1 邪妖襲来
明治新政府によって古代より続く陰陽寮が廃止になり、秘密裏に霊異庁として再編された。
だが、稀に起こりうるはずだった怪異は、人の世の常となって広がり続けている。
世に悪鬼邪妖が溢れ出て、人の営みを汚し襲う。
ここ10年ほどで突如被害が続出し始めた悪鬼邪妖に対し、政府は霊異庁の存在を公表。
世界中で増え続ける 悪鬼邪妖などの< 特定第四種生物群フォースドメイン > との戦いを乗り切るため、霊異庁は民間退魔会社との連携を開始した。
< 警視庁から各局 首都高速6号 向島線上で305発生。
該当脅威 特定第四種 ” でいだら級 ” 丙種が出現。両国方面へ移動中。
尚、現在より向島 吾妻橋桟橋より10km圏内に警戒態勢を発令。全署甲号とする >
噴煙と見間違うほどの穢れた黒煙が首都高を覆っていた。
巨大な何かによって弾き飛ばされていく乗用車が、火を噴きながら周囲へ爆発と火災を拡大させていく。
ぬーっと現れた巨大な手が首都高をなぎ倒し、トラックを鷲掴みにして投げ飛ばす。
怪獣映画でも見ているかのような非現実的な光景に、ただ茫然と立ち尽くすことしかできない人々が、道路や歩道で標識のように立ち尽くしている。
< 特定緊急法令 れー0号規定により、霊異庁へ指揮権が移譲された。全署は避難誘導及び、自衛隊と霊異庁部隊の支援へ尽力されたし >
轟音に上書きされ警察無線に気付けない新人警官の上空を、宅配業者のトラックが通り過ぎた。
爆風によって吹き飛ばされた警官は、それでも必死に起き上がろうとして我が目を疑う。
巨大な足が首都高を蹴り散らしながら、幼児が児戯のごとくミニカーを薙ぎ払うように、煙や炎ごと車両を隅田川へ吹き飛ばしていた。
立ち上る水飛沫と黒煙と炎の饗宴が、見る者を絶望の沼へ引きずり込む。
風向きが黒煙を逸らしたことで、ようやくその全貌を現し始めたのは、体長20mを超える巨人の姿であった。
人型をしてはいるが、その外形は灰褐色の溝が幾重にも走る不気味な外皮が覆い、足が短く手が長いためアンバランスな不協和音のごとき不快感を刺激する姿だった。
不揃いの牙が生え突き出す醜悪な容貌であり、大きさや形が異なる三つ目が、左右や上空をぎょろぎょろと動き回っていた。
ここ数年で東京を含め、世界各地に現れる化け物たちの存在に世は終末思想が溢れ、人々はいつ襲われるのかという不安との闘いを強いられている。
誰もが諦めの斜陽に染まりかけていた時だった。
突如、足元へ何かが着弾したのと同時に巨人がぐらりとバランスを崩し、隅田川へ体を投げ出すように転倒したのだ。
無駄に巨大な質量である巨人が川へ倒れたことによる水飛沫と水霧、さらには押し出された川の水が対岸に押し寄せ津波化し、道路を逆流していく。
グモオオオオオオオオオ!
地響きのような呻き、いや叫びなのだろうか?
少なくとも巨人の放つ、爆発音にも似た雄たけびの理由は、左足の膝下が何者かによって切断されていたからだった。
立ち上る埃と水霧、もやによって定かではないが、首都高の残骸上に転がる左足を踏みつけるような人影が目撃されたという。
装飾の施された肌面積多めな鎧のようなものを身に着け、天女の羽衣のような布が各所へ結びつき、さらにふわりと舞い踊っているかのようだ。
長く星空を糸に束ねた煌びやかな白銀の髪をロングツインテールにした、17歳頃の輝く美少女がたしかにそこにいた。
身の丈以上の巨大な剣を握りつつ、何かに耐えるかのように自身を抱きしめるながら辛そうな表情をしている。
邪悪な悪鬼邪妖、屍鬼や餓鬼、魑魅魍魎の襲撃から人々を守る一人の美しき少女を、皆はこう呼んだという。
『 阿修羅姫 』 と。
◇
そして現在、民間退魔会社MDS の宗像征士は、霊異庁が招集した緊急迎撃作戦のため会議に赴く。
30歳後半だが、鍛え抜かれ引き締まった体と刃のような鋭い目。
やや癖のある髪と綺麗な二重瞼が丁度良いバランスとなって、目つきの悪さを和らげている。
霊異庁の女性職員たちからの視線も熱いらしいが、ダークスーツを身に着けた本人は気に留めることもなく会議室に入っていくのだった。
この混乱の時代、少しでも現実を忘れる時間を提供できたら、もし余韻を感じていただくことができたならこれ以上の喜びはありません。