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第四話





 ――――「あれ…お母さん?」


 あの日…私は迷子になっていた。


 「ふぇ…お母さんどこ…なの?」


 行き交う人々は誰もが楽しそうに通り過ぎて行く。


 それらをベンチで眺めているとだんだん涙が出てきた。


 「お母さん…ぐすん」


 さっきまでの楽しさとは打って変わって孤独感が襲ってくる。


 「ねぇ、だいじょうぶ?どうしたの?」


 不意に声がして目を擦りながら顔を上げると


 「どうしたのかな?怪我したの?」


 目の前の女の子に声を掛けられていた。


 「ふぇ…え、えっとお母さんが…いなくなっちゃった」


 とても優しいその声は私に少しの元気をくれるように思えた。


 「お母さんとはぐれたのかなぁ?おーい、ゆうやくぅーん!こっち来てー?」


 すると女の子がゆうやくんと言う人を呼んだ。ゆうやくんと呼ばれた男の子がその声に駆け寄ってきた。


 「んー、なんだー?どうしたんだよー」


 ぶっきらぼうにゆうやくんは女の子に聞いた。


 「ゆうやくん、この子…迷子みたいなの。どうしよぉ」


 女の子は背中まであるその髪をさらさらと揺らして焦っているみたいだった。


 「どうしようったって…どうするんだよ?観覧車乗るんだろ?」


 ゆうやくんは女の子の手を掴むと、今にも駆け出して行ってしまいそうな勢いがあった。


 「ま、まってよぉ!この子かわいそうだよぉ~。どうにかしてあげようよぉ~><」


 しかし、ゆうやくんの手を振り切ってその長い髪を左右に振りながらイヤイヤをする女の子。


 「クスっ…」


 その光景が少し面白くて笑ってしまった。


 「あ…元気になったぁ!ねっ?この子元気になったよゆうやくんっ!」


 その場にぴょんぴょんして喜ぶ女の子。


 自分の事のようにはしゃぐその姿を見ていると、いつのまにか私は泣きやんでいた。


 「はぁ…しょうがねーなー。一緒に探してやるかー」


 ゆうやくんも彼女の喜びようにヤレヤレと言った感じでそう言ってくれた。


 「二人ともごめんね…ありがとう」


 二人に今できる精一杯の笑顔で応えた。

 

