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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
1st Story オルタナティブ・サイボーグ・ウィズ・ヒューマニティ・アンドロイド
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1-6 【喚起(アウェイク)】の魔触獣③

 左右に障害物を避けながら、車はついに倉庫街を抜けて海沿いの産業道路へ。それでも柔粘獣の触腕を振り切ることは叶わない。恐るべきは、柔い肉の鞭に現れる魔術的破壊力のみならず、無限とも思えるその尺度にあった。


 彼我の距離など関係なかった。ラスティはがむしゃらに歪視(ワーピング)を放ち続けた。車体を掴みかけていた幾つもの触腕の手が丸ごと吹き飛び、ねばついた白濁液が車のフロントガラスへ盛大にぶちまけられた。そのせいで視界が一時的に閉ざされ、ハンドルを握る手に迷いが生じた。だが、スピードは決して落とさなかった。


 隣でルル・ベルが驚嘆の声を上げるのをよそに、勘だけを頼りにして、華麗なドライビング・テクニックで道を塞ぐ障害物を避けていく。車速はすでに百キロをオーバーしていた。


 破壊の化身たる触腕は、ただちに千切れた箇所の自己再生を終えて追撃。まだ勝負はついていないと訴えるように、どこまでも執拗に挑みかかってくる。


 このままでは埒が明かない。そうラスティが予見した時、打開策を提唱する者がすぐ傍にいた。


「おそらくだけど、アレトゥサを……怪物を呼び出した張本人を叩かないとダメなんだ。あの怪物はきっと、術者から供給される魔力を餌に活動している。だから供給元を断てば、活動も停止すると思う」


 隣で持論を展開するルル・ベルへ視線を向けず、ラスティはフロントガラスの汚れをカー・シャワーで落としながら、顔をしかめた。


「口にするのは簡単だ。それこそ赤ん坊でもできる。だがあんな怪物に追っかけられながら、呼びつけた輩をどうやって探すつもりだ」


「わたしにやらせて」


 ルル・ベルが正面を向いたまま、その大人びた眼差しに強い光を込めながら即答した。その深い赤色の瞳に、まざまざと真剣味が宿っていた。


 それが本意なのかどうか、ラスティには確かめる必要があった。


「やれるのか?」


 ラスティのその台詞には多くの意味が込められていた。出来もしないことを出来ると口にされるのは迷惑だとか、報酬金を頂戴する前に死なれてしまっては最悪なのだといった、実に利己的な思考が言葉というかたちを借りて現れ出ていた。


 さすがのルル・ベルも、これには思わず閉口した。だがすぐに首を縦に振ると、


「わたしは魔導機械人形(マギアロイド)……魔導式を……魔導式を使えば何とでもなる。姿を見せない相手の位置くらい、すぐに分かる。詳細な居場所が分かったら伝えるから、あなたはとりあえず運転に集中して」


 手短に手順を申し付けると、彼女の小さな右手がローブの裾に引っ込み、赤黒色のバトンを手に再び現れた。右手の親指でバトンの柄を強く押し込むと、それは持ち主の強い精神感応を受けて、本来あるべき姿を闘争の場に曝け出した。


 魔導機械人形(マギアロイド)のみが携帯を許された力のデバイス――魔力変性増幅杖(キャラメリゼ・ロッド)


 魔力統御装置(マギア・デバイス)が埋め込まれた特別性の杖。その先端部は車の天井すれすれまで届き、髑髏と鎖と水晶を融合させたような形状に膨れ上がっている。それだけで強烈なインパクトを見る者に与えた。


「まるで手品だな」


 思わず、ラスティが横目に小さく驚嘆した。自然と意識がそちらに引き寄せられそうになった。瞬間的にこの危機的状況を忘れさせるぐらい、魔女の力の片鱗は圧倒的だった。


 ルル・ベルは目を細めて深呼吸をすると、禍々しさを放つ魔杖をじっと見つめた。杖の柄を両手で支えるようにして持ち、祈るようにして目をつむる。


 体内を循環するハイドレーションが、掌に開けられた無数の細かな孔を通じて半透明のエネルギー体と化して杖へ浸透し、魔力へと状態を変質。


 続けて高速圧縮呪文を詠唱。魔導プログラムを起動させ、位置探査(サルベージ)の魔導式を打ち始める。この一連の作業を、二秒と経たず完了させた直後だった。


「うぐぅうぅぅぅぅぅぉおおおお!!」


 突如として、ルル・ベルが壮絶な呻き声と共に、その小さな体を激しく痙攣させはじめた。振り乱れる紫灰色(パープル・グレイ)のロングヘア。およそアンドロイドが出すものとは思えないほどの、野性味が爆発したかのような獣声と共に。


 長い睫毛が揺らめく。耐え難い痛苦に満ちた少女の吼声が、ラスティの鼓膜に鋭く突き刺さった。


「おい、どうした!?」


 さしものラスティも本気で慌てた。


 ルル・ベルは呼びかけに答えなかった。いや、返事ができなかったと言ったほうが正しいか。全身をくの字に折り曲げて痙攣したように目を瞬かせ、その度に彼女は意識を失いそうになった。体の中で、大小無数のガラスの破片が渦を巻いているかのような、それほどの絶苦。


