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第一幕 第十一場

 おれは記憶の手がかりを求め、電車とタクシーを乗り継いで緑山キャンプ場へとやってきていた。


 事件当時、おれと白石ヒカリはここでキャンプをしていた。なのでここに来れば、もしかすると何かを思い出すきっかけになるかもしない。そう思っての行動だった。


 おれはキャンプ場の山道をのぼり、展望台へと向かうと、そこからキャンプ場を見渡す。以前のような色鮮やかな光景はそこにはなく、ゴールデンウィークも終わってしまっているため、設置されているテントもまばらだ。そのためどこか物悲しく感じてしまう。


「……ここに来れば何か思い出すかもと期待していたけれど、そんな都合よくいかないな」


 おれはズボンのポケットからビデオカメラを取り出すと、液晶ディスプレイ画面を開いて、動画ファイルを再生する。画面ではおれと白石が、いままさに自分がここにいる場所で、虹をながめている様子が流れている。


 おれは画面から外の景色へと視線を向けた。そこには画面とちがって虹など架かってはいない。


「やっぱり何も思い出せない」


 おれはビデオカメラを閉じると、展望台を出て山道をおりはじめた。なんの手がかりも得ることができず気落ちしながら歩いていると、行く先にひとりの男性の姿が目にはいった。その男性は道ばたに落ちているまきを拾っている。ジーンズに長袖のシャツを着て、その上からダウンジャケットを羽織っていた。


 近づくにつれこちらの気配に気づいたのか、その男性が顔をあげて振り返る。その男性はツーブロックの短い髪型で、いかめしい顔つきをしており、そのため近寄りがたい雰囲気をまとっている。だがすぐにその人物の正体を悟り、そのイメージは消え去った。そいつは大学時代の友人である赤松コウキだった。


「黒川か」赤松は少しばかり驚いた様子だ。「ひさしぶりだな」


「ああ、ひさしぶり」おれはぎこちなく返事をする。「偶然だな。こんなところで会うとは思わなかったよ」


「何が偶然だよ」赤松は苦笑する声を漏らした。「だっておれたちはキャンプ部だったんだぞ。べつにめずらしくもないだろ」


「でもいまはもう、ちがうだろ」


「だとしても変わらねえよ。それよりもひましているんなら、まき拾い手伝ってくれよ」


「悪いけど赤松、おれはもう帰るところなんだ」


「いいから手伝えよ」赤松は有無を言わさない口調になる。「こんなことでもないと、おまえと話をするきっかけなんてできないんだ。おれの言っている意味わかるな?」


 おれは小さくうなずいた。「ああ、なんとなく察しはつくよ」


「なら頼む」


「わかったよ」


 おれたちはまきを集めると、赤松が立てたテントへとやってきた。そしてたき火を起こすと、ふたりでそれを囲んで簡易椅子すわる。いつしか日は暮れはじめ、あたりは薄暗くなっていた。


 赤松はウイスキーやウォッカなど携帯して持ち歩く用の水筒であるスキットルを手にすると、そのふたをあけてひとくち飲みだす。それがすむと、おれにそれを差し出してきた。


「おまえも呑むか?」


 差し出されたスキットルをおれは手で制する。「いや、やめてとくよ赤松。それに呑みはじめるのには、まだ時間が早いんじゃないのか」


「少しぐらい酔ってないと、おまえと話すのがこわくてな」


 おれは表情を曇らせた。「……やっぱり事件についての話か」


「ああ、そうだ」赤松はふたたびスキットルに口をつける。「おまえがどうなったのかは聞いている。頭を負傷し死にかけた。そのせいでいまは記憶障害。さらには色盲を患う、おまけつきなんだろ」


「そのとおりだ」おれはこぶしを握る。「……おまえはおれを責めるか? 白石を助けることもできず、あげくのはては、記憶障害のせいで犯人の顔も思い出せない、こんなおれを?」


「もちろん責めるね」赤松はけわしい口調でそう言った。「ほかのやつらはどうせおまえに気を使って、やさしいことばで慰めるだろうが、おれは隠さずに本音で話すぞ」


「……きびしいな」おれは胸をえぐられる思いだった。「相変わらず、そういうことを平気で言ってのけるな、おまえってやつは」


「おれはこういう性格だからな。だから白石を殺した犯人も許せないし、おまえのことも許せない。おまえなら白石を助けられたはずだ。たとえそれができなかったとしても、おまえなら犯人を捕まえられるはずだろ、顔を見たんだから」そこでことばを切ると、赤松はスキットルをまた口にする。「それで黒川、犯人の顔は思い出したのか?」


「……いまだに思い出せてないよ」


「そうか……、そいつは残念だよ。これじゃあ、死んだ白石が浮かばれないな」


「そんなのわかってるよ!」おれはたまらず声を大にする。「おれだって自分が情けないと思っている。けど思い出せないんだよ」


 意図せず叫んでしまったことで、会話は途切れてしまい、まきのはぜる音しか聞こえてこない。しばし無言の間がつづくと、唐突に赤松はスキットルを一気に胃に流し込んだ。


「じつはな黒川」赤松はそう言って口元をぬぐう。「おれも白石のことが好きだったんだ」


「えっ?」予想外のことばに、おれは驚きの声を漏らした。


「いまだから言えることけど、おれもおまえと同じで、白石のことが好きだったんだ」


「……そうだったのか」おれは声の調子を落とす。「それは気づかなかったよ」


「おまえには隠していたからな」赤松は苦しげな表情になる。「だから白石が殺されたのが許せない。キャットマンとか呼ばれている、ふざけた野郎を血祭りにしないと気が済まないんだ。おまえにならこの気持ちわかるだろ」


「ああ、わかるよ」おれは唇を噛む。「痛いほどにね」


「だったら頼むよ」赤松は急に立ちあがったかと思うと、おれの両肩に手を置いた。「どうか犯人の顔を思い出してくれ黒川。それはおれにはできない、おまえにしかできないことなんだから!」


 言い終えると赤松を嗚咽を漏らし、涙をこぼしはじめた。その姿を見ておれは何も言えずにいた。赤松の悲痛な叫びは、おれを心を代弁している。そんな憤りに対して、おれは何も答えることができず、そのせいで自分が情けなくなる。


 しばらくすると、赤松は手を離して涙を拭った。その表情は放心状態のように思える。


「……すまん」赤松はよわよわしい声で言う。「酔ったせいで変なこと言ってしまった。悪かった。気にしないでくれ」


 おれは小さくうなずく。「ああ……」


「べつにおまえを責めているわけじゃないんだ」


「責めてたじゃないか」


 赤松は苦笑いすると、簡易椅子に腰掛ける。「そういえば、そうだったな」


「でも同情じゃなくて本音が聞けてよかったよ。おまえのように、おれを叱責してくれるやつがいないと、おれはまわりのやさしさに甘えてしまう。それでは、だめなんだよな。おれは記憶を取りもどすのに、もっと必死になるべきだって、やっと自覚できた」


「悪いな黒川。全部の責任をおまえに押し付けるみたいで」


「おれにしかできない、おれならできることなんだろ」おれはそう言って立ちあがる。「ならやるしかないだろ。きょうは話せてよかったよ。それじゃあ、おれはもう行くよ」


 おれは赤松に別れを告げると、家路についた。

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