──────
「──────話は終わりかしら?」
「聞いていたでしょう、可愛いトリウィア。後で話を聞かせてちょうだい」
「──────めんどくさいな、どうせ犯人は分かってんだからぶっ潰せばいいだろ」
「お義兄さま、少し抑えてくださいね。アレスの力が必要な場面はすぐに来ますから」
側近の存在。
今の2人以外に後2人いる。
彼らの機嫌を損なえば、一瞬で、物理的に首が飛ぶ。
「では、これで失礼いたします」
「ええ、よろしくお願いいたしますよ。アウトリュコス様」
何かが起きる前に退散するに限る。
退室するアウトリュコスを側近は一瞥すらしなかった。
側近の二人にとって、自分は替えの効く存在である。その事は百も承知だった。
面白くない事ではあったが、自分も勇者に対して同じ事を考えていた。
利害関係で繋がった関係。それ故に、その関係は効果的に機能した。機能していた。
†
テラは朝日が昇る前に列車の上に飛び乗る。
この場合、何というのだろうか?途中下車ならぬ途中乗車?乗車と言いながら飛び乗ってるしなぁ……無法乗車?
どうでも良い事を考えながら、闇属性の魔術を使って天窓を空間的にこじ開け、特等室に入る。
「──────そうか、寂しい思いをさせたな」
そこに居たのは、目元に雫を落としながら眠っている一人の少女だった。
テラには、頭を撫でることしかできない。
いくら超人的なステータスを誇ろうとも、泣く子どもを慰めるために出来るのは人としての当たり前の行動のみなのだ。
待望の戦闘シーン!暗示!即死!剥奪!収納!……あれ、戦闘シーン、ドコ?
あと、どこら辺が朝日より鮮烈なの……ってなったので予告からタイトル変えました。鮮烈な戦闘シーンになると思ったのになぁ……
五話『朝日は未だ昇らない』です。
彼方に在りし、幽王の星よ──────見えないけれど、そこにある。
貴方の後ろを歩いている。いつか必ず、彼の王の手が届く。その時までに何をするのか、その時までに何を残すのか。
何を、遺す、のか……。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
今回は解説はお休み。ごめんなさいね。
ごめんなさい繋がりで、ゴメンねアスクレピオス。ハデスの槍で世界ごと貫いちゃったね……。
次回タイトルは『朝の陽ざしよりも明るく』を予定。
予告なく容赦なく躊躇なく変えることもあるので注意。変換ミスで出てきた『予告泣く』にならないと良いなぁ……。
これからもよろしくお願いいたします。
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