第二幕 第十二場
おれは大学のサークルであるキャンプ部のみんなと、緑山キャンプ場へとやってきていた。メンバーはおれと白石ヒカリ、青木ソウスケ、黄瀬エミ、赤松コウキの全部で五人だけだ。ほかにもキャンプ部に所属するメンバーはいるが、今回は卒業と就職祝いもかねているので四年生だけでのキャンプとなった。
そして夜も更け、おれたちは緑山キャンプ場の近くにある、緑山ドリームワールドの廃墟へと、きもだめしすることになった。
いまおれたちは壊れたフェンスの隙間をくぐり抜けて、緑山ドリームワールドの敷地に足を踏み入れた。そこは駐車場で、あたりには何台もの車が放置されている。どうやら不法投棄された車のようで、ナンバープレートはなく、車体はみなぼろぼろだ。
「この遊園地って、かなり昔につぶれちゃったんだよね?」黄瀬が言った。「わたしここが営業しているの見たことないよ」
「ここがつぶれたのって、二十年近く前じゃないか?」赤松が懐中電灯であたりを照らす。
「十七年前だよ」青木が言った。
「よく知っているな青木」おれは驚きの視線を向ける。「ネットで事前に調べたのか?」
「ちがうよ」青木は眼鏡をくいっと持ちあげる。「ぼくの父親が昔、ここで働いてたんだ。だから知っていただけだよ」
「そういえばあんたの親父、そうだったね」白石が言う。「そんな話を子供のころに聞いた気がする。だったら教えてよ、なんでここ閉園しちゃったの?」
「もともと緑山キャンプ場と緑山ドリームワールドは、同じ経営者によってセットで運営されていたんだよ。けど緑山ドリームワールドのほうは集客がいまいちで、赤字になったから閉園したと、父親は言っていた。そもそもここは遊園地としては小規模すぎて、アトラクションが少ない。それに加えて都心から遠い。わざわざここまで来て、こんな中途半端なところで遊ぶやつは少なかった、とぼやいていたのをおぼえているよ」
「たしかにそうだな」赤松が同意する。「このあたりは自然に囲まれていて、キャンプをするのにうってつけだが、遊園地の場所として考えたら微妙だな」
「けど赤松、きもだめし用の廃墟として考えれば、それこそうってつけじゃないの」白石が言った。「いい感じのさびれ具合だし、これはひょとしてでるかもよ」
「ちょっと変なこと言わないでよ白石」黄瀬が抗議の声をあげる。
おれたちはそうやって、みんなで和気あいあいとしながら駐車場を通り抜けると、緑山ドリームワールドの入り口ゲートまでやってきた。するとそこには人型のうさぎの置物が設置されている。長いこと放置されていたせいか、白いはずだったその表面のあちらこちらはカビで黒ずんでいる。
「なんだこのうさぎは?」赤松が懐中電灯を向けた。
「そいつはマスコットのラビットくんだよ」青木が答える。
おれはくすっと笑う。「そいつはまた安易なネーミングだな」
「父親の話によると、ラビットくん以外にもカラーラビットというマスコットの仲間たちもいたそうだ。えーとたしか、レッドラビットにイエローラビット、ほかにもブルー、グリーン、パープルとか、けっこう種類がいたらしいよ」
「それにしても、マスコットの名前が適当すぎるわね」白石はあきれたような口調だ。「そんなんだから、つぶれるのよ」
「たしかにマスコットなら、もうちょっとかわいい名前があってもよかったのに」黄瀬が言った。「でも子供相手ならこのくらいのほうが、わかりやすいかも」
青木がうさぎの置物に手を添えた。「当時はな、このマスコットのぬいぐるみを着た職員たちが、こどもたちに風船をプレゼントしていたらしい」
「へえー、一応それなりにがんばっていたんだ」白石はさも感心したかのように言う。「でもその努力虚しくつぶれてしまった。おかげでわたしたちは、こうして楽しめる。青木パパに感謝だね」
「相変わらず白石はぼくにだけは、ひと言多いやつだな」青木はうんざりとした様子だ。「おまえには思いやりはないのか」
「あんたとは小学校からの腐れ縁だからね」白石は大仰に肩をすくめる。「思いやりなんて、とうの昔に忘れてきたよ」
