第4話:最強魔王、リーシアを仲間にする
ギルスの的確な指示により、村長は回復した。
だが、ピリーラ村の村人たちの大半は未だ魔素に苦しんでいる。
回復には魔素の含まれない水が大量に必要だ。ギルスは井戸水を蒸留することによって対応したが、火魔法を使える者はほとんどいない。
この世界では魔法を使える者自体が稀で、蒸留には火を起こして地道に取り出すしかないのだ。
「川の水を汲みに行くとしても、一日十往復が限界です。人手が足りない現状ではどうすることもできません……」
村長は切実に訴える。
「ギルス様、どうにか川の水を引きたいのですが……どうすれば?」
リーシアはピリーラ村を本気で救おうと考えているようだ。
ギルスはなぜ他人のためにそこまでするのか疑問で仕方なかった。……だが、ここで放置して出ていくのも後味が悪い。
「俺が【水創造】を使って水を生産し、回復したら村人が水を汲みにいけば良い。そのうち水路もできるだろう」
「し、しかし魔法で生産できる水は少量です。……さすがのギルス様でも……」
リーシアは心配していた。
魔力を使って熱や氷、あるいは五大元素を作ることはできる。できるが、水への変換効率というのは良くない。村人全員が飲めるほどの水を生産するとなれば、とんでもない量の魔力を消費する。
強力な風魔法を使い、雲を蹴散らしたギルスでも、さすがにそこまでするのは厳しいのではないかと思ったのだ。
「俺を誰だと思っているのだ? 魔王がこれしきのことで根を上げたりはせぬ。だが……そんなことよりも気になることがある」
「……なんでしょうか?」
「そもそも、この村に水路を引く技術はあるのか? 一歩間違えれば水害を起こしかねない危険なものだ。それなりの知識がなければ作れぬ」
ギルスは村長に問いかけた。
「それは……お恥ずかしながら……」
村長の反応を確認したギルスはがっかりしなかった。おそらくそうだろうな、とは思っていたからだ。
「ギルス様は水路を引く技術をお持ちなのですか?」
リーシアの質問に、ギルスは首肯する。
「当然だ。そのくらいの知識は持っている。……だが、今から村人に一から教えるほど俺は暇ではないし、水路の完成までこの村に滞在する気はない。急ぐ理由があるわけではないが、ここに留まっておく理由もない」
「ギルス殿、心得ております。……病気の原因を突き止めていただき、ましてや私をお救いくださっただけでも感謝の限りでございます」
「……ふむ、しかしな、村長よ。結論を出すのは早計だぞ」
「それはどういうことでしょうか?」
「俺は今日中にこの村を出る。その間に村人の飲み水を確保する。……この先も使えるものをな」
「一日で……そんな方法があるのですか?」
「ある。そのために、破壊しても良い場所を用意しろ」
◇
ギルスとリーシア。それにエリカと村長は村の門を出ると、少し離れた場所に歩いていた。
村長とエリカが先導し、二人がそれについていくという形だ。
「ここなら住民からのアクセスも良く、かつ農地などへの影響もないかと思います」
ギルスは地面をこつこつと叩いて、
「ふむ、ここなら大丈夫そうだ」
「ほ、本当にやるのですか!?」
リーシアは未だに信じられなかった。
ギルスが提案した解決方法とは、溜池を新しく作るというものだった。
降水量が少なく、渇水の多い場所で使われるものだが、今回の場合には都合が良い。
「俺を誰だと思っている。黙って見ていろ」
ギルスはしばらく前に歩みを進めると、溜池の中心となる予定の場所で止まった。
木の棒を使ってそこの中心に星を描き、その周りに魔法式を記述していく。
その魔法式を読み解くことはこの場ではギルスにしかできない。
ギルスは魔法式を書き終えると、今度は範囲指定に移る。
溜池は円柱の形にすると決めていた。溜池の端となる場所に円を描いていく。
その円は数十メートルにも及んだ。……完成すれば巨大な溜池となる。
「これで準備は終わった」
大規模魔法に必要な魔法陣を書き終えたギルスはほっと一息つく。
一度でも間違えると最初からやり直しになるため、魔法陣を使う際は慎重にならざるを得ない。
ギルスは三人を少し離れた場所に連れていくと、彼自身もそこから魔法を発動した。
