テーマ×テーマ小説 (主人公:ふたごのカタワレ×現場:バス)
こんにちは、葵枝燕です。
この作品は、我が姉の唐突な思いつきから書き始めた作品の第七弾です。
一月中の投稿を目指していたのですが……主に卒論集の作成に手間取っておりまして、結局二月に入ってからの投稿となってしまいました。
詳しくは、後書きにて語りたいと思います。
それでは、どうぞご覧ください!
サヨコは、バスに乗っていた。窓に右側頭部をくっつけて、流れていく景色をぼんやりと見ている。曇り空の所為だろうか、その景色は重く沈んでいるように、サヨコには思えた。いや、景色だけではなく、道行く人々やこのバスに乗っている人々でさえも、暗く滲んでいるように見えた。
『次は、倉又、倉又でございます。お降りの方はボタンでお知らせください。次は、倉又、倉又でございます』
次のバス停をアナウンスする機械音が、車内に流れる。ボタンが押される音はしない。バスは、無人の倉又バス停を通過していく。サヨコは、膝に載せたトートバッグをそっと抱え直した。中に入っている包装紙が、クシャリと小さな鳴き声を上げる。
『次は、野岡、野岡でございます。お降りの方は――』
倉又、野岡、早月辺団地前、三屋張、名岡市立病院前――サヨコは、このバスが停まるバス停の名を、頭の中に並べてみた。そして、名岡市立病院前の次にくるバス停の名を浮かべて、密やかなため息をこぼした。
(名加河)
自然と、トートバッグを抱える腕に力が入る。包装紙がクシャクシャッという音を立てた。サヨコは、慌ててトートバッグを優しく抱え直す。
バスは、無人の野岡バス停を通過した。
『次は、名加河、名加河でございます。お降りの方はボタンでお知らせください。次は、名加河、名加河でございます』
そんな機械音に、サヨコは我に返る。そして、慌てて降車ボタンを押した。ピンポンという音と共に、『次、止まります。危険ですので、バスが完全に停止してから、席をお立ち願います。お忘れ物なさいませんよう、ご注意ください。次、止まります』というアナウンスが流れた。
(私、寝ちゃってた)
サヨコは、フッと息を漏らした。それは、安堵のものなのか、自身を嘲っているのか、判断しづらい音だった。
バスは、無人の名加河バス停に停まる。プシューという音に、数秒遅れてドアが開く。サヨコは立ち上がり、運賃箱に小銭を入れた。運転手に向かって「ありがとうございました」と小さく呟くように言ってから、バスを降りる。サヨコを一人降ろしたバスは、すぐに発車していった。
サヨコは、名加河バス停の周囲をぐるりと見渡してみた。呆れるほどに、何もない場所だった。かすかに波の音がするだけで、静寂というよりも無音に近い場所だった。
(行かなきゃ)
サヨコは歩き出す。波の音のする方へと向かって、歩を進める。
サヨコは、崖の上に立っていた。波が岩場を叩く音がする。冷たい風が吹く。サヨコの長い髪がその風に煽られる。
サヨコは、目を閉じて息を吸い込んだ。冷えた空気が肺へと落ち、全身を満たしていくような気がした。そうして目を開ける。
灰色に濁ったような海と、黒みの強い茶色の岩場と、植物の緑や茶色という、色彩の乏しい空間だ。その場所で、自ら哀しい選択をした一人の女。その女の名を、サヨコは思う。
(フユコ)
生まれる前から、ずっと傍らにいたその存在。自分の半身といっても過言ではなかった、その存在。これから先もずっと、同じように歳を重ねていくのだと、サヨコは思っていた。
そんな存在が、あまりにも突然に消えてしまってから、ちょうど一年が経つ。
なぜ、そんな選択をしたのかわからない。何よりも近いと思っていたサヨコでさえも、その真相はわからなかった。何も告げることもなく、フユコはいなくなってしまったのだ。サヨコの中に残ったのは、フユコと共に刻んだ時間の記憶と、大切なものをなくした喪失感だった。色褪せず、埋まらない――そんな記憶と喪失感だけが、サヨコの中に残って、この一年を縛ってきた。
(フユコ)
サヨコは、トートバッグの中から一輪の真っ赤な薔薇の花を取り出す。包装紙も花も、水溶紙でできているらしいそれは、生花には及ばないかもしれないがとても美しく見えた。弔花には相応しくないその花は、フユコの大好きな花だった。サヨコは、それを胸に抱く。
(何で……)
たったひとりで、手の届かない場所へといってしまったフユコ。なぜ、なぜ、なぜ――この一年、ずっとそれを考えていた。考えたところで、わかるはずがなかった。
この世に生を受ける前から傍らにいた存在は、結局のところ、他人でしかなかったのだ。
薔薇の花を、冷たい海へと放る。鮮やかな赤は、激しい灰色の波にのまれて見えなくなった。
(さよなら、フユコ)
頭の中で「サーちゃん」と呼ぶ声がした。それは、いなくなったあの日からずっと聞こえる、幼い頃のフユコの声だった。
『テーマ×テーマ小説 (主人公:ふたごのカタワレ×現場:バス)』のご高覧、ありがとうございます。
この小説は、前書きでも述べたとおり、私の姉の唐突な思いつきで書くことになった作品です。その思いつきというのが、「主人公と現場のテーマを五つずつ出し合って、それぞれから一つずつ引いて、それで何か書こうぜ!」と、いうものです。
そして、第七回となる今回のテーマが「ふたごのカタワレ×バス」でした。主人公テーマは姉の考案で、現場テーマも姉の考案です。
話としては、一年前に双子の片割れを亡くした女性が、バスに乗ってその片割れが自ら命を絶った場所を訪れる――という感じですよね。久しぶりに哀しい話が書けたなぁ――なんて、内心どこか嬉しい私がいたりします。
双子の片割れであるフユコさんですが、「マフユにするか、ユキコにするか迷い、間をとってこの名前に」と、スマートフォンのメモに残されていました。……全く記憶にないんですけど、書き残してるってことは事実なんでしょうね。多分、主人公がサヨコさんだから、最後に“コ”って付けたかったんだと思います。あと、冬っぽい名前にしたかったのかもしれません。
作中に出てくる地名は、私の頭に浮かんできたものをほぼそのまま採用しています。バス通学七年の経験は――正直、あまり役に立ちませんでした。ま、ケータイいじるか、寝るか、本読むかしてるので、車内アナウンスとか気にも留めない所為なのでしょうが。
そんなこんなで、今回もどうにか、無事に一つの話を作り上げることができました。投稿予定日、過ぎちゃいましたけどね。ていうか、現場が「バス」なのに、ただの交通手段になってしまったことに、先ほど気が付きました。一応バスは使ったからいいかな?、ってことにしてください。
さて、第八回のテーマは、まだ決めていません! どうなることやら、不安です。
さてと。今回はこのへんで。
この度は、拙作のご高覧、誠にありがとうございました!