それを聞いてみんなが笑い声をあげた。そしておれたちはゲートをくぐり抜け、緑山ドリームワールドの中へと侵入した。そこには観覧車やジャットコースター、それにコーヒーカップやメリーゴーランド、空中ブランコなどの乗り物のほかに、お化け屋敷とミラーハウスがあるだけだ。そのふたつの建物の中はまるで空きテナントのようにからっぽで、特にめぼしいものはない。ところどころにゴミが落ちており、壁や床に落書きがされている。まさに廃墟らしい姿だった。
ひととおり見終え、ふたたび観覧車の前に来たとき、おれはふと何気なくそれを見あげる。そしてあることを思いつき、ズボンのポケットからビデオカメラを取り出すと、その液晶画面を開いて起動させた。そして暗視モードに切り替えると、観覧車のゴンドラへと画面をズームアップさせた。
「何してるの?」白石が訊いてきた。
「もしかしたらゴンドラの中にだれかがいるかもしれない、と思ってさ。それでビデオカメラでのぞいているんだ」
「いるわけないだろ黒川」青木が笑いながら言った。「こんなさびれたゴンドラに乗っていたら、いつ落ちるかわからない危険な状況だぞ。そんな酔狂なやつがいたとしたら、命知らずの馬鹿か、もしくは幽霊ってオチしかぼくには思い浮かばないね。それを撮影してネットにでも動画をあげるつもりか」
「いや、もしかしたらいるかもだぜ」赤松が観覧車へと懐中電灯を向けた。「黒川、あの紫のゴンドラとかあやしくないか?」
「悪いけど暗視モードだから、色で言われてもわからない」
「あれだよあれ、右上のやつの——」
唐突に黄瀬が悲鳴をあげ、赤松のことばをさえぎる。みんなはその声に驚き黄瀬へと視線を向けた。
「どうしたのよ黄瀬?」白石が言った。「急に叫んだりして」
「あ、あそこにだれかいる?」
そう言って黄瀬が指差すと、みんなはそこへ視線を向ける。それに遅れて赤松が懐中電灯を向けるが、だれかがいる気配は感じられない。
「おい黄瀬、どこにいるんだ?」赤松が訊いた。
「あそこよ、あそこ」黄瀬は指差しつづける。
おれは黄瀬が指し示す場所へとビデオカメラを向けると、ズームアップする。すると画面には人影が見えてきた。さらにズームアップをつづけると、それが人の形をしたうさぎの置物だとわかった。
「安心してよ黄瀬」おれはやさしい口調で言う。「あれはラビットくんだよ。入り口ゲートに置いていたやつそっくりだ」
「えっ、ラビットくん!」黄瀬は声を大にする。「もうふざけないでよ。本気でびっくりしたんだから」
「そういえば父親が言っていた」青木が言った。「遊園地のなかにはカラーラビットのマスコットたちが設置されているそうだ」
「だとしたら黒川、そいつは何ラビットだ?」赤松が訊いた。
「だから暗視モードでは、色の判別はできないんだよ」
「なら行ってたしかめましょう」白石がそう言って歩き出した。
おれたちはそのあとにつづいて、うさぎの置物へと向かう。そこにあったのはオレンジ色をしたうさぎの置物だ。
「オレンジラビットだ」青木が言った。「そういえばカラーラビットは全部でたしか六人のはずだ」
「ほかにも探してみるか?」赤松が提案する。
「ええ、めんどくさいよ」黄瀬がすぐさま却下した。「それにもう全部見てまわったじゃない。また歩きまわるのはごめんよ」
「それもそうね」白石が言った。「たいしたものもなかったし、もうキャンプ場に帰りましょう」
その提案にみんなは賛成すると、おれたちは入り口ゲートへと向かう。そしてそこをくぐり抜け駐車場を歩いていると、不意に白石が足を止めた。そして不法投棄された車に目を向けている。
「どうしたの白石?」おれも足を止めると、白石に向き直る。
白石は何も答えず、ただ目の前にある車を凝視しつづけている。そのためおれも車へと視線を向ける。そこにあるのは古い乗用車で、助手席のドアがはがれ落ちそうになっていた。おそらく長いあいだ放置された結果、さびついて壊れてしまったか、不届きなやからがおもしろがって壊したのかもしれない。
「なあ白石、さっきからぼおっとしてどうしたんだよ?」
白石はなおも車を凝視し、こちらの問いかけに応じない。
「おい白石ってば」
そう言って、おれはその肩をつかんだ。すると白石ははっとしたように驚くと、おれにけわしい顔を向ける。
