2-5 AM:7:00/《凍える脊椎》と《人食い鰐》①
「朝ごはんですよー! 朝ごはんですよー!」
最下層からおよそ八百メートル上に君臨する円形状の巨大な岩盤に支えられたプロメテウスの中層は、その名にふさわしく、中流階級に属する数万人もの都民で支えられていた。
オイル・カーを購入しても、一生かけて過脊燃料を支払うのに困らない職に就ける。息子や娘を私立のカレッジに通わせることは無理でも、公立ならば問題ない。死後にそこその財産を残された家族へ与えることができる。そういった立場の者達がほとんどだった。
中層は最下層と比べれば、表立った治安の乱れも少なかった。道を歩いていたら突然暴行を加えられるなんてことも、真昼間に押し込み強盗に遭うなんてこともなかった。
痛ましいニュースは散発的に流れるが、ほとんどが不慮の事故であったり、感情のもつれに端を発した殺人であったりと、それは他の都市でもよくある話だった。
児童買春を斡旋する養護施設。麻薬中毒者で溢れかえるスラム街。管理義務を放棄された区画……そのような、最下層ではありふれている道徳や倫理からひどく逸脱した無法の場所は、中層ではまだ少ないほうだ。
都市の創設時から今に至るまでの数十年の歴史のひずみ。社会の営みの中で生まれる様々な皺寄せを下へ下へと追いやった結果、あからさまに危険と分かる箇所は中層からは出来得る限り取り除かれていた。
「パンク、オーウェル、朝ごはんできましたよー! 早くしないと冷めちゃいますよー!」
だがそれも、徐々にではあるが変わりつつあった。
あからさまな抗争は起こさずとも、中層の裏社会に多数存在するギャング・グループは互いにしのぎを削り合い、企業を隠れ蓑にして非合法な生業に精を出し続けている。
数年前に発生した鬼血人による都市襲撃の対応に市警が追われる中、どさくさに紛れて『都市の自治』を称して暗躍し始めたチンピラたちを取り締まる術を欠いてしまったのが、ここにきて痛手となっていた。そのチンピラたちこそが、今の中層を裏から支配しだしたギャング・グループの骨子に当たるからだ。彼らの存在は、たった数年の間に、中層から良心や道徳といったものを根こそぎ吸い上げようとしていた。
銃器製造工場の監督官らが銃器を横流しするケースは過去五年間に渡って増加傾向にあり、薬品会社の研究者たちまでもが、ドラフトの中で生理用品やその他の薬の研究開発に混じって、より効果的で精神依存度の高い覚せい剤を開発していた。
その中でも、ギャング・グループとの強い関係性で知られるのが、民間の傭兵団体である『ハンターズ・ギルド』であった。自分達の縄張りを死守するため、あるいは敵対チームの利権を奪うために、ギャングたちは『ハンター』を雇い、裏の世界に彼らを引き込んでいった。
反社会的な組織に力を貸すようになった一部のハンターたちの存在は、中層民の安全と安心を維持していく上で、無視できない懸念材料である。ただ、ハンターズ・ギルドを統轄する『協会』の面々が上層の政治家や市警の幹部たちと癒着しているために、正義のメスは未だに入れられずじまいであるのが現状だ。
ハンター稼業に身をやつす者の多くは、自らがあたかも『合法な』存在であると振る舞う傾向が強かった。自分がそのような稼業に就くのには、正当な理由があるのだという保身のためである。
ごく普通の住宅地……例えば中層域の北部に位置するノース・ラウンド・ストリートなどは、ハンターたちが身を隠すのにはうってつけの区画で知られていた。
ストリート最寄りのバス停から続く、曲がりくねった石畳の道路を登り、落ち着いた色調のレンガ式アパートメントをすり抜け、小洒落た住宅が立ち並ぶ丘に至れば、彼らの城は見えてくる。真っ赤な屋根と、外壁を覆うバイオプラントの蔦が特徴の二階建ての一軒家。そこに住む異様なる人々の日常は他の家と同じく、ごく普通の朝の風景から始まるのだ。
