23 潜入任務
米軍の対フォースドメイン部隊 通称CFUとの演習において、完膚なきまでぼこぼこのこてんぱんにしてプライドをへし折って踏みつけるレベルの圧勝を飾ったMDS 。
だが関係各所から苦情が入り、しばらく霊異庁から依頼を回してもらえないという事態に陥ってしまっていた。
霊異庁との密約により糺華の身柄引き渡しを諦めた米軍は、対フォースドメイン戦闘のノウハウや技術の供与を一方的に要求した。
逆に霊異庁にとってこれは直接米軍との共同武器開発の目安が立つなどのメリットにも恵まれたため、あえてこの方式を取ったものと言える。
そして、日本の古来より続く土着信仰と伝承、さらには2000年に及ぶ呪術体系の蓄積を米国という歴史の浅い国家が理解し運用できるはずがないという予測、侮りがあったのは間違いない。
各種宗教が混在するアメリカ合衆国の中でもキリスト教の系譜がメインになるため、分析研究は難航した。
それでもなんとかまとめ上げた技術を元に設立されたCFUが、ひどい演習結果を出したことに彼らは打ちのめされているという。
その仕返しなのか、開き直りなのか、アメリカ国防総省、通称ペンタゴンから直々にMDSへ依頼が持ち込まれたのだ。
皮肉なものだ。顔色をうかがい圧力をかける国内組織だらけの中、当のアメリカときたら逆に実力を認め依頼をしてくるという。
実際のところ慢性的な財政難のMDSは依頼が干上がり家賃の支払いがまずい状況に陥っていた。
「という訳で私がその交渉と案内役といいますか」
ダリス伍長がうれしそうに書類を仙葉に手渡している。
英文による契約書のためパトリックと仙葉にも内容を精査してもらっている。
「これは……隊長、いろいろと問題がありますよ」
「俺も流し読みしてみたが、受けようと思う」 (金がねーんだよ)
「まじですか?」
「たいちょーさん、これせんぬー任務でっせ?」
時代劇で日本語を勉強してしまったという天才パトリックはやはりどこか日本語がおかしい。
「潜入任務な、むしろ糺華でなければ安心して任せられん内容だな」
「当然そうなるとは思いますが、DbDって何なんですか?」
「あれ仙葉さん知らないんですか? Dark by Dawn っていう殺人鬼と生存者たちのサバイバル鬼ごっこのオンラインゲームですよ。今世界中ですごい人気なんですよ」
「知らないな。僕が好きなのはアイマスとガルパンとナナニジだから」
このときのダリスの名状しがたいほどに輝いた笑顔と、それに気づいた仙葉の目が煌めき、一瞬で堅い握手を交わしたという。
「ダリス氏、仕事が終わった後、少々かたり、いえ、お話ししておきたいことがあるのですがお時間ありますか?」
「仕事をほっぽり出してでも時間は作りましょうぞ同士」
「おいコントなら他でやれ、ダリス伍長、手続きと調整役を頼む」
糺華と雪乃が呼びだされ依頼内容の説明に入った。
「国際的なフォースドメインテロリストグループが経営する非合法の殺人ショーに潜入し、中からぶっ潰すという非常に愉快な任務だ」
「なるほど、糺華と私、そしておとうさ、隊長なら武器を持ち込まなくても戦えますしね」
「ねえ、だったら影海も連れていったらいいんじゃない?」
「それも考えたんだがな、あいつには夏恋と一緒に留守を守ってもらおうと思う」
具体的な作戦内容はこうだった。
志旺会しおうかいというアジア系マフィアがフォースドメインを使い勢力を伸ばしているという。
呪術系の歴史的蓄積量の多い東南アジアはシャーマニズムやその他の宗教的呪術遺産が多く継承されている。
マフィア系が以前からそれらを利用していたことは指摘されていたが、邪妖を使役し多くの人間を暗殺、拉致監禁し殺人ショーの配信によって莫大な利益をあげているらしい。
宗像の推測では幹部クラスにホツレがいるとにらんでいる。
その志旺会の運営する殺人ショーDbDが行われている無人島に、今回の犠牲者プレイヤーとして潜入参加することになる。
