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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
1st Story オルタナティブ・サイボーグ・ウィズ・ヒューマニティ・アンドロイド
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1-24 急転直下

「久しいな人蠱の少女……いや、今はもう『少女』と呼ぶには似つかわしくない年頃か」


三統神局(ゲル・ニカ)のトップがお出ましとは恐れ入ったよ……何用だい? いまさらモージョーの呪術が必要になったってわけでもないだろうに。あんたが機関を設立する以前ならともかく、もうあたしとの縁はとっくに切れたはずだ」


「縁というのはな、キュリオス。一方が切れたと思っても、もう一方が切れていないと思っていたら、いつまでも延々と続いていくものなのだよ」


詭弁(きべん)を吐くのは相変わらずだね、ディエゴ。そのよく回る舌、どう調理してやろうか考えるので、こっちは頭がいっぱいだ」


 剣呑な雰囲気に呑まれまいと表情を硬くしながら、キュリオスはうそぶいた。

 すでに呪蘇儡人たちは臨戦態勢に入っており、指示ひとつ飛ばすだけで、いつでも襲い掛かれる姿勢を整えている。


 だと言うのに、オレイアスは――いや、オレイアスの中に入り込んだディエゴの意識は、自らを取り巻く状況を取るに足らないものと結論づけているかのように、峻厳な声色の中に確かなゆとりを含ませて、こう言った。


「君が斃した魔導機械人形(マギアロイド)は、私が創り上げた人形の中でもとりわけ高性能でね。有機メモリ内に他者の自我を許容できる疑似精神領域が設けられている。これのおかげで、遥か天上で優雅にくつろぎつつも、事の経過を現場で見守ることができるというわけだ」


「ひどいねぇ。さっきまでの闘いは、前座に過ぎなかったってことか」


「私にとっては幸運だったさ。君の呪力がこちらの『予想範囲内』に収まっていたからな」


 さすがのキュリオスも、これには鼻白んだ。

 機械人形の口から響くディエゴの声には、確信の調子があった。


「数十分前のことだ。本部に送り込まれてきた緊急通知(スクランブル)を受け取った私は、ただちに用意していた複製自我を人形へダウンロードし、こうして機械の肉体を受肉した。全ては、ガーラーテイアを連れ戻すためにな」


「たかが人形一体に、ずいぶんとご執心なことだ」


「ガーラーテイアは私にとって、かけがえのない逸品だ。できれば保衛魔導官(アヴィニヨン)たちのレベルで事態を収拾してもらいたかったが……お邪魔虫が付いて回っているとあっては、話は別だ」


「……それで、さっきから聞いているけどさ。いったいこのあたしに、いまさら何用だってんだい?」


 そう尋ねるキュリオスの態度は不遜に満ちて余りある。

 しかしながら、その裏に秘められた感情は穏やかなものではない。

 都市最大の老獪者を前にしたとあっては、尚更のことだ。


「とぼけるのが上手くなったなぁ、キュリオス」


 機械人形の首。その奥で、電子音混じりの笑声が吐息のように零れ出る。


 キュリオスのこめかみを、一筋の冷や汗が伝った。老獪なる賢者の出方が読めなかった。

 それなのに、相手はこちらの心臓の鼓動音すら聞き漏らさまいと集中しているように思えてくる。


 キュリオスの中で、久方ぶりに忘れていた『戦闘の緊張感』が蘇りつつあった。


「私が初めてモージョーの館を訪れた時のことを覚えているか? あの時の幼い君は、祖父の後ろに隠れるばかりで、私が挨拶してもろくに返事を寄こしてはくれなかった。引っ込み思案な少女が、ここまでタフな成長を遂げるとは、こちらとしても感慨深いよ」


「照れ隠しだと勘違いしてるようだけどね、あたしは最初からあんたのことが嫌いだったんだ。二度と顔なんて合わせたくなかったんだよ」


「なに、安心してくれたまえ。目的を果たしたら、すぐに消える」


 言うやいなや、血に汚れた両腕の装甲が傘のように勢いよく開いた。内部で青く輝く粒子線照射装置。コンマ数秒を刻む時の中で、露出状態にあるその両腕から、蒼白い閃光の掃射が放たれた。


「なにっ!?」


 次の瞬間には、キュリオスの乗っていた車椅子が木っ端微塵に、まるで砂の城を崩すように塵と化した。その予想だにしなかった攻撃が支えを失わせた。


 蒼白い閃光の正体――増幅された共鳴破壊波 (レゾナンス・ウェイブ)――無機物の分子結合を破壊する特殊音響兵器=エコーの固有魔導式の応用版=ディエゴしか知らない『特述コード』の入力により発現する、オレイアス本人にさえ知られていなかった隠し武器の本領発揮。


 完全に虚を突かれた。焦慮と困惑が、宙に放り出されたキュリオスの思考の流れを狂わせ、わずかな乱れを生じさせた。そこに、明らかな隙が生まれた。


 好機を逃さんとばかりに、機械人形が五十メートルほどの距離を一気に詰めてきた。砂時計の砂一粒が落ちる瞬間の時間帯で発揮された、信じられない移動速度だった。ディエゴの意識が入り込んでいるだけなのに、さっきとは格段に機動力が上がっている。


