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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
3rd Story ザ・ポリフォニック・バベル
129/130

3-21 囚われる者たち

 耳元のすぐそばで、没入(ジャック・イン)終了のコール音が鳴ったと同時、コルト・ガバメントの意識は電子の夢から目覚めた。現実世界へ帰還するとき、コルトはいつもこの音にうんざりさせられた。夢と現実を隔てる薄い皮を割るような音。先天的に電脳手術の適合性が低い体質なのもあって、目が覚めるとき、きまって耳の奥がキンキンする。


 できればコルトとしても、こんなものは使いたくなかった。現実の世界で、生身の肉体で、人と向かい合いたいと思う。だが、それは出来なかった。相手が知り合いかそうでないかに関わらず、人と会うということは、己の肉体を相手に曝け出すということだ。衣服という壁で隔てられていたとしても。


 少なくとも、コルトはそういう価値観の下で生きてきた。

 だからこそ、いまの、この肉体の状況が苦々しかった。


 コルトは右手でカバーを押し開けると、天蓋付きのキングサイズベッド式に改造した特注の夢棺コフィンから上半身を起こした。病院嫌いの患者が腕から点滴のチューブを抜き取るような勢いで、備え付けの有線ケーブルをうなじのマルチ・スロットから引き抜く。あたりに目をやれば、いつもと同じ光景が広がっていた。最下層に存在する《炎と祈りの交流会》本部、その三階にあつらえた自室。それほど広くはない。天井にぶら下がる豆電球ひとつが、辛うじて灯りの役割を全うしている。金庫。工具机。クローゼット。壁にかけられた歴史ある銃器の数々。それらは、コルトが電子の世界へ旅立っている間、魂の抜けた肉体の守護者として、陰影のローブを身にまとい、ただ沈黙を保ち続けている。


 そして、もうひとりの守護者の影を、コルトは敏感に感じ取った。天蓋から垂れさがる薄青いヴェールの向こうへ目をやれば、長身の痩せた男の影がある。


 コルトは外付けの人工声帯を通じて、男の声で呼びかける。


「スミスか」


「はい」


 応じたのは、ブランドンたちを応接室まで先導した銃頭ガンヘッド。そのリアルボディー。


「様子はどうだ」


「問題ありません。二重攻撃ダブルトリックは成功した模様です」


 報告を耳にしながら、鼻梁に沿って右手の人差し指を這わせる。事実を心中で反芻する際のコルト独特の癖だった。


「問題ない……か。当たり前だ。そうでなくては困る」と、こともなげにコルトは口にして、ブロンドの長髪を描き毟った。


「気分が悪い」


「大丈夫ですか?」


「……短時間とはいえ、ウイルスを体に仕込んでいた副作用だな。問題はない。事前にヤツから説明は受けている」


 感染対象と接触する《アバター》へ潜伏させ、電眼経路で感染・時限式で発症させる特殊寄生型電脳病原菌(ウイルス)――《血継樹ブラッドツリー 》――まだ試作段階のそれを実戦投入してデータ収集に貢献することが、《競争選考会コンペティション》に選出された際の条件だった。ウイルスを直接対象に感染させるのではなく、いったん他の誰かを経由する。それを何度も繰り返し、変異させ、ウイルスの初期構造が追跡困難になったタイミングで、対象先へ感染させる。変異したウイルスは防衛反応セーフティをすり抜けて、相手の電脳基盤サーキットへダメージを与えることができる――製作者曰く、これのポイントは感染力の強さを上げることよりも、感染源の特定を困難にすることにあるという。コンピュータ・ウイルスにマネー・ロンダリングの概念を導入させた変わり種だ。


「それで《強竜軍団ダイナソー》たちは?」


「現在、フロア10-3にて、《チーム・クリテイシャス》指揮の下で交戦中との報告を受けています」


「絶対に戦闘領域を拡大させるなと通達しておけ。市警の連中が嗅ぎ付けてきたら厄介だ」


 コルトは下着姿のまま立ち上がった。体つきはシャープながらも、肩や腕の筋肉のつき方は男っぽさがあり、しかし右の胸だけが、女の乳房のように盛り上がっている。その肉体の歪さに、奇異や嫌悪の目線を向けることが許される者など、《炎と祈りの交流会》には誰ひとりとして存在しない。ただ、コルト自身を除いては。


