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第四幕 第一場

 おれは恋人の白石ヒカリといっしょに、緑山キャンプ場の展望台へとやってきていた。そこには自分たち以外の人はおらず、ふたりっきりの状況だ。


 おれはズボンのポケットにしまっていたビデオカメラを取り出すと、ディスプレイ画面を開いてそれを起動させる。そして展望台からの景色に見とれている白石に、ビデオカメラを向けた。


 そのことに気づいたのか、白石がビデオカメラに顔を向けた。すると照れくさそうにはにかみながら、ショートヘアーの髪をいじりだす。


「ちょっと急に撮らないでよ」白石が言った。「もう、いつもそうやって、人が油断しているときにカメラをまわすんだから」


 おれは画面に映る白石の顔は小顔で、目鼻立ちがはっきりとしている。ほほを淡い色のピンクのチークで染め、その唇を赤い口紅で彩る。そして茶色い瞳で、こちらを見つめていた。


「だいじょうぶだよ」おれは言った。「ちゃんと美人に撮れているから、そんなに見栄えを気にしなくても平気だよ」


「またそうやって黒川はわたしをからかう」


「まさか、事実を言ったまでだよ。きみのきれいな姿を撮りたくて、こうしていつもビデオカメラを持ち歩いているぐらいさ」


「もう恥ずかしいからやめてよ。それよりもわたしなんかよりも、あれを撮ったらどうなの」


 そう言って白石が外の景色を指差したので、おれはそれに従いビデオカメラを向けた。するとまぶしく輝く太陽の光を浴びた、自然の景色が画面に映り込んだ。緑色をした芝がひろがり、そのまわりを青々とした木々が森を形作っている。空は青く澄み渡り、そしてその空には七色に輝く虹がかかっている。


「見て、きれいでしょう」白石が言った。「虹が出ているのよ」


「ああ、そうだね」


「ねえ知ってた、虹って種類があるの。外側が赤くて内側が紫色をしているのが主虹と呼ばれているんだ。その反対に外側が紫で内側が赤色なのが副虹って言うんだよ」


 おれはビデオカメラを操作し、虹をズームアップする。虹の外側は赤色で内側に向かうにつれ色は変化し、やがて最後は紫色で終わっていた。


「だとしたらあの虹は主虹でいいのか?」


「そのとおり、あれは主虹よ。虹に種類があるのは光の屈折による現象のせいなんだって。おもしろいと思わない」


「同意するよ。虹に種類があるなんて知らなかったよ」


「すべては光のせいなの。光が起こす神秘のマジックだよ」白石は声高に言う。「それに光がないと人は色を知覚できない。光があるからこそ人は色づいたこの美しい世界を享受できる。だから光はすごいんだって、小さい頃に亡くなったお父さんに教えてもらったの。だからわたしにヒカリって名前をつけてくれたんだってさ」


「すてきな話だね」


 おれはビデオカメラを虹から白石へともどした。するとそこには、首元にチョーカーを巻いた白石の姿が。よく見るとそのチョーカーには赤いルビーがついており、それがきらりと輝いた。


「ねえ黒川」白石が子供のように笑って言う。「あの話を聞かせてよ。灰色の世界の話をさ」


「またあの話をさせるきなのか。ほんとうに好きだな」


「だっておもしろいんだもん。だから聞かせてよ」


「しかたないな」おれはそこで咳払いをする。「おれは小さい頃、この現実世界の大昔は、きっと色のない灰色の世界だと思っていたんだよ」


「それはどうして、どうしてなの?」


「よくテレビとかで過去の白黒映像が映っているのを見て、それで昔は色のない世界だと本気で思っていたんだよね。だから親に訊いたんだ、世界が色づいたのはいつからだって。そしたらふたりとも困惑しているんだ。だからおれは尋ねた理由をしゃべったんだよ。そしたら大笑いされたよ。その発想はなかった、この子は天才だってほめるんだぜ。だからおれは自分が天才だって思い込んで、この世界には昔は色がなかったんだって、みんなに自慢げに言ったら、馬鹿な子供扱いされて恥をかいたんだよ」


 話を聞いていた白石が、声をあげて笑い出しはじめる。


「おいおい、笑うなよな。この話は何度も聞いているだろ。何度も何度も……?」


 おれはそこで違和感を覚える。たしかにこの話は何度もしている。けど何か言い知れぬ、奇妙な感じがしてならない。前にもこんなことがあったような気がする。


「だっておかしいんだもん」白石が言った。「何度聞いても笑えるから」


「何度聞いても笑えるか……」おれは眉根を寄せる。「勘ちがいするなよ。あくまで子供のころの話だからな」


「それじゃあ黒川さんは、いまはもうそう思っていないのかしら。この世界がいつ色づいたのか考えたりしないの?」


「あたりまえだろ。この世界は色づいている。それはあたり前のことで、もとからこの世界は……!」


 おれははっとすると、外の景色へと目を向ける。世界は色づき、虹がかかっているではないか。それをあらためて見て、おれはようやく気づいた。


「ここは夢のなかだ」おれは虹を見つめたまま言う。


「どうしたの黒川さん。驚いた顔しちゃって」


 夢だと気づいたおれは、白石へと顔を向ける。すると白石はまるで白黒映像のように、その色を失っていた。しかもいつのまにかに髪が長くなっており、ポニーテールに結っている。


「……白石、おまえ灰色だぞ?」


 おれは驚愕の面持ちでそう言ったが、ただ一点だけ色づいている場所があることに気づいた。首のチョーカーについた宝石が赤色から紫色へと変化している。


「もうどこ見ているのよ」白石がいたずらっぽく言う。「恥ずかしいから、あんまりじろじろ見ないでよ。黒川さんったら」


 そう言われ、視線をあげたそのとき、白石のその顔がアリスそっくりになっていることに気づいた。おれは驚きあたりを見まわすが、白石の姿はない。それどころか目に見えるすべてが白黒映像のように、色を失っていることに驚愕する。


「アリス?」おれは困惑のていで言う。「どういうことだ?」


「ようこそ、灰色の世界へ」アリスは微笑んだ。


「灰色の世界?」おれは眉根を寄せた。


「ほら黒川さん、あれを見てよ」


 アリスはそう言って、外の景色を指し示した。おれが目を向けると、外はいつのまにか夜になっているではないか。そのせいであたりは真っ暗で、星が輝いて見える。


「光がないと、こんなにも星が輝いて見えるなんて知らなかった。まるで宝石みたい」


 おれはふたたびアリスに顔を向ける。するとアリスは涙をこぼしていた。その姿を見て、おれは心がうずくのを感じてしまう。


「どうして泣いているの?」おれは訊いた。


「ただ悪夢を見ただけだから。あなたもよく見るでしょう」アリスは涙をぬぐう。「それにわたしには人を好きになったり、愛したりする資格なんてないから……」


「どうしてそう思っているの?」


 アリスは視線を星空へと向けた。そして悲しげに微笑む。「だってわたしは人殺しだから——」







 おれは目覚めると、もやもやとした気分でベッドから起きあがる。そして窓の外へと目を向ける。そこには色は存在していない。


「ようこそ、灰色の世界へか……」

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