2-30 PM14:20/VS.ストロベリィ・ザ・ホワイトヴェノム
左足が完全に再生したのを確認するやいなや、ベルハザードは素早く印刷作業用のスペースから通路へ飛び出し、スライディングする要領で、パーテーションで仕切られただけのメインルームへ巨躯を滑らせた。
広々としたメインルーム。その左サイドこそが目指すべきスポットだ。見ると、太陽光を浴びて燃えるように白く輝くガラス窓が、ずらりと並んでいる。
このフロアで唯一残された脱出口。なんとしても辿り着かねばならない。
薄いパーテーションを背にして、首をわずかに出して敵の様子を伺おうとした時だ。目の前を白い一条の光線が薙いで、足元の床パネルを鋭く吹き飛ばした。
甘ったるい芳香が、ベルハザードの鼻をつく。
「お願いだからアアアアアアアアアアアアアッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!」
ナックルとヘイフリック、ピアフに続く四人目の狩人――ストロベリィ・ザ・ホワイトヴェノムの悍ましい懇願。
嬌声と共に、全身の乳房から母乳が勢いよく噴射される。
もちろん、ただの母乳ではない。変性したタンパク質を、乳房内部に移植された毒液タンクとでもいうべき器官で蓄え、体内に組み込まれた超高圧油圧式ポンプの力で、ウォータージェットならぬミルクジェットの要領で縦横無尽に吐き出す。
それこそ、この怯え声にまみれた女戦士の最も得意とする武器であった。
超音速の域に達する白き流線が、ヘイフリックの肉円盤がそうだったように、周囲の事務用品を片っ端から切断にかかった。
一見して何も考えていないかのような、滅茶苦茶な攻撃軌道。しかしその実、噴射口たる乳首の角度を自在に変えて乳流の方向を微調整することで、確実に獲物を追い込んでいく容赦のなさがあった。それは、この場の当事者であるベルハザードであるからこそ、体感できた危機感でもあった。
背にしていた曇りガラスのパーテーションが、凄まじいまでの液圧を受けて、ほとんど吹き飛ばされるようにして両断された。慌てて床に身を投げ出すかたちでベルハザードは通路へ飛び出し、適当に目についた、まだ被害を被っていない事務机の陰に身を隠す。
だが、そうしてから数秒と立たずに、数多の乳房から問答無用で射乳される毒母乳の一撃を以て、事務机はサイコロステーキよろしく、細やかに寸断されてしまった。
毒母乳は生物だけでなく無機物すらも侵す危険な代物らしく、事務机の構成パーツの断面は、夏場に放置されたアイスのように、どろどろに溶解しきっていた。
ベルハザードは手当たり次第に壁になりそうな障害物を見繕って逃げ込もうとするが、ストロベリィ自慢の乳頭センサーがひどく優れているのか、ベルハザードの行動を先読みし、壁になりそうな障害物へ片っ端からミルクジェットをぶっかけ、時に切り刻み、時にぐずぐずに溶かしていった。
逃げ込める場所をあらかた潰してから、じっくりと一対一の戦闘を楽しむ腹積もりでいるのだろう。そうして、あらかたの事務机やパーテーションが屑と化して、廊下の至る所にも十分に毒母乳の痕を刻みつけ、フロア中が濃厚な甘い香りに包まれた時、いよいよストロベリィにとっての舞台が整ったと言えた。
獲物を狩るための神聖な舞台が。
「アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!」
天井からぶら下がった姿勢のまま、両手のハンドガンをさっと持ち上げて、引き金に指をかけていくストロベリィ。
狂乱と共に撒かれる輝灼弾の数々を、逃げも隠れもせずに、ベルハザードは触腕の展開で防御していく。弾が効力を発揮するのは、あくまでも鬼血人の肉体に食い込んだ瞬間であり、呪術により具象化された防壁を打開するほどのパワーはない。
だが、一発でも体を掠めれば命とりになる。
防衛一辺倒に陥る最中、カチカチという音がハンドガンから鳴った。弾切れを知らせる音。再びデフォルト・モード・ネットワークへ切り替わったベルハザードの脳内神経が、聴覚が、それを聞き逃すはずがなかった。
攻撃の手が休んだその瞬間、きびすを返して窓へ突っ込むという案がベルハザードの脳裡に浮かんだ。だが、まだここからでは距離がある。飛び出す前に、あの毒母乳の光線に行く手を阻まれるだけだと、直ちに思考の路線を切り替えた。
体を包むように束ねていた六本の触腕を一気に解き放ち、攻撃態勢へ。
触腕の一本が鋭く鞭のようにしなり、ストロベリィをぶら下げていた白い糸を勢いよく引きちぎった。落下するストロベリィであったが、彼女はたわわな乳房をクッション代わりにして衝撃を殺すと、ただちに起き上がり、
「アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!」
悲壮感がたっぷりと籠った叫び声とは裏腹に、真正面からベルハザードの触腕を迎え討つ。
乳房という乳房から勢いよく噴射される、超高圧のミルクジェット。うねり狂う触腕を斬り溶かしにかかる、何条もの溶解魔母乳。
ベルハザードは、ナックルに対してそうしたように、ただちに触腕が受けた攻撃と自身の意識を共有させた。そうする必要があったし、そもそもそれが目的で、こちから攻撃を仕掛けたのだった。情報を取得するために。
戦闘とは、端的に言って情報の読み合いである。
相手の持つ武器の情報。相手が備える能力の情報。相手を取り巻く組織の情報。そういった情報を体系的に整理して解析していく中で、いかに最善の一手を生み出し、いかにそれを素早く実行に移せるか。
それを成し得た者が、戦場を生き残るただ一つの資格を手にするも同然だった。
戦人としての流儀に則って情報の仔細を分析していく中で、ベルハザードが深掘りしようと試みているのは、この怯え声を放ちながらも果敢に戦闘を挑んでくる狂人の組織背景でも、手にしているハンドガンの威力でもなかった。
それらの正体はすでに割り出せているし、もっと優先して暴かねばならない事項があった。つまるところ毒母乳だ。その真価はどこにあるのか。
秘密を紐解く情報を、彼は確かに手にしている。それと同時に――先に遭遇した狩人たちも含めて――非常に厄介な存在を相手にしているのだという事実を、これでもかというほど自覚させられた。
そもそも、接敵した時点でおかしかった。サイボーグ化手術を受けて体重が激増している人間を、たった一本の糸で吊るせるものなのか。当然、そこには秘密があった。
組成変質。それが秘密の正体だった。
炭素が、その分子結合を変えることで、鉛筆の芯からダイヤモンド、果ては軌道エレベーターの素材にまで使われるように、ストロベリィの放つ毒母乳も、その組成を変えることで目覚ましいほどのポテンシャルを発揮するのだ。
自重を吊るのに使用していた白い糸は、攻撃の際に放つミルクジェットのそれよりも、ずっと粘性が高く、カーボンナノチューブに酷似した張力を獲得していた。ゆえに、ああいった芸当ができるのだった。
問題は、組成を変えるスイッチがどこにあるのかという点だ。
対鬼血人戦に特化してきた選び抜かれた家畜たちのことを、ベルハザードは思い出していた。彼ら全員が、サイボーグ強化された肉体とは別種の特異な能力を備えていたのは記憶に新しい。先ほど刃を交えた二体の家畜たちも、こちらの見立てでは、その例に洩れなかったと言っていい。
だとしたら、この、目の前で悍ましい母乳の光線を放射し続け、触腕の攻撃と互角に渡り歩いている女にも、異能の力が備わっていると見るのは当然。それが、母乳の組成変質であるのだろうと、ベルハザードは見当をつけた。
最悪なのは、特にこれといったスイッチが見える形で存在しないケースだ。
だがその懸念はすぐに消え去った。ストロベリィの反撃というかたちでだ。その両手が、大きめの乳房を二つ掴み、親指と人差し指を使って、器用に乳頭を扱きはじめた。そこから噴射される毒母乳は、それまでのジェットカッターの如き線状形態ではなく、杭打機から放たれる杭そのものと化し、十分な質量と威力で以て、間断なく触腕へ叩き込まれていった。
異能のスイッチ――乳頭を指先で挟むポーズがそれだった。つまりは、指先で触れた液体の組成や粘度を操作するというのが、彼女に与えられた異能という名の贈り物だった。
音速を越えて飛来する真っ白な杭の乱舞は、大いに戦況を搔き乱す。
数本程度なら、触腕を自在に動かすことで、いくらでも対処できた。だがその数が多すぎるのと、飛来軌道の範囲が予想外に広かったのもあって、たちまち押される格好となった。
しかも触腕で杭を受け止めようものなら、猛毒が触腕内部へと沁み込み、強烈な溶解力でたちどころに赤黒いシチューを床にぼとぼと零していくのだ。攻撃も防御も、このままでは無力化されてしまう。
「アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!」
猛毒の杭を飛ばしながら、乳房と乳房の間に挟んでいた予備マガジンを手早く装填。リロードを終えて再びハンドガンを連射してくるストロベリィを前に、ベルハザードは軽い混乱に陥った。
全盛期の頃なら力づくで突破できたであろうこの状況は、混じり物の体となり、復讐のために多くのものを喪った一体の鬼血人にとっては、さすがに堪えるものがあった。
攻め手を欠いたベルハザードの背後で、二度と耳にしたくない轟音が轟いた。正六面体の呪術を継続させながら後ろを振り返り、軽く舌打ちする。