 クローゼットを開けると、おびただしい数のカウボーイ・ファッション・アイテムが、いつものように顔を覗かせてきた。白い下着の上にデニムシャツを羽織り、下にはデニムジーンズ、足元には赤茶色のワークブーツを履き、銃器の意匠モチーフが象られたバックル付きのベルトをきつく締める。


「ミハイロヴィッチも舐めたことをしてくれたものだ」


 近くにあった木製の椅子を手元に引き寄せ、背もたれに腕を預けるかたちで腰掛ける。


「《アカデミック》の小娘を寄こしてこなければ、ただで帰してくれるとも思っていたのかね」


「あるいは、ブランドン・ブリッジスの父親が誰であるか、まだ情報を得ていないだけかもしれません」


「それはないだろう。ヤツは知っていて、あの男を我々の元へ送り込んできたはずだ」


 ヴェール越しにスミスへ声をかけながら、コルトはシャツの内ポケットから煙草シガーを一箱取り出した。


「あきらかな挑発行為だ。そう思わないか?」


 そう言って煙草を抜き取り、ライターで火をつけ、肺に煙を送り込む。電脳空間から帰還してきた後のルーティーン。


「ミハイロヴィッチに限って、こうなることを予期していなかったわけじゃない。きっとそうに違いない。なにか隠し玉を持っているはずだ」


 煙を静かに吐き出し、続ける。その瞳の奥には、虚無のような暗闇が広がっている。


「……接敵エンゲージからどれくらい経過している?」


「十五分ほどになります。まだフロア10-4に直接的被害はありません。こちらへの礼儀は、いちおう弁えているものと推察されます」


「あの臆病者から借り受けた者たちだからな。実力はそれなりにあると思うが、油断するなとは伝えておけ。もし、ブランドンを取り逃がすようなことがあったら――」


 途中で言葉を区切り、口に煙草を運んだ。

 視線の先。力強く輝く火。見つめながら、コルトが決然とした態度で言い放つ。


「我々の手に握られた銃が、黙ってはいないとも伝えてやれ」


 スミスから返事がない。


 コルトは眉をひそめた。


 ヴェール越しに、再度声をかけようとした。


「ほぅ、ほぅ、ほぅ、ほぅ、ひょう、ほぅ――」


 ヴェールの向こう側から、鳥が謡うような奇声が聴こえる。


 煙草の、長く伸びた灰が足元に落ちた。


 コルトは軽く舌打ちをすると、不快感を隠そうともせず口にする。


「貴様、何度言えば気が済む……」


「ほぅ、ひょう、ふぃ、ふぃ、ひぃ――あ゙ぁ」


 ごぼっ、と喉奥から気泡が溢れるような異音。それが何を意味するか、コルトはすぐに理解した。これまでに何度もこういうことはあったからだ。


「我々の同胞の肉体を断りもなく借りるなと、あれほど忠告しているにも関わらず、いい度胸だな」


「――ふぅぅうううううううううう…………」


 影が、こきこきと首を鳴らし、その場で屈伸運動をし始めた。


「これで八回目の忠告だ。貴様がただの不届き者であったなら、いまもこうして平穏無事に我々の目の前に立っていることはできなかったと、今度こそ肝に銘じておけ――なぁ、おい。()()()()()()()()。聞いているのか?」


 影の動きが、ぴたりとやんだ。


「――ご、ごめんよ……フューリーオーグの肉体は……乗り心地が良いから……病みつきになってしまう……でも、ちょっと窮屈だ。あぁ……でもこの窮屈さ。この世界の理不尽な感じを思い出させてくれて、たまらないものがあるね……いつまでも味わっていたくなるけど……このブルーオーシャンに、それは許されない……」


 スミスの声。しかし、どこか己の境遇を憐れんでいるような口調。その声も、コルトには癪に障った。自分だけがこの世界でいちばん不幸な存在だと、そう決めつけているように聞こえるせいだ。


