靴擦れシンデレラ。
シンデレラはぴったりの靴を履いていた。
ぴったりなのに、脱げるなんてあり得ない。
シンデレラは自分でチャンスをつかんだんだって。
私―古田 恵奈はそう思っていた。
「……っ」
「なにか、言った?」
「……ごめんなさい。
私、用事思い出しちゃって」
水族館の前で、私は一緒にいた男にそう言った。
「え?どういうこと?」
「すみません、本当に」
最後に深くお辞儀をし、来た道を一人で戻る……。
「恵奈、また靴擦れでデート切り上げたって?」
翌日、そう声をかけてきたのは同じ大学に通う豊島 凛。
「もう、知ってるの?」
「え?本当に?」
どうやら凛は冗談のつもりで言ったらしい。
「三神くん、良いと思うんだけどなあ……」
「三神……」
「やだ、あんた昨日デートした相手の名前も覚えていないの?」
昨日履いていた靴は瞬時に思い出せるのに、三神 久史という名前を思い出すまでには不思議と時間を要した。
「やーね、覚えてるわよ水族館……」
「……水族館?」
「そうなのよ。
水族館に行くなら始めからスニーカーでよかったの」
私は履いていたスニーカーをそっと指差した。
「で、昨日はどうしたの」
「歩ける自信がなかったから、水族館に入る前にバイバイしたわ」
「うそ!それ、前売りのチケット買ってたら、とか考えなかったわけ?」
凛に圧倒され、私は何も言えなくなる。
「それ、ちゃんと謝っておいたほうが良いわよ。
三神くんに限ってそんなことはないと思うけれど、変な噂流されても知らないわよ」
「……でも、普通は追いかけてこない?
追いかけてきて、理由を聞くところでしょう?
だいたい、前もって行先を教えてくれれば良いのに……」
「おとぎ話のように、誰もが白馬に乗って追いかけて来てくれるわけがないんだから。
少しは現実見なさいよね……」
凛が大きな“独り言”を言った時、ふと私のスマートフォンの画面が光る。
私は面倒に思いながら……それに手をのばした。
「何々、三神くん?」
どうら凛は“三神推し”らしい。
「三神くん、だね。
昨日の“用事”大丈夫だった?って」
「うわ~心痛むね」
「……」
私は何も言えずに、ちょこんと頷いた。
「古田さん、この間は大丈夫だった?」
あれから数日後、私は再び三神という男と会っていた。
「ええ、すみませんでした。本当に」
「大丈夫だったなら、それで良いんだ。水族館は逃げていかないしね」
私は三神の口から“水族館”という言葉が出て、足元に視線を落とす。
懲りずにまた、慣れない靴をはいてきてしまったのだ。
「大丈夫だよ、今日は水族館には行かないから」
三神は何かに気づいたのか、そう言ってゆっくりと歩き出す。
「ま、待って。どこに行くの?」
「ひみつ」
そう言って笑う三神の横顔がちょっぴり意地悪に見えたのだが、歩調はどうやら私に合わせてくれているようだった。
「その靴、女の子らしくてとっても可愛いよ。
でもね、いつも君が可愛いスニーカーを履いてるのも知ってるんだ」
「……え?」
連れてこられたのは“靴屋”。
一生懸命、三神の言動を理解しようとしたのですが、私の思考はついていけそうにありません。
「嘘。
私いつもボロボロのスニーカーを……」
「ほら、こういうのが似合うんじゃないかと思ってさ」
三神が指差したのはオシャレなデザインのぺたんこ靴。
「本当はサプライズでプレゼントがしたかったんだけど……
さすがに靴のサイズはわからないから」
三神はそう言って私から靴のサイズを聞き出し、ちゃっかり箱にリボンまでかけてもらっていた。
そして――
「はい、プレゼント」
「そんな……いただけません……」
躊躇う私の手に、それでも三神は紙袋の持ち手を握らせる。
「君が何人もの人とのデートを“靴”のせいで切り上げたことを僕は知っている。
それでも前回、気にかけてあげられずに水族館を選んだ僕にも敗因があったわけだ。
次はそれを履いて……一緒に水族館へ行ってくれませんか?」
そう言われた瞬間、
――王子様は本当に居るのかもしれない。
そう私は思いました。
「……もちろん、です。
謝らなくてはいけないのは、私のほう」
私はそう言って、近くにあった椅子へ座り、受け取った紙袋から丁寧に箱を出す。
綺麗に結ばれたピンクのリボンの端をつまんで丁寧に抜き取り、箱を開ける。
履いていた靴を脱ぎ、慣れない靴のせいでボロボロになった足をあらわにし、
「こんなボロボロの足……恥ずかしいな」
なんて呟きながら、片方ずつ包まれた新しい靴をそこへ並べ、足を入れる。
その様子を見ていた三神は笑って言うの。
「ピッタリですね、シンデレラ」
と。
シンデレラは靴擦れが痛くて、どうしても履いていられなくなって、ガラスの靴を脱ぎ捨てたんじゃないかって。
私―古田 恵奈は、今ならそう思う。
繕ってたって意味はなくて、
ありのままでいることが本当のシンデレラなんだって。
――さあ、次は必ず、
靴擦れのしない靴をはいてあなたに会いに行く。