第二幕 第十一場
「それでどうだったの黒川さん?」アリスが問いかけてくる。
いまおれは夢の報告のために、アリスがいる夢占い師の館にやってきていた。
「マスクをはがして、その顔を見ることができたよ」おれは不安げな面持ちで言う。「けど、それはありえない相手だった」
「ありえない?」アリスは眉を寄せた。「そう言うからには、あなたは相手のことを知っている、と言う意味よね?」
「……ああ、知っている」おれはうなずいた。「顔も名前もわかっている。けどそんなはずはないんだ。そいつが白石を殺すはずがないんだよ。そんなのぜったいにありえない。この話を聞いたら、アリスだってそう思うはずだ。きみもそいつを知っているから」
「わたしも知っている?」
「そうだよ。だって犯人は福沢諭吉だったんだ」
「福沢諭吉?」アリスはあごに手を添えた。「たしかにそれはありえない話だわ。いまはもうこの世にいない人物が、殺人をするはずないもの。これはあまりにも不自然すぎる。夢の検閲がはいったと考えるべきね。この結果はあなたが夢に干渉できた証拠よ。できるかどうか不安だったけど、とりあえずはうまくいったみたいね」
「でもどうして犯人の顔が福沢諭吉だったんだ?」
「おそらくは犯人と福沢諭吉を同一化しているのよ。そしてそうなると考えられる理由は、犯人の顔が福沢諭吉に似ていた。もしくは犯人はあなたが知っている人物で、名前が福沢諭吉に似ている人、もしくはその顔が似ている人と考えるのが妥当かしら」
「悪いけど、知り合いにそんな人物はいないよ」
「だとしたら犯人の顔が似ていたから、同一化したのかしら。情報に決め手が欠けるわね。ほかに何か変わったことはなかったの?」
「じつはあるんだ。おれは色盲になってしまったけど、夢のなかではそうじゃない。なのに犯人は、福沢諭吉の顔は白黒だったんだよ。これってどういうことだ?」
「白黒の福沢諭吉……」アリスは思案気な表情でうなる。「それって一万円札の福沢諭吉のイメージよね」
「たしかに……言われてみればそうだ」
「つまりあなたは犯人の顔を見て、福沢諭吉本人ではなく、一万円札の福沢諭吉を連想し、同一化してしまっている。どうしてそうなってしまったのか、何か心あたりないかしら」
そう問われ、頭に一万円札を思い浮かべたその瞬間、脳裏に大量の札束がよぎる。すると失われたはずの記憶がなだれ込んできた。