 いま、スミスの肉体の乗り手になっている人物を、コルトは知っている。ディオーネ中央書記長の古くからの友人であり、ビジネス・パートナー。そう耳にしているが、正体は謎だ。噂で伝え聞いたところでは、かつて都市公安委員会や企業連合体のサーバーに何度もアタックをしかけた名うての電脳工作者で、その肉体は都市のどこかに冷凍保存されたまま、眠っているという。電脳空間に蔓延する数々の情報圧を操作し、情報洪水データラッシュを引き起こし、脳死フラットラインへ追い込んだ要人の数は二桁に登るとされている。


 こんな悲観的な、それも決して生身の正体を明かそうとしない臆病な性格の輩に、そんな大それたことができるはずもない。話に尾ひれがつき過ぎだ――そう一蹴したくなるコルトだったが、やり手であることは認めざるを得ない。


 スミスをはじめ、《炎と祈りの交流会》の構成員の中には、電脳基盤サーキットに搭載された炎城防壁ファイアウォールのハイエンド化をしている者もいる。この臆病で何事にも悲観的な態度を貫く電脳工作者は、決まってそういう相手を選んで電子的憑依を行う。


 電脳空間はブルーオーシャンにとっては庭も同然なのか。人格憑依の手口は実に鮮やかで、軽やかで、なめらかとの評判だ。憑依先の相手が過去に没入(ジャック・イン)の経験があり、且つその《アバター》にブルーオーシャンが直接接触しているという条件付きの憑依ではあるが、それでも脅威だ。接触時に対象に見定めた《アバター》にそれとなく《バックドア》を仕掛け、防衛反応セーフティを筒抜けにしたうえで大脳へアクセス。電子世界から現実世界への洗脳攻撃だ。ブルーオーシャンはよくこれを好んだ。それこそ、臆病な態度の裏で、自身の力がいかに強大なものであるかを相手に見せつけるかのように。


「今日は……報告があってきた」


「だろうな。ただの遊びでこんなことをしでかすなら、たとえ貴様が相手と言えど、我々も容赦はしない」


「そんな恐ろしいことを……言わないでくれよ。同胞たるこのブルーオーシャンを撃ち抜くなんて、そんな恐ろしいこと……君にはできないはずだ……」


 懇願するような声。だが、どこかこちらを侮るような口調。


 なにが同胞だ……コルトはこの上なく腹立たしたかった。真の同胞たるスミスの肉体を許可なく乗っ取っている時点で、礼儀のひとつもなっていなかった。


 本来なら容赦なく銃火を浴びせるべきだったが、仮に、もし仮にここでスミスの心臓または脳天を撃ち抜いたとしても、死ぬのはスミスひとりのみ。ブルーオーシャンはさっさと電脳空間へ引っ込むだけだ。


 わざわざ奴の庭に出張ってまでどうこうしようという気はなかった。ブルーオーシャンが気に食わないコルトではあったが、ディオーネ中央書記長が信頼を置いている人物を相手に喧嘩をしかけるほど、自分は酔狂者ではないとコルトは自負していた。


「……それで、話というのは」


 貧乏ゆすりしたくなる気持ちを抑えつけながら、コルトが先を促した。


「中央書記長からの、で、伝言。ブランドンは殺害ではなく、生け捕の方向に変更だ……《チーム・クリテイシャス》にも、ぶ、ブルーオーシャンから、れ、連絡済だよ……」


 コルトは煙草を口に運んだ。やけにシケた味がした。


「理由を聞こうか」


「怖いよ……声が、怖い……なにがそんなに気に食わないんだ……」


「ブルーオーシャン。貴様は知らないだろうが……今回の《競争選考会コンペティション》で我々が選出されたとき、確信したのだよ。これは、天啓だと」


 コルトは、短くなった煙草を床に落として足で踏みつけると、二本目のタバコに火を点けながら口にする。


「貴様が人格を乗っ取ったその男の母親は、ブランドン・ブリッジスが起こした《血の祝祭事件》の犠牲者だ。優秀な弁護士だった。我々も多少の面識はあってね。働き手だった母を失い、家賃が払えなくなって、父親は自殺。中層から最下層へ下野した彼を、私が保護して、手元に置いている」


