7 黒眼
その口うるさい宗像だが、実はかなり追い詰められていた。身に数創を受けカーペットを血に染めながらも壁や柱へ呪符を貼りつけ、退魔刀を振るい屍鬼や餓鬼、混じり始めた海妖の類までも相手にしていく姿はまさしく修羅のようであった。
「な、何者なんだあの男は!? ほぼ一人で100匹以上退治しちまってるぞ!」
「すげえ!」
修羅の如きであっても、その志と目的は崇高な尊いものであることだけは確かだったしそれを疑う者もいない。
子供たちは泣くこともせず、ただ一瞬たりとも見逃さぬよう宗像の戦いから視線を外そうとしなかった。子供たちは分かっているのだ、この男が命を賭して自分を守ってくれる存在なのだということを。
「六根清浄! 急々如律令!」
霊符で屍鬼の群れを一時的に防いだ隙に、宗像は新に手にした呪符から何かを召喚する。
「出でよ 管狐!!」
周囲に3つの光球が出現すると、光る粒子を振りまきながら細長い狐の姿を取り始める。
「邪悪なるモノ共を打ち砕け!」
光の狐たちが餓鬼や屍鬼を貫通し砕いていく。海妖の群れを一撃で粉砕する威力に子供たちが歓声をあげる。
その純粋な力を得て結界が鼓動するように強化されていた。
纏わりつこうとした屍鬼が弾かれドミノ倒しのように後方へ倒れていく。
敵が密集し将棋倒しになり、術を唱える隙が生まれた瞬間、宗像の目がぎらりと光り、怜悧な笑みが口元に浮かんだ。
「ナウマクサンマンダ ボダナン バルナヤ ソワカ! 水天神 螺旋水流破!」
巻き起こった麗しく透明な水の流れが、階段やホールに密集していた邪妖共を押し流していく。
良く見れば戦闘をしながら施設を保護するように張られた護符が水天術を補助し、建物や水槽を傷つけないような水の流れを作り上げていた。
あの苛烈な戦闘の中で宗像はこの水天術で対抗しようと、その準備を整えていたということなのか。
龍の如き姿になった水の流れによって、内部へ侵入していた邪妖たちは一気に押し流されていく。
しかもその水龍の放つ聖なる気によって、奴らは水に溶ける綿菓子のように掻き消えていた。
割れんばかりの歓声と拍手が、宗像の疲弊した気力に再び活力を与えてくれていた。
さすがに文はあれだけの強固な結界を長時間維持し続けて疲労困憊のようだ。
称賛と感謝の嵐の中、へとへとになった文の肩を支える宗像。
「文、よくみんなを守り抜いたな」
「いえ、隊長こそすごいです! あれだけの敵がいるのに水族館の水槽がどこも壊れないないなんて」
「あの……」
応援に駆け付けた雪乃や隊員たちの誘導で避難していく親子連れの列から、一組の夫婦と6歳ぐらいの男の子がやってきて宗像の手を握っていく。
「おじさん! ありがとう! ぼくね、ぼくね、おじさんみたいな誰かを守れる人になる!」
その瞬間を文は見逃さなかった。明らかに宗像の様子がおかしい。
震えるように膝をつくと、その男の子の頭を撫で、その子の目を見るのがまるで呪いでもあるかのように何度も頷き、最後に呟いたのだ。
「僕こそ……ありがとう」
両親は傷が痛むのに引き留めてすいませんと、頭を下げ避難路へ戻っていく。
文はまるで見てはいけないものを見てしまったかのようなショックを受けながらも、宗像という隊長として微動だにしないほどに強固で堅牢な精神構造にわずかでも柔らかい部分があるのだと知り少しだけうれしく思えた。
ただ、このことは誰にも言わないでおこう。
それが自分を救ってくれた宗像への仁義だと思うから。
夜風に靡く羽衣の演出もあってか、糺華の帰還は神々しさに溢れていた。しばらくは警戒に当たっていたが気配のけの字も感じられなくなり飽きたのだろう。
出迎えた雪乃に笑顔で応えてはくれたものの、その笑みの端に滲む悔しさに似た影は繊細さと程遠い隊員たちでもわかるほどであった。
「糺華、まだ敵の気配がするの?」
