2-19 PM12:10/円卓の巨人たち
大陸間戦争後、人類は疲弊しきった国家を解体し、よりミニマムな経済システムを構築し、限られた資源と人口を運用することを目指した。
そうした運動の中で、古代ギリシャの都市国家をモデルにして大小さまざまな都市が大陸のあちこちに建造されたが、プロメテウスほど権力構造を明確にしたシティ・モデルもなかった。どういった身分の人間がどんなサービスを受けられるのかを逐一言葉で説明するよりも、都市のピラミッド構造を掲示するだけで身分階級がおおよそ把握できるよう、印象付けられて建築された。
すべては、安全と管理を運用する権利を手中に収めておきたい者達の思惑が働いた結果だと言える。示威的な都市景観がそうであるように、都市の最上層をホームとする富豪や政治家たちは、力に執着する傾向にあった。人事権、捜査権、審議権、決定権……直接的に、あるいは間接的に都民の生活や立場に影響を及ぼす、法律の執行スイッチ。そのスイッチを一方的に押せる立場に就くために、限定された席を巡って数え切れぬほどの暗闘や駆け引きが応酬されてきた。そこだけは、戦前も戦後も変わらなかった。
都市を舞台とする政治的ゲームにいやいや巻き込まれる者はともかくとして、自ら進んで社会的闘争に明け暮れる政治家たちに共通しているのは、誰もがその内面に臆病さを隠し持っているという点だ。臆病さを克服するのではなく消し去ろうとする心の働きこそが忙しない日々を生み出していることに、彼らが気づくことはない。個人や組織を管理できる立場に就き、安全と安心に満ちた生活を送る。そのためには、ありとあらゆる手段でライバルたちを出し抜く。
グルストフ・イニィエラビッチも、そんな野心的な心根を持つ政治家の一人にして、力を司る席の一つに腰をおろす者だった。
プロメテウス治安維持局長。
それこそが、都市公安委員会を構成する三百人委員の一人として、五十歳を目前にもぎ取った席の名前だった。
都市の最下層で発生した、前代未聞とも言える階層間エレベーター《第十二番》の襲撃事件。それに端を発した緊急会合の通知がグルストフの元に届いたのは、事件発生から一時間後のことだった。その時点で、すでに事件の概要は大勢の個人報道者によってネット上に拡散され、事件当時の撮影動画も大衆の目に晒されはじめていた。ブロックチェーンを利用したその報道スタイルは、情報の信頼性の高さゆえに、誰もこれをフェイクニュースの類だとは思わなかった。
パソコンのモニターに映し出された下手人が、単なるテロリストのたぐいであったなら――それはそれで騒動には違いないが――ここまで大事にはならなかっただろう。五年前に絶滅させたはずの鬼血人が事件に絡んでいるとなれば、最上層の巨人たちが震えあがり、ネットが騒然とするのも頷ける。
だが、グルストフは違った。携帯端末に送られてきた議題を確認した彼は、これが己の権力基盤を固めるうってつけのチャンスだと見抜いた。
都市公安委員会による緊急会合は、最上層にある議事堂の一室で粛々と開始された。ドローン撮影による事件現場の映像を繰り返し流す大型スクリーンをバックに、都市公安委員会委員長が、飾り気のない円卓の一角を陣取っている。
他に円卓を囲んでいるのは、交通局、医療局、福祉生活局、財務局、内務局、法務局、諜報局、学究局のトップに加え、委員会と密接な関係にある企業連合体の総代と、そうそうたる顔ぶれだった。しかしながら急な召集というのも手伝って、時間の都合がつかなかったのだろう。グルストフを含めて、参加者の大部分が最新の電脳通信システムアプリによる遠隔通信――ホロ・ポーテーションによる参加だった。
半透明の紫色をしたホログラム・ボディが雁首をそろえて円卓を囲むという異様な光景の中、生身でこの場にいるのは、委員長を含めてわずかに二人のみである。
「すでにご承知のとおり、あの闇の眷属たちが再び都市に舞い戻ってきました。それも一体ではなく二体。これは安寧を取り戻したプロメテウスの根幹を揺るがしかねない、非常に憂慮すべき事態であると考えられます」
会議早々。場の主導権を握ろうと、ホログラム・ボディのグルストフがさっそく動いた。円卓に集う権力者たちへ視線を平等に向けながら、これがどれだけ混迷極まる事態であるかを、強く認識させるように語気を強める。