「人の話を聞いているんですかー!? ヴォイドとリガンドはもう席についているんですよー!」
それにしても、そこは変わった造りの家だった。浴室が二階にある点もそうだが、最も特徴的なのは一階にある個室の作りだ。ストリートに面した窓側に二つ、庭先に向かって三つ。リビングに接するかたちで合計五つの個室が円形型に配置されている。個人としての自由を尊重する一方で、いざという時にはリビングに集合して作戦を練り、チーム一丸となって仕事に当たることを信条としているかのような構造だった。
メンバーの自由時間などお構いなしに鉄則の掟で縛るのを好むハンターズ・ギルドが多い中にあって、彼らはやはり変わっていた。
庭先に面した三つの個室の住人はとうに着替えを終えて、シーリングライトに照らされた、暖房の効いたリビングに集まっている。三人の内の二人はどちらも痩身の男で、モーニングの置かれた大きめの丸テーブルの椅子に腰を落ち着かせ、静かに事の成り行きを見守っている。だが残る一人の挙動は、それとは対照的に激しさを増していった。
「いい加減にしてくださいよ! ご飯が冷めちゃうっつってんでしょーが!」
両手に持つフライパンをガンガンと打ち鳴らし、窓側の二つの個室に向かって声を張り上げているのは、ひとりの女である。ふくよかな胸元が白のブラウスを押し上げ、遊園地の刺繍が目立つエプロンの下には、グリーンのロングスカートを履いている。化粧はそばかすを隠す程度の薄めのナチュラル・メイクで、そのことからも彼女自身が表舞台に立つことより、サポートが得意分野だと自覚するタイプであるのは明白だ。しかし、地味な服装に隠された、滑らかな肢体から匂い立つ色気は隠しようもない。色素が薄く、ほんの少しだけ青みがかった長髪が、フライパン同士を打ち鳴らす彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
「これだけ叫んでも無駄ですか。いいですね。いい度胸ですよ、パンク、オーウェル」
いくら呼んでも手応えがないことに心底辟易としたのか。女はフライパンを打ち鳴らす手を止めると、強硬手段へ打って出た。タッセル付きの黒のローファーに包まれた足を、ゆっくりとドアに向けて持ち上げた。
「パンク、まずはあなたからです。五つ数えるうちに出てこないと、このドアを蹴破りますよー! ごぉー! よぉーん! さぁーん! にぃーい! いぃーち!」
「わーったよ! いま出る! 出るから落ち着けって。アンジー!」
カウントがゼロを迎える寸前。ドアの向こうから、いかにも柄の悪そうな男の声がしたかと思いきや、ドアノブが、かちゃりと音を立てた。
中から現れたのは、だぼだぼのスウェットに身を包んだ、ならず者然とした風貌のスキンヘッドの男だった。首からは錠前付きのロック・チェーン・ネックレスを五本もじゃらじゃらとぶら下げ、それぞれにギルド・メンバーの頭文字が刻印されていた。男の後頭部には、『紅蓮の炎に向かって突き出された二つの拳』という、暴力的にも過ぎるデザインの刺青が刻まれていた。プリント式の電子刺青とは違う、地肌に直接刻む珍しいタイプである。さらに刺青の拳に重なるかたちで『TOP ONE GUN MISTER ONE』と文字が彫られていて、それが男の……パンク・バレルの性格を端的に物語っていた。立ち塞がる者は徹底的に蜂の巣にし、手当たり次第に噛み付くことを躊躇しない性格が。
「あとちょっとで自己ベスト更新だったんだ。そんなに急かさなくたっていいだろ」
ぶつくさと文句を言いながら、後頭部に埋め込まれた有線接続用スロットを右手の人差し指でカリカリと掻くパンクに対して、『アンジー』ことアンジェラ・ミキサーは粘りつくような目を向けた。
「ゲームもいいですけど、時間になったらちゃんと集まってください。それがチームのルールのはずですよ」
「わかったわかった。今度から気を付けるって」
