【第二章】第三十話
絵梨奈が空中に両手を広げてぐるぐる回すと、銀色雲も回転して、そこから銀色の雨と風が吹いて、紫色の酸性雨にぶつかっていく。
酸性雨とアルカリ性雨はぶつかって透明となり、ついには雲同士も激突した。その瞬間、稲妻が光り、雷鳴が大地を揺るがした。
絵梨奈たちの体は、銀色の雨で服と一緒に回復していた。
「ワタクシの担当オペはここまでですわ。バタン。」
絵梨奈は力尽きて、仰向けに倒れた。
絵梨奈はピンチを乗り切ったものの、クロボー本体は無傷である。従って、ピンチであることに変わりはない。
クロボーは口の中に手を入れて、何かを探るように動かしている。顔に筋肉がわずかに歪んでおり、痛みを感じる患部を触っているようだ。やがて、プチッという音がして、紫色というよりドス黒い袋のようなものを取り出した。それはみるみるうちに大きくなり、人間ひとりが入れるようなサイズになった。
「あのドス黒い袋はなんだ?死んだブタでも入れて捨てようとでもいうつもりか?」
ハナゴンがそう言った次の瞬間、袋は勝手に動いて、絵梨奈をすっぽりと取り込んだ。
『ジュウウ。』
袋の中から、内容物が溶けるような音がした。
「これはヤバい。絵梨奈の体が溶かされてしまうじゃん。」
「なんだと!?あれって、クロボーの胃袋なのか?」
「そうじゃないじゃん。あれは、歯周ポケットじゃん。」
「ポケット?ならば中はただの空洞じゃないのか?」
「違うじゃん。歯周ポケットの中は悪性の雑菌だらけじゃん。そんなところに放り込まれたら、病気になるに決まってるじゃん。」
「じゃあ、さっきの溶けるような音は、焼肉女が雑菌に冒されている状態を示しているのか?」
「そういうことじゃん。早く手を打たないとヤバいじゃん。」
騒ぎ出すハナゴンたちの傍らで、クロボーはさらに袋を取り出した。十分に警戒していた木憂華たちはさっと横移動して、袋から距離を取った。
クロボーの口の端が微妙に釣り上がったように見えた。普通なら、ニヤリといった表情に該当する。
クロボーは袋を手にして、そのまま被った。幽霊のようでもあるが、ドス黒いので、腐敗物満載のゴミ袋というフレーズの方が妥当である。
「えっ?クロボーはいったい何をするつもりなんだ?」
「たぶん、次はこう来るじゃん。」
袋はクロボーの体を包み込んでそのまま一体化した。従って、クロボーは文字通り、全身ドス黒になり、黒い爪は伸びて、背中からは黒い羽根まで生えている。