「先ほど交通局長からいただいた情報によりますと、二体のうち一体は中層域へ到達し、その後の行方は知られていません。ですが、残り一体はドローンを違法占拠したまま、とくに動きを見せていないようです。このままですと、怪物を乗せたまま、オートドライブに移行したドローンが第一緊急着陸所に着陸することになります。我々にとっては討伐のチャンスであると同時、リスクでもあると言えます」
「時間稼ぎはうまくいきそうか?」
委員長がしゃがれた声で訊いた。杖を手にした、骸骨のようにやせ細った老人だった。しかし、その眼は都市の危機を前にして臆することはなく、強い光をたたえている。
「緊急事態と判断し、オートドライブに速度制限をかけています。到着までに、およそ一時間半はかかるかと。さすがに鬼血人といえども、数百メートル上空から飛び降りる勇気はないようですね」
円卓において紅一点の交通局長が、鉄の女をイメージさせる堅実な態度で応えた。階層間エレベーターの修理費用は保険でどうにでもなるが、都市のシンボルに等しいエレベーターを破壊されて、心の底では憤慨している様が手に取るようにわかった。
「治安維持局のトップとして断言いたしますが、都市警察ごときで収拾できる事件ではありません。なぜなら二体のうち行方知れずの一体は、驚くべきことに日向を歩く者である可能性が極めて高いと見られるからです。こうなってしまった以上、すみやかに事態を解決へ導くには、まず何としても『彼ら』の力を借りる他ありません」
彼ら――とグルストフが口にした瞬間、映像を注視していたホログラムボディのうち、法務局長と内務局長、財務局長の三人が、信じられないといった表情でグルストフを見やった。
驚嘆と同時に不信と反抗を匂わせるようなその態度は、しかしグルストフにしてみれば予想の範囲内であった。
「なにかご不満がおありで?」
あえて挑発するように水を向けると、すぐに法務局長が食らいついてきた。禿頭に鷲鼻の、いかにも狡猾そうな風体の壮年男性である。
「危険すぎる。都市に今以上の混乱をもたらすことになるぞ」
内務局長と財務局長が、同調するように首を縦に振った。
「錯乱した重篤患者を野に放つことの愚かさを知るべきだ。彼らが英雄だった時代は、もうとっくの昔に終わったのだからな」
「ではどうしろと」
「機動警察隊を出動させればいい。前後するかたちになるが、運用に関する臨時法案は可及的速やかにまとめて通す。強行採決という奴だよ。交戦規定に鬼血人に関する事項だって盛り込んでやる。それで抑えてくれなければ困るな。この件は穏便に済ませにゃならん」
やれやれ、とグルストフは内心で呆れかえった。こんな状況にもなって、穏便に済ませろだと?
「治安維持局長として言わせていただきますが、無理な相談ですな」
にべもない返答だった。法務局長の表情がみるみるうちに曇っていくが、グルストフの舌鋒が怯むことはない。
「機動警察隊は都市警察から選抜された精鋭部隊です。万が一にも彼らを出動させ、太刀打ちできなかった場合どうなるか。当然、部隊としての箔が落ちます。そのことが世間に露見すれば、本来の設立目的である最下層の治安維持に支障が生じます」
「情報操作してやればいい。しょせん大衆は白痴だ。大手マスコミに働きかければどうとでもなる」
「お言葉ですが、情報の信頼性という観点において、個人報道者のグループに大手報道会社が勝てる見込みは限りなく低いと思いますが?」
「あんなの、所詮は小さなコミュニティに過ぎん。もしこちらの邪魔をしてくるのであれば、力づくで規制を敷いて叩き潰すまでだ」
「その通り。鬼血人を討伐できない以上は最下層の治安維持もクソもないんだからな」
法務局長の助太刀に入るように、財務局長がガマガエルのような腹を揺らして言った。
「別に下級都民が何人死のうが構わんが、湾口工業地帯が被害を被るようでは困るし、多少みっともないのには目を瞑るとしてだ、ここは正規の組織を大量投入すべきではないかね。輝灼弾の在庫も、まだたっぷりとある。あれだけの開発費を注いだ装備を、宝の持ち腐れにする気か?」
「無論、弾は使いますよ。ですが、それを扱うべき立場にあるのは、何度も言うように機動警察隊ではなく、彼ら……《緋色の十字軍》をおいて他にありません」
「壊れた兵器にいまさら何ができる。君が彼らの代弁者として方々を駆けずり回り、鬼禍殲滅作戦の一翼を担うまで育て上げたのは、ここにいる全員の知るところだが、くだらぬ情など早く捨てたほうが身のためだぞ」