もう何度目になるか分からない雑な返答をしながら、パンクがテーブルの椅子にどっしりと腰かけた直後だった。最後に残された個室のドアが、控えめな音を立ててゆっくりと開かれた。
真っ黒な頭髪をぼさぼさに伸ばした、電析眼鏡をかけた太っちょが、欠伸を一つ噛み殺しながらリビングに現れた。暗い穴倉から出てきたモグラのように、小さな目を瞬かせている。上に着ている青いTシャツは、彼のねじ曲がった心根を代弁するかのようにしわくちゃだった。だが、胸に赤字で大きくプリントされた『LOOK AT ME』の文言を見るに、おとなしめな見た目とは裏腹に、自己顕示欲の高さが伺い知れる。履いているベージュのカーゴパンツにはスナック菓子のカスがあちこちに付着していて、視界に入っただけで、だらしのない印象を与える格好だった。
それでも、アンジーは苦言を呈することはしなかった。彼がこういった格好でいる方がリラックスできることを、理解はできずとも知っていたからだ。長年に渡るチーム活動のおかげで。
「夜通しでお仕事ですか? オーウェル」
「う、うん」
平板な調子で尋ねるアンジーの視線から逃げるように背を丸めると、オーウェル・パンドラは電析眼鏡を外して瞼を擦りながら、大きな体格には似合わない、ぼそぼそとした調子で応えた。
「市警のサーバーに仕込んだ抜け道をチェックしてたんだ。あと、ついでに色々やってたら朝になっちゃった。ごめんねアンジー。次からは気を付けるよ」
「オーウェル、お茶が入りましたから、気つけ代わりに一杯飲んでくださいよ」
テーブルに置かれた各自のカップに優雅な手つきで紅茶を入れながら、最初にリビングに集まっていた三人のうちの一人が、丁寧な物腰で呼びかけた。
リガンド・ローレンツ。この家の住人の中で、もっとも裏社会から遠ざかった格好をした男。丁寧に磨かれた黒の革靴。燕尾服に白い蝶ネクタイ。生真面目さと苦労を背負い込んだような灰色の頭髪。それをオールバックにまとめ上げつつ、前髪の一部を額に垂らしていた。ポットを持つ両手には、素肌が汚れるのを極端に嫌うかのように、染み一つない白い手袋が嵌められている。まるで近代の貴族世界から飛び出してきた執事さながらだが、左の眼窩にはめ込まれた電子式の片眼鏡の奥で静かに光る眼差しには、間違いなく裏の世界で培った怜悧さが宿っていた。
「それで、何を探っていたんですか?」
リガンドが訊いた。夜を徹してマシンに接続していたオーウェルの熱中度合いをからかおうというのではない。彼が電子世界から盗み取ってきた情報の価値がどれほどのものか、興味があるというような口ぶりだった。
「委員会の奴ら、近いうちに新組織を設立するみたいだよ。市警から独立させるかたちで。機動警察隊って名前らしい。最新の武装設備を投入したサイボーグの軍団だってさ」
電析眼鏡を掛け直し、ぎしぎしと音を立ててテーブルの椅子に腰かけ、淹れたての紅茶で粘つく口内を潤しながら、オーウェルが憎々しげな声を落とした。
「そいつらの完全修繕にかかる費用がどれだけか分かる? 僕たちの三倍以上だよ。ふざけているとしか思えないね。僕らの体にこそ、それだけの費用をかけるべきだって思わない?」
「なんだ、市警の奴ら、ギャングと戦争でもおっぱじめる気か」と、パンクがテーブルの中央に置かれた籠から、焼き立てのバゲットを一つ手にしながら言った。
「どうだろう。すぐに一斉摘発なんてことにはならないと思うよ。運用に関する法案も審議中らしいし。表舞台に出てくるのはまだ先になるんじゃないかな」
「ふーん。ま、俺らの仕事の邪魔にさえならなきゃ、それで……うげっ! って、おい!アンジー!」
「なんですか」
「このバゲット……中身なにが入ってんだ……?」
「バジルソースですけど」
「でた! バジルソース! 緑の野菜を液状に加工した奴! 嫌いだって毎回言ってんじゃねーかよ!」
「バジルソースが好きな人だっているんです。私とか、ヴォイドもそうです。右端のバゲットはマヨネーズ入りですから、そっちを口にしてください」
