第三幕 第四場
いまおれの目の前には、大学時代の友人である赤松コウキがいる。おれと赤松はコーヒーショップの店内奥にある席にすわり、テーブルを挟んで向かい合っている。
「悪いな黒川、急に呼び出したりして」赤松が言った。
「それはお互いさまだろ」おれは笑顔を繕う。
「でもよく来てくれたよ」赤松はコーヒーに口をつける。「ほんとうなら人のいない場所がよかったが、おまえの気持ちを考えるに、それはできないだろ?」
おれは笑みを浮かべるのをやめた。「どういう意味だ赤松?」
「おれもおまえと同じだ。おれたちのなかに裏切り者がいる、そう考えているんだろ。だからこの前、わざわざおれたちを集めて、あんな話をした。そうだろ?」
おれはどう返していいのかわからず、沈黙に陥る。
「沈黙はイエスだと受けとるぜ」赤松が言った。「だいたい隠した金を回収しに行った先に、連続通り魔強盗犯のキャットマンがいるなんてどう考えてもおかしい。おれたちのなかに裏切り者がいて、その情報をキャットマンに売った。もしくはおれたちのなかのだれかが、キャットマンだと考えるのが自然だろ」
おれは心のなかで警戒心が高まるのを、ひしひしと感じた。赤松はこっちの思惑を理解している。そのうえで事件の話をしてきた。こいつは何を考えているのだろう?
「正直に言う」赤松の口調がけわしくなる。「おれは最初、おまえがキャットマンと手を組んでいると考えていたんだ。だからおまえが白石を殺したと思っていた。そのあとにキャットマンに裏切られ、金をすべて奪われた。そして口封じにおまえも殺されかけた、そう思っていたよ」
「……おもしろい考えだな」おれは口を開いた。「どうしておれが恋人である白石を殺すんだ。そんなことはぜったいにありえない」
「だけど事件当日のことは、思いだせないんだろ。ならぜったいにないとは言い切れないだろ」
おれは顔をしかめた。「何を根拠にそう言っているのかわからないが、おれがキャットマンと手を組み、さらには白石を殺すなんてこと、ぜったいにしていないからな」
「それはわかっている。そう理解しているから、こうして話をしている。あの日、おまえが事件の話をしたことで、裏切り者ではないと確信できたよ。おまえが裏切り者なら、わざわざあんな話をしないだろ」
「あたりまえだ。おれは裏切り者じゃない」
「だからいまのところ、おれにとって信用できる人物は黒川、おまえしかいない。だからこそこうやっておまえに相談している」
「なら正直に話そう」おれはきびしいまなざしを向ける。「おれはおまえのことを信用できない」
「こうして正直に話しているのにか?」
「それが嘘じゃないという証拠はあるのか?」
「おれも白石のことが好きだった、と話したはずだ。だから白石のかたきを討ちたい。おまえと同じ気持ちだよ。これではだめか?」
「ああ、だめだね。悪いが信用できない」
「疑り深いやつだな」赤松はため息をつくと肩をすくめた。「でもまあ、おまえの立場ならしかたないか。だったらおれのことは半信半疑でいい。おれも裏切り者が、青木か黄瀬のどちらなのか探ってみる。何かわかったらおまえに知らせるよ。そのくらいの協力ぐらいはさせろよな」
「どうしてそこまでする?」
「さっきも言っただろ。おれもおまえと同じ気持ちだ。白石のためにも事件を解決したい」赤松はそこでひと呼吸間をおく。「だから気をつけろよ黒川。おまえがおれたちを呼び出し、話をしたことで、裏切り者に動きがあるはずだ」
「おまえのようにか?」
赤松はうんざりといった様子で首を横に振る。「もうよしてくれよ黒川。おれは裏切り者じゃない——」
スマートフォンのビープ音が赤松の言動をさえぎる。おれはすぐにスマートフォンに視線を向けた。そしてそれを手に取ると、操作しはじめる。
「だれからだ?」赤松が訊いてきた。
「……黄瀬だよ」おれは答える。「これから会いたいそうだ」
「それでどうするつもりだ。会いに行くつもりか?」
おれはその質問には答えず、スマートフォンを操作しつづける。
「おいおいだんまりかよ」赤松が言った。「まあ、べつにいいけど。けど会うつもりなら気をつけろよ」
「相手は黄瀬だぞ」
「あいつをか弱い女だと思うなよ。中学高校と柔道をやっていたんだ。県大会にだって出場している。いまのやせ細ったおまえなら、簡単に組み伏せられるぞ」赤松はそう言って立ちあがる。「それに凶器を持てば、女にだって人を殺すことは可能だ」
おれは眉をひそめる。「……たしかにそうかもな」
「気をつけろよ黒川」
赤松はそう告げると、コーヒーショップから出て行った。