辛辣な言い回しにも、グルストフは揺るがない。軽く微笑みを浮かべ、まだ切るべきカードが残っていることを視線だけで暗示する。
「なるほど、都市に平和をもたらした英雄を病人扱いというわけですか。それは半分正しく、半分間違っていると言えましょうな。なぜなら彼らの治療の目途はもう立っているのですから。そうですね? イーライ医療局長」
「問題ありません」
グルストフから会話のパスをもらったのは、白衣を着込んだ初老男性のホログラム・ボディ――医療局長のイーライ・サンドリアだ。
彼が神経質な手つきで電析眼鏡のつるを触ると、レンズに種々のデータが呼び出され、無線接続された会議室のモニターへ表示された。事前にグルストフの連絡を受けていたイーライは、資料をあらかじめ準備していたのだ。
それは、異様なデータ群であった。
病院のベッドに括りつけられた患者たちの画像。チューブを介して電子機器と繋げられた、機械混じりの肉体。脳データや精神マッピングがパルスによって歪に描き出され、見る者の心に突き刺さるような愁嘆を演出していた。
かつて百名以上の構成員が所属していた対鬼血人独立人格殲滅部隊――《緋色の十字軍》が、どれだけの難行を強いられてしまっているか。それを克明に記述する映像の数々。
グルストフへ軽く目配せをしてから、ホログラムボディのイーライは話をはじめた。
「皆様もご存じの通り、五年前に結実した鬼禍殲滅作戦後、彼らはPTSDの一種と思しき重度の精神錯乱症に罹患しました。常軌を逸した自傷行為の末に死亡した患者数は五年間で百名を超え、現時点で、第三小隊に所属していた八名のみが辛うじて生存しているという有様です」
画面が切り替わった。そこに映し出された異形の者達の顔を見た途端、ある者は露骨に顔をしかめ、またある者は緊張からか汗をかきはじめた。
「《ノックス》、《スクリーム》、《ベイビーシェイカー》、《ゴッドスピード》、《ビッグスタンプ》、《ホワイトヴェノム》、《ディスクランチャー》、《ディーヴァ》……」
八名の生存者。八名の異常者。八つの徒花。
かつて、都市を脅威から遠ざけようとした守護者でありながら、人々の記憶から消え去りつつある戦士たちのコードネームを、まるで聖典に連なる予言者の名を諳んじるように、イーライは読み上げていった。
「小隊長である《ノックス》をはじめとした彼らの心を蝕む悪辣な呪詛を祓う方策は、すでに目途がついています。私が開発した特別な鎮静剤を打ってやることで、彼らの症状は限りなく軽減されることでしょう。これは感情を司る脳機能に作用することで、精神状態を任意のベクトルへ傾ける類の、ある種の麻薬と呼べる薬剤です。短いスパンで繰り返し投与することにより、我々が下す指令以外を受け付けない状態となり、任務の途中で忘我に陥る危険性を著しく低下させてやることができます。許可をいただければ、数分以内に処置を完了させますが……」
イーライの言葉を補足するかたちで、グルストフが割って入った。
「つまり、二体の鬼血人に対して八名を稼働させるわけです。問題はありません。彼らは現在も《博物館》の一室で厳重に管理されており、そのうえイーライ氏の開発した薬を投与してやりさえすれば、完全に我々のコントロール下に入ると言えましょう」
「私も、グルストフ氏の意見に賛同ですわ」
交通局長が厳しい表情のまま、意思決定の場に参戦してきた。
「いま重要なのは、都市に舞い戻ってきた病巣をいかにして取り除くかです。抗がん剤に副作用があるように、効き目の強い薬剤には多少なりともリスクがあります。それを承知したうえで彼らを運用することに、これといって大きな問題はないと考えますが」
「副作用が強力過ぎる。それで死に至るケースが発生しないと、どうして言い切れる」
内務局長が鼻の穴を膨らませて、反論に転じる。
「リスクが暴発した際の経済損失に目を向けるべきだ。イーライ医療局長、君が開発に成功したというその薬の効能を、我々はどれだけ信じればいいというのだね?」
「検体を使った実験には成功しています。それでもご納得いただけないのでしたら、私の技術と、私の熱意を信じていただくほか、ありませんな」
毅然としてイーライは言い放ったが、法務局長をはじめ、彼の意見に懐疑的なものたちは、こぞって不満げに溜息をついた。
「ひとつ、よろしいですかね」
煮詰まりかけた議論の場に、不意に歌うような声があがった。委員長を含め、全員の目線がそちらに注がれた。
