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エピローグ

「ここは……?」


 戦友から受け継いだ天魔槍を右手に掲げて、わたしの身体は闇の中にあった。

 そうだ、さっき――魔柱(デモヌ)どもの王にとどめを刺した後で、彼らを裏から支援していたであろう、エイジアと決着をつけたところまでは覚えている。

 でも、そのあたりからの記憶がなかなか思い出せない。ああ、そうだ。ベリアルは無事だろうか。あの時、わたしを庇って……その分厚い胸板が噴火するかのような血飛沫を発したのを思い出す。

 トールも、もうずっと前だけど、みんなと一緒に足止め役を引き受けてくれた。無事だろうか……あ、そうだフォルトナもいたっけな。あいつ、今ではすっかりと馴染んで……。かなりの跳ねっ返りだけど、いつからか一緒に戦うようになった旧敵でもある。

 あとは、あとは……思い出すべき仲間が……。


「……!」


 そうして、ここに来ると、意識が混濁するから気をつけるようにと、さっきシグルド隊長……いや、シグルドに注意を受けたのを思い出した。

 いけない、さっさと前を見るんだ! もっと意思を高めて!


「おお、来たか。また久しぶりだのお。愉しみにしていた」

「……ここは、どこ?」

「死後の世界……とでも思っているとしたら大間違い。ここはな、次なる生に向けて転生するための場所だ」

「転生……」

「そうだ、そんな意識状態では分かりにくかろうが、アストラエアよ。お前には後悔がないか」


 わたしは、ただ無意識から浮かんできた言葉を紡いでいった。


「逢いたい……です。植物状態になったロスヴァイセと、もう一度お話がしたい」

「そうか。ならば叶わないでもない。お前の選択にもよるが」

「ほ、本当……ですか。嬉しい……です……」

「では、転生するんだな」

「はい。今度こそロスヴァイセを助けられるよう、がんばります」

「そうか……くくっ……では、そんな殊勝なお前のために、真実を思い出させてやろう。その後は……」


 無意識が……呟く! ここだ、と。

 そうだ、たしか彼らのうち……ひとりに言われたんだった。思念が送り込まれるというかたちで。よく覚えてないけど、それでも確かに……無意識に刻み込んだんだ。私が、私の意思として。


「その前に、質問があります」

「おお、お前から質問とは! 新しいパターンか! いいぞ、言ってみよ」

「あなたは、神ですか」

「……そうだ、よく分かったな。三千世界を束ねる存在でもあるし、狂人に啓示を与えることで新たな国家を興させる存在でもあるし、最後の審判とやらを下す存在でもある」


 次の言葉が浮かんでくる。目の前の神という存在が、どういうわけか怖くて仕方なかった。会ったことなんてないのに。それに嫌悪感だってある。

 転生。もしそれが成るのなら、転生がしたい。ロスヴァイセ、ロスヴァイセ! あなたを救いたい……でも、ここであんなことを言わなくては。そうだ、教えてくれたのはエイジアだった。でも、どうして彼が……?


「そういうわけで……んん? どうしたのだアストラエア、お前の思考に、なにやらノイズが……」

「神よっ!」

「……なんだ」


 不鮮明な意識のままで、彼が着ているローブへと近づいていく。そして引退したヘイムヴィーゲから引き継いだ天魔槍を傍に投げると、膝をついて彼に抱きついた。ここから先は、もう――心奥に眠る、その恐ろしい目的に向けて進んでいくしかない。


「どうしたことだ」

「おお、神よ。わたしは、あなたという存在について如何(いか)に悩み、憂い喘いだことでしょう!」

「どうしたことだ、どうしたことだ!」

「ずっと、神の存在を信じていました。どうしてこんなに悲観的な運命を下さるのだろう、どうしてこんなに素敵な出会いを下さるのだろう! そんな疑問が、子供の時分に教会へと通っていた時に思い浮かんだのです」

「アストラエア、アストラエアよ! それで、答えはどうなったのだ?」

「わたしたちを愛して下さっているから。自らがお造りになった存在を愛しておられるから! だから、生物が生物として、よりよく生きられるようになるべく――わたし達に試練を下さるのです!」


 ここで、神はなにかを呟いたような気がした。聞こえはしなかったけど。


「だから、わたしは……!」


 もう、継ぐべき言葉が見つかりそうになかった。これまでにあんな言葉が出てきたことが不思議だった。どうして、どうして私は、あんな言葉を語ることができたんだろう。

 その認識すらも怪しくなってくる、こんな空間で――自分はなにがしたいんだろう。あの時、なにかを決意して此処(ここ)に来たのは間違いないのに。


「どうしたのだ、アストラエア。どうしたのだ……ま……愛……」


 愛。そうだ、ロスヴァイセ! あなたに逢いたい、それが目的だった。

 神の方を見上げる。なにか、手を顎につきながら考えごとをしているようだった。混濁した意識のなかで脈打つ心臓の音。その感覚を、理性へと重ね合わせて――


「神よ、わたしは貴方を愛していたのです」

「おお……そうか、そうか」

「わたしの想いは受け取っていただけるでしょうか」

「もちろんだとも。それではまず、……からやってもらおうか。嫌悪感はあろうが、お前の愛を試すためでもある」

「……はい、分かりました!」


 神の外套が下ろされていく。まるで、それが慣れたことのように感じられた。この異常な空間において。そして神は、ただ――瞳を閉じて、恍惚的な思索へと(ふけ)っている感じがあった。

 心音が、その急な高鳴りを上げるのと同時に――わたしの掌へとなぞられる触感。天魔槍ニジェルアルクスが――わたしの肩の位置まで、何者かの力によって跳ね上げられるっ!


