第三幕 第十一場
気がつくとおれはテントの天井を見つめていた。ぼんやりとした意識でそれを見つめていると、だれかがおれを揺り動かす。なので上体を起こしてみると、となりには白石ヒカリがいた。
「そろそそ時間よ」白石が言った。「準備して」
「もうそんな時間か」
「これでようやく、みんなのことを信用できる」白石はほっとした表情を浮かべる。「ほかのみんなが、今回の一件のことをだれかに漏らしていないか心配だったの。けどあれからだいぶ時間が経ったけど、だれも漏らした様子はない」
「だから言ったろ……」おれは奇妙な違和感を覚え、眉根にしわを寄せる。「おれたちの仲間にそんな裏切りみたいなことをするやつはいないってさ。ほんとうに心配性だなおまえは」
「けど万が一ってこともあるでしょう。だから隠してみんなの様子をうかがっていた。あれからだれも金欲しさに、緑山キャンプ場を訪れた人間はいない。これで安心して回収できるわ。おかげで赤いバラが咲く。わたしの夢が叶うのよ」
「赤いバラ?」
そのことばを復唱したその瞬間、どこかの墓石が脳裏をよぎる。そしてその墓石に赤いバラを添える自分。だけどそこは白黒の世界で、どうして自分がそのバラを赤色だと判断したのか不思議だ。
「どうしたの黒川?」白石が言った。「気難しそうな顔して」
「いや、なんでもない。それよりも白石の夢ってなんだよ?」
「前にも話したでしょう。お父さんの最後の作品を完成させることが、わたしの夢だって。そうすればお父さんによろこんでもらえるし、それにそれがあれば、お父さんが生きていた証にもなる」
「……ああ、そうだったな」
またしてもおれは奇妙な違和感を覚える。いや、既視感といったほうがいいだろうか? まえにも同じようなことが……あったきがする。
「わたしはそんなお父さんが大好きだった。ヒカリって名前もつけてくれたし、いろんなことを教えてくれたんだ。だからね、ある日突然、事故で亡くなったのが、とてもショックでつらかった」
「その気持ちわかるよ。ある日突然、愛する人を失う経験をおれもしたから——」おれはそこではっとした表情になる。「そうだった。きみを失ったんだよ……」
「どうしたの黒川?」白石は心配そうに、こちら顔をのぞきこんでくる。「さっきから変だよ。もしかして寝ぼけているの?」
「寝ぼけているか……」おれは苦笑する。「たしかにそうなのかもしれない。実際に眠っているのだから」
白石は首をかしげると、困惑した表情を浮かべた。そんな白石を見つめると、さまざまな思いが胸に去来し、おれは複雑そうな顔つきになってしまう。
「ねえ、黒川だいじょうぶなの?」白石が言った。
「ああ、だいじょうぶだよ」おれはつとめて冷静さを装う。「それよりも白石、おれたちこれからどうしたんだっけ?」
「やっぱり寝ぼけているのね」白石はあきれ顔になる。「さっさと着替えて、準備するのよ。いまから隠したお金とルビーを回収しに行くんだから」
「……ああ、そうだったね。きみに従うよ」
おれと白石は身支度をすませると、テントの外に出る。あたりは真っ暗なため、おれは右手に持っていた懐中電灯の明かりをつけた。白石は両手に持つふたつの懐中電灯のうち、そのひとつを点灯し、あたりを照らす。
おれたちはしばらくのあいだ、並んで歩き緑山ドリームワールドの廃墟をめざした。
「そうだ黒川」白石が言った。「突然だけど大事な話があるの」
「大事な話って何?」
だが返事はない。そのため横を向くと、そこにはだれの姿もない。あたりは闇に包まれており、どこにも白石の姿を確認できない。
どこへ行ったのか、その姿を探し求めて懐中電灯をあちらこちらに向ける。すると目の前には、ゴンドラに虹色のグラデーションが施された観覧車があった。それを見て、自分がいま緑山ドリームワールドにいることを知る。
「なんでここにいるんだよ?」
おれは混乱していると白石の悲鳴が聞こえてきた。わけがわからないまま、おれは走り出す。行く先に白石とキャットマンのふたりが争う姿があった。
「やめろ!」おれは夢だということを忘れて叫んでいた。
だがその叫びもむなしく、キャットマンがハンマーを振りおろし、白石の頭を砕く。するとキャットマンがこちらに振り向いた。その顔には見覚えがある。そこにいたのは赤松コウキだった。
「赤松おまえの仕業だったのか」おれは目をむいた。「白石のことが好きだと言っておきながら、おまえが殺したのかよ!」
赤松はにやりと笑う。すると猫の鳴き声が聞こえてきた。思わずそこに顔を向けると、一匹の猫がそこにいるではないか。
おれはその猫に気を取られてしまった。すると赤松はその隙にハンマーでおれを殴る——