この緊急会合の場において、委員長と並んで唯一生身で参加している権力者。水銀を彷彿とさせる色合いの長髪をオールバックに整え、高価なスリーピース・スーツを着こなす痩身の美丈夫。肌の色がきめ細やかなのもあって、女装させてやればかなり様になるのではと思わせる、円卓に連なる者の中で最年少のメンバー。
「なんでしょうか、ディエゴ学究局長」
グルストフは、男のエメラルド色に染まる瞳にまっすぐ向き合いながら、話を促した。
相変わらず、不思議な目をしていると思った。ホログラム・ボディとなって観察している今も、その印象は変わらなかった。世界の真実を見透かすような瞳だった。
都市に流通する公的技術の開発を担う学究局。そのトップに君臨する男……ディエゴ・ホセ・フランシスコ。
輝灼弾の大量生産や、《緋色の十字軍》の構成員らへ施された、異能の力を植え付ける人体跳躍手術の確立は、世間一般では企業連合体の主導によるものとみられている。
だが実情は違った。輝灼弾の根幹を為す呪的血液に対する溶血作用の原理を解き明かし、人体跳躍手術技術を開発し、それらの情報を多額の資金と引き換えに企業連合体へ提供したのは、他ならぬディエゴであると、グルストフは知っていた。
鬼禍殲滅作戦において、部隊全体の指揮を執る立場に就いていたのはグルストフだったが、作戦における影の立役者とも呼ぶべきは、この若干三十五歳になる若手権力者の辣腕によるところが大きい。
そういうわけで、グルストフはほとんど一方的に、ディエゴに対して嫉妬心に近い感情を抱いていた。ただその一方では、自分とはどこか違う物の見方をする傾向にある彼のことを『変人』と断じて、見下すようにしていた。相手を羨む感情ばかりに支配されてしまっていては、心の健康を保てないと自覚しているからだった。
「そもそも、なぜ今頃になって鬼血人はプロメテウスにやってきたんでしょうか」
「そんなのどうでもいいだろう。今この場で話すことかね?」
小馬鹿にするように法務局長が言い放った。
「人がライオンの行動原理を理解する必要がないのと同じだ。語るべき価値もない。脅威だから排除する。それで十分だろうが」
まったくその通りだと言いたげに、グルストフが小さく頷いた。だが、ディエゴはそれでも食い下がった。何を思ってか、やや不敵な笑みを浮かべ、エメラルドの瞳を細めながら。
「しかし気になりませんか? 鬼血人が絶滅を免れていたことにも驚きですが、そんな彼らがなぜまた都市にやってきたのか。そしてまた、なぜ階層間エレベーターを使って中層へ上がってきたのか。疑問は尽きません」
「どうやら学究局長は、学術的な方面に多大なご関心がおありなようだ」
法務局長が詰るように言うと、周囲の者たちも同調するかのように低い笑い声を漏らした。思わずグルストフも、口元を抑えて失笑をこらえる有様だった。危機的な状況でディエゴがのらりくらりと言い放った内容の珍妙さに、ほとほと呆れかえっていた。
そうだ。そんなことを知る義務はないのだ。鬼血人が都市を襲撃する理由など、いまこの場で議論すべき話ではない。動物園の檻から逃げ出した猛獣を駆除する瞬間に、猛獣が脱出した理由を考える者などいない。
都市の安全と平和を守ること。それを第一に考慮して行動すべきなのに、この若造は……
「そうですか。気になりませんか」
あからさまに見下されているにも関わらず、ディエゴは平然とした素振りのまま、一人一人の顔を順番に眺めていった。そうして、円卓の席の一つ。入り口に最も近い部分に座る諜報局の局長……金髪碧眼に伊達眼鏡姿のルドルフ・ミュラーのみが仏頂面でいるのを確認すると、満足そうに頷いて――それっきり、黙ってしまった。
「私からも、一つ意見を言わせていただこう」
タイミングを見計らうように、一際大柄な体躯のデジタルボディが話に入ってきた。たてがみを彷彿とさせる白髪と、顎全体を覆い尽くす白い髭。血のように赤いネクタイに、手首に巻かれた黄金のバングル。
病理的な企業競争を勝ち抜いてきた者に特有の威圧的ファッションに身を包んで、企業連合体の総代にしてレーヴァトール社CEO、シンマ・D・クサナギが、話を強引に結論付けるように、胸を張って口にした。
「企業としては、都民の消費活動の停滞だけは何としても避けたいところだ。最下層の労働者層が、この機に乗じて暴動を起こす可能性も考えられる。しっかりと奴らの手綱を握り、都市を発展させ続けるのを第一優先とするべきではないかね。つまり、手段がどうのこうのと議論している余地はないということだ」