「ごぶぉっ……」


 わたしの世界が、光に染まっていく。


「な、なぜ……だ……どうやって……!?」


 神のはらわたを貫いた瞬間に、真上の空間から白色に開けた空間が拡がっていく。それは、わたしの意識が完全に目覚めた瞬間でもあって――


「……神よ。わたしは、わたしの運命に決着をつける」

「お、おまえええぇ、分かっておるのか!! 私を殺せば……ロスヴァイセとは、もう二度と逢えないんだぞっ!!」

「ロスヴァイセは……もう戻ってこない。次の世界でも、また次の世界でも。お前は、わたしとあの人を……いや、いかなる存在とでも、わたしを何者かを結ばせる気などない」

「ロスヴァイセは永遠に失われるのだぞ、他の者だって!! それでいいの……か……!」


 ためらいはなかった。

 創造主の喉元を天魔槍で切り裂いたなら、先ほどはらわたを貫いた時と同じように――血液などが吹き出すことは、一切なく。それが、ただの人形のような存在として眠りについたのがわかった。


「おっめでとう~~!」

「……よくやったな、アストラエア」


 暗闇が晴れると、真後ろにはシグルドだったものと、エイジアだったものの姿があって。


「ひどいじゃない、あなたたち。わたし怖かったのに!」

「いっやあ~、あそこまでいったエアちゃんなら、やってくれると思って!」

「期待してよかった。あれが最初で最後のチャンスだったからな」

「あの神サマ、危険を愉しむためとかいって、最近は読心能力を切っちゃってたからね! まあ、それでも殺意が起こったら気づかれちゃうんだけど……」

「お前の認知能力を奪うための空間を、逆手に取られたというわけだ……それにしても、よくやった。私たちは、創造主から直接に生み出された存在。反抗を起こすことすらままならぬ」

「……ねえ、聞きたいことがあるの。少なくとも、フィーニスに関する記憶はぜんぶ思い出したんだけど、他の世界の記憶はどうしてまだ思い出せないんだ? それと、フィーニスだけじゃない。わたしが体験してきたっていう……ねえ、すべての世界はどうなるの」

「……うん、他の世界の記憶になるとね、ちょっと仕様が違うというか。だから思い出せないし、できたとしても()めといた方がいいと思うよ。君の精神、壊れちゃうからね。それで、すべての世界についてエアちゃんはどうなると思う?」

「消えるんでしょ」

「……それでいいのか? 時間にして4900年分の記憶だぞ、早送りされたものがほとんどだが。まあ、我々がいたフィーニスでの記憶というのは、その中の一部に過ぎないが……」

「いいんだ。無限連鎖を続ける世界から……わたしの愛する存在を開放したいの」

「……そっか。それでいいんだね」


 彼らからの問いかけに対するわたしの返事は、あの時から決まっていたんだ。

 最終決戦の日。魔柱(デモヌ)の居城に乗り込んで、大勢の魔柱(デモヌ)たちを相手に戦いを繰り広げて、でも精一杯に戦っている最中でヘイムヴィーゲが死んで、その不自然な死に方に疑問を抱いて、シグルドを問い詰めて、不明瞭なかたちで自分が信じてきたものが偽りだったと知らされて――それから魔柱(デモヌ)の王を打ち倒して、物陰から出てきたエイジアとの最後の戦いの決着が着くか着かないかのところだった。

 静止した時間の中で、このふたりから念話を送られたんだった。今だけなら大丈夫だって。話を聞いて欲しいって。あの時、わたしは――半信半疑のままでエイジアを打ち倒した。そしてイーオン教国に帰ってから、エイジアの魔術によって植物状態になっていたロスヴァイセが目覚めないことを確かめた後に――自殺したんだった。