 「あ、ああ…良いって事よ」


 あれ…気のせいかな?ゆうやくんの顔が少し赤いような…?無理してなきゃいいけど。


 「じゃあ…どうしよっかぁ。探すって言ってもどうやって探すぅ~?」


 女の子がゆうやくんを見上げながら困った顔をしている。


 どうやら探す方法までは考え付かないようだ。


 「そうだなぁ…あ!迷子センターはどうだ?そこでこの子のお母さんを見つけてもらおうぜっ」


 その言葉に「おおぉ!」と目を輝かせる女の子。その姿は尊敬する人を見ているようだ。そして


 「よし~、それじゃ行こぉ?」


 そう言うと私に手を差し伸べてくる。その柔らかそうな手をそっと握り返して


 「うんっ!」


 私はすっかり元気を取り戻していた。






 その後、ゆうやくんを先頭にして迷子センターを探した。


 私と女の子はゆうやくんの後ろで手を繋ぎながら歩いた。


 色んなアトラクションを見ながら三人で歩き回る。


 迷子だと言うのに…、その事を忘れてしまうくらい三人で園内を歩くのは楽しく思えてしまう。


 ふと横を見るとニコニコして私の手を握っている女の子がいる。意識してしまうと何故かドキドキした。


 相手は女の子なのに…。


 私が悶々としていると


 「お?あれじゃねーか?」


 ゆうやくんが指差しながら声をあげた。その先には『インフォメーション・迷子センター』と言う看板の建物があった。


 「やったぁ!さすがゆうやくんっ」


 手を繋いだまま両手を上げてバンザイをする。それに吊られて私の右手もあがる。


 恥ずかしかったけど喜んでいる彼女を見ていると私もすごく嬉しくなった。


 「何やってんだお前ら」


 気付けば私も両手を上げてバンザイをしていた。それに気付いたゆうやくんは呆れ顔をしていた。


 隣にはニコニコしてこっちを見ている女の子がいて、私と彼女の手は繋がれている。


 女の子同士なのに…なんかドキドキして恥ずかしくて嬉しい。ずっとこうしていたいと思った。


 「それじゃ、お母さん探しを頼みに行こうぜー」


 そう言って私達のもう片方の手を握って急かして来るゆうやくんは、やっぱり何処か顔が赤らんでいた。


 疲れちゃったのかな?私の為に頑張ってくれたんだもんね。


 「ありがとう!」


 そう言うとゆうやくんは顔を背けた。んー?どうしたんだろう。


 そしてゆうやくんに引っ張られるようにして私たちは迷子センターに入った。


 センターの職員さんは快くお母さん探しを引き受けてくれた。


 でも二人とはもうお別れになっちゃう。名前も知らないままなのに…あっ!自己紹介してないっ!


 「じゃあ、俺たち行くよ」

 

 その言葉と共に二人は離れていく。


 「もう迷子になっちゃだめだよぉ~?」


 女の子はそう言うと手を振ってくれた。


 ゆうやくんはさっきまで私と繋いでいた彼女の手を握っていた。なんだか悔しい気持ちになった。


 「あっ!名前…」


 遠く離れて行く二人に私は大きな声を掛けた。


 するとゆうやくんが「俺は立花勇也!じゃあなー!」と一度振り返って答えた。


 「あっ、ぼくは…」と女の子も振り返ったが、「ほら、行くぞ!」と勇也くんは駆け出して言葉を遮ってしまう。


 そのまま二人は走って行ってしまった。


 「ま、まってよぉ!走らないでってばぁ~」と言う女の子の声だけが後に響いていた――――







 「ふむふむぅ~、デートかなぁ?」


 翔太くんがとんでもない事を言ってくる。


 「もう~、やめてよ~。縁起でもないな~」


 たとえ昔の事とは言え、好きな人がデートしてたって言うのは嫌な気分になってしまう。


 「そ、そうだよねっ!好きな人がデートしてたとか、いやだよねっ!ごめんね!」


 電話越しに翔太くんが慌ててる様子が伺える。


 「そうだよー、もう~」


 今私と翔太くんは電話をしている。もう夜も遅いのだけれどどうしても翔太くんに話しておきたい事があったからだ。


 「ごめんごめん~」


 ちょっとだけ受話器の向こうでしょんぼりしている翔太くんの姿が思い浮かぶ。


 私は何故だか知らないけど男の子から愛の告白を受ける事が多い。でもそれは私にとって喜ぶべき事ではなかった。


 私には好きな人がいるからだ。もう五年以上も前の事なのだが、遊園地でその人に出会って以来忘れられないのだ。


 そして他の人から告白を受けるたびに断って、その事を翔太くんに電話で相談している。相談と言うより愚痴に近いかも知れない。


 翔太くんとは今年の春…二年生に進級したばかりで知り合いの少ない私に声を掛けてくれたのだった。。それからは仲良くしてくれている数少ない友達になった。


 「でも…」

 

 翔太くんが思い付いたかのようにびっくりする事を口にした。

 

