慰霊祭の奇跡
2016年10月の百合ネタです
これは少し不思議な、でも、少し怖いようなそんな物語。
昔、私には大事にしていた人形がいた。どうしてそこに行ったのかは定かではないけれど、五歳ぐらいの頃に立ち寄ったアンティーク雑貨の店。そこで私は一体の人形と出会った。腰ぐらいまである明るい黄金色のゆる巻きロングヘアに、アメジストのように透き通った薄青紫色の瞳を持ったフランス人形。私は一瞬にしてその目に惹き込まれた。恐らく当時の私のお小遣いで買える範囲ではなかったはずなので親にせがんで買ってもらったであろうその人形を私は親友もかくやと言う具合に可愛がった。
しかし、徐々に年齢もあがり、友人も出来始めてくるとその人形と遊ぶ機会は格段に減ってしまった。ただ、手入れだけは欠かさず、服が解れれば慣れない手つきで縫い、金髪も人形専用の薬剤で艶を保たせ、瞳も父のメガネ拭きを拝借して指紋や汚れを拭き取る。それぐらいのことを義務的にするだけに留まっていった。ま、それも段々と回数が減っていったような気がする。
でも、そんな人形も高校に入る直前、忽然と姿を消した。私も今の今までそれに気付かなかったぐらいなので家族はおろか、友人でさえ気付かなかったし、指摘もしてこなかった。
――そういえば、あの子どうしてるんだろう
高校二年の秋、私は突然そんなことを思った。街はすっかりハロウィン一色になり、ジャックオーランタンを街のあちらこちらで見かけるようになっていた。
「今年は、何の仮装をしようかなぁ…」
学校からの帰り道、親友から誘われたハロウィンパーティの招待状を見ながらそんなことを考えていた。パーティと言っても友人数人で集まってお菓子を食べたりするごく普通の女子会だ。ただ、それぞれが仮装をするというただそれだけ。
「去年は確か……、アニメのコスプレだったっけ」
当時流行った魔法少女アニメのコスプレだったと思う。私の趣味というより、主催者たる親友の趣味だ。何をしていいか解らないと漏らすと有無を言わさずその衣装を渡されたのだ。
「うーん…。…やっぱ、折角だからこういう時じゃないと着れないようなのがいいよね」
そんなことを考えていたとき、例の人形を思い出したのだ。
「ドレスかぁ…」
確実に家にはなさそうだったので、私は親友へ電話をする。
「もしもし、なっちー? 聞きたいんだけどさ」
私は友人にそういうドレスがあるかを聞くと持っているという。どうやら最近は西洋ファンタジーにハマっているらしく、何も言わなければ今年はそれを着させられていたらしい。 当日、事前に渡されていた衣装を持って私は親友宅の傍の公園へと向かう。そこの女子トイレで着替えることになっていた。私は素早く個室へ入り鍵をかける。そして、紙袋を広げ中を確認する。
「うわぁ…」
中には桜色を基調として、花の刺繍やフリルがたくさんついた簡易的なドレスと、金髪のウィッグ、青いカラコン、真ん中にリボンがあしらわれた白い靴と白いハイソックスが入っていた。そして、細部は違いはあれどそれは、
「…たぶん、あの人形そっくり」
そんな組み合わせだった。
奇跡的な偶然のような出来事に少し感動しながら私はそれを着て外に出た。十月の寒空は空気が透き通っていて綺麗な星空が広がっていた。なんか、場所を考慮しなければ舞踏会に向かう途中のようにも思える。少し雰囲気に呑まれているような気もするけどそう感じた。
「……?」
少し寄り道をしようと周辺を歩いていると私の姿によく似た少女と出会った。少女は少し寂しそうな表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
私は思わず声をかける。
「お友達を探してるの」
少女は幼い声で答える。
「一人で?」
「うん」
「お姉ちゃんも手伝ってあげようか?」
「いいの?」
「うん。それに、何か貴女と一緒にいたい気がするの」
自分でもよく意味の解らないことを言った。だけど、たぶん真実。
「ありがとう」
少女はキラキラ輝くアメジストのような瞳を瞑った満面の笑顔で言った。「…いないね」