魔法陣を組むことは誰にでもできる。……問題は、その魔法陣に必要な魔力を供給できるかということである。この規模の魔法陣であれば複数の魔法師が共同で魔力を供給するのが普通である。それをギルスは一人で供給しようとしていた。
発動直後から大量の魔力使用を感じる。
血液が減っていくような、不思議な感覚はいつも変わらない。
ピキピキ……ピキピキ……。
魔法陣の中心で地割れが起こり、その割れは円の端にまで及ぶ。
下から突き上げるように地面が盛り上がり、土が宙を浮き、飛んでいく。
飛んでいく場所は四人のいる場所の反対側に分散して積みあがっていくように構築してあった。
土のなくなった場所には、巨大な円柱の穴が広がっていた。
「……これで穴掘り作業は終了だ」
だが、まだやることはある。
溜池というものは穴を掘るだけでは完成しない。……いや、溜池自体はこれで完成なのだが、それだけでは意味がない。きちんと溜池としての機能を発揮させるには、水が必要なのである。
しかし、ギルスでも穴掘りでこれだけの魔力を消費しているのだ。【水創造】でこれだけの水を生産するのは厳しいし、近くの川から移動させるのも困難を伴う。
そこで、知恵を使うことにした。
ギルスは、穴掘り用の魔法陣と同時に、雨雲発生用の魔法陣を描いていた。
雨雲を散らすことを平然とやってのけた彼だが、逆に発生させることも難しくない。
地上付近を温め、上空を冷やすことにより意図的に上昇気流を発生させる。
積乱雲がみるみるうちに出来上がり、空全体に雨雲が広がっていく。
しばらくすると、ポツ……ポツ……と雨が降ってきた。
「ほんとに雨降ってきちゃった……」
「うむ……信じられん」
エリカと村長はその光景が信じられないようで、目を丸くしていた。
リーシアも驚いてはいたが、それほどの衝撃はなかった。
「お疲れ様です。ギルス様」
魔力不足で少し足元がフラつくギルスに声をかけた。
「どうやら、少し休憩が必要のようだ」
その後雨脚は強くなり、溜池を大量の水が潤した。
◇
二時間ほどの休憩で魔力をある程度回復させたギルスは、村を出ようとしていた。
「本当にありがごうざいました。……ギルス殿には感謝してもしきれませぬ」
「そう気にするでない。魔王の気まぐれなのだからな。せいぜい元気にするがいい」
そう言い残し、ギルスは去っていこうとする。
「ちょっと待ってくだされ。お渡ししたいものがあります」
「ん?」
村長はギルスを呼び止め、指輪のようなものを差し出す。
「持っていれば何か役に立つかもしれません。……お礼には足りないと思いますが、どうぞ持って行ってください」
ギルスは指輪を受け取った。
銀色に光るその指輪は、少し細工が凝っている以外に珍しい点はなさそうだ。
「ありがたく受け取っておこう。……では、さらばだ」
ギルスは村長とエリカ、リーシアに見送られ、村を出て行った。
それから五十歩ほど歩いた時に違和感を覚えた。
「……リーシア、なぜ貴様がついてきている?」
ギルスは、ピリーラ村での滞在中にリーシアから最低限の情報を教えてもらっていた。これで彼女を助けた礼は返してもらったつもりでいた。
いまさらなぜついてこようというのか。
「私はギルス様にお仕えします」
「……必要ない。礼ならきちんと返してもらったつもりだ」
「いいえ、それだけでは足りません。私は初めて人の優しさというものに触れた気がします。行き倒れのために食料を……それも白パンを分け与えてくださるお方など私は聞いたことがありません」
「パンの一個や二個でそこまでする必要はないだろう。……貴様の価値は白パンで計算できるのか?」
「私は……パンに惹かれたのではありません! ギルス様だから……ついていきたいのです」
「ふむ」
ギルスが魔王として統治していた頃にもこのような物好きがいたことを思い出す。
見返りはいらないからギルスの下で働きたいと申し出てくる者がいたのだ。少し助けてやっただけでそれほどの奉公をしようという精神をギルスは理解できない。
――まあ、ついてこようと言うものを断る道理もない。
「ど、奴隷でも構いません! ……私を――」
「わかった。ついてこい。……あと、俺は奴隷を侍らせる趣味はないのでな。働いた分には見返りを与える。……食うには困らせないことを約束しよう」
ギルスが答えると、リーシアは楽しそうに眼を輝かせ、
「はい! ギルス様!」
その背中を追いかけた。