 「でも…今頃その男の子も格好良くなってるんだろうなぁ~。素敵だよねっ!」


 その言葉に思わず焦ってしまい…机に置いてある麦茶を一気に飲み干した。


 そして慌ててたせいもあって話を合わせてしまった。


 「えっ?あ、うん…そ、そうだよねっ。そうだと良いなぁー!…コホコホッ」


 うっ!器官に麦茶が入ってしまった。スマホを顔から離して咳き込んでしまう。


 「綾香ちゃん大丈夫?」


 離した電話越しに声を掛けてきてくれる。心配してくれている声が優しい。


 翔太くんのそんなところが私は大好きだ。あ…もちろん友達としてだけど。


 それに翔太くんは私を異性だと意識していないように感じる。それが私には嬉しかった。


 「あーうん、大丈夫っ!麦茶飲んだら変なところに入っちゃってっ!」


 本当の事言わないと行けないのについ誤魔化してしまった。どうしよう。


 言わなければ…そう思うほど不安になってしまう。変な人だと思われたらどうしようなどと思ってしまう。


 言わないと…本当の事言わないと。でも翔太くんの反応を想像してしまうと怖い。


 葛藤を繰り返していると…頭の中に何かが浮かんできた。


 ――――ケッケッケッ!言ってしまえよっ、楽になるぜ?嫌われたらまた友達作ればいいんだよ。お前はモテるんだからな――――


 悪魔さんだ!私の中の悪魔さんが語りかけてくる。


 ――――だめよっ!言っちゃだめ。乙女には隠し事の一つや二つあるものよ。それに翔太くんほど優しい男子はいないわ――――


 天使さんだ!天使さんも頭の中で語りかけてくる。


 ――――何を言っている天使めっ!迷うくらいなら言ってしまえばいいのだっ!それと優しいだけが男ではない。

 今まで告白してきた奴らを見てみろ。あいつらはフラれる事も覚悟の上で告白してきたのだ。男には度胸がなければいけねぇ!!――――


 悪魔さんがもっともな事を言ってくる。


 ――――あ~ら悪魔さん?度胸だけではただの脳筋ですわよ?男は何よりも優しさが大事ですわ。翔太くんはそれを誰よりもお持ちですの。

 そこらへんの度胸しかない脳筋男子よりよっぽど男らしいですわ――――


 天使さんもナルホドと思わせる事を言ってくる。


 ――――待て待て馬鹿天使っ!優しさだけで何ができるってんだ?そもそも昔からこう言うだろう、『男は度胸』ってなぁ!!

 それに今の社会情勢を見てみろ!どいつもこいつも見かけだけの優しさで口ばっかりだろ!行動を起こすだけの度胸がねぇ。

 それだから最近の日本ってのは――――


 ん…、あれ?悪魔さん?

 

 ――――馬鹿はそちらですわっ、馬鹿悪魔さん!優しさと言うのは今の現代社会に一番必要なんですのよ。

 たとえば、この就職難な世の中で会社側が色んな人材を受け入れると言う優しさが必要ですわ。

 即戦力ばっかり求めてちゃ真新しい戦力は生まれませんわっ!!――――


 って天使さんまでっ!?ちょ、ちょっと二人ともっ…。


 ――――面接に対する努力も度胸もねぇ人材なんか社会にいらねぇって事なんだよ!それくらい理解しろ馬鹿天使がっ!!――――


 ちょ、ちょっと待ってって二人ともっ!!話の論点がずれてるよっ!!


 ――――ちょっと綾香さんっ、うるさいですわよ!?――――


 エー…あなたは私の妄想でしょ?なんで怒られるの…かな?


 ――――そうだそうだっ!今はこの馬鹿天使と話してんだよ、天然娘はすっこんでろっ!!――――


 えぇー、悪魔さんまで何て事言うの…。もうっ!私の妄想なんだから大人しくしてなさいよっ!!


 言う事を聞かない私の妄想を慌てて掻き消す。


 ――――あっ、こら!まだ話のとちゅ――――


 ――――ま、待ってください綾香さん!話し合いまsy――――


 そう言い残して天使さんと悪魔さんは消えて行った。


 ふう…ひどい目にあった。あ…電話切らないとまた二人が出てきちゃうかもっ! 


 「あっ、もうこんな時間っ!寝なきゃっ、明日学校だもんねっ!」


 慌てて翔太くんにそう切り出した。


 「え、あ、うん。そうだねぇ、ぼくも寝ないと」


 歯切れが悪い返事が帰ってきたが誤魔化す事はできたみたいだ。妄想と言い合ってたなんて言えないし。


 「じゃあ翔太くんっ、話聞いてくれてありがとっ!明日学校でねー!」


 なるべく平然を装って別れの挨拶をする。


 「うん、綾香ちゃんも話してくれてありがとうね~。また明日ね~」


 ―――ピッ―――

 

 ふぅ…焦った。無理やり電話を切ったような流れになっちゃった…かな?