 溜息をつくように、コルトは紫煙をくゆらせた。


「ブランドンの先導役をやりたいと彼が申し出た時、我々は止めるように忠告した。いかに銃の扱いに秀でようとも、心の鉄爪ひきがねを引くのは、脆く容易いからな。だが、彼は意志の力でそれを乗り越えた。その心を汲んでやれば、ブタ箱を逃れた犯人の命を刈り取ることを、なぜ諦める必要がある」


「そ、そんなことを言われても……」


「本来なら、我々が自らの手で始末をつけるべきだ。だが《フォーラム》で事に及べば、すぐに市警が飛んでくる。地這交渉ファイティンは二週間後だ。いま事を荒立てるのは得策ではない」


「だ、だから、アイツらを使おうと……?」


「悪名高さでいけば、我々を凌ぐ勢いだ」


 失笑を浮かべながら、コルトは続ける。


「我々もまた被害者なのだと市警に印象付けるにはうってつけの奴らさ。電脳空間で無法の限りを尽くす《ライダース》の《チーム・クリテイシャス》……爬虫類並みの脳味噌しかない、ただ暴れ狂うことしかできない者たち。奴らの破壊活動に、我々が一方的に巻き込まれただけというシナリオを崩させる理由があるというのか」


「あ、ある」


「ほう。なんだ」


「じ、事情が変わったんだ。ディエゴの《遺産》……」 


 煙草を口に運ぶコルトの手が止まった。

 ブルーオーシャンが震える声で続ける。


「ディエゴ・ホセ・フランシスコの《遺産》が……手に入ったんだ」


「……中身は検めたのか?」


「も、もちろん……うう……お、思い出したくもない……この都市のあらゆる悪行が刻まれたリスト。善人面をしておきながら、平気で富を貪ってきた奴らのリストさ……委員会の連中に、企業の重役連中、法曹界に名を連ねる者たち……そ、その中に、あ、あったんだよ」


「……エリック・ブリッジズの名前が?」


 こくこくと、影が首を縦に振った。

 コルトは肺一杯に煙を溜め、中央書記長が路線を変更した理由を考えながら、目一杯煙を吐き出した。


「先にそれを言え」


「ご、ごめん……だって、き、きみ、苛立っているようだったから……でぃ、ディオーネはね、あのディエゴの遺産を、より効果的に使いたいと言っているんだ」


「効果的というのはなんだ」


「き、君も知っての通り……あの《血の祝祭事件》の真実は、《アカデミック》とヘパイストスの共謀……て、()()()()だった。ほ、ほら、き、君のところの、あ、アイツ。名前、なんて言ったっけか……」


「サディー・サハルだ」


「そ、そう。そのサディーが中央書記長と君らを引き合わせた時に、ディオーネから、き、聞かされたはずだ」


 コルトは静かに頷いた。今から一年ほど前。サディーの紹介を通じて出会ったディオーネは、労働組合員たちを前に歌って踊るライブ衣装とは異なり、シックなデザインのジャケットにパンツスタイルという格好で、現実世界のコルトに接触を試みてきたのだ。


『コルトさん。あなたは、この都市の《真実》を知りたいとは思いませんか? あなたを()()()()()した者たちが、裏でどのような悪行に手を染めていたかを』


 コルトは当時を思い出した。不思議な女だった。変わり果てた肉体をあの女の前に晒しても、自分の中で何かが決定的に喪われたという感覚は芽生えなかった。それどころか、眠気を誘うような安心感すら覚えたものだ。この女と話していると、まるで、自分が大きな力の一端に加わっているような、自信と、安心と、そして勇気が、未だかつて味わったことのない天然の日差しのように降り注いでくる。


『これを、お渡ししますわ。私の友人が書いた本なの。きっと気に入るわ』


 友好と親愛の証として渡されたその本――作者名まではっきりと覚えている――《E集団》――レーヴァトール社にかしづく卑しい作家としか見ていなかったが、実際に読んでみると、見事な娯楽小説であり、きわめて社会的な要素を含んだ物語。これまで銃にしか興味を覚えなかった自分が、夜を徹して貪った物語。そこでは架空のストーリーが紡がれ、しかし背後には、この都市に根付く悪徳と、それを誘発するおそるべきまじない屋集団の存在が、巧妙に示唆されていた。


