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阿修羅姫 まかり通る  作者: 鈴片ひかり
第二章 慟哭の日
9/45

9 あの日の出来事

宗像が退魔師になる前の職業が判明します。

皆さんの予想は?

 ~霊異庁本庁 第一会議室~


 ” 東京湾特定邪妖種迎撃作戦 ” から一週間が経過し、徐々に明らかになっていく被害報告の積み重ねに、霊異庁首脳部は頭を抱える幹部が増えていた。


 機動隊退魔中隊 重軽症者25名 死者13名


 民間退魔会社は 重軽症者14名 死者2名 PEC側のほうが状況が不利とみるや早々に撤退したらしい。KSS(北村セキュリティーサービス)も重軽傷者だけの被害に抑えているようだ。


 霊異庁始まって以来の犠牲者数であり、その内訳としては7割が濡れ女に絞め殺されたり、四肢を食いちぎられたことによる出血性ショック死、頭から食いつかれ生きながら食われた者までいたという。


 しかも幼い頃より資質を見出され、修行を重ねてきたエース部隊の面々がである。


 積み上がる被害報告書を睨みつけ、眉を顰める連中の懸念事項だけは共通していた。


 糺華の存在である。


 エース部隊に甚大な被害を与えたあの大邪妖 濡れ女を、軽々と打ち破ってみせた人智を超えた戦闘力……


「元々は封魔局がコントロールできなかったのが問題なのではないのかね? あの化け物を飼いならせればPEC(民間退魔会社)への膨大な報酬や補償を削減できるではないか」


「やってもいないで何を言うか! 我々はできる限りの手を尽くした。あれが暴れ周り本庁舎を崩壊寸前にまで追い込んだ時に、あのMDSの宗像がやってきたのだろう」


「諸君もご存知の通り、井の頭公園で保護された謎の少女であるあの”SR1 糺華”は宗像の言うことだけは聞いてるようだ。そもそもあの男は何者なのだ?」


「それを言えば宗像征士は、どこの神社やお山で修業した形跡もない、突然降ってわいたような人物が何故あれほどの退魔能力や戦闘技術を修練したのだ? 私は前から不思議でならなかったよ」


「たしかに一時は話題になりましたが、増え続けるフォースドメインの対策で後回しになっておりましたな」


「あいつの使う術は陰陽道から裏高野の密教呪術、神職の祓いまで行えるらしい。銃器の扱いや剣術にも長けていると聞く。奴こそ危険だ監視すべきではないのか?」


「MDSの人員規模は少数でありますが、国内有数、いえトップクラスの民間退魔会社であり先の東京湾、葛西臨海公園での防衛が成功していなければ本庁の試算で2万人以上の犠牲者が出ていたそうです」