 変に思われなかったかなぁ。明日からも今まで通りに接してくれるかなぁ。


 それよりも…、私が好きなのは女の子だって事を結局言えなかったな。


 いつかちゃんと言おう。翔太くんに隠し事はやっぱりしたくない。


 「いつかあの子の名前…知りたいなぁ」


 勇也くんの友達って事はわかってるんだから、もしかしたら翔太くんの知り合いって事も……。


 「そんな都合良い事ない…よね」


 今考えるのは止めておこう。眠れなくなってしまう。


 そのままベッドに横になる。良い夢見れますように……。


 ――――


 ――






 「ふう~…」

 

 ため息をつきながら視聴覚室のドアを閉める。廊下ではお昼休みの騒々しさがまだ続いていた。


 四時限目が終わってすぐ、私の所属する演劇部の部員達は視聴覚室に招集された。


 三ヵ月後に始まる文化祭でやる公演を何にするかの会議だった。


 少し気が早い気もするが毎年このくらいの時期から準備をしているのだ。去年に至ってはもっと早かったかも知れない。


 幸幌高校の演劇部はオリジナルストーリーを担当者が書いていて、去年は恋と勇気だけが友達の国民的子供向けアニメを基にした二次創作ストーリーだった。


 演劇部といっても私はキャストではなくて衣装担当だ。


 一年生の頃に私が作った衣装を見せる機会があって、それが大好評だった為に衣装担当責任者として抜擢されてしまったのだった。


 衣装の色合いや装飾を脚本のイメージに合わせられて、さらに作る衣装に柔らかい雰囲気と安心感があるとの事だった。


 ただ自分の趣味に合わせて作っているだけなのだが…どうもそれが良いらしい。


 衣装自体はは好評なんだけど…


 「ちょっと、いつまでドアの前にいるの。邪魔なんだけど」


 掛けられた声に横を向くと、そこには同じクラスで演劇部員の森本さんが腕組みをして立っていた。


 「え、あ…十分スペースあったと思うけど…」


 私はドアの前じゃなくて壁際に寄りかかってぼーっとしていたのだった。


 「あ?ビッチの癖に反抗的だなー?」


 しかし、彼女は聞く耳を持ってくれない。


 「あ…その、ごめんなさい…」


 これ以上騒がれると大事になりかねないので一応謝っておく。


 彼女はクラスの女子グループの権力者と言っても良い立ち位置にいて、私は彼女に目を付けられているのだ。


 いや…正確には彼女達と言ったほうが良いかも知れない。


 「なになに~?森本ってばまたコイツに絡んでんの~?」


 そうこうしてると今度は演劇部員の山本さんがやってきた。


 「もうやめなよ~。コイツと話してっとまた彼氏とられるよ~?」


 彼女達の彼氏…いや、元彼氏は以前私に告白してきた事がある。そのために彼女達とは別れたようだった。


 彼女達だけではない。他にもそういった男の子達が何人もいるのだ。正直つらい。


 「ちょっとやめてよ~、今の彼氏はこんなビッチに引っかかる男じゃないっての」


 「あーあー、私も彼氏ほしいな~。前の彼氏とはコイツのせいで別れちゃったしなぁ」


 わざとらしく大声で言う森本さんと山本さん。二人とも舞台での演技はうまいんだけど…ね。


 「森本もう行こ?コイツに構ってるとご飯食べ損ねるよ。時間のムダムダ」


 「もうそんな時間?…ったく、ビッチはおとなしく私に似合う可愛い衣装だけ作ってろっての~」


 そう言って彼女達は去って行った。時間の無駄だと思うなら初めから絡んでこないで欲しいんだけども…。


 「またあの娘達に難癖付けられてたのか。あんまり気にするなよ?」


 また横から声が掛けられた。今度は演劇部部長だ。


 「あ…いえ、慣れてますから」


 実際に難癖付けてくる女子はたくさんいる。嫌でも慣れてしまうくらいに。


 「そんな事に慣れちゃダメだよ。あの娘達はただ妬んでるだけなんだから」


 ニコっと微笑む部長。そうは言ってもなぁ。


 「あの娘達も君の衣装は認めてるんだからね。心底嫌ってる訳じゃないさ」


 「は、はぁ…。ありがとうございます」


 優しい言葉を掛けてくれているのはわかっているが…生返事しか出てこない。


 彼のように優しくしてくれる男子はいるんだけど、どの優しさもしっくりこないのは何故だろう。


 女子達とはあまりうまくいってないしなぁ。


