6 阿修羅姫 見参!
一方西なぎさでの迎撃戦は激しさを増していた。ここの地形は長崎の出島的に飛び出した浜辺エリアで、おあつらえ向きの迎撃ポイントと言える。
応援が望めない状況で、主戦力の宗像を欠いた戦闘に皆の焦りと疲労がじわじわと蓄積されている。
数十体の海妖が浜辺へ上陸し獲物として雪乃や糺華、さらに隊員たちへ邪悪な視線をぶつけてきた。
「AIスノーへ、戦術コードPG07展開」
雪乃の命令がAIに伝達され、MDS隊員たちの背後から飛び上がった複数の小型ドローンが、浜辺に上陸した海妖らの周囲を取り囲むように展開されたのだ。
「多重積層型マニ結界構築、プロジェクションマッピング展開! みんな念を送って奴らの動きを止めるわ!」
『『了解!』』
ドローンから投影されたプロジェクションマッピングによる結界陣が、浜辺へと描かれていく。
立体ホログラムのように現れたのは、3D投影されたマニ車と呼ばれるチベット仏教で用いられる転経器である。
お経が掘られた車を回すことで、真言の効果を発揮するシステムを、結界構築に利用したのだ。
およそ数十体の邪妖たちは動きを封じられ、苦悶の叫びを上げ始めている。破魔の光が放電現象のように周囲で煌めく。
「今がチャンスよ九字を討ちます!」
雪乃の合図に従い、全員で退魔法の基本とも言われる早九字が唱えられた。
『臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前!』
碁盤の目のように指刀で切られた九字の巨大な護法陣が、立体マニ結界に閉じ込められた海妖や邪妖共に炸裂する。
高出力レーザーで焼き切られたように切断され、切り刻まれた邪妖の群れは一気に殲滅されてしまった。
だがAI制御のドローンは、霊的出力の中継器としての役割に負荷が生じ、煙を上げて全機落下してしまう。
しかし、あの集団を撃退できたことで皆に連帯感が生まれていたし、乗り切れたことによる安堵の面が大きい。
勝利の余韻を味わう間もなく事態はこれで終わる気配は見られない。
西なぎさ前方の海面が盛り上がりつつあったのだ。
何か巨大なものが海面と共にせり上がってきており、やたらゆっくりと視覚情報を占有していく。
海面を突き破るように飛び出した黒く巨大な腕と頭が、地鳴りいや海鳴りのような唸り声をあげ雪乃や影海たちに降り注ぐ。
巨大な海妖の代表格とも言える、海坊主である。
立っているだけで意識が削られるような叫びであり、海面に隠れたその全貌を把握することすら難しかった。
さらには海坊主を守るように、低級の邪妖らが再び集結し始めている。いったいどこから湧いてくるのだと歯噛みしたくなる気分だ。
「くっ海魍魎の数が多くて海坊主への火力が……だったら!」
今まで的確な指揮をしてきた雪乃であったが、銃器を降ろし両手から凄まじいまでの冷気を放出していく。
半妖たる雪女の力を使った能力であり、一気に海面や海魍魎や海蜘蛛たちが氷漬けにされた。
海坊主も半分凍り付いたが、しぶとくも残った半身で海面を砕こうともがき続けている。
「たいして時間は稼げないけど、火力を一気に集中して 「待って」
「糺華!?」
「すぅ……みんなの戦いの気、十分に味合わせてもらったわ。私もそろそろ自分の戦いをしないと滾ってきた血が沸騰しちゃいそうよ」
糺華から吹き上がる湯気にも似た気迫が雪乃たちを吹き飛ばす。
「この迸る闘気、そうだよみんなが、隊長が守ろうと命がけて戦っているその思いが、私に今までにない力をくれた。そうだね、守るための優しさこそが力になる戦いって心地よいね」
凛々しくも優しい笑みを皆に投げかけると、糺華は目の前の海坊主を見つめていた。
雪乃の命令で全員がこの場から一時撤退し、糺華の身に起ころうとしていることを見守る態勢に移行していく。
そこには地上で太陽が生まれたとさえ思えたほどの、強大なエネルギーが誕生していた。
肌の露出が多く目のやり場に困るようなビキニタイプの鎧を身にまとい、天女の衣が全身を煽情的に隠しながらも背中でふわりと浮いている。
ただでさえ際立っていた美貌は星々の力で磨かれたような美しさを放ち、活力と勝気さが迸る容貌と不敵な笑みは見る者を虜にしてしまっていた。
自身の篭手をパンと叩いて気合を入れた糺華、いや 阿修羅姫は雪乃たちに にやりと笑みを浮かべるとちょうど氷を突き破った海坊主へ殴りかかったのだ。
一瞬で砂浜が爆発したように砂が巻きあがるが、糺華が大地を蹴った衝撃であったことに新人が腰を抜かしかけている。
「でかいだけの雑魚め!」
まさに糺華にとっては雑魚そのものであった。
空気を切り裂くような拳は一撃で海坊主の頭を消し飛ばし、左手を払っただけで近場の海魍魎たちが消し飛んでしまっている。