 だが、ルル・ベルは魔杖を手放さない。痛みを上回る気概が表情に顕れていた。死ぬことに怯え、生きる事を観念するような精神性からは程遠い鬼気迫る形相だった。機械仕掛けの人形がそんな表情をするところを、ラスティは初めて目撃した。


 断続的に息を詰まらせる、ルル・ベルの異様な姿。見ると、彼女のうなじ辺りに幾何学的な紋様が、ミミズ腫れのように浮かび上がっていた。


 闇市で競りに出されていた奴隷が似たような形の焼きごてをされているのを、ラスティは見かけたことがある。しかし、それとは本質がまるきり異なっていた。奴隷に施されるそれよりもずっと支配的で、より破壊的なイメージが、その紋様にはあった。


「(こいつは、まさか)」


 記憶の中から、ルル・ベルの身に起こっている現象を正確に言い当てるワードを引っ張り出そうとしたが、急に現実に引き戻された。更なるおぞましい異変がルル・ベルを襲ったからだ。


「ああああぉぁぁあああっっ!」


 紋様がどす黒く明滅を繰り返し、そこから灰色の煙が吹き上がった。得体の知れぬ煙は拡散することなく、ランプの魔神のように一つの『かたち』を象った。


 死のモチーフたる、骸骨のかたち。その上半身だけが、紋様から飛び出ていた。


 ルル・ベルの頭部ほどの大きさしかないその煙の骸骨は、落ち窪んだ両眼を爛々と赤く光らせて、死の匂いが込められた両の手を、ルル・ベルの細い首へと回し、思い切り絞め上げてみせた。ルル・ベルが眉根を激しく下げ、ますますの苦悶に堕とされた。


 ラスティが慌ててハンドルを右手で操作し、虫でも振り払うかのように、空けた左手を煙の骸骨へ思い切り伸ばした。それでも骸骨は平然としていた。怪鳥めいた啼き声を骨の奥から響かせながら、決してルル・ベルの首を絞めるのを止めなかった。


 あまりの出来事だった。運転に集中しなければならないと分かっているのに、思わず眼を奪われてしまうくらいには。


 それでも、この不可解な現象には思い当たる節があった。


「(この紋様に、この骸骨。どう見ても呪戒を受けた者の証だ。有り得ない。アンドロイドに呪術や言霊が効くなんて、キュリオスの奴も言って無かった)」


 納得がいかなかったが、現実としてそれが起こっている以上、飲み込まざるを得ない。


「(魔導式を行使しようとすると、自動的に発動する呪い。百歩譲ってそう定義したとしよう。だが……)」


 それならば、彼女はどうして敵の位置を探るなどという、自らの危険を省みないような作戦を提案してきたのか。ルル・ベルが見せる、凄まじい献身性の根源となっているものは何なのか。


 一度に多くの情報が流れ込んできて、うまく辻褄を合わせられない。本当に、このまま作戦を実行して良いのかどうか、心の中で靄のように迷いが生まれた。その時だった。


 杖を握る手から、ふっと力が抜けた。位置探査(サルベージ)を完了したのだ。


 それが終了の合図であるかのように、それまで彼女の首に巻き付いていた煙の骸骨は、本当に煙のように、あっけなく紋様に吸い込まれていった。それもまた、ランプの魔神めいていた。


「見つけた……」


 暗闇に光を見出したように、ルル・ベルが口を開いた。彼女の首元には、先ほどの出来事が現実のものであることを示すように、くっきりと、首絞めの痕跡が赤い線となってあった。


「おい……大丈夫か?」


「問題……ない。それよりも……」


 ルル・ベルは静かに呼吸を整えた。その雪のように白い指先が震えて持ち上がり、車の行くべき先を示す……バックミラー。つまりは、


「本体の魔導機械人形(マギアロイド)は……テンタクラスタと同化している」


「同化?」


「間接的にじゃなく、怪物の体内に潜んで魔力を供給している……ハイドレーションの魔力変換をデバイスなしに、導脈回路を接続させて直接行うなんて……そんなの自殺行為だよ……」


 慎重に息を整えながらも、ルル・ベルの顔色が青ざめる。アレトゥサの壮絶な覚悟を否応にも感じてしまったせいである。


 魔導機械人形(マギアロイド)にとって生命線とも言うべきハイドレーション。その魔力変換は、魔杖に備わった『増幅効果』を付与して行うからこそ低リスクで済んでいる。


 少ない量で多大な効果を得るための魔導デバイスをかなぐり捨て、自らを生贄として捧げる敵の行動は、狂気の沙汰としか思えない。


「自殺行為だろうがなんだろうが、こっちにとっては好都合だ。このまま……」


 即決即断。ラスティはハンドルを鋭く切り返しながら、目でルル・ベルへ問いかけた。俺のやり方に同意するかという問いかけを。


 ルル・ベルは、その人形らしさの欠片もない生きた眼差しで、ラスティの無言の要求に強く応えた。言葉の無い会話を通じて、二人の目的は一つに収束した。


「突っ込んで、殺すだけだ」


 口にしたその言葉を置き去りにするかのような勢いで、ラスティはハンドルを大きく右に切った。


 ヘッドライトが旋回し、走破したはずの暗闇を激しく照らす。タイヤとアスファルトの間に激しい摩擦が生じて、怒濤の勢いで白煙が沸いた。


 二人が選択した状況打破のための手段は、逆走の一手だった。

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