 それから、この空間に辿り着く途中でふたりが出迎えてくれた。残り少ない時間の中で、創造主を滅ぼすための策について智慧を授けてくれたんだった。


「じゃあ……最後にお願い。わたしの存在も、ちゃんと消してね」

「いいの? 君は特別なんだよ。仮想世界の住人と違ってこの世界で造られたんだ。生きていけるんだよ?」

「いいんだ」

「ロスヴァイセを造ることもできるが」

「そう……でも、きっとそれは別のロスヴァイセ。わたしが愛したロスヴァイセとは、ちょっと違うの」

「そうか、お前がその意見で安心したぞ」

「!?」


 信じられなかった……神が、確かにトドメを刺したはずの神が――そこに立ってたんだから。


「神よ、アストラエアはいかがですか」

「僕はけっこう、イケてると思うんですが」

「お前たちの目は確かだったようだ。これならば、あのクソッタレな神もいずれは倒され――次なる神は君になっていただろう」

「ど、どういう……」

「おおよそ分かるだろう、たとえば俺は神だ。ただし、お前に酷い運命を与えて悦に入っていた神とは違う」

「じゃあ……別の神?」

「違う。俺もお前と同じ、あいつの実験体だった。だが俺は、あいつをブチ殺すことに成功した。だから今では俺が神だ」

「は……はは……なんだ、じゃあ最初から……」

「厳密に言うと、この周からな。お前のことは仮想世界の入口たるこの空間からずっと見ていた。超圧縮された時間の中で展開される、練磨されてゆく魂の宴……前の神もなかなかいい趣味をしていた。下衆だったが」

「わたし……これから……」

「前提が変わったんだ、好きに運命を選び直せばよい。試していて悪かったな。俺も、過去のログを漁っていて思ったのだ。お前という存在がどこまで昇華するのか。アストラエア、お前は素晴らしい存在だと思う。さて、どうする……と問うたところで、結論が変わる理由はないな。だから、お前に教えてやる」

「……」

「雷という者がいたろう、あいつだけは現実世界の人間なのだ。あの世界に必要な変数がどうしても足りなかったらしい。彼は今でも平穏な日常を過ごしているが、終わらない悪夢が続いていることだろう。なにしろ、出番が来る度に悪夢に(うな)されるんだからな。お前の計画が始まってからの約1年間、彼の心はだいぶ焦燥に陥っていたようだ」

「……」


 雷が、雷が生きている。そうか、生きてるんだ、雷が!

 胸元が、晴れやかに伸び上がっていく感動と一緒に、彼と過ごした時間が蘇ってくる。どんな周でも、幸せな終わりにはほど遠かったけれど……彼は、私という存在がどんなに臭くなっても、醜くなっても、不快になっても。わたしという存在に気を払ってくれた。

 わたしと雷がもっている、そんな記憶たちはぜんぶ。わたしから雷への、雷からわたしへのメッセージなんだと分かったような気がする。

 

「俺から選択肢を提示することはない。自分で決めるのだ」

「わたし、現実……世界? まだ実感が湧かないけど……わたし、そこで過ごしてみたい。雷に、雷に会ってみたい!」

「それは確信か?」

「確信なんかじゃない! ただ、彼がどんな生き物なのか知りたいんだ!」

「……よい旅を」


~ ✩ ★ ✩ ★ ✩ ~


 わたしの世界は、暗転した。

 再び、暗闇の中へと囚われる。どれくらい続いただろうか。急に視界が開けたかと思うと、そこは――


「あああああああああああああああっ!!!!」


 空を、天高い空を――わたしの身体は落下を続けている。

 水色にちかい、浅葱(あさぎ)色の空だった。浮かぶ雲は急転直下でその光景を変化させていく。大気は冷たい。わたしは、わたしは落ちていく。

 でも、どこに? どこに落ちるの? 自問自答なんて無意味だ、そんなの誰だってわかる。

 肩、胸、腕、腰、膝。ありとあらゆる部位へと空気抵抗が激しくぶつかってくる。痛かった。でも……。


『あの人は、嘘はつかない』


 そう念じて真下の方向を見据えると、急に飛べるような気がしてきた。そう、そうなんだ。飛べるんだ、わたしは。たとえ飛べなくても、空を滑ることならできる。

 絶対に、絶対にこの先にある地上に着地してみせるっ!

 そして、見据える先には長大に拡がった、真白色でふわふわとした感じの積雲。その中へと突っ込んでいくと、雲の水滴の粒つぶが頬に当たっては――奇妙な冷静さをわたしに取り戻させてくれる。


「いっくぞおおおおおおおおおおっ!!」


 心が解き放たれている。そんな自覚がわたしにはある。これから、これから逢いにいくのだ。あの人に、雷に! 会ってみたい! そんなときめきを、胸のうちに(たた)えながら――冷涼な大気に、この身を託し続ける。




 ……アストラエアは、待望だった。

 雲を抜けると、街が見えた。どの街並みも、彼女にとっては未知のもの。これから、アストラエアは――見たことも、聞いたこともない世界で生きていくことになる。

 どんな運命にあっても、とにかくベストを尽くしてきた彼女だった。その瞳には、未知の世界に飛び込んでいくことへの決意があった。

 だから、今でも大空を滑り続ける彼女の視界へと飛び込みつつある、その往年たる形状を保った朽ちかけの建築物――原爆ドームを目の当たりにしても、アストラエアは希望の笑みを絶やすことはなかった。

 (完結)

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