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阿修羅姫 まかり通る  作者: 鈴片ひかり
第二章 慟哭の日
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11 須弥山

民間退魔会社MDSの隊長 宗像。その壮絶な過去の1ページがまた一つ明らかになる。

 ひどい車酔いにも似た不快感のこみ上げで目が覚めた時、奇妙な日本家屋の屋内で寝かされていたことに気付く。


 巨大な威圧感に圧倒されながら、だるさの残る上体を起こし視線を向けるとそこには……


 黒地にピンクのウサギが刺繍されたサイケデリックなスーツを身に着け、堀の深い顔立ちで日に焼けた男が鋭く重い視線を征士に向けていた。


 体は動くがこの男の視線から目を離せない。


 蛇に睨まれたカエルよりもさらに上の、到底あがいたところでどうにもならない何かに見つめられてしまったという絶望? 湧き上がる感情のようなものはむしろ諦めなのだろうか。


「たしかに ” ホツレ” を認識する力が備わっているようじゃ」


「!?」


「お主の記憶を覗かせてもらったが、言葉にできぬほどの残虐で、邪悪な出来事であったのう……」


「残虐って、あんたあのブラックアイが起こした事件が分かるのか!?」


「無論じゃ。だがお主の記憶を触れることでしか知ることのできぬものであるがの――」


 つるぎという黒スーツの男に連れてこられたのだということに、この段階になってようやく理解できた。


 謎の作務衣のような恰好をさせられていた征士は、ついていくるように言われ外に出ると……


 天を貫く柱のようなものが近くにそびえていると思えば、果てしなく遠い地平の先にも数多く見られるものだった。


 しかも空には人が飛び、翼長10m以上の大きな鳥や、うねる様に空を飛ぶ竜の姿が目に飛び込んでくる。


「ぼ、僕は狂ってしまったのか……いやありえることだ。情けない、あの事実に目を背け、狂うことを楽になることを望んでしまうなんて」


「いんや狂っておらんよ。そもそもここは地上じゃないからの」


「――は?」


つるぎの小僧がお主を連れてきたときは驚いたが、その胸に秘めた炎を糧に修業してみる気はあるか?」


「しゅ、修業? な、何をですか?」


「ホツレ共と戦う術を、そして今我らが編み出しつつある結びの法を会得すれば、お主がブラックアイと呼ぶアレと斬り結ぶことができるやもしれぬ」


「奴を……ブラックアイを倒せるのならどんなことでもしてやる! 狂ってるとかそんなことはどうでもいい、アレを倒せる術があるのなら……」


「むう、本来であれば、そのような目をする者に修業をさせる訳にはいかぬのだがな。あの惨劇を経て尚、仇を討とうとするお主を助けてやりたいとも思う」


 その男は 小角おづぬ と名乗った。


 高い岩壁に腰かけると、ため息をつきながら意識を集中させていく。


「天のことわりから外れた存在である ”ホツレ” はのう、優れた才能や磨かれた努力といったものを奪い、生存する糧とする最悪の存在じゃ。そう

じゃよ、子供たちを無残に殺害したのは、可能性のある子供たちの未来を自身の糧とするためであろう」


「知ってんならどうして強そうなあんたらが退治しないんだよ!」


「それができればどれだけ良かったであろう。残念じゃが神仏の住まうこの 須弥山しゅみせん の住人でさえ見通せぬ認識できぬほどに理から外れ歪んだ存在がホツレなのじゃよ」


「僕には見えていた! 奴の使役する化け物が子供たちを喰らう姿を! 都築先輩、先輩を……くぅちくしょうぉ……!」


「うむ、理と因果から逸脱した奴らと対峙できるのは、ごく限られた存在しかおらん。しかも生者として奴らの前に立てるお主は受けねばなるまい、須弥山での苦しく想像を絶する修業に」