人種や年代性別容姿などのオーダーを受け下請け業者が犠牲者を拉致し、その無人島まで輸送するという手口だ。
今回はCIAがこの業者を抑え、オーダーに近い宗像たちを選抜したという。
日本の女子高生 容姿高め 二人
日本のサラリーマン 設定特になし
が条件らしい。
そこで糺華と雪乃が最適という運びになったのだ。
「なるほど、じゃあ3人だけ……親子任務ね。なんだか久しぶりじゃない?」
「うん! お姉ちゃん、お洋服買いに行こうよ、潜入用のさ!」
「え? そ、そうね MDSジャケットと戦闘用スーツ着ていくわけにもいかないし……」
なんだかんだで二人とも女の子なのでお洋服、買い物という流れに顔が緩んでいる。
宗像としても娘たちの喜んでいる顔を見るのは至極の幸せでもあるのだが、今回はそうもいかなかった。
「盛り上がっているところ悪いんだがな、潜入用のオーダーは書類上の記載と合わせるため衣装が決まっている……さっきダリスが持ってきたのがこれなんだが」
「え? 決まってるの? お買い物いきたかったのにー! まあいいか、どれどれ」
糺華が紙袋から取り出したそれを見て固まっていた。
「セ、セーラー服?」
「ちょ、ちょっと私も制服なの!?」
「雪乃はまだ19だから大丈夫だろ」
「お父さん、そういう問題じゃないってば」
糺華は文と共に通信制の高校に通っているため、ブレザータイプの制服を持ってはいる。
特に文の共感性霊能力が強すぎて毎日の通勤電車が拷問に近くなるための措置であった。
あまりに負の感情が渦巻くので通学途中で具合が悪くなってしまうケースが多かったためだ。
霊能者あるある らしい。
「ねえお姉ちゃん 着てみようよ、サイズきつかったらお婆ちゃんに直してもらえるし」
「そ、そうね……」
二人が更衣室できゃっきゃし始めると夏恋と文までガールズトークに入り、なんとも危機感のない平和なやりとりが始まっていた。
もちろん、言うまでもないが女子更衣室の覗き防止用特殊結界は文が念入りに書き上げた呪符と結界によって固く守られており、その意図を示しただけで落雷に撃たれたようなダメージを受けることになっている。
無論、その被害に毎度遭っているのが雪乃のストーカーを自認する変態天才科学者パトリック・ウォーレンである。
雪乃と糺華が黒焦げのパトリックを容赦なく踏みつけてから、指定制服に霊的保護の呪術印をどう貼り付けるかを思案していたとき、個別依頼から戻ってきた影海がやってきた。
「雪乃…… お前さ、さすがにその年でセーラー服は恥ずかしいぜ。なんていうかさ、OLが無理やりコスプレしてる感が ぐびょっへ!」
頭部が氷で包まれ、息ができずに呻いている。
「ちっ殺しそこねたか」
「惜しい」
「ちょっと雪乃も糺華もひどいよ、仕留めるなら一撃でやらないと」
夏恋が大笑いしているが、影海は今にも意識を失う寸前といったところで解放される。
「ぜぇぜぇぜぇ……」
「おい禿げ、何だって? もう一回言ってもらえるかしら? 聞こえなかったのよ。こ、コスなんだったかしら?」
「い、いえ! 非常に良くお似合いになっており、17歳程度にしか見えません!」
「そう、ちょっと手が滑ったみたい。ごめんね影海」
「お、お気になさらず」
宗像親子が打ち合わせのために会議室へ入った後、亜麻色が恐る恐る影海に声をかけてきた。
「雪乃さんって怖いとは思ってましたけど、めちゃくちゃ怖いですね……」
「ああ、あれか。あいつ柄にもなく緊張してやがんだよ。ああいうときってのは任務への自信がなかったり、不安を抱えてるって証拠だ」
「え?」
「普段ならツララを何本か投げてくる程度だが、ああいうときってのは緊張で力んじまってるんだよ。それを自覚させるためにも、たまにああやっていじってみるのさ」
「影海先輩! すげえっす! かっこいいっす!」
「亜麻色よ、本当にかっちょいい奴ってのはそういうこと口に出さずに秘めておく人のことを言うんだぜ」
「林、余計なこと言うな。このパチンコ狂いが。また負けたんだろどうせ」