「光魔衝烈破!」
両手を前に突き出し、濃密な霊力を超越した聖なる力を迸らせながら、糺華の両掌で凝縮された光が放たれた。
海を切り裂くように放たれた光魔衝烈破の光弾は迫ろうとしていたカニ入道やフナ幽霊、尻コボシの群れを一撃で薙ぎ払い消滅させてしまう。
「さあ! 雑魚は片付けたわ、濡れ女とやらは出てきなさい!」
潮の匂いが立ち込める戦場で波立ち泡立つ海面を何かが横切った。空に浮きながら周囲をキョロキョロする糺華に向けて雪乃が叫ぶ。
「糺華! 濡れ女よ! 尻尾の長さは320mあるらしいわ!」
海面をトビウオのように跳ねながら、とてつもなく長い蛇と魚が融合したような胴体が漆黒の海面に波しぶきを刻んでいく。
海藻のような不気味な髪が潮を泡立たせ、その容貌は目の飛び出た魚類に近い鱗だらけな女の姿だ。赤ん坊の泣き声で人を誘い丸呑みにするという凶悪な妖怪の面差しそのものと言える。
波をかき分け、巨大な胴体をくねらせる濡れ女が糺華に警戒し海中へ潜ってしまった。
糺華は姿を現さない濡れ女に苛立ったのか、次の行動へと即断する。
「へぇ尻尾が長いのね、だったらあぶりだせばいいんじゃない?」
糺華が右手に念を込めると青い炎が宿り、周囲を熱で歪ませながら燃え滾っていく。
「さあ! 茹で蛇にしてやるわ隠れてばかりの陰険ババア!!! 破邪蒼炎!」
糺華が急上昇しながら海面に青い炎を撃ち込んだ。
ビルの何階に相当する高さであったのだろう、猛烈な爆発による巨大な水柱と一気に蒸発した海水によって周囲が靄で覆われていく。
衝撃破を受け吹っ飛ばされた雪乃たちは全員の無事を確認すると、当初の予定通り持てる装備だけを運び橋の近くまで後退することにしていた。
「糺華さん一体何者なんすかぁ!」
新人などは半べそをかきながら、混乱の中で文句を言い放っている。
糺華が見つめる先では、煮えたぎる海面から姿を現した巨大な存在がいた。
怪鳥のような叫びを発しながら、糺華がいる空中にまで飛び上がってきたのは、あの待ちに待った濡れ女であった。
全身を火傷で真っ赤にしながら、水膨れの水泡がいたるところに噴出し、蛇魚のような長く巨大な胴体で宙を泳ぎながら糺華に憎悪の叫びをぶつけている。
高熱で潰れた片目と醜かった顔がさらに不気味さを倍増させていた。
『キョエエエエエ! おのれええええ!』
「やった! ようや出てくれた! 待っててね今三枚おろしにしてあげるっ!」
雪乃はなんだかんだで、この子はバカじゃないと思わずにいられなかった。
牛鬼を呼ぶ隙を与えず終始自身のペースで追い詰めていく姿はまさに戦いの天才、修羅と言わざるを得ない。
「出でよ滅刀 鬼凛丸 !」
篭手から飛び出した脇差ほどの長さの刀が糺華の手に握られた途端、刀身が5m以上の巨大な斬馬刀へと姿を変えてしまう。
いや、斬馬刀ではなく斬魔刀と呼ぶべきなのだろう。
『うぎょぉ!』
驚きの叫びを発した濡れ女は、ドヤ顔をした糺華によって頭から海面に出ていた尻尾までを一刀両断にされてしまう。
悲鳴さえ上げることなく、濡れ女は恨みの叫びすら発することもできず、糺華の放つ聖なる気と人智を超えた膂力によって真っ二つにされ、
さらに消滅しながら空中で溶けていく。
「ふぅ……あれ? 三枚おろしってこんなでいいんだっけ?」
< 違うわよ それじゃただの兜割でしょ! >
「あらら、でもまあ食べられそうにないからまあいいよねって!?……雪乃! すごく嫌な気配がする。そっちも気を付けて!」
< ま、まさか牛鬼!? >
「牛鬼みたいなクソ雑魚なめくじ 脅威でもなんでもないわよ。もっとやばい気配がする」
この時点で雪乃の全身が凍り付いたような恐怖に襲われていた。雪女の性質を受け継ぐ彼女が凍り付くほどの存在? まあそもそも、糺華
は牛鬼のことちゃんと分かって言ってるんだろうか?
どうせ、鬼の顔になった牛が呑気に牧草食ってる姿を想像していそうで逆に怖い。伝承の牛鬼は日本最強クラスの大邪妖なのだから。
考えてみれば、この一連の邪妖襲撃事件は奇妙なことが多すぎた。
邪妖魍魎たちの連携した行動に濡れ女の出現。
でもこちらが一段落したのであれば隊長たちの救援に向かわねばならない。気配の探査は糺華に任せることができそうだからだ。
糺華は何もない虚空を睨みつけこう呟いた。
「不浄な、死の穢れの臭いがする……」
こちら側も周辺の浄化作業などやることは山のようにあるのだ。
皆に撤収準備を命じながら、本部を通して宗像と文の状況を把握した雪乃は皆にあることを命じて駆けだした。
薬莢やドローン、さらにはゴミの回収だ。
このあたりは隊長である宗像が異常にうるさい。来たときよりも綺麗にして帰れと。