「どんな修行にだって耐えてやる! 子供たちの仇! 家族から失った悲しみさえ奪った奴らを必ず八つ裂きにしてやる!」


 宗像征士が、憎しみの炎で我が身を焦がす日々はここから始まった。


 ◇◇


 いわゆる天上界である須弥山での修行は、皮肉にも宗像にとって地獄と思えるほどにきついもので、過去の先達たちの思念体からの容赦のない指導で何度も気絶に追い込まれた。


陰陽道おんみょうどう密教呪術みっきょうじゅじゅつ修験道しゅげんどう、神職だけには収まらず、剣術系では宮本武蔵や柳生石舟斎、千葉周作などの剣豪らも指導に参加している。


 死にかけたことなど数度では済まなかっただろう。


 元々霊力の資質があまりなかった宗像にとって、特に退魔法の修行は凄まじく過酷なものであった。霊力を修練可能な状態まで強制的に引き上げる拷問にも近い修練でさえ宗像は耐えた。


 読経や滝行、精神修行の一環として瞑想などはまだましなほうで、全身を毒蛇に噛まれた状態で生死の境をさ迷うなど、ぶっ飛んだ内容は本気で殺しにきていると青ざめたものだ。


 だが一定の霊能力が付いた時から、修業がやや楽しくなってきたのを宗像は感じていた。


 今まで見られなかった天女たちの優雅な舞踊や、庭の畑を耕す小人たち。


 山よりも大きな雲クジラが回遊していたり、想像の上をいく存在に巡り合うことができるようになった。


 剣術修業や退魔法の修行を経て、徐々に近代戦闘を学ぶため亡くなった海兵隊員が数名集められアメリカ式の厳しい訓練を強いられることに。


 だがこれらの修行は全て宗像の血肉になり、めきめきとその力を身に着けていく。


 陰陽道や式神しきがみ召喚、その式との契約儀式などやることはそれほど山のように積み上がっていった。


 こうして寝食を忘れるほどにのめりこんでいった宗像の修行は、気づけば体感で2年ほどが過ぎていたとが、人間界相当の30年あまりを特別な修業期間として過ごしていたようだ。


 鍛え上げられた肉体と精神に対し、年齢的変化はほとんどないように思える。


 須弥山での濃密で凝縮した修行により身に着けられた秘儀や秘術、そして卓越した戦闘技術と結びの法。


 これらをその年齢で身に着けているなど奇跡に近いことなのだろうが、あのブラックアイが相手ではこれでも足りないという自覚はあった。


 圧倒的なまでの破壊力と存在感の前ではまだ足りない。


 須弥山外縁部に紛れ込む邪妖退治で実戦経験を積んだがまだ足りない。


 遠い。あの日の絶望にはまだ届かない。


「姿形は鍛え上げた肉体ではあるが、中身は別物に成長したものよ」


 小角は嬉しそうに悲しそうな笑みを浮かべそう言った。


「稀にホツレに対抗しうる者を鍛え上げ、送りだすようなことを請け負うようになった。お主はその中でも最も怒りと憎しみに囚われた男じゃ、本来須弥山においてそれらは歓迎されぬもの。だがその怒りが燃え尽きることなく、さらに火山の如く燃え盛り爆発しようとしているのであれば、それこそがホツレへ繋がる道かもしれぬ」


 改めて決意に打ち震えるその身に恐怖はない。ただ燃え盛る怒りと憎悪の火が赤黒く燃えているのみ。


 だが小角は思うのだ。


 これほどの憎悪と怒りに身を焦がしながらも、宗像征士という男の奥底に眠るのは海よりも深い悲しみと、失った人々への深い愛情と慈愛の念であることを。


 その清水があるからこそ、妖気や邪気、瘴気を発することなくその身を保っているのではないか。


 薄氷を踏み渡るような危うき道であろう。


 だが時折見せる、天女の子供たちと戯れている時の春風のような笑みができるこやつならば、大事を成し遂げてしまうやもしれぬ。


 宗像が地上へ戻ったのはあの事件から二年後のことであった。



読んでいただきありがとうございます。

気になること、文句、こうしたほうが、などなどご意見、ご感想をどしどしお待ちしております。

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