「おーおー、ぜひそうさせてもらうよ……くそ、口の中が苦々しいぜ」
「どうぞ。これで消毒してください」
苦渋で顔をしかめるパンクに、横からリガンドが絶妙なタイミングで、さっと紅茶の入ったカップを手渡した。
「おお、助かるぜ。口直しにはちょうどいい」
「それにしても、本当にバジルソースがお嫌いなんですね、パンクさん」
「バジルソースだけじぇねぇ。緑の野菜は全部嫌いだ。それを加工した奴もな。だいたいなんで、緑なんつー食い気の起こらねぇモンがこの世にはあるんだ?」
「自然の理でしょう。そうとしか言いようがありませんね」
リガンドがポットを手に持ったまま、軽く肩をすくめてみせた。
「あるいは、神が仕掛けた、ちょっとした悪戯でそうなったのかもしれません。それに付き合う必要はありませんよ。踏み倒してやればいいんです」
そう言って自席に戻るリガンドの背中へ、紅茶を一息に飲み干したパンクは満足げな視線を送った。やっぱりこいつは面白い――紳士らしく諭すような物言いの影に、自分に通じる獰猛さがある。
「全員、揃ったな」
リガンドが座ったのを見計らって、最初にリビングに集まっていた三人のうちの最後の一人……黒スキニーのパンツにテーラードジャケットを着た男が立ち上がって、黒目がちの目をテーブルに居並ぶ全員へ万遍なく向けた。
一目見て、小綺麗な印象を与える優男だった。ハード・ワックスで整えられた、ウルフ・カットの茶髪。両手首には金色の布製のバングル。撥水コーティングされた黒の革靴。ジャケットの下にはキンセンカの花柄模様が散りばめられた白のワイシャツを着込んでいる。リガンドほどではないにしろ、彼もまた、裏社会に近い場所に身を置いている者とは思えない出で立ちだった。
だが、その身から溢れ出す雰囲気は本物だ。それまで各々自由な振る舞いに終始していた四人の瞳が真剣さを帯びて、一斉にその男へ向けられたのが良い証拠である。とりわけアンジーに至っては、これから男が口にするであろう発言の一言一句を聞き漏らすまいと、教主を敬う熱烈な信者のような姿勢を整えている。
チームの紅一点にして、モデルさながらの肢体を持つ美女が向けてくる熱っぽい視線。それを全く意識していないという調子で、男は口をきった。
「食べながらでいいから聞いてくれ。さきほど、協会から依頼の斡旋があった。今から二時間後、依頼人から連絡が入る予定になっている。今月に入って一発目の仕事だ」
「ギャングか?」
マヨネーズの塗られたバゲットに齧りつきながら、だしぬけにパンクが訊いた。
「ギャングもいいけどよぉ~もうちょっと、こう、パリッと歯ごたえのある奴からの依頼を受けたいよなぁ~。それにギャングは色々と注文つけてきて、面倒だしよぉ~」
「パンク、これからヴォイドが話そうっていう時に、どうしてそんな茶々を入れるんですか?」
棘のある口ぶりでアンジーが窘める。パンクはアンジーへ視線を向けることなく、小さく鼻を鳴らして頬杖をついた。
二人のやり取りを見ていたオーウェルが、はらはらしたように、フォークでスクランブル・エッグをつついた。リガンドはいつものように落ち着き払った様子を崩さず、男の言葉を待っていた。
険悪に向かいかける雰囲気。そこでさっと手を挙げて、男がまずアンジーへ視線を向けた。
「そんな言い方はあんまりだぞ、アンジー。パンクだって、ここ最近の依頼内容の手応えの無さに不満を抱えているんだ。それは俺も同じだ。彼が愚痴を漏らす気分は良く分かる」
悄然とするアンジーへ微笑みつつも軽く頷いてから、男は次に不貞腐れたままのパンクへ語り掛けた。
「しかしだ、パンク。お前の態度に全くの非がないという訳でもないぞ。そもそもアンジーが何に腹を立てているのか、お前はよく考える必要がある。毎日、俺達の食事を作ってくれているのは一体誰だ?」
「……わーったよ」
