第一幕 第六場
気がつくとおれは放心状態でひとり立ち尽くしていた。なぜだか頭の中が真っ白で、いま自分がどこで何をしているのかよくわからない。何も考えられない状態だ。
目の前は真っ暗で、あたりは闇に包まれている。まるで、いまの自分の気持ちのようだ、とおれは感じた。
そんなふうに呆然としていると、風が吹き肌寒さを感じて、我に返る。そしてそのことで、自分が野外にいることを思い出した。
やがて雲間から月がその姿を現し、その光があたりに差し込む。すると闇が徐々に薄れ、目の前の光景の輪郭がうっすらと浮かびあがる。すぐ近くに観覧車の姿が見てとれた。その背後にはジェットコースターのものらしきレーンが見えている。
それらを見て、ようやく自分がいま遊園地として使われていた、緑山ドリームワールドの廃墟にいることを思い出す。
おれは地面を照らしつづけていた懐中電灯を掲げ、前方を照らすと、目の前にあった観覧車を見つめる。観覧車のゴンドラは錆び付き色あせているが、塗装された色は判別できる。ゴンドラはひとつひとつの色がちがっており、それがカラフルな色のグラデーションとなって観覧車を一周している。その姿はさながら巨大な虹の円を彷彿とさせた。
観覧車を見あげていると、突然女性の悲鳴が聞こえてきた。すぐさまその声の持ち主が、白石ヒカリだとおれにはわかった。
「白石!」
おれは叫ぶと同時にあたりに懐中電灯の明かりを走らせ、その姿を探した。だがどこにいるのかよくわからない。気持ちが動揺し、汗が噴き出してくる。
いったい何が起きているんだ、とおれは思った。しかもこんなときに、こんな場所で。
ふたたび悲鳴が聞こえてくると、すぐさま声のした方向へと走り出していた。いやな予感をひしひしと感じる。頼むから無事でいてくれ。
やがて行く先に人影を捉えた。懐中電灯を向けると、白石がハンマーを持った何者かと争っているではないか。その人物は後ろ姿しか見えないが、黒い雨合羽を着てフードをかぶっている。そのため相手がどんな人物なのかわからない。
白石は相手が掲げるハンマーを振りおろさせまいと、その腕をつかんで阻止しようとしている。相手はそれを振りほどこうと、やっきになっていた。
このままではまずい、危険だ!
だがそう思ったつぎの瞬間、白石の手は振りほどかれ、その頭にハンマーが振りおろされた。白石は膝から崩れ落ち、相手に脚にもたれかかる。
そんな白石に対して追撃を加えようと、相手はハンマーを掲げるではないか。それを見ておれは無我夢中で叫びながら走っていた。少しでも相手の注意を引いて、白石から気をそらせようと試みる。
それが功を奏したのか、ハンマーを振りおろす前に相手がこちらに振り返る。するとその顔を見て、おれは一瞬たじろいでしまう。なぜなら相手の顔が人間ではなく猫なのだ。
いったい何者だ、と混乱する。妖怪、化け物?
だが相手に近づくにつれ、それがリアル調のアニマルマスクだと悟った。相手は人間だ。
おれは左手で相手のハンマーを持つ腕をつかむと、右手で相手の顔をマスクごとがっしりとつかんだ。相手は顔を見られないよう、マスクをつけている。言い換えれば、そのせいで視野が狭いにちがいない。だとすれば視界を塞げば、なんとかしのげるかもしれないと、咄嗟に判断したからだ。
おれは必死で相手からハンマーを取りあげようとするも、相手もそれに抵抗してくる。おれたちはもみ合いとなった。
そうこうしていると、相手の顔をつかんでいた手が急にすぽんと滑り出すだした。そのため何が起きたのかわからず、その手に視線を向ける。すると右手には猫のアニマルマスクが握られているではないか。あまりにも力強くつかみながら、取っ組み合いをしていたので、相手の顔から抜け落ちたのだ。
おれはそのアニマルマスクに気を取られてしまった。すると突然側頭部に鋭い痛みが走り、殴られたのだと瞬時に悟る。そしてそのまま倒れると、体を動かすこともできずに、どんどんと意識が遠のいていく。
微動だにしないおれを見て、相手は死んだと思ったのか、地面に落ちていたアニマルマスクを拾いあげる。
おれはなんとか相手の顔を見ようと、意識を集中させる。このまま気を失う前に、なんとしてでも相手の顔を見るんだ、と自分に強く言い聞かせる。そしておれは相手の顔を——
目覚めるとそこは灰色の世界だった。おれは身を起こすと、両手で頭をかかえた。
「まただ。またあの悪夢だ。何度も何度も彼女が死ぬ夢を見る。なのに相手の顔だけは、見る前にかならず目が覚めてしまう……」