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森の奥の神様

たまたま通りかかった誰もいない神社。

そこにはきっと何かがいるはずなのだ。

「おはようございます。アー君、ウーちゃん」


 私の朝は彼らの背中に挨拶することから始まる。


「神様、おはようございます」

「おーっす、今日も元気そうだな」


 私は彼らと1度も目を合わせたことがない。彼らは常に前を向き、私の方に振り向くことはないのだ。


「ほら、いつものオババが来たぞ」


 彼らと挨拶し終えると…10分も経たぬうちに、老婆が私のところへやってくる。


「おはよう千鶴さん。今日はどうしたの?」


 老婆は私の前に置かれた木箱に小銭を投げ、両手を何度か鳴らして、手のひらを合わせた。


「私は明日から入院することとなりました」

「そうなの?」

「脳に問題があるそうでね」

「治りそう?」

「もう十分に長生きさせてもらいましたから…どうやらあの人が迎えに来てくれるみたいです」

「あの人…克郎さんね」

「孫の顔も見られました。思い残すことも…いいえ、ひ孫の顔くらいは拝みたいですね」

「まだまだ大丈夫よ。最近の医学の進歩はすごいのでしょう?」

「神様、もうしばらく…私に力を貸していただけないでしょうか?………では、またいつの日か」


 千鶴さんは私の目の前で「独り言」を言い、丁寧に頭を下げると、私に背を向け…その場を立ち去って行く。


「待って!千鶴さん!」


 彼女に私の声は届かない。


「オババ、まだ元気そうだが…長くないな」

「ええ、半年後まで生きているかしら…」


 私の力を彼女に貸すこともできない。


「アー君、ウーちゃん…」


 私達は古く、今いる場所に人々の想いで生まれた。人々は私を生み出し、守護者として一対の狛犬を作り出した。そして、私を神様として祈り、この場所を神社と呼んだ。


「とうとう俺らも頃合いか?」

「みたいね」


 私は祈られ続けたから、生きることを許された。何百年という長い長い時間をただひたすらに。


 私は祈られなくなると、誰の記憶からも消えてしまうと、消えてしまうのだ。祈られない私は無価値に等しく…死、という事実も与えられぬままにこの世界から消滅することとなっているのだから。


 私が生まれた頃には、神社の近くも人で溢れ、神社で祭りも催された。私に対する人々の信仰は確かにあったのだ。しかし、時代が進むにつれ、人々は神社に来なくなった。


「千鶴さんが死ぬって…嘘よ」

「神様、残念ですが…オババが私達を、この神社を知る唯一の生き残りなのです。覚悟を決めねば」


 千鶴さんは誰も来なくなった神社にふらりと現れ、消滅しかかっていた私を助けてくれた命の恩人である。だから私は今でも彼女が最初に口にした言葉を覚えている。


『あなた、寂しいの?』


 千鶴さんは毎日神社に来て、嬉しかったこと、悲しかったこと、悩んでいること…私が無力であることを知っているのに、優しい笑顔で語りかけてくれた。


 そんな千鶴さんの死が近い。


「私は神様なのに…どうして何もできないの!」

「「神様…」」


 私が死ぬのは大した問題じゃない。それでも、千鶴さんが死ぬのは嫌だった。彼女は私に毎日祈っていたのに…何も返すことができずに死なせてしまうなど、許せるはずがない。


「社から出ることもできないのに…!」


 私は社を出ることができない。それが信仰の象徴だった私を拘束する枷だった。それを自ら解くことはできない。


 神様は何でもできるようで、何もできないのだ。


 私は必死に社から去って行く千鶴さんの背中に手を伸ばす。でも、私の手は空を掴み、千鶴さんは振り返ることなく、ボロい鳥居を抜けて行く。


「千鶴さん…ごめん。ごめんなさい」



 結局、私は何もできずに半年を迎えることとなった。

世界には何らかの力を持つ神様がきっといる。


でも、信じる者のみが救われるとは…基本的に宗教の神様は心が狭い。会員制の店も悪くないけどさ…神様もそれなりに経営を勉強するらしい。

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