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阿修羅姫 まかり通る  作者: 鈴片ひかり
第一章 葛西海浜公園防衛戦
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5 摩利支天


挿絵(By みてみん)

 結界を維持するため、精神を集中させる文の近くにざわざわと避難者が集まってくる。


 彼女の近くが安全だと判断したからだろうし、その気持ちは理解できる。だがこういう非常時に面倒事を運んでくる人間というのはどこにで もいるもので――


「君! 私は東京都議会議員の久頭山くずやま だ、息子と水族館に来ていた時に巻き込まれてしまった。私たちだけでも先に逃げ出せるように取り計らってくれ!」


 文にこのような雑音に答える余裕はほとんどない。これだけ広域で強力な結界であるためだ。


「貴様! 小娘のくせに私を無視するのか!? 霊異庁へ圧力をかけ免許をはく奪してやってもいいんだそ!」


「……」


 微かに聞こえる人の話し声ではあるが、霊的集中力に優れる文にとって外界刺激は波間の上でカモメが戯れている程度の認識しかない。


 深く海の底に向けて、意識を集中するかのように澄んだ念を練り上げている文には。


 だがその集中が強引に断たれてしまう。


 一方的な怒りに燃える50代の腹の出たご立派な都議が、文を突き飛ばし怒鳴りつけていた。


 さらに周囲の父親や職員に怒鳴りつけられ、乱闘騒ぎになりつつある。なんてことだろう、自分だけ助かって何の意味があるのか?


 彼の息子らしい小学校低学年の男の子は、恐怖のあまり耳を塞ぎうずくまってしまっている。せめてもの救いは父親の醜態を直視せずに

 済んだことだろうか。


「結界が!?」


 不安定に揺らめく結界を察知し、漏れ出た屍鬼がバチバチと結界表面に取りつき焼けただれていく。


 ホールを揺らすような悲鳴が、マグロ水槽までも振動させているようだ。


「皆さん落ち着いておちつっきゃっ!!」


 慌てふためき文に救いを求める人々が、まるでゾンビのように纏わりついてくる。


「ちょっとこれじゃ結界が!」

 ちょうどその時だ、退魔仕様のナイフが結界に憑りつこうとしていた屍鬼の頭に突き刺さり、煙を上げながら崩れ落ちていった。


「文! 結界に集中しろ、この後わんさか来るぞ! それとてめえらぁ!! 文に触るな、騒ぐな、喚くな! それが全て結界を邪魔する行為だと知れ!」


「わ、私は都議会議員の久頭山だ! 霊異庁の拝み屋なら上級国民たる私らだけでも救出せんか!」


「議員だと? ならてめえはここで何をしてる? 率先して結界安定のために誘導もせず、文を守りもしねえでてめえの安全だけが大事か? ならとっとと出ていけ止めはしないさ」


「たかがPEC(民間退魔会社の略称)のごろつきめが! 後で覚えておけよ! ぐはっ!」


 ここでさきほどから、文とこのバカ議員の間に割って守っていた若い父親がたまらずぶん殴っていた。


「すまない! この人は俺たちが絶対に守ってみせます! ありがとう!」



 中には肝の据わった奴もいるものだと感心する。


「周りの連中は、そのパパさんが結界維持のためにしかたなく手を出したって証言してやってくれよ」


「任せてくれ! こいつは取り押さえておくぞ!」


 ここで共通の敵を得た? 避難者たちは落ち着きを取り戻していく。ある意味あのバカのおかげで結界の出力が安定するという皮肉たっぷりな結末になりつつある。


「まあ俺がヘマをしなけりゃの話だがな」


 結界前のホールには各所から伸びる階段や通路を含め、わらわらと死霊屍鬼、餓鬼、海妖までもが姿を現し始めている。


 その数、目測でおよそ150。


 奴らの放つ臭気が鼻の奥を刺激してきた。敵の密集具合からいって、お上品な間合いでの戦闘なんぞ期待するだけ無駄だ。


 しかも秒単位で押し込まれ、狭く、できれば建物も傷つけないでおきたい。ここは……そうこの場所は。


 無論、子供たちには指一本触れさせん。させるものか……!