「優秀なのは認めよう。だが優秀すぎるというのは問題ではないのかね?」


 秘書官が進行役の議長にある書類を手渡した。


「諸君、興味深い事実が手に入った。なんと宗像征士が退魔師に就く前の職業が判明したよ。くくくく……」


「まさか自衛隊か米軍特殊部隊なのか? もしや人民解放軍という線もあるか」


「やはり裏高野か比叡山!? 万が一にもヤタガラス出身ということは……」



「いいや、保育士だ」


『『 は? 』』




 ▽▽▽


 ~10数年前 …… 宗像征士 24歳  若き日の出来事である~



 巴波町うずままちひまわり保育園の朝は早い。


 新人保育士である宗像征士は、早朝出勤をし安全確認や備品のチェック、各種消毒品の点検などに追われていた。


「あら征士君、今日も早いわね」


都築つづき先輩おはようございます!」


「うふふ おはよう、いつも元気ね」


「園長先生なんか僕よりもっと早いんですよ」


「私の通勤距離だとこの時間になっちゃって、いつも負担かけてごめんね」


「何言ってんですか、新人の僕の仕事なくなっちゃうから気にしないでください」


 都築真由子は征士の二つ上の先輩ではあるが、この世界において二年先輩になると新人の宗像から見れば神の如き卓越した保育業の達人に見えているのは仕方がないだろう。


 ちょっとした子供同士の諍いやお遊戯指導の声掛け、全体を注視し子供の危ない行動があれば飛んで行って防いだりと、まるでどこかのスーパ

ーヒーローにしか思えない。


 しかも都築先輩はオルガンの演奏も園ではぶっちぎりで上手く、保育士試験のピアノもなんとか合格できた征士のような付け焼刃とは年季が違っ

ている。


 園児からも先生あれ引いてーとお願いされるシーンが多く、征士には頼まないと子供たちも耳が肥えているなと感心していまう。



 その日は……


 まだ秋には早く、夏の残滓がこびりつく暑い日であった。


 園庭で遊ぶ時間も短く区切り、帽子の着用や水分摂取を細かくチェック観察し、熱中症対策も万全に行っていた。


 汗を拭き絵本の読み聞かせをしている間に、給食担当は必死に人数分の配膳と、アレルギー除去食の準備に余念がない。


 征士も年長さんたちの遊びに付き合いながら、都築先輩を見習うべく視野の拡大と手元がおろそかにならないよう、全神経を集中していた。


 都築とは今まで5,6回ほど勤務後に食事に行ったことがあった。


 何気なく誘ったらokしてもらえたので、保育に関する相談を兼ねてのつもりだったがいつの間にか……征士は夢中になっていた。


 モデルのような美人ではないが愛嬌のあるかわいさが感じられる面立ちで、芯の通った強い意志と率先して保育関連の研修をこなす透明感のある女性だった。征士はいつの間にか恋をしていたと思う。


 先輩のようになりたい、目指したいから、この人の隣いたい。あの笑顔を自分だけに向けてもらえたら。


 友達以上、恋人未満。限りなく恋人に近い、初々しくもじれったい関係ではなかっただろうか。


 ちょっとだけ甘えてみたいなどという思いがあったが、少しずつ都築真由子という女性との距離が縮まっていく感覚は征士の保育士として成長したいという向上心にも火を付けていた。


 園長も気負いすぎず努力し、保護者からの評判も上がっている征士を正当に評価し、他のベテランおばさん保育士たちの厳しい目から見てもがんばっているというお褒めの言葉をいただくまでになっている。


「せんせー! こおりおにしよう!」


「もうすぐお昼だから時間がないよ?」


「ええ! こおりおにしたいー!」


 カズキくんというやんちゃなタイプの子は、今までは女性保育士を困らせていたわんぱくすぎるタイプだった。


 だが男性保育士たる征士が来てからは、ぶつかっていける相手を見つけたのか、受け止めてあげることで無茶なわがままが減ってきている。


 母子家庭のため、父親を無意識に求めているのかなという思いもあったが、征士は真正面から気持ちを受け止めるようにしていた。


「先生も氷オニしたいなぁ、でもお昼食べられなくなっちゃやだなぁ」


「え? ぼくもやだ!」


「だったら一緒に我慢しようか」


「う、うん……」


「よし、我慢出来てえらいぞ!」


 社会的報酬。


 一時的報酬である飴やお菓子ではなく、、褒められる、何かをしたことを肯定し次に繋がる何かを示すことが重要だ。


 カズキ君の母親はシングルマザーで多忙でありながらも、精一杯愛情を注いでいる立派な母親だった。


 だから保育園での様子を、今後に繋がるやりとりや、一緒に居られない時間を埋め合わせできるような内容も記載するよう心掛けた。


 当初はこの連絡帳に何を書くかで大いに頭を悩ませ、苦しめられた経験があるし今でもそうだ。


 あまり反応がない大人しいタイプだと、 書くことに困ると真由子に相談しことがあった。


「その子はその時にどこを見て、何を持っていて、どういう表情をしていたか覚えてる? 征士君、無反応に見える状態でも発している意思はたくさんあるの。それを見つけてあげることも大切なのよ」


 なんていう先輩だ。


 大人しい子は大人しいなりに精一杯周囲を観察し、憧れたり、近寄りたくないと思ったり、仲間に入れて欲しいと思っていたり、組み上げたブロックを見て欲しかったり、ほどけたリボンを結んでほしかったりしているのだ。


 そのような視野が開けてからは、子供たちが征士に向ける態度が変わっていった。


 絵を描いたら見せに来て抱きついたり、お昼寝の時に征士を遠くから目で呼んで背中をとんとんしてとお願いする子が増えてきた。


 昨今、鬼畜外道な性犯罪者によって被害に遭う子供たちが増える時代で、真っ当に働く男の保育士は過酷な環境に追い込まれつつある。


 子供の着替えを男性保育士にさせないでほしいという訴えや、どうしてその保育園には男性保育士がいるのか? すぐに辞めさせろという抗議電話もあったりもする。


 正直怒りを通り越して悲しくなる。子どもを守りたい育みたいという思いは、男女変わらないはずというのが征士の信念でもある。


 理不尽に犯罪者予備軍とされる扱いは辛すぎるし、辞めてやる! と叫びたくなることなど山のようにあった。


 でも同僚たちが毅然と反論してくれたことに感激し、職員会議で不覚にも泣いてしまい、逆にそんなことで泣くなと叱られたこともあった。


 子供たちを不審者から守らなければという思い、何があって守ってやるという決意が根底にあったからこそ、子供たちが懐いてくれたと思う。


 だから……


 あの日のことは。

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