2 濡れ女の影
民間退魔会社 MDS 隊長の宗像征士は、霊異庁が招集した緊急迎撃作戦会議からようやく解放されようとしていた。
契約書や資料入り封筒を抱え会議室から出ると、急ぎ足で通信機のマイクをオンにする。
「聞こえていたな雪乃」
< もちろんです隊長。今必要物資並びに装備と弾薬を積み込み、待機中の隊員全員が出動準備中です >
「念のため作戦目標と集結ポイントを復唱してくれ」
< はい! 作戦目標は ”海妖級 甲種 濡れ女 ”及び死霊級、魍魎級。東京湾岸において赤ん坊の泣き声を聞いた男女が複数名行方不明になっており、その目撃情報と残留妖気から濡れ女による襲撃事件と断定し、霊異庁が緊急招集をかけました。我々の配置場所は葛西海浜公園 >
「上出来だ。実際のところ濡れ女が牛鬼を呼ぶという伝承に、霊異庁はびびって大規模作戦となった訳だが」
< 牛鬼復活における霊異庁の被害予測は4万人に及ぶそうです >
宗像エレベーターを降り、地下駐車場で愛車のアルファロメオ・ジュリエッタに乗り込んだ。
< 瘴気 モニタリングポストのデータは上昇を見せているようです。こちら出発準備整いました >
「さすが見事な手際だ、俺もこれから戻るが現場で合流しよう。指示のあったポイントは葛西海浜公園 西なぎさのバーベキュー場だ、ここなら多少暴れても問題なさそうだな」
< 了解しましたが、糺華 はどうなさいますか? >
「連れていく。むしろ俺たちMDSがここに配置された理由は、機動退魔中隊が万が一にも討ち漏らした際の後始末といったところだろう」
< 全員揃いましたので、これから現地に向かいます >
宗像が愛車を駆り、MDSの研究ラボから装備品を受け取るとその足で葛西海浜公園へと直行した。
作戦行動までの時間はまだあったが、駐車場からの搬入時間と現場の地脈を肌で感じておきたい。
奴が現れるのであれば前兆が必ずあるはず。
状況次第ではここより南西方向の若洲海浜公園で蹴りが付く可能性もあるが、用心に越したことはないし濡れ女クラスであれば歪んだ妖気に惹かれて大量の邪妖が現れる可能性もあると宗像は踏んでいる。
宗像は妖気の陰を追って近くを回って見てみたが、やはり海からの気配が強い。
西なぎさのバーベキュー場で合流した際に、既にMDSの隊員たちが退魔用の戦闘服を身に着けた状態で待機していた。
「よし、全員揃っているな? ってなんで糺華がいないんだ、おい雪乃」
「すいません、さっきふらっとお魚が見たい! と……」
雪乃は呆れながらも、自分の不手際で仕事を増やしてしまったと軽く落ち込んでいる。
「雪乃、しばらく現場は任せる。他のメンバーはフォローを頼む」
「「「OK ボス!」」」
糺華 を探しに向かうため、目印代わりにMDSのロゴが入った戦闘用ジャケットに袖を通した宗像。既に夕陽の朱色が水族館外壁の頬を染めている。
何も知らないカップルたちが笑顔で夕陽の祝福を受けながら語り合う姿に、ここが戦場にならないことを祈らずにいられない宗像だった。
少なくともそこで悪態をつくほどには、世の中を恨んではいないようだ。
どこの水槽前でおいしそうと涎を垂らしているのだろうと、いくつか回ってみたものの、あの目立つ銀髪姿は見えなかった。
さてどうしたものか、迷子放送でもかけてもらうか……と頭を抱えたところで、糺華の放つ強い霊力が眉間のあたりで反応してくれたことに感謝し駆けつけると……
ペンギンエリアで必死に手を振って喜んでいる糺華の姿があった。
ポンと肩を叩くも、ペンギンに夢中でキャー! わー! かわいいいいい! と大興奮の様子。周囲の親子連れの生暖かい視線や、糺華 に見惚れた彼氏に肘鉄を喰らわせている彼女の姿など、ここにはまだ平和な日常が残っていた。
「糺華、そろそろ任務だ。後でまた連れて来てやるから」
白銀のツインテールを揺らしながら、ペンギンの愛らしさの虜になっている。
「あっおっと隊長! ほら見てよ、かわいいよぉ あんなによちよち歩いてかわいすぎだよ、ペンギンさんうちでも飼おうよ」
「お前が生き物を大事にするのは知っているし、犬猫の世話もがんばってやっていることは認めているだろ。さすがにペンギンは無理だ」
「えええええ!」
「こっちがえええ!って言いたいぐらいだ。真顔で驚けるなんてどういう神経してやがる」
「隊長のケチ!」
「いいか? うちの宿舎であんな池が用意できるか? 魚あんなに買えるか? ただでさえお前が大飯ぐらいなせいで食費がすげーんだよ」
「うぅ……分かったよぉ」反論しないのは多少の自覚があったのだと、安心するやら呆れるやら。
しょんぼりする糺華を宥めながら戻ろうとしたところ、突如通信機に他チームの音声が入り込んできた。
< こ、こちらKSSの北村だ! ぬ、濡れ女だけじゃねえぞ、こっちは3人が重傷だ! 本隊油断するな!>
「糺華、たった今通信が入り北村たちがやられた、迎撃準備整えるぞ」
北村は元自衛隊レンジャーでKSSは軍人出身者で構成された民間退魔会社だ。しぶとく経験豊富であり、宗像とは銃器の取引で付き合いがあった。
雑談中に妙な不安が過ったため、無理やり押し付けた護符が北村たちの役に立てばと願うばかりだ。
「水族館とペンギンさんを守るため! 糺華がんばる!」
「よしいい子だ」
「えへへへ」
こうしていると少しおバカな女子高生にしか見えないのだが、さすがに戦闘となると放つ気迫や霊力は桁違いのものになる。
やる気の出てきた糺華に手を引かれながら駆けつけると、既に隊員たちは迎撃準備を整えている。
「もう糺華、いっつも勝手にどこか行っちゃうんだから!」
「ごめん雪乃、でもペンギンかわいかったなぁ」
「ずるい! 私もペンギン見たかったのに!」
雪乃は今年19歳を迎え、黒髪をアップにしたできる女の匂いが漂うクールビューティーだ。元は半妖であり雪女の血を継ぐ血統である。
日米合同退魔技術研修にて一位の成績を収めるほどの実力、頭脳とその美貌は一部でファンクラブもできるほどの人気を誇る。
彼らの中で語られる二つ名は、” 半妖の雪乙女 ” らしい
猫のじゃれ合いのような言い争いは放置し、各隊員の状況確認に走る宗像だった。
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