〜未練〜
「さぁ、それでは行きましょうか」
ヤマトは男の方をみて先に行くよう促す。
「わ、分かった。だけど、ここからだと…村はあっちだから…」
男は現在の位置を大雑把に確認する。
「近いからと言ってこっちに飛んできたのは失敗だったかも知れませんね…」
ヤマトは悩む男のことを見て少し落ち込む。心做しか尻尾もへたっとしてしまっている。
「ヤマト、今回は仕方ないわ。次に生かしましょう」
菊華はそんなヤマトを見て慰める。
「すみません、ありがとうございます」
「よし、こっちの方向だな」
ヤマトが菊華に頭を下げると同時に男が振り向く。
「あ、わかりましたか?では行きましょう」
ヤマトは嬉しそうに振り返ると尻尾をパタパタさせる。
「ああ。もう一度確認するがあの幽霊さんはここにいるんだよな」
男は真剣な顔でヤマトを見る。
「えぇ。私の隣にいますよ」
それにヤマトも真剣に返事をする。
「わかった。俺についてきてくれ」
男は山の頂上の方に向かって歩き始める。
ヤマトたちもそれに続いて歩く。
ーー歩くこと約5分。ヤマトたちは森の開けた場所にでた。
「これは…」
「わぁ…!」
ヤマトと菊華は感嘆の声を漏らす。
「俺が知ってるのはここだ。偶然ここにたどり着いた時に見つけたんだ。たまにここに来てぼんやりしてた」
寧々の方を見やると、ただ静かに涙を流していた。
「寧々さん?この花ですよね?あなたが守りたかったものは」
ヤマトが声をかけると寧々は何度もこくこくと頷いた。
「この場所にこの花があるのは工事の人達が植えたからです。あなたが亡くなった事故のあと、彼らは深く反省し、あなたが守ろうとしていたものを別の場所に移しました」
ヤマトはそう説明する。
「貴方の意志と行動は彼らの心に残っていたのです」
「そう…良かった…」
寧々は消え入りそうな声でポツリとつぶやく。
「なぁ、今、あの幽霊さん…いや、寧々さんはどこにいる?」
男は決意したようにヤマトに尋ねる。
「こちらにいますよ」
ヤマトは寧々のいる場所を指さす。
「わかった。寧々さん!」
男は寧々の名を呼ぶ。そして寧々のいる方向を見て、深く頭を下げた。
「俺が謝ってもどうにもならないことは分かっているが、ここでアンタが守りたかったものは形が変わっちまってる…それにあんたも命を落とした。それは俺にはどうしようもなかった。だがそれでもここで逢ったのもなにかの縁だと思う。だから、当時の工事の人達に変わって言う。すまなかった」
それを聞いてヤマトは寧々の方を見る。寧々はただ、ありがとう、とそれだけを口にした。
その表情はとても安らかで、どこか嬉しそうな顔だった。
一陣の風が吹き、花びらが舞う。ヒラヒラと花びらが舞う中に寧々の姿はなかった。




