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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
1st Story オルタナティブ・サイボーグ・ウィズ・ヒューマニティ・アンドロイド
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1-15 錆びついた男①

「わたしたち魔導機械人形(マギアロイド)には、名前に秘密があるんだよ」


 C区で借りたレンタル・オイル・カーの運転席に座るルル・ベルが、ハンドルをしっかりと握りしめつつ解説をはじめた。


 オイル・カーとアンドロイド。近いようで遠い組み合わせだった。背格好のせいで子供が運転していると見間違われても、おかしくはなかった。


「エコー=エル=エンドレス。この場合、力の象徴を意味しているのは、名前の最後の部分。つまり、【循環(エンドレス)】というわけ」


「何を循環させると言うんだ」


 助手席に座るラスティが、足を組み直しながら訊いた。


「分子結合だよ」


 その単純明瞭な答えを聞いて納得がいったのか、ラスティは小さく息を吐きながら軽く頷いた。


「彼女の魔杖は特別式で、見て分かった通り刀剣型のデバイスに変形するの。その状態で物質に触れると、たちまちのうちに分子結合を崩壊させる。人間だろうと動物だろうとビルだろうと関係なく。それだけじゃなく、破壊した結合を再び繋ぎ合わせることもできるの」


「結合と崩壊を自在に行ったり来たりと操るから、【循環(エンドレス)】というわけか」


「そういうこと。単純な戦闘力で言ったら、アレトゥサより数段上だよ。あたり構わず分子結合をめちゃめちゃにするんだから」


 よく無事でいられたものだと言わんばかりに、ルル・ベルは大きく安堵の息を吐いた。


「すでに破壊した敵の能力を語っていても意味はない。残りの一体について教えてくれ」


「ごめん。名前しか分からない」


 ばつの悪そうな表情で告げるルル・ベル。


「オレイアス=エル=オーバーヒート。わたしが知っているのはそれだけ。魔導機械人形(マギアロイド)の中で最も新しく造られた存在で、最先端の人造技術で製造されたことだけは確かなんだけど、固有魔導式の特性についてはトップ・シークレット扱いになってる」


