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プロローグ:最強魔王、勇者に失格扱いされる

「……ほう、異世界からの召喚とはまた珍しい」


 魔王城の書斎でくつろいでいたギルス・アイズベルは興味深そうに呟いた。

 ギルスは魔王のイメージ通りと言うべきか、黒髪黒眼。人間でいう東洋風の見た目をしている。

 異世界からの召喚魔法により、ときどき人がいなくなってしまうことはよくあった。しかし魔王や魔王の眷属を召喚しようなどという肝の据わった者を聞いたことがない。


 ――愚かな。

 召喚魔法には召喚対象に選択肢を与える場合と、強制的に拉致する場合がある。

 後者を選択したとしても、召喚者が召喚対象の能力を超えていなければ不可能なのだ。

 召喚を拒むことも可能だ。……だが、ギルスはそれを選ばなかった。


 魔王軍は先日の勇者一行との決戦に勝利した。それからというもの、ただ生きているだけの退屈な日々が続いているのだ。

 そんな時に突然舞い込んできた招待状。少しだけ興味を持った。

 勇者との戦いで疲弊したこの世界はしばらく復興に集中することになるが、既に配下に指示を出してある。ギルスは自分がいなくなってもどうにかなるだろうと考えた。


「ふむ、ちょっくら異世界とやらを見てやるとしよう」


 ◇


 勇者たちは教会の一室である召喚の間にいる。

 彼らは動揺していた。


「な、なんで召喚されないの!?」


「魔法術式は合っているのか?」


 召喚魔法というのは、『拉致』を選択すれば召喚者の能力を超えていない限り何も出てこないということはあり得ない。


「術式が間違っていたら起動しないわよ!」


「そ、そうか……すまない」


 『黒魔の勇者』ミケルの言葉に、『召喚の勇者』フェデリカはキレ気味な口調で答える。

 黒魔の勇者は黒髪短髪の少年勇者で、一言でいえば優男というのが適当だろう。黒魔法を使い、勇者パーティの固定砲台として活躍する。

 対して召喚の勇者は気の強そうなツリ目の華奢な少女である。焦げ茶色に近い赤髪をセミロングにしている。


 召喚術式は正常に起動している。考えられることとすれば――。


「フェデリカより高位の能力を持つ者……としか考えらんな」


 『剣の勇者』アムニスがスクワットをしながら話した。

 アムニスは筋骨隆々とした巨体の青年である。新たな勇者の召喚には二人が立ち会っていた。

 勇者パーティは魔王軍幹部との戦いにより、犠牲者が毎度のように出ている。世界を探しても勇者に相応しい高い能力えお持った者見つけるのは難しい。欠員を補充するため、勇者パーティは慢性的に異世界の人類に頼るようになっていた。