「ぐへへへ、こいつは一本取られちまったぜ」
少なくとも亜麻色には運転手の林がパチンコで負けて落ち込んでいるようには見えず、何かもっと悲しいことを思い出してしまった疲れた男の顔に見えなくもなかった。
◇◇
出発はあっさりと、事務的に行われた。
港に積み上げてあった小型タイプのコンテナを船に積み込み出発するらしい。
既にCIA職員の手引きにより ” 薬を打たれ意識の無い3人をコンテナに放り込んでおいた ” ことになっている。
積み込みまではしばらく揺れたが、1時間ほどで中型船で波に揺られながら出発する。
ポケットに忍ばせた式符を使い周囲を観察してみると、拉致したのはMDSの3人だけで他は武器弾薬や麻薬、食料品などであることが分かった。
船員やマフィアたちは船倉に近づくことすらなく、会話しても問題ないという判断に至った。
「室トイレまであるとは親切ね」
「恐らくだが人質や密入国用の特殊コンテナなんだろう。良く見てみろ四隅に通気口があって微かだが送風されている。高温で死なないようにするためだな」
「どうせならシャワーもあればよかったのにね」
「どうしても浴びたければ水天術で水を出してやってもいいぞ」
「もう糺華、お父さんを困らせちゃだめでしょ?」
「はーい! なんだか昔みたいね思い出すなぁ」
三人一緒にコンテナに寄りかかっていると、不思議な気分になってくる。二人が養女という形になったことをあれこれ思い出す。
「雪乃を養女にするって流れになったときはな、随分心配したもんだ」
「え? そうかな、お父さんは私を助けてくれた恩人だったからすぐ信用できたよ。」
「えっとな、糺華はまだ6歳頃だったから育てやすい一面もあった。だが雪乃はこれから思春期って時だったからな、何かあったらまずいと随分気を使ったもんだ」
「影海はお前は手がかからない素直の良い子だったって、今はなんでこんなに狂暴にっていじってくるよ」
「おいおい。雪乃は気を使いすぎて気疲れしていることが多かったからな、随分心配したよ。器用で頭の回転も良く何でもこなせる子ってのはな、親からしてみたらどう声かけていいか心配でたまらないもんなんだ」
「えー糺華のほうが手がかかるよ、だって手のかかる子のほうがかわいいって言うじゃん」
「どっちもかわいくて手がかかったよ。その種類が違うってだけだ。まあ今じゃ頼りになる立派な退魔師だがな」
「あんまり言う機会なかったけど、お父さんってね、中学の時クラスのみんなにうらやましいって言われてたんだよ」
「そ、そうか」
糺華が照れ隠しに頭を掻き始めた宗像をからかい始めている。
「だって保護者対抗リレーのアンカーでさ、現役 Jリーガーを抜いて優勝しちゃうってあれやばいって!」
「なんとなくな、負けたくなかっただけだ」
「うれしかったんだ。一族みんな死んじゃって辛かったけど、自分もあっちに行っちゃおうかなって思ったこともあったけど」
あの惨劇が思い起こされたのだろう、わずかだが目に涙を浮かべている。
「糺華にうざいほど絡みつかれて甘えられて、お父さんはいつも忙しい中勉強を見てくれて……ありがとね」
「お姉ちゃん」
「雪乃、俺が復讐はするなって言ってもな、まあお前が言うなってことになるのは目に見えているからさ」
びくっと雪乃が震えるように頷いた。
「復讐対象がホツレ化していた時は一緒に結んでその末路を見届けよう。もしホツレ化していなかったら、その時は任せる……」
「うん、そういう約束だよね」
「私も手伝うからね!
予定では到着まで1日半ほどらしい。
堅いコンテナの上ではきついだろうと用意していたマットを敷き、3人川の字になって眠った。
宗像は感慨深く思うのだ。良い娘を持ったと。
ふと、目頭が熱くなりその奥に都築先輩がにこりと笑ったような気がした。
DbD ゲームとはもちろんあれがモデル
デッドで バイな デイライトなあれです。
果たして糺華たちが乗り込んだらいったいどういう惨劇が起きてしまうのでしょうか。