それから小一時間ぐらいだろうか、私は少女とともに街を探し回った。幸い、ハロウィンで仮装した人が多くいたためそんなに目立つことはなかった。
「…うん」
少女は少し疲れたように言った。
「休憩しよっか?」
「でも、お友達が…」
「うん。だけど、お友達を見つけても疲れてたら嬉しさも半減しちゃうかもしれないし、その子だってすっごく心配するかもしれないよ?」
私は少女にそう言って、近くのベンチに腰掛けた。
「でも、ビックリしたなぁ、私と同じ仮装してる子に会っちゃうなんて」
「仮装…?」
少女は不思議そうに言った。
「違うの?」
「私、ずっとこの格好だから」
「ずっと?」
私はここまで妙な懐かしさ、それこそ長年想い続けたものに再会できたような妙な高揚感を感じていた。
「うん。ずっと」
「…ねぇ、そういえば名前、何?」
そんな感覚は、妙な思考を産み、それがこんな質問を導きだした。
「……ユカリ」
「え…」
何かピースがハマるようなそんな音がした気がした。そして、
「…、も、もしかしてだけど…、そのお友達って、ユイって名前じゃない?」
それは私の名前。
「…うん。そうだけど、なんで…?」
少女は不思議そうな顔をする。
私はウィッグとカラコンを取り、
「私が昔持ってた人形と同じ雰囲気がしたから」
そう告げた。
「…っ! …ユ、ユゥちゃん?」
少女は驚愕の表情を向ける。これが一体どういう現象なのかそんなのは知らないし、解らないけど、少なくとも私にとっては初恋の存在に再会したのと同じぐらい、いや、それ以上の奇跡に感じていた。
「うん。…ねぇ、一つ聞いていい? なんで私の目の前からいなくなったの?」
「…それは…」
少女は少し逡巡してから、
「ユゥちゃんが私に対して感じちゃいけない感情を持ったのが解ったから」
「感じちゃいけない感情…?」
「…人が言うところの『恋愛感情』というもの」
その言葉に私は少しギクリとする。
「ユゥちゃんは私に恋心を抱いているようだった。でも、生きてる人間は生きてる人間と結ばれないといけないの。私みたいな器物に恋なんてしちゃいけないの。それで、ユゥちゃんに全部諦めてもらおうと想って」
「ユカリは、私をどう想ってたの?」
「お友達だって、そう思ってた」
過去形。…それって。
「……私、そうね、たぶん愛していたのかもね、ユカリのこと」
昔の幼い自分を振り返り考えてみた。それだけなら子供ながらの執着だ。でも、少女と出会ってそれがユカリだって解った瞬間に感じたのは激しい胸の高鳴りと、息苦しさ、そして、高揚感。それらはよく恋愛の始まりや証拠として提示されるものにほかならなくて。
「違うわね、過去形じゃなく現在進行形で『愛している』んだわ」
自分の結論に一瞬自分でもドキリとする。それは核心を突かれたようなそんな感覚。
「……」
ユカリの沈黙。
「えっと、それで、こうして現れたってことは正式に振られちゃうのかな?」
冗談めかすように言う。
「違うの!」
ユカリがバッと顔を上げこちらに向く。瞳には涙が浮かんでいた。
「…?」
私はユカリの言葉を待った。
「私も…、…好きなの、ユゥのこと。…離れている間ずっとユゥのことばっかり考えてた。そしたら、それは恋なんだって気付いて」
「ユカリ…」
私はユカリの言葉を遮るように言い、そこで一拍おき、居住まいを正して、
「私は、ユカリのことがずっと大好きです。恋人として、愛しています。だから…、その…付き合ってくれますか?」
「……」
数秒の沈黙。みるみるユカリの顔に笑顔が浮かんで、
「はいっ! こちらこそ、ずっと愛しています」
そう言った。
「ありがとう、ユカリ…。…ん」
そう言ってすぐ私達は深い口づけを交わした。 その後の記憶はそこまで定かではなかった。小一時間経った気がしていたけど、実際はほんの数分だった。
あれは夢だったのだろうか?
「…ううん。違う」
手に握られたフランス人形と、唇に残る感触。
それはきっとハロウィンの、ちょっとホラーだけど、ちょっとスイートな奇跡だったのだろう。