 そんな訳で私には友達が少ない。みんなと仲良くしたいんだけどなぁ。何がいけないんだろう。


 「あ…、私もう行きますね」


 お昼ご飯食べ損ねちゃう。売り切れる前に購買に行かなきゃ。


 「送って行こうか?また絡まれるかも知れないし」


 部長って優しいなぁ。さすが三年生、大人って感じがする。でも…


 「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 と、軽くお辞儀をした。迷惑掛けるわけに行かないよね。


 「そうか…、残念だなぁ。気をつけるんだよ?」


 「はい!それではまたです」


 もう一度お辞儀をして購買へ向かった。


 そういえば…要さんは会議に参加してなかったなぁ。またサボりかなぁ。


 要さんとは脚本担当の演劇部員で私と仲良くしてくれる数少ない一人だ。


 脚本のイメージに合うような衣装作りの為に彼女とは話し合う機会が多い。それの延長で友達になってくれている。


 良いストーリーを書くと思うのだが…サボり魔なのが玉に瑕だ。


 後で会議の内容をメールで送っておこうっと。


 「・・・・・・」


 …ん?なんか視線を感じる。


 が、振り返っても誰もいない。気のせいかな?


 今日は何たべようかなぁ。


 「・・・・・・」


 


 


 「あら?」


 購買へ向かう途中で見知った顔が見えた。男の子二人が廊下の真ん中で絡み合っている。


 「翔太くん…何してるの?」


 不思議な光景に声を掛けざるを得ない。どういう状況なんだろう?


 「あっ、綾香ちゃんっ!」


 翔太くんが顔を><にして男の子の腰にしがみ付いていたが私に気付くと返事をしてくれた。


 私と翔太くんのやり取りに


 「え?」


 と、驚いたような声が聞こえた。


 あれ…?しがみ付かれている男の子が顔を背けた気がするんだけど…気のせいかな?


 でも本当に不思議…と言うか変な光景だ。翔太くんにこんな仲が良い友達がいたんだなぁ。


 「仲が良いんですね」


 その不思議だけど微笑ましい光景につい笑みをこぼしてしまう。


 「そうなんだよぉ~、ぼくと勇也は仲良いんだよぉ~!」


 男の子の腰から離れて翔太くんはエッヘンって言う感じのポーズをした。


 え…?翔太くん今なんて言ったの?えっと…もしかして、その…


 「勇也…くん…?」


 驚きのあまり彼の顔を覗き込んでしまった。


 翔太くんがしがみ付いていた男の子は…、なんと先日私に告白してきた立花勇也くんだった。


 私の呼びかけに一度こっちを向いたものの、すぐに顔を背けてしまう勇也くん。


 そりゃそうだよね…。私の顔なんてもう見たくないよね。


 一瞬流れる気まずい空気と沈黙。


 「勇也、綾香ちゃんと知り合いなのぉ?」


 それを消し去るように翔太くんは元気な声で聞いてきた。


 「あ、あぁ…。まぁな」


 その問い掛けに顔を伏せたままつぶやく勇也くん。


 たぶん…彼の中での私は自分をフッた相手としか認識していないだろう。


 けれど私は勇也くんを昔から知っていた。五年前のあの時…遊園地で出会った彼は自己紹介をしてくれていたからだ。


 そして私は名乗ってはいなかった。もしも…もしもあの時に私も自己紹介をしていれば彼とはもっと違った関係になれていたかも知れない。


 「そうなんだぁ~?あっ、でも綾香ちゃんモテるからねっ。変な事しちゃだめだよぉ?」


 私達がそんな事になっているとは知らない翔太くんはとても無邪気だ。まぁ、それが翔太くんの良いところなのだと思う。


 「ああ、そうだな…」


 そうつぶやくと勇也くんはそのまま黙り込んでしまった。う~気まずいよ~。


 翔太くんの友達とは出来るだけ仲良くしたいんだけどなぁ。


 それに遊園地で一緒にいた女の子の手掛かりになるかも知れないのに…。


 でも…こういう関係になってしまった以上聞けるはずがない。そこまで私はへっぽこじゃないからね。


 とりあえずこの場から離れよう。これ以上勇也くんに嫌な思いさせちゃだめだ。


 なにより私にこの空気は耐えられないよぉ~。


 「あっ、私これから友達と宿題の答え合わせする約束があるのっ」


 …つ、つい焦りのあまり嘘を付いてしまった。私よ…ここで嘘付く意味あるの~?第一そんな友達いないよ~;;