誰も頷かなかったが、視線を泳がせる者が何名かいた。それが雄弁な答えとなって場を支配した。
シンマが、満足そうに目を閉じて軽く頷いた。まるで、自分の発言力がどれほどのものか、あえて確認しているようでもある。
調子づかせた結果がこれだ――グルストフは舌打ちしたい気分を抑えながら、内心で悪態をついた。不愉快さが、吐き気のように襲い掛かってきた。
もともと、都市のベースには大陸間戦争で敗北した国家の歴史があったから、人々の生活基盤を立て直すために輸出産業で得た金を湯水のごとく公共事業へ注ぐのは、自然な流れだった。
しかしながら、物事には適切という言葉が常について回る。委員会は、明らかにやり過ぎていた。積層型という複雑な構造基盤を物理的に維持するために、《支柱》のメンテナンス費用は年々増大していった。階層間エレベーターを次から次へと建造するのにも、最下層の区画を再編するのにも、莫大な金額を投資し続ける必要があった。
そうして、このままでは公共事業に必要な金が輸出産業だけではとうてい賄いきれないと、はっきりデータで示された日以来、委員会は企業連合体に助力を乞うようになった。同時にそれは、依存の始まりを意味していた。
企業連合体は、都市の経済発展を促進させるために、企業同士が密にコミュニケーションを取り合うために組織された団体。決して政治中枢に干渉する目的で設立された組織ではなかった。それが、プロメテウスの建都から三十年経った今は、すっかり様相を変えていた。委員会は都市構造の維持の為に企業献金を募り、見返りとばかりに、法人税減税に始まる税制優遇措置を推し進めて、企業のご機嫌をとっている有様だ。
共生関係。図鑑に掲載されているクマノミとイソギンチャクのように、委員会と企業連合体の癒着は後戻りできないほどに深まっている。互いに離れることなどありえなかった。二つの頭を持つ竜が、離れ離れになれないのと同じで。
だが、頭が二つ存在すればどちらが主導権を握るか、おのずと問題になる。グルストフが危惧しているポイントは、まさにそこだった。
企業献金と法人税率のパーセンテージの均衡が何らかの弾みで崩れれば、都市を運営する双頭の竜は、互いを食い合う羽目になるだろう。都市の覇権を巡って企業と政治家が対立するのだけは、防がなければならなかった。自らの安心が崩壊することに繋がると、誰もが考えているからだ。
下々の暮らしなど、グルストフにとってはどうでも良かった。重要なのは、ようやく獲得した治安維持局の局長という一級品のポストを守り、その座り心地を死ぬまで体感し続けることだ。
企業連合体が委員会の中枢で発言力を強めていけば、ここに居並ぶ局長らは、連合体の傀儡となるだろう。そうなった時、向こうにとって都合の良い人事が行われる可能性は大いにある。それが現実のものとなるのが、彼にとっては何より恐ろしかった。
「消費の低迷は都市の経済発展に決定的な遅延をもたらす。ここで不毛な議論を続けている場合ではないのだ。プロメテウスが加速し続けるためにも、脅威は即刻排除しなければならん。つまり」
シンマは振り返ると、不敵な笑みをグルストフに向けて言った。
「私もグルストフ氏の意見に賛同ということだ」
「賢明なご判断、感謝いたします」
愛想よく笑みを返してみせるが、顔の筋肉はこわばっていた。
本当のところは、ちっとも嬉しくなかった。媚びるような態度を取っている今の自分に対しても腹が立つ。
「なんにしても時間が惜しい。議論を擦り合わせるのはここまでにしておこう」
委員長の細い頸から発せられた鶴の一声が、円卓に静寂をもたらした。
「治安維持局長の意見を全面的に反映する。超法規的措置に則り、《緋色の十字軍》の活動を一時的に許可しよう」
騒乱の到来を予見して、その場にいる者のほとんどが神妙な顔つきになる中、委員長はさらに続けた。
「また、都市憲法第十九条に基づき都市緊急権の発動をここに宣言し、全権を治安維持局へ委任する。他の部局は、事態鎮静のために治安維持局への全面的な協力体制を構築せよ。なお、都市緊急権の発動に基づき、第百十二条、第百十三条、第百二十二条、第百三十条に定められている基本権の全てを停止する。メディアへの情報統制を働きかけつつ、すみやかに異物を排除せよ」