「そうじゃないの。すっごくやばい死の穢れな気配があったんだけど逃げやがったのよ! 途中から舐めるような変態視線で見てやがったくせに!」
霊異庁の応援部隊は、実質後処理を丸投げされる形になった。
最初は愚痴を言っていた部隊ではあったが、あの宗像征士が傷だらけになり応急処置を受けている様を見て背筋が寒くなっていたようだ。
無論、霊異庁の各部隊にも宗像の力量は轟いており、見事水族館にさしたる被害や犠牲者もなく撃退防衛に成功した手並みに唸る者も多い。
機動隊魔中隊が甚大な被害を受けた邪妖共を相手にして尚、この完璧と言っても良い結果である。
救急車で搬送されるのを嫌がった宗像を運転手が病院へ搬送することになったが、車内でもその処理は続いていた。
「仙葉、ドローン関連のデータ分析は任せるがどの程度の成功率とみた?」
< 霊力解析用のソフトにかけていますので、改めて後日分析結果を報告できると思います >
「よくやった。海妖の群れがどういう経路で霊脈を利用したか、海流、潮流を含めた分析をしてくれ」
気丈にふるまっていた宗像だが、病院に到着後は即入院を言い渡され、医師や看護師に呆れられながらもベッドに横になるやすぐ眠りについた。
だが次の日にはMDSの分析担当である仙葉を病室に呼びだし、報告を受けているのだから……
「えっと隊長……寝てなくていいんですか?」
「あほぬかせ、昨日たっぷり寝すぎた」
「は、はあそれならいいのですが、えっとですね。実はパトリックの奴が……その」
「あの変態がまたやりやがったのか!?」
「内緒でドローンを飛ばしながら、その雪乃さんをずっと撮影し続けていたらしく……」
「おい、雪乃は養女であっても俺の娘だぞ、あの野郎…… 半殺し、いや8分の7殺しにしてやる!」
「た、隊長、怒ると傷口開きますよ!」
「午後には文がヒーリングに来てくれるからな、明日には退院してやる」
文は若干ながらヒーリング能力があり、自己治癒力を高める施術ができるのだ。
「えっと、パトリックなんですが、奴が撮影した動画にですね奇妙なものが映っていたのです。発見したのは分析にかけていた私のAIなのですが」
「おい仙葉、はっきり言え。パトリックはぶっ殺すがな」
「これを見てからお決めください」
MDSの主任研究員であるパトリック・ウォーレンは、MITの特定第四種研究チームの若きリーダーを担うほどの天才であった。
だがフォースドメイン対策で、日本のような呪術的下地のないアメリカからの技術研修時、雪乃に一目惚れし、その後あっさり退職してMDSへ転
がり込んだという変わり種である。
あのパイルバンカーMGⅡを開発したのも彼だ。
怒り心頭な宗像が、仙葉から受け取ったタブレットに表示されていた画像を見て思わずベッドから飛び起きた。
「おい、これはあの海域での撮影か!?」
声色が怒りと動揺と、そして喜色が混じり合った不気味ささえ漂うものであった。
「は、はい。AIでなければ発見できなかったでしょう……これが隊長の探していた”ホツレ”である確率は79、6%との分析結果であります」
「くくくくく……あははははは!! よ、ようやくだ……ようやく見つけたぞ! ブラックアイ!」
「た、隊長……」
「奴が裏で糸を引いてやがったのか……おおかた糺華の戦闘力にびびって撤退したんだろう。ふぅ……だが今度は守れたってことでいいんだよな
……」
その写真には虚空に浮かぶ黒いスーツ姿の男の横顔が映っていたが、目の当たりに違和感があった。
だがその点を確かめる余裕が仙葉にはない。
宗像の放つ殺気に、身動き一つできずにいたためである。
少なくともこれでパトリックは、半殺しにあわずにすんだということは確かだった。
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