またしてもドローンの姿があった。姿なき歌姫の眷属と化した機械仕掛けの翼鬼。ガトリングがわななきを上げて、窓という窓を片っ端から粉砕していった。
束ねられた砲身から放たれる火線は、体の神経が麻痺するのではと錯覚してしまうほどの絶大な轟音を撒き散らすことだけに集中しており、射線の精緻は驚くほどに欠けていた。
明かに何かを企んでいる爆音銃撃だったが、そこに隠された意図を読み切る前に、すぐ近くの天井パネルが瓦礫と化し、巨影と共に降り注いできた。
とっさに体を右へ投げ出すベルハザードだったが、一歩遅かった。
起き上がろうとした刹那、死角から飛び込んできた巨大な圧力に全身を否応なしに封じ込まれ、床との距離が一気に遠ざかった。
「ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!」
ナックル・ザ・ビッグスタンプだ。ようやく獲物を捕らえた歓喜にむせび泣くように吠え、優勝トロフィーを掲げるように、右手に掴んだベルハザードを高々と掲げる。
そしてその脇に控える一人の道化師。
「レディゴォォォオオオオオ!! 踊りましょうよ! 踊りましょうよ!」
肉の檻に囚われていたはずのヘイフリック・ザ・ディスクランチャーが、ぴょんぴょんとナックルの周囲を飛び跳ねていた。
完全な見立て違いだった。
もっと時間が稼げるはずだと踏んでいた当初の予想は、呆気なく打ち砕かれた。
そして打ち砕かれた先に待っていたのは、完全に戦闘の主導権を敵方に握られたという、決してあってはならない展開だった。同時に、彼らの個々の戦力ばかりに気を取られていた自分を、ベルハザードは強く恥じた。
コンビネーション――さすがに獲物を狩るのに特化しただけあってか、チームワークの成果がここに結実したと言って良かった。ベルハザードが戦闘を継続していく中で情報を拾い、知見を得ていたように、彼らもまたそうしたのだ。
結果、デフォルト・モード・ネットワークの仕組みには気づかないまでも、その卓越した動体神経と五感を崩すには、まず絶大な音圧を放って聴覚を鈍らせてやるのが的確だと判断したのだろう。それが最適解に近い解答の一つであることを、鬼狩りの狂える戦士たちは本能で理解し、見事ここに証明してみせたのである。
ベルハザードの膂力を完全に封じ込めるナックルの握力は、相当なものだった。本人はお気に入りのおもちゃで遊ぶ子供がそうするように、丁寧に獲物を扱っているつもりなのだろうが、すでに肋骨の何本かは折れて、肺も一つが潰れ、両肩の骨も完全に外れてしまっていた。
「ボクとケッコン……ケッコンして……? ケッコン……ケッコン……」
ナックルは、奇妙な虫の生体を観察するかのように、ベルハザードのこめかみに浮く八つの目玉をしげしげと見つめたり、左手の太い指先で頭を小突いたり、真っ白な髪の毛をちょんちょんと触っていたが、やがて、その無邪気な童顔に残酷な喜色を浮かべると、獲物の頭を、親指と人差し指でしっかりと摘まみ、
「ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!」
号令の咆哮を響かせ、床に思い切り叩きつけた。
「レディゴォォォオオオオオ!! 踊りましょうよ! 踊りましょうよ!」
「アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!」
合いの手を放つように、脇に控える戦士たちが狂乱に任せてはやし立てる。
悪辣と獰猛さがミックスされた残虐なリズムに乗って、二回、三回、四回――合計で五回も床へ叩きつけた果てに、最後は、ベースボールのピッチャーのように大きく振りかぶって、手に握っているはずの獲物を、壁へ思い切り投げつけた。
だが、壁に何かが激突することはなかった。そこには何もなかった。
ナックルが渾身の力で投げ放ったのは、獲物の残滓――コートの切れ端が、ひらひらと力無く舞って床に落ちる。
その上に、数滴の血が落ちた。ナックルの血だった。
「ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!」
つぶらな瞳が、ひどく歪んだ。
「いまさら傷を自覚したか」
三人の戦士たちが、声のした方を素早く振り返って、ぎょっとなった。
いつの間にナックルの巨拳から脱出していたのか。ボロボロになったコートを纏って、ぐずぐずに溶けかかった床の上に、ベルハザードが立っていた。
見るとその手には、夕焼け色に染まる扁平な刃が――太母から賜れた愛用の手斧が、しっかりと握られていた。刃の先からは、ぽたぽたと血が滴り落ちている。