仲立ちが功を奏し、さざなみが立ちかけたリビングが、再び静けさを取り戻した。それを待ってから、ヴォイドは話を続けた。
「話を元に戻そう。依頼人の名はギュスターヴ・ナイル。通称『人食い鰐』と呼ばれる御仁だ。上層に行ける身分でありながら、中層に留まり続ける権力者で知られている。そして、企業連合体の中枢に君臨する、レーヴァトール社の最高顧問でもある」
身分を耳にした途端、パンクも含めて、メンバーたちが驚きに呆けた表情を見せた。
レーヴァトール社の最高顧問。その言葉が意味するところ=超がつくほどのVIP。
「しかしながら、資産の大部分は役員報酬によるものではなく、趣味でやっている株式投資によるものと推察していい。ナイル氏の名は投資の世界ではかなり名前が通っているようだ。昨晩オーウェルに調べてもらったが、氏のリスクマネジメントは中々のものと見受けられる。ロボアドバイザー・サービスを駆使した銘柄の選択は徹底して堅実だ。勝利のパターンを掴んだら決して冒険することはなく、一トレードにつき、損失額は運用資金の二%以下に抑え込む。ずっとその調子で資産を溜め込んできたようだ」
「なるほど、実にお手本のような投資家ですね」
リガンドが見事なテーブルマナーでベーコン・エッグを切り分けながら、意味ありげに口にした。冷徹な参謀役の意見を汲み取るように、ヴォイドが大きく頷いてみせた。
「その通り、お手本のような投資家だ。あらゆるリスクを想定したうえで、一度決めた勝利のパターンから決して逸れない行動を取る。そういう人物である可能性が高い」
「そういう姿勢を、僕たちにも強要してくる相手かもしれないってこと?」
オーウェルが、確認をとるような強めの口調で問い質した。電子の戦場で独自の戦い方を身につけた彼にしてみれば、こちらの流儀に依頼人が口出ししてくるほど、侮辱的なものはないのだ。
ヴォイドは黒目がちの瞳を優し気に細めると、何も心配することはないと諭すように口を動かした。
「安心しろオーウェル。お前は普段通りでいい。誰もお前のテリトリーを土足で踏みにじるようなことはしない。そしてまた、俺達のやり方にも変わりはない。いつものように、言われたことを実行に移すだけだ。そのやり方は、各々のスタイルに則ったかたちで構わない」
言われたことを実行に移すだけ――その台詞を口にした瞬間、ヴォイドの静かな眼差しに、ほんの僅かだが虚ろ気なものが宿った。その微細な変化を見止めることができたのは、集中して彼の表情から目を離さずにいたアンジーだけだった。
だが、ヴォイドが時々そのような眼差しをすることに……つまりは、決められた報酬に文句をつけず、依頼者を出し抜くようなやり方を拒み、まるで忠実な猟犬として生きることに安心感を見せるような姿に、他のメンバーも薄々気が付いていた。気が付いていながら、無視していた。
ときに依頼者を巧緻に誘導し、報酬金以上の成果を手に入れるような欲の深さも美学の一つとするハンター稼業の者としては、ヴォイドの立ち振る舞いは控え目に過ぎるところがある。
けれどもチームの誰一人として、ヴォイドの仕事への姿勢に苦言を呈しようとはしなかった。彼の指揮の下で、今まで一人も欠けることなく、依頼を達成し続けているのだ。積み上げられた実績を考えればこそだ。
ヴォイドが率いていなければ、チームはとっくの昔に瓦解している。いや、そもそもチームを組むことすらなかったかもしれない。そう、皆が深く感じていた。
各々に凄絶な過去を背負い、寄り集まって縁を結んだ五人の男女。ハンターズ・ギルド《凍える脊椎》。
そこに属する腕利きの椎骨たちの衝突を和らげ、あるべき姿勢を整えるための椎間板として機能する。その役目を全うできるのは、このヴォイド・クロームしかいなかった。
「俺からは以上だ。二時間後の九時ちょうどに、全員ここに集まるように。それまでは各々の好きにして構わない。さて、アンジーが腕によりをかけて作ってくれた料理だ。冷める前に食べてしまおう」