 仕方ない…少し遠回りになるけど教室に帰ると見せかけて購買へ行こう。


 「じゃ、じゃあね。翔太くんと…勇也…くん」


 そして二人に別れを告げた。あぁ~…勇也くんに言った挨拶がなんだかぎこちなくなっちゃったぁ。


 「うんっ!じゃ~ね~、綾香ちゃんまたねぇ~!!」


 翔太くんは元気いっぱいだ。本当に良い子だなぁ。私の友達にはもったいないよ。


 勇也くんは顔を背けたまま何も返してくれない。そりゃそうだよね…私の事嫌いだもんね。


 嫌な思いさせちゃって本当にごめんね。


 心の中で何度も謝る私だった。






 購買で買ったメロンパンと牛乳を食べるため裏庭へ向かっていた。


 何故裏庭かと言うと人がほとんどいないからで、友達が少ない私にとっては憩いの場となっているから。


 部室棟へ続く渡り廊下から外へ降りると裏庭がある。


 どうして人が少ないかと言うと、いちいち下駄箱から外履きを持って来ないといけないからだ。


 当然裏庭は外にある訳で上履きを履いたままだと出てはいけない。それが面倒なので裏庭まで来る人が少ないのだった。


 いつものように渡り廊下で靴を履き替えていると


 「ん…、なんだろこれ?」


 部室棟の昇降口前に何か落ちてるのが見えた。


 「星野あかり…?」


 それを拾い上げると…何かの名刺みたいで『星野あかり』と書いてあった。


 星野あかりって…たしか翔太くんの友達だったような?


 良く一緒に買い物をしたりする仲だと翔太くんから聞いた事がある。


 裏面には小さい見取り図のようなものが書いてあるが、星野あかりさんが何年何組かまではどこにも書いてなかった。


 うーん、これじゃ本人に渡せないなぁ。


 「あっ」


 ひらめいた!昼食が終わったら翔太くんに届けてあげよう。仲の良い彼なら本人に渡してくれるはずだ。


 そうと決まればゆっくりしてられない。もしかしたら大事な物かも知れないしね。


 「誰も見てない…よね?」


 キョロキョロと周りを見回して誰もいない事を確認する。よし…誰も見てない。


 「はむっ…はむはむ」


 裏庭には出ないでその場で昼食を摂る事にした。


 メロンパンを立ちながら頬張る。少しお行儀悪いけど…これも人助けの為!


 「はむはむ…んっ」


 メロンパンは私が早食いするには少し大きいかも知れないなぁ。


 けどもう少し…


 「はむっ…ん!んん~、んぅ~!!」


 最後の大きすぎる一口を頑張って口に詰め込んだ、そしたら喉に詰まった。うぅ~くるしい…。


 急いで牛乳パックにストローを挿して…「んっんっ…ふはぁ」と、一気に喉へ牛乳を流し込んだ。死んじゃうかと思ったぁ。


 「はぁはぁ…はぁ」


 呼吸を整えて…っと。よし、届けに行こう!