 とっさに物理衝撃を受け流す呪術を展開……しようとしたが、刹那の差で、またもや先手を取られた。


「がはっ――!?」


 機械の右拳が、キュリオスの痩せた腹部を突き上げるように叩いた。十分に重心の乗った、猛然とした威力のアッパーだった。


 体を『く』の字にして吹き飛ばされるキュリオスの目の奥で、白い火花がハレーションのように散った。痛みよりも、屈辱感の方が上回っていた。

 暗闇へ落ちそうになる意識を気力で持ち堪え、無様に宙を舞いながらも、素早く脳裡で呪蘇儡人へ反撃の指令を下す。


 だが、キュリオスに忠実に従う下僕であるはずの彼らは、誰一人として、主の指示に従わなかった。恐れを知らない呪われた軍勢が、林を形成する木々のように棒立ちのままでいる。あまりにも異様な光景だった。


「あんた……何を……」


 宙に放り出された数瞬の間に態勢を整え、地面へ膝を突く形で着地しながら、キュリオスは苦悶の表情のまま、機械人形を強く睨みつけた。


 呪術が発動しない――その原因――ディエゴが、何かをやったに違いなかった。


「呪学療法士を相手取る際には、腹を狙うのが一番だというのが私の持論だ」


 演説を述べるような堂々した口調のまま、キュリオスの下へ近づく。すでに、相手に抗戦の手立てがないと理解しているかのような、淀みない足運びだった。


「《アカデミック》の連中曰く、呪力の源となるのは、腸内に何億と潜む特異な微生物の活動であり、それは脳神経と密接な繋がりを持つ。身体のどこかに刻まれた呪紋を通じて負荷(ストレス)を餌に活動する呪力生成菌が生み出す力。それがお前たちの扱う呪力の正体だ。つまり、腸管神経系における微生物活性の集中点に外部から刺激を送り込んでやれば、いくら相手が人蟲と言えども、呪力を無力化することは可能ということだな」


「さっきの……さっきの拳の一撃ってわけかい……!」


 息も絶え絶えに敵の戦法の種明かしに気づいたところで、すでに手遅れだった。頭がどんよりと重くなり、思考が鈍っていくにつれ、這いつくばるような惨めな姿勢を取らざるを得ない。


 荒い息を吐くしかないキュリオスの表情が、次第に青ざめていった。敗北の恐怖に蝕まれ、意識が降参の旗を振ったからではない。呪力錬成の精度が著しい低下を見せ、瀑布のように押し寄せる疲労感に苛まれている結果だった。


「オレイアスの真価は、ありとあらゆる電磁波を操作できることにある。私の意識を乗り移らせることで、その真価を全て解放させた。機能拡張のための特術コードだ。さきほどの攻撃時に電磁波を纏わせていたというわけだ。腸管神経を狂わせる類の電磁波をな」


 がっしりとした鋼鉄の右足が、薪を割らんとする斧のように持ち上がった。かと思いきや、容赦なくキュリオスの頭頂部へ叩き落とされた。

 その強烈な一撃が、キュリオスの美貌を崩した。顔中のあちこちに、小石や鉄クズの破片が思い切りめり込んだ。


「このクソジジイ!」


 流れる血で顔面を汚し、言葉にならない屈辱感を眉根と唇に滲ませる。そんな悪態を突くことぐらいしか、キュリオスには許されなかった。


 自然と相手を見下ろす形になった機械人形の顔は、なおも変わらず無機質なままだ。しかしその陰には、ディエゴの意思が確かにあった。


 機械の肉体を借りて、底なしの人の悪意が浮かび上がっていた。


「無駄な抵抗はやめたまえ。いまの君は呪力の錬成精度が著しく低下している状態だ。しばらくは、まともに呪術を行使することすら叶わん」


「なにを……もうあたしを殺した気になっていやがるんだったら、大きな間違いだね」


 吠え面をかくしかないキュリオスに、オレイアスの口を借りて、ディエゴは淡々と言った。


「案ずるな。殺すつもりは毛ほども無い」


 機械人形の右手の人差し指。その第二関節部が折れた。断面は空洞だったが、奥から細い紅色の糸状の魔導具が飛び出し、螺旋を描くようにして、倒れ込んだキュリオスの肢体を、のたうつ蛇のようにまさぐりはじめた。


「あっうっっ……!」


 瞬間、彼女の意識は白い光の中に弾け、どさりと地面に倒れた。


「私はただ、情報を知りたいだけだ。愛しい人形の身に何があったかを、知りたいだけだ」


 紅い糸が淡い光を放った。それに混じって時々、小さい稲妻のような強い輝きが糸の周囲でほとばしった。対象の脳内から情報を引き出しつつ圧縮する際に生じる、特有の現象だった。


「……なんということだ」


 必要な情報を全て抽出し、解析を終えた直後だった。

 糸を仕舞うことすら忘れて、オレイアスの手がだらりと垂れ下がった。


「なんということだ、ルル・ベル」


 声に、憤怒と哀しみをない交ぜにしたような感情が込められていた。それは紛れもなく、今のディエゴの心境を端的に表現していた。


 己の予想を遥かに超える事態に、さすがの彼も平常心を保つどころではなかった。


「逸脱してしまったのか、君は……君は……!」


 言葉に詰まる中、無感情にも過ぎる氷の仮面が、最後に張り付いていた。

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