『その本は、《真実》の物語よ。誰が敵で、誰が味方か。あなたの人生を取り戻すうえで、打ち倒すべき敵は誰なのか。すべてが書かれてある』


「――《アカデミック》」


 怨敵の名をコルトは呟いた。まだ吸い途中の煙草を、コンクリートの冷たい床に向かってぷっと吐き出す。小さく砕けた火の欠片が、力なく消えていく様を見ていると、胸が締め付けられるような苦しみが湧いてくる。と同時に、めらめらと義憤が燃え上がる。この都市の真の守護者として覚醒してやろうという義憤が。


「で、ディオーネが君に渡したリストは……《血の祝祭事件》の犠牲者のリストだ……封言呪符ウエハースの製造販売規制を訴える政治家たちの名前ばかり、あそこには載っていたよね……」


「《アカデミック》が絡んでいる決定的な証拠だ。リストに載っていた名前が何を意味していたかは、言うまでもない。彼らは皆、ブランドンの父親、エリック・ブリッジスが唱える都市改造論の犠牲者だということだ。ヘパイストス生まれの余所者風情が、プロメテウスの火を奪うために、《アカデミック》と共謀して政敵排除に動いた。その結果としての《血の祝祭事件》だ」


 堰をきったように、コルトの舌が回る。


「忌むべきは、あの余所者の薫陶を受けた者たちが、いまだにこの都市の治安に少なくない影響を及ぼし続けていることだ。前科者の息子が暫定捜査官になれたのも、それが要因だ。まったくもって腐った治安組織だな、市警というのは。ヘパイストス風情の、それもあんなに大勢の市民を殺した男に、暫定捜査官の地位を与えるとは……」


「あ、ああ! ああ! そうさ、そうだとも! い、いまの市警に、伝統的で由緒正しい都市プロメテウスの治安維持を、任せておけるはずもない」


 ブルーオーシャンの焚きつけるような声。あれほど嫌がっていた声色が、なぜだかコルトの耳には心地よく聞こえる。


「なるほど。読めたぞ、ブルーオーシャン。効果的というのは、つまり、そういうことだな」コルトが得意げに言った。


「ブランドンの口から《血の祝祭事件》の真実を吐かせ、親父の悪行に更なる箔をつけ、委員会や企業連合体だけでなく、市警の社会的信用を今度こそ完全に失墜させようというわけか」


「か、解体までいけるかどうかは、ま、まだ未知数だ。でも、び、ビッグニュースがある」


 ブルーオーシャンが、どこか嬉々とした調子で告げる。


「ディオーネが言ってた。地這交渉ファイティンに乗じてエリック・ブリッジスの不正をネタに、し、市警の信頼を堕としたら、た、大衆の支持をとりつけて、新しい自警団組織を、せ、設立するって」


「ほぉ。興味深いな。純粋なプロメテウス都民で構成される自警団か」


「そ、そう。そこのトップに、き、君を指名したんだよ」


「なんと、そいつは」コルトは喜びを露わにして言った。「光栄なことだ」


 満足感を噛み締めながら、コルトは思い出していた。


『あなたなら、その小説の主人公に、きっと感情移入して共感できるはず』


 ディオーネの言う通りだった。《E集団》のファンタジー小説――『マリス・ワールドー絶海の救世主』――に出てくる主人公は、まさに自分の生き写しだった。理不尽な生い立ちに負けず、剣の才能を磨き上げ、海獣に片腕を喰われ、冒険を諦めかけるも、持ち前の根性と運の強さでのし上がっていく主人公。やがて大勢の仲間たちを引き連れ、冒険ギルド《海の祈り子》のナンバー・ツーとなって、陸の蛮族と闘う勇猛果敢な戦士として名を上げていく――あのストーリーと同じことが、いままさに起きようとしている。


 コルトは美味そうに煙草を味わい、妄想を描き続ける。


 薄い布の壁越しにこちらを見つめる、銃と炎の信者の瞳が、昏く妖しい光を放っているのにも気づかないまま。

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