「風紀粛清を徹底するための秘密保持ということか。対策を取られるようでは実行力が落ちると判断されたわけだ」


「多分ね。他の二体についてはわたしと同時期から活動しているから、おのずとその能力についても把握していたんだけど……ごめん」


「気にするな。もし相手取ることがあったら、その時はその時だ。それよりも――」


 言いながらラスティは、ちらりとルル・ベルの小さな手に目をやった。黒光りするハンドルをしっかりと握って離さない、彼女の硬質な白い手指へ。


「……運転に疲れたら交代しよう。遠慮はするな。無理をして事故でも起こしたら台無しだ」


「心配しないで、ラスティさん」


 雲行きの怪しい未来に困惑する者を落ち着かせるような声色で、ルル・ベルは応えた。

 今までの彼女の中にはなかった感覚。他人を労わりたいという感情の欲求の表れ。

 人の心に宿る情緒的側面がまた一つ、呪術的作用に基づいて、アンドロイドであるはずの彼女をより人間らしく変化させていた。


「免許はないけど、こういった機械をいじるのは好きだし、得意だから」


 小さく胸を張るルル・ベルの顔には、生まれて初めてオイル・カーに乗れた喜びと、目標に向かって一直線に進もうとする意志が同居していた。


 そんな彼女にしばし目をやっていたラスティだったが、思い出したように首を回すと、己の左肩から先を見つめた。失った左腕を改めて確認するような仕草だった。


 それでも、片手でハンドルを操るくらいは造作もないという余裕があった。それなのにルル・ベルは(がん)として、わたしが運転すると言って聞かなかった。


 負い目があるからというよりかは、大怪我を負ったこちらを気遣っての発言だと分かったから、ラスティも大人しく引き下がるしかなかった。


「ナビゲートは任せていいんだよね?」


「ああ」


「時間はどれくらいかかりそうなの? チョーカーの効果はあと二時間と三十分は持つけど」


「効果が切れる前に到着するよう見込んでいる。これから通るルートは機動警察隊(クリミナル)の検問領域からぎりぎり外れたルートだが、同時に近道でもある」


「レンタカー屋で電子キーの個人登録が完了する間に、それを調べていたの?」


「念のためだ。無免許運転がバレたら、どんな目に遭わされるか分かったものではないからな」


「あんな短時間で調べ上げるなんて、器用なんだね。でもさ」


 ルル・ベルがラスティのマメな一面に感心しつつ、にやりと笑ってみせた。


「ようやくこれからだって時に、そんな些細な事を気にしていたら始まらないよ。もしバレたとしても安心して。わたしの魔導具(マカロン)で蹴散らしてやるんだから」


 大胆不敵な宣言と共に、ルル・ベルが相好を崩した。もうすっかりラスティに対して腹を割っている態度だった。


「それでも用心するに越したことはない。必要のない戦闘は避けるべきだ」


「なるほど、それもそうか。じゃあよろしく頼むね、ラスティさん」


「……まさか、一度断った依頼を、また請けることになるとは思わなかった」


 窓の外を過ぎ往く闇色の世界をぼんやりと眺めながら、助手席に座るラスティは、ルル・ベルに聞こえないぐらいの声でそう呟いた。ほとんど囁きに近かった。


 ラスティの指示に従って、ルル・ベルは、最下層域C区の一般道路からAでもBでもDでもEでもないもう一つの区画へと続く高架道路へ、オイル・カーを走らせた。


 時刻は深夜二時を回っていた。車の数は少なく、だからこそ合流地点への進入も速やかだった。しかしそれを抜きにしても、初心者とは思えないほどルル・ベルの運転は実に手慣れていた。

 機械いじりが好きというだけで、初めて乗る機械をこれほど巧みに操れるあたり、人間離れ(・・・・)したスペックであると、ラスティは無意識(・・・)のうちに感心した。


 オイル・カーの進行方向に迷いはなかった。目指す先は北西に位置する【番外地】――かつてF区と呼ばれていたそこは、今では違法投棄された産業廃棄物と、それを生活の糧にする浮浪者と、呪詛関連のトラブルに巻き込まれて殺害された者たちの魂がさまよう、魔境と化している。


 その【最下層の中の最下層(ネザー・オブ・ネザー)】とも揶揄される、健康で文化的な生活からは大きく乖離した区画で、しかし前述した全ての要素を満たして生活する者が一人だけいた。その人物に会いに行くのが、二人の当面の目標だった。


「ところでさ」


「なんだ」


呪術王(ヴードゥー・キング)って、どんな人なの?」


 動物園にでも行くような調子で、ルル・ベルが訊いた。どう答えれば良いか少し迷いつつも、ラスティは視線を窓の外へ向けたまま口を開いた。


「あいつには色々な『異名』がある。それらを列挙していくだけで、一冊の本が出来上がるくらいだ」


「それは……さすがに盛り過ぎじゃない?」


「本当だ。思い付く限りでも……絶対なる蟲毒者。モージョーの牙。三重螺旋(トリニティ)不夜城(ナイトメア)呪詛の不随者(カース・ワンダー)輝く瞳(オリジン)至高の人形破壊者(マリオネイト・マーダー)……上げ続ければきりがない。本人の前でこれを言うと、そんなしらけるあだ名をつけるのは止めろと怒るんだが」


「もしかして、気難しい人だったりする?」


「会えば分かる。呪学療法士の中でも特に奇人変人として知られているが、腕は別格だ。魔導式やカイメラの話も、そいつから耳にしたんだ。知見があると見ていいだろう。君が受けた呪戒についても、有力な見解を示してくれるかもしれない」


「そんなに凄い人が最下層にいるなんて、知らなかった。呪術王(ヴードゥー・キング)って呼ばれているくらいなら、三統神局(ゲル・ニカ)が認知していてもおかしくないのに」