「どうしたんだ白石?」
「……あっ、ごめん。ちょっと気になっちゃって」
「気になるって何が?」
「あれを見て黒川」白石は車の助手席のドアを指差す。「あのドアのところの内側のパーツ。壊れかけているせいか、はずれかけそうで隙間ができているでしょう」
そう言われ、おれはふたたびドアに目を向けた。たしかにドアが壊れているせいで、内側と外側のパーツに隙間ができている。
「その隙間の奥に何かが見えるのよ」白石が言った。「もしかするとお宝かもしれない」
「お宝?」おれは眉をひそめた。「何を言っているんだ、おまえは。それに暗くてよくわからないぞ。どうしてそう思う?」
「わたしの勘よ」
白石はそう告げると、ドアを力強く蹴りはじめた。そのため周囲に物音が響く。すると先を歩いていた三人が不審に思ったのか、こちらに引き返してきた。
「おい何やってんだよ、ふたりとも?」赤松がそう言って、こちらに懐中電灯を向ける。「帰るんじゃなかったのか」
「そうなんだけど」おれは困り顔で言う。「白石がちょっと……」
「おい白石」赤松が白石に顔を向ける。「こんな夜にさわ——」
ドアが車からはがれ落ちて、その衝撃の音で赤松のことばはかき消される。すると白石はドアのパーツの隙間に手を入れて、それを引きはがそうとする。
「いったい何をしているのよ?」黄瀬が不満そうにぼやいた。
白石はだれの問いにも答えず、黙々とドアのパーツを引きはがしている。その周囲でみんながあきれた様子で、それを見守っていると、ドアのパーツがはがれた。するとそこには透明の密閉袋にはいった大量の札束の姿が。見えるかぎり、すべて一万円札だ。
「やっぱりわたしの思ったとおりだ」白石は満足げな笑顔をこちらに向ける。「ぜったいにお宝が隠されていると思ってた」
おれは……いや、おれたちはみんなあぜんとなって、その札束に目を奪われた。おそらくは一千万近くの札束がそこにある。
「……なんだよこれ、ぜったいにやばい金だろ?」青木がうろたえだした。「ヤクザかなにかやばい奴らが、きっとここに隠してたにちがいない。まさか白石、この金を盗むんじゃないだろうな? それは本気でやばいって。警察に届けるべきだよ」
「落ち着きなよ青木」白石の声は興奮でうわずっている。「せっかく見つけたのに、それを手放すようなことはしないわ」
「おいおい本気か?」赤松は顔をしかめた。
「まさか、このまま盗むつもりなのか?」黄瀬は不安げな表情だ。
「いや、そのまえに教えてくれ」おれは言った。「どうしてここにお金が隠されているとわかった?」
「このあいだテレビで見たのよ」白石は答えた。「外国で日本から輸入された日本製の中古車を買った人がいたんだけど、その車のドアから大量の隠された日本円札が出てきたっていうニュースをね。だからピンときたのよ、もしかしたらって。もしもわたしの考えが正しければ、このお金は犯罪者なんかとは無縁の安全なお金よ」
「ど、どういうことだ?」いまだ動揺する青木が訊いた。
「冷静になって考えて。まずヤクザや犯罪者がこんなところに大金を隠すはずがない。これはおそらくへそくりなのよ。たぶんこの車の前の持ち主のはず。話はこうよ、その人物は大金を隠すために、自分の車を利用した。たぶん家族にも内緒だったにちがいない。だから自分が所有する車に隠した。そこがいちばん安全でばれないと思ったから。そしてその人物は何らかの理由で急死した。へそくりのことを知らない家族は、そのままこの車を売ってしまった。そして新たな車のオーナーはそのことに気がつかず、やがて古くなったこの車をここへ不法投棄したのよ。もし知っていたら、お金を残して捨てないはずよ。だからそうとしか考えられない」
「でもそんなことがあるのか?」おれは訊いた。
「ええ、あるわ。ニュースでも似たような状況を伝えていたのよ。そしてわたしの推理が正しければ、だれもこの金の存在を知らないことになる」白石はそこで長々と間を置いた。「つまりはこのお金をもらってもだれも困らない。警察に届けたところで、持ち主はすでにいないのだからその行為は無意味。さてみんなどうする?」