 その思いが瞬間的にある行動を宗像へ取らせた。


 退魔刀を床に突き刺し、すぐさま舞踊の如き優雅さと格闘技の速度が融合したかの動きで印を結んだのだ。


「オン マリシエイ ソワカ」


 静かで、霧に溶けていきそうなほどに穏やかな真言であった。


 ゆったりとした動きで退魔刀を抜くと、下段の構えにすっと剣先を下げる。


「あ、あの人大丈夫なのか!? 攻めないと押し込まれるんじゃないか?」


 避難者たちの不安が広まる中、海妖と屍鬼の群れが宗像へ迫る。


 飛び掛かったのは餓鬼であった。膨れた腹の割には俊敏な跳躍力で襲い掛かる。


 やや遅れて噛みつこうと飛び掛かったのは巨大なウミヘビの海妖だ。


 次に屍鬼や魍魎ども。


 素人目に見ても、食い殺される! という状況であったのは間違いない。


 奴らが下段の構えで立ち尽くす宗像に激突し噛みつき、組み付いていた。


 獰猛な妄念と怨念が絡みつくように宗像へと牙を立てていく。


 だが、その光景がまるで定まった川の流れであるかのように、何かが血飛沫を上げて宙を舞いウミヘビの頭が床に転がった。


 餓鬼の頭と魍魎の体、屍鬼の腕が脚が見えない何かに切り裂かれ千切れ飛んでいく。


 それは十数秒も続いた。目の前の獲物である宗像を食い殺そうと襲い掛かる邪妖の群れが袈裟切りに、一刀両断され、横薙ぎに切り裂かれ吹き飛んでいく。


「い、いったい何が!?」


 群れの切れ間に達した時、それが何であったのか父母たちは知ることになる。


 無数の宗像の姿が揺らいだのと同時に、陽炎のごとく掻き消えたのだ。


 幾重にも舞い踊る剣閃の残滓を残して。


「隊長……摩利支天 幻影斬 お使いになったのですね」


 摩利支天まりしてん とは陽炎かげろう を司る天部てんぶ つまり仏法の守護神である。


 戦闘に不慣れな文の目から見ても、宗像の ” 摩利支天 幻影斬 ” は人智を凌駕するほどの神業だ。


 避難者たちの歓声と称える声が勇気を生み、結界が強化されていく。


 だが文には分かっていた。

 あの狭く限定された空間で、全方位カウンター技である幻影斬が完全に機能するはずがないと。


 全身のいたるところに爪や牙で切り裂かれた傷が現れる。


 致命傷ではないが、軽傷でもない。


 だが宗像は怯むことなく、射線が開かれた敵集団に向けて新たなマントラを唱えるのだった。


「か弱き者たちを守りたまえ! ナウマクサンマンダ ボダナン バヤベイ ソワ 風天神ふうてんじん 烈風飛刃!」


 風天神の加護により生じた膨大な霊力によって圧縮された真空の刃は、通路から押し寄せる敵集団を容赦なく切り裂いた。


 後方で歓声が上がっているが、宗像の耳には雑音程度にしか届いていない。


 瞬間的判断を間違えば死に繋がる戦闘をこなしながらも、その脳裏には冷徹に現状を分析する思考の余力がいまだ残っていた。


 おかしい。


 本来であれば西なぎさの後背を突くほうが効果的なはず。なぜここを狙い戦力の分断を図った?


 奴らにそんな頭はなくただの偶然と言えるかもしれない。


 海妖の群れの行動には上位の何かの意志が感じられていた。そうでなければ行儀よく群れになって襲う必要もない。


 そしてこの時点で水族館を襲う死霊の群れ。


 まさか……!?


 あの時と、同じ……


 繰り返されるというのか!?

読んでくださった全ての方には感謝の言葉しかありません。

感想や気になることなど、お気軽にコメントいただけるとうれしいです。

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