「ほとんど自宅に引きこもったきりで、表の世界に興味を示さない奴でな。それでも生活していけるのは、あいつ曰く、極めて口の堅い一部の富裕層を顧客として囲っているかららしい。それに、呪術王(ヴードゥー・キング)というのは、俺が勝手につけたあだ名だ。あいつはそれを口にされるたびに、ひどく嫌そうな顔をするが」


「どうやって知り合ったの?」


「呪術関連の依頼を請けた時に、共通の知り合いを通じて出会ったのが縁だ。それ以来、定期的に世話になっている。付き合い始めてから三年になる」


「じゃあその人にとっても、ラスティさんは大事な顧客なわけだ」


「さて、どうだか」


 そう言って鼻で笑う。少なくとも、客という意識で接したことはなかった。


「あいつはいつも、俺が持ち込んでくる依頼そのものより、俺個人のほうに興味があると良く口にしている」


「ラスティさんに興味……あー、分からないでもないかな」


「なに?」と、怪訝そうな目をするラスティ。


「だって、あんな凄い異能を身につけた更新強化人(エキスパンダー)だって知れたら、誰だって気になるよ。侵襲型の全身義体者(フル・サイボーグ)って言うだけでも珍しいのに」


「それもあるんだろうが、あいつ曰く、外見よりも性格的な部分に興味があるらしい」


「性格的な部分?」


 ルル・ベルはちらりと横目でラスティを伺いつつ、そう訊いた。

 しかし、車の窓に映し出されるラスティの表情をそれとなく見てとった瞬間、彼女は小さく後悔した。

 彼の踏み込んではならない領域に、不用意にも足を突っ込んだことを理解したからだった。


「ごめん。今のナシ。聞かなかったことにして」


 車中を沈黙が流れる。

 どちらも口を閉じ、言葉を交わすのを一時中断した。


 オイル・カーの低いエンジン音だけが唸る中、自分の迂闊なミスで招いてしまったおかしな緊張感を解こうと、話題をあれこれと探すルル・ベルだったが、一方でラスティは、オイル・カーのヘッドライトが切り裂く闇の向こうを、じっと眺めていた。そこに飛び込むべきかどうか、静かに悩みつつ、自らに覚悟を問いかけていた。


「記憶だ」


 正面を向いたまま、ラスティはぽつんと呟いた。隣のルル・ベルがやっと聞き取れるくらいの声量だった。


 意識してというより、自然と口から零れたようなその言葉の意味を、彼女が汲み取れるはずもない。困惑したように軽く唇を引き結んでいるうちに、ラスティは細々と言葉を編みはじめた。


「俺の望みは、子供時代の記憶を消すことだ。その為に金を稼いでいる。それが、あいつには面白く映るらしい。なんでなのかはさっぱりだが」


「……記憶を消すって……そんなこと可能なの?」


記憶抹消手術(ノイズ・リダクション)というのがある。先の大陸間戦争で帰還してきた兵士の多くが、戦後の心的外傷後ストレス障害に悩まされた。彼らを救う治療法として研究され、最近になってようやく実現した技術。従来の電気痙攣療法に軍事技術を織り込むことで確立させた精神医療手術。急性のトラウマを、精神領域のマッピングと局所的な電磁気処方を組み合わせることで、ごく短期間のトラウマと精神的不均衡を正確に除去できる。金はかかるが、素晴らしい技術だ」


「なんで、記憶を消したいなんて思うの?」


「単純な理由からだ。忘れたいんだ。俺は、人様に胸を張れるような子供時代を送っていないからな」


 鉄の声音で喋っているうちに、ラスティの胸の奥で妙な感覚が湧き上がってきた。それは、精神的な渇きだった。哀れな自己承認欲求がそうさせたのでは決してなかった。


 渇きの正体は『人恋しさ』に相違ない。暗い部屋で過ごすのには慣れていても、孤独には慣れていないことの証だ。それが無意識の底で勝手に蠢き、ラスティの心をじくじくと疼かせた。


 やがて、自らの説明書を読み上げるように、ラスティは話を切り出した。

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