 この後外履きを忘れて行ってしまい…放課後に一時間ほど靴を探し回るのだが、それはまた別のお話である。






 えーっと…翔太くんは…っと…。あ!いたいた。


 「翔太くーん!ちょっとちょっと」


 翔太くんのクラス…二年五組に来た私は早々に彼を見つけてチョイチョイと手招きをした。


 「あ、綾香ちゃん!」


 翔太くんは窓際の席で女の子と何やら話をしていたようだった。


 その女の子に「ごめん、ちょっと待っててね」と手のひらを合わせると翔太くんがこっちに来てくれた。


 「綾香ちゃんどうしたの~?ここに来るなんてめずらしいね~」


 きょとんとした様子で翔太くんがこっちに向かってくる。


 「ごめんね、何か邪魔しちゃったかな」


 手のひらを合わせてごめんねする。それになんだか…


 「むぅ~」


 翔太くんと話をしてた女の子から強い視線を感じるんだけども…。それが気になって翔太くん越しにチラチラと彼女の方を見る。


 しかも…どことなく殺気だってるような感じがする。気のせいだと良いんだけど。


 「あ…あはははは、べ、別に気にしなくてもいいよぉ~」


 私が彼女を気にしている事に気付いたのか、翔太くんが珍しく慌てているように見えた。


 気にしなくて良いって言われてもなぁ。


 「ジーッ」


 彼女はじっと視線をこちらに向けている。気になるよぉ。


 「そ、それより何か用事だったかな?」


 やっぱりどことなく慌てている様子の翔太くん。何かあったのかなぁ。


 「そうそう、星野あかりさんって翔太くんの友達だよね?」


 視線は気になるけども…ここに来た目的を果たす。


 「う…うん、あかりちゃんとは友達だよ?」


 翔太くんが私への強い視線を遮るようにして答える。小さい体で一生懸命に視線を隠そうとする姿はとっても可愛いと思う。


 「えとね、これ…星野さんの落し物みたいなんだけど」


 さっき拾った星野あかりさんの名刺をスカートのポケットから取り出して翔太くんに見せた。


 「たしかにあかりちゃんの名前だねぇ。これどこで拾ったの?」


 それを手に取ってまじまじと見ている翔太くん。うわぁ…翔太くんの手って小さい。指も綺麗で女の子みたい。


 「部室棟の前で拾ったの」


 「え、部室棟?何でそんなところにいたの?綾香ちゃん演劇部だよね」


 あ…えっと、どうしよう。友達がいないからなんて恥ずかしくて言えないし…。


 翔太くんはきょとんとした顔で私を見ている。やめて、見ないで。時に純粋さは人を傷つけるのよ…。


 「散歩…かな」


 また嘘を付いてしまったぁ。うう、翔太くんごめんよぉ。


 「そっか、散歩かぁ。校内は広いから調度良いよね~。ぼくもたまに散歩するよぉ」


 え…散歩するの?校内を?意外と普通な事なのかなぁ。 


 「う、うんそうなの!だからこの名刺返しておいてもらえないかなぁって」


 なんとか誤魔化せた…かな。あれ、そもそも誤魔化す必要あったかなぁ?翔太くんには本当の事言っても良い気がする。


 けど、嫌われちゃったりしたらイヤだし…。


 「うん、わかったよ!返しておくね。届けてくれてありがとうね!」


 眩しいっ!翔太くんのその笑顔が眩しいよ。ニコニコして本当に女の子みたい。


 「う、うん…よろしくね!じゃあ私もう行くね」


 翔太くんに二度も嘘を付いた罪悪感でその場を早く離れたかった。


 それにあの娘の視線が痛い。その体じゃ視線を防ぎきれてないよ…翔太くん。


 「わかったぁ、今度あかりちゃんを紹介するね~。またね~」


 可愛らしく手を振る翔太くんに私も手を振り返して、彼は彼女の元に戻って行った。


 教室を離れようとした時「さゆちゃんごめんね~、待たせちゃって~」と声が聞こえた。


 あの娘…さゆって名前なのかぁ。ずっと私の方を見てた気がするけど、私…あの娘に何かしたかなぁ。


 「はぁ…」


 自然とため息が漏れる。身に覚えのない因縁をまた付けられてるのではないかと不安になる私だった。


 教室に戻って次の授業の予習でもしておこう。うん、そうしよう。


 ――――

 

 ――


第四話を読んでいただいてありがとうございます。

頭の中では物語の構想があっても文章にするのは難しいですね。


私は感情移入しやすい体質なので自分で描いてるキャラクター達にもすごい愛着があります。

このキャラクター愛がどこまで皆さんに伝わるかわかりませんが…。


それでは第五話投稿時にまたお会いしましょう。

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