「切断とはいかなかったが、多少腱に傷をつければ、さすがのお前でも、握る力は緩まるというわけだ」
「ボクゥゥゥゥ……」
「どれだけ体を改造しても、異形の姿に成り果ててまで力を得ようとも、生物の原理原則からは解き放たれない。お互いに、難儀なものだな」
言葉が通じているかどうかは関係なかった。意思を表明するには、なによりも態度に出すのが効果的なのだ。
原始的な手段とも言えたが、それがかえって、崩壊した理性と剥き出しの本能を駆動力として生きる《天嵐》のメンバーたちには、意味あるものとして受け止められたようだった。
ベルハザードの実力を推し量る方向へ切り替えたか。むやみに追撃はしない。その代わりに、じりじりと、三方向から距離を狭めようとにじり寄る。
ナックル、ヘイフリック、ストロベリィ――都合三人の狩人。
近距離から中距離にかけての攻撃範囲を有する彼らを相手取ることになり、さしものベルハザードも、軽く後ずさった。
しかし、すでに退路は断たれている。後方では相変わらずドローンが待機しており、ガトリングの銃口をベルハザードの背中へ向けている。すぐに発砲しないのは、味方を巻き込むのを危惧してのことだろう。
「(思いのほか、出費が嵩んだな……)」
ナックルから受けた傷は、すでに再生しきっている。だが当初想定していた時よりも、戦闘時間が長引いているのは気がかりだ。
血騰呪術の行使や、デフォルト・モード・ネットワークの維持に費やせるだけの血液量はまだ確保している。しかし、果たしてこの状況から上手い事逃れられるのか――
肩で大きく息を吐く。わずかに視界が霞み、心臓の鼓動が早鐘を打つ。
「(血眼があれば……畏怖の血眼が……くそ)」
混じり物となった際に喪われた技能の一つ。敵討ちという名の旅に出た際に、覚悟を決めて捨てた過去の栄光。今更それに頼ろうとする心の弱さを、内心で叱咤激励していると、
『撤退! てーったい! てったい! てったい!』
天井パネル隅のスピーカーから声がした。歌姫の声だ。
『ヒートアップ! ダメー! ヒートアップ! ノー! 抑え! 気持ち! 抑え……抑え! 時間! 時間! もう!』
「ボクゥゥゥゥ……」
「レディ……レディ……」
「捨てないで……捨てないで……」
それまで好戦的な姿勢を向けていたナックルたちの様子に、明らかな変化が見られた。
『忘れ! ない! 目的! 本当の! 目的! 楽園! 私たち! 楽園! 隊長! 指示! 従う!』
センテンスをぶつ切りに羅列する奇妙な呼びかけに、戦士たちは渋々従った。
ナックルの盛り上がった両肩にヘイフリックとストロベリィが飛び乗る。ナックルの下半身たるオフロード・タイヤが急回転し、ベルハザードを睨みつけたまま後退。スピードを殺さずに、窓ガラスを背中で割って、ビルの外へ脱出した。
ベルハザードは慌てて走り寄り、窓枠から体を突き出し、眼下を覗き込んだ。
狩人たちの姿はすでにどこにもなかった。代わりに、路肩に止められていた一台のバンが目に入った。ナンバーを記憶している間に、バンは猛烈な速度で引き上げていった。
ストロベリィの母乳糸をロープ代わりにして下ったのだろう。襲撃も機敏なれば、撤退も鮮やかなものだった。
ドローンのローラー音も、はるか彼方へ遠ざかっていく。嵐のようにやってきた戦士たちは、嵐のように過ぎ去っていった。ベルハザードの知らないところへ。意味深長な言葉を残して。
隊長。奴らはそう口にしていた。やはり部隊を率いている何者かがいるのだ。しかしそれよりも、ずっと耳にこびりついているワードがある。
目的。そうしきりに叫んでいた。楽園だとも言っていた。
真意を探りきれないワードの数々。理性を失くした亡霊たちの、力強い雄叫びをそこに感じた気がした。しかして、それが具体的に何なのか、何を意味するのか。まるで見当がつかなかった。
都市を、人類を守護するために鬼血人を抹殺する。人の姿を捨てた狩人たちに、それ以外の目的があるというのか。とても信じられない話だった。
騒ぎを聞きつけて、何台ものパトカーのサイレンが近づいてくる。そのけたたましい機械的なリズムが、手負いの鬼血人を現実に引き戻した。
階段を駆け上がる音が聞こえる。それでもベルハザードはその場を動かない。
能力に消費した分の血を補充するには、このシチュエーションはうってつけだ。
窮地を脱したという安堵感は、ほとんどなかった。それよりも、先行き不透明な道行きに、なぜか不安を抱いた。こんな有様で、仇討ちなど完遂できるのだろうかという不安を。
胸の中を侵食するむず痒い感覚を紛らわそうと、ベルハザードは獲物が接近してくる足音を捉えることだけに、意識を集中させていった。