「あ……召喚成功しちゃった!」


 フェデリカが召喚陣の上に光るシルエットを確認して歓喜する。


「さすがフェデリカだよ!」


「うむ、どのような勇者が来るのか楽しみだ」


 勇者パーティの誰もが、新しい仲間――勇者の誕生を喜んだ。


 ◇


 ――ふむ……召喚術式のレベルが低いとは思っていたが……まさか魔法陣がなければ起動さえもできないとは思わなかったぞ


 召喚に応じたギルスは、無事に異世界転移に成功したのだった。

 そして、低レベルの召喚術式に驚愕していた。

 召喚術式は数ある魔法の中でも難しいものではない。これに魔法陣を使うようでは辺境の貴族にも劣っているのではないか。……転移後一秒時点での偽らざる感想だ。


「初めまして! 僕たちは勇者パーティをやっています! ……一緒に魔王を倒しましょう!」


 ミケルはテンションの高い口調でギルスに詰め寄る。

 ギルスは愉快な奴らだ、と苦笑した。この程度の魔法でどうにかなる魔王がいてたまるかと。


「ふむ、貴様らは俺に勇者パーティに入れと言うのか?」


「無理に召喚してしまった立場でお願いするのは恐縮ですが……あなたの力が必要なんです」


 魔王を倒すのに魔王の力を必要とすると言うのだ。笑うしかない。

 しかもこの程度の魔法しか使えない者が勇者だというのだ。ギルスは悪い夢でも見ているのかと疑ってしまう。


「貴様らの心意気に免じて少しばかり俺の時間を与えてやろう」


「そ、それは引き受けてくれるということで!?」


「そういうことだ」


 ギルスの返事を境に、張り詰めた空気が崩れる。

 和やかなムードの中でギルスは迎えられることとなった。


「よろしくお願いします。……えっと、僕は『黒魔の勇者』をやっています、ミケルです」


「俺はギルス・アイズベルという。異世界の魔王である」


 ――ん? なんで苦笑いなんだ?


 勇者パーティたちはギルスの自己紹介を冗談だと受け止めていた。

 しかし冗談とはいえ、魔王を相手に命をかけている身分だ。あまり笑えるものでもない。


「では、一応形式的なものなんですけど……試験を今からお願いしてもいいですか?」


「試験だと?」


「は、はい……ギルスさんの能力面に関しては疑いようがないと思うんですけど、常識試験のようなものです。マルバツ問題なのですぐに終わりますし、今までに受けた人は全員合格しているので……本当に形式的なものなんです」


 ギルスとて無用に争う気はない。そのような規則があるのなら従うくらいの器量は持っている。


「うむ、ではいますぐ受けよう」


 ◇


 マルバツ問題はとても簡単なものだった。


 問 勇者と魔王の戦争は現在にわたって続いている。どちらが勝つべきか?

 〇 勇者

 × 魔王


 この問題の答えは簡単だ。ギルスは魔王と判断し、解答用紙に×を記入する。

 理由は簡単だ。魔王の立場を自身に置き換えた時、こんな弱い勇者に殺されるほど情けないものはないと感じたからだ。


 問 勇者と魔王はどちらが正しいか?

 〇 勇者

 × 魔王


 ――これは多少難しい問題だな。

 勇者と魔王のどちらが正しいか、それは永遠のテーマなのである。勇者は勇者が正しいと考え、魔王は魔王が正しいと考える。

 ギルスは魔王なので、×を記入した。


 こんな調子で五十問を解き終わる。


「終わったぞ」


「は、速いですね!」


「それほど迷う問題でもなかったからな」


 ギルスの回答はすぐに採点が開始された。

 一問目から採点者であるミケルの手が止まる。一問目を終えて二問目の採点に移るが、ここでも手が止まってしまう。だんだんとミケルの額から冷汗が垂れてくる。


 そして、試験の採点が終了した。


「ぜ、全問不正解です……こんなことって……」


 ミケルは愕然としていた。

 この常識問題では全問正解が当たり前。何問か間違えた者も過去にはいたが、全問不正解は初めてだ。

 もしかして文字が読めないのか?

 ミケルは頭を振る。そんなことはあり得ない。二択とはいえ五十問を全問不正解になるなど天文学数字になる。


「全問正解って……そんなのありえない! ミケル、私にも見せてよ」


「俺も確認しよう」


 フェデリカとアムニスも、ギルスの解答を確認していく。


「これは……」


「問題に間違いはなさそうね……」


 二人もまさかそんなことはありえないだろうと思っていただけに驚愕した。


「こういう場合って……どうしたらいいんでしょうか。僕は経験がなくて……」


 ミケルの相談にアムニスが、


「いくら形式的な試験と言ってもこれでは……どう対処すべきかは明白だろう」


「そうですよね……わかりました」


 ミケルは肩を落とし、ギルスに伝える。


「残念ですが、ギルスさん。あなたは勇者試験失格とします。……勝手に召喚しておいて申し訳なくは思いますが、あなたを仲間にすることはできません。……直ちにここを立ち退くようよろしくお願いします」


 立ち退き命令は、国の役人などでない限り、勇者でない者をここに滞在しておくことはできないという事情があった。


「貴様らから失格扱いされるいわれはないのだがな。こちらとしても願い下げだ」


 ギルスはそう答えると、召喚の間を出るとすぐに教会の外に出て行った。

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