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第8話 拘 束 (ⅰ)

 叙勲式は、粛々と執り行われた。

 死者が多数だったのもあるが、それ以上にメサラやアレスなどの重鎮が裏切り行為を働いていたことが大きかった。魔柱(デモヌ)の将を討つことができたというのは大功績であったが、それでも盛大に勝利を祝おうという気分にはなれなかった。


「アストラエア=インユリア。この度の顕著な活躍を認め、この記録を我が軍にとっての功績として証する。技能戦職、俸給表の6級、12号給を与える」


 これまでは4号給で、一般的に顕著な功績が認められると一気に4号分の昇給があるので、早い話が大活躍を認められたということだった。

 表彰台の壇上にあっても、アストラエアの脳裏にはベリアルの不可解な行動ばかりだった。まず、どこまでの決意で敵である自分に食糧を分け与えてくれたのか。それも自分の肉体を使って。そして、なぜヘイムヴィーゲを殺したなどと嘘をついたのか。実際には、殺すどころかその場の誰も歯牙にも掛けず飛び去っていったらしい。

 ベリアルは、アストラエアに(すく)い上げられた時、すでに事切れていた。上半身の肉が、なだらかな形状に切り取られていたものの、不思議と表情は穏やかだったという。少なくとも、苦悶のそれではないというのが彼の死体を見た者たちの声だった。

 一体、一体どうしてベリアルは。アストラエアはそんなことばかり考えていたが、次第に見切りを付けねばならないことを察するのだった。だから、今。アストラエアは、こうして――


「おい、あの女、また工兵の作業に加わってる」

「本当だ、なんでまた女が」

「もともと、うちの隊長の趣味だろ。まあ、今じゃどこの工兵隊でも断れないだろうな。土木作業に参加したいなんて、本当に珍しい傾向の女だ。少なくとも、俺は見たことも聞いたこともないね」

「まあいいじゃないか。見ろよ、あのケツ。張り出してやがる」

「おい、振り向いたぞ! 特等兵団(カリウス)なんだ、変に視線を向けるんじゃない!」


 アストラエアは、汗だくになって土木作業をしていた。

 いま行っている工事というのは、洪水による濁流等で穴ぼこが空いた河床(かしょう)に、セメントと水を混合生成したコンクリートを流し込んで埋め立てるというものだった。アストラエアは、上流を塞き止めたことで干上がった河床の上に立ち、生石灰と火山砕屑物、それに火山灰などで作られたセメントの袋を専用の四角形の木製容器へと移しているところだった。

 この状態から、そこらの河川で汲んできた水を適当に混ぜることでコンクリートが仕上がってゆく。目分量ではあったが、スコップでもって慎重に攪拌(かくはん)を行いながら工程を進めていく。


「エアさん。そろそろ」

「じゃあ、交代にしましょうか」

「はいはい、それじゃ」


 アストラエアと交代した工兵は、およそ中年になろうかという程の日焼けした男だった。工兵ということだが、意外にスリムな体型である。

 

「おお、エアさん上手いね。丁寧に、それも力強くセメントを混ぜてある。うちの若いものにも教えてやってよ」

「やだなあ、あの子らに教えて欲しいくらいです」

「そりゃ、知識はそうだよ。でも才能はあんたの方がずっとある。どうだい、鞍替えは」

「いや、褒めてもらってありがたいなぁ」

「こらこら、国の英雄を困らせちゃあいけねえ」


 別の工兵が話に割って入る。太った体型の、それでいてがっしりとした若そうな男だった。バツの悪そうな顔をする男だったが、すぐに話しかけた者へとスコップを手渡すと、


「それじゃあ、もういいかな。適当な石、拾ってきたろうな」

「おうよ」


 それからは、3名で作業を進めていった。

 まずは中年の工兵が、河床に埋め立てるための石をセットしていった。次いで若そうな工兵が、その上からコンクリートを掛けていく。最後に、アストラエアが鋤簾(じょれん)で形を整える。このような作業を延々と日が暮れるまで繰り返さねばならない。

 おもむろに回りを見ると、熱射のためかバテがちな若年兵らを精鋭と思われる先輩連中が叱咤しているところだった。


「エアさん、気にしなくていい。それに、こっちはあいつらより調子がいいよ」

「うん、そうだな。なあ、エアよ。本当にこっちに入れよ。じゃなくても、いつでも手伝いに来いよな」

「ん、ありがとうふたりとも」


 アストラエアの性格や思考は、普段は女性的なものである。ところが、趣味や嗜好といった行動傾向というのは――明らかに男性のものであった。アストラエアは、何年も前から工兵の仕事を無賃で補助していた。土木作業というのが彼女にとっての癒しになっている。

 例えば、鶴橋やスコップなどを振るっているだけで、アストラエアは周囲の自然と一体になれる気がした。

 それを振り下ろし、支柱を埋め立てるための穴を掘り進めていく。初めに鶴橋で周りの土を馴らしたなら、次に角が丸いスコップで土くれを取り除ける。そして、いざ支柱が立てられるとともに、一気に集められた土々をハンマーで固めていくときの、血中が沸き立つ感じ。すべての工程が完了した後の、すがすがしい太陽と、そして汗。

 こうして自分が集中している時だけは、普段の悩み、それがどんなものであっても――忘れてしまえるのだった。


~ ✩ ★ ✩ ★ ✩ ~


 兵宿所に戻ったアストラエアは、ロスヴァイセと落ち合った。

 最近は、哨戒などの任務もないし、魔柱(デモヌ)との戦も一段落ということで訓練量も減っていた。そのおかげか、こうして特等兵団(カリウス)がお互いの部屋で落ち着いた時間を取ることもできる。


「へえ、エアってこんなのが趣味なんだ。あなたの部屋に入るのって、本当に久しぶり」


 ロスヴァイセは、アストラエアの部屋にあった作りかけの竹製網束を手に取った。戸棚の上に作りかけだったそれは、薄い黄金色の上等な材料を使っていた。6級相当という、士官に準ずる給付点(プレミウム)が得られる特等兵団(カリウス)として、有意義な買い物をしているというのがロスヴァイセの印象だった。

 ロスヴァイセは、彼女の部屋に入るのは初めてだった。年少時にアストラエアの屋敷に遊びに行った際、入ったことはあるのだが。その時は、普通に女の子らしい小物に溢れた綺麗な部屋だったと記憶している。


「うん。なにか細かいもの、例えば模型なんかを作るのが好きなんだ。これなんか、ここまでに3ヶ月もかかっちゃった。あと何週間かで完成予定」

「かわいいじゃない」

「えへへ……」


 ついはにかんでしまうアストラエアだったが、なにか話があることぐらいは彼女から漂ってくる匂いで察している。それとなく聞いてみたいのだが、ロスヴァイセともう少しだけ、この場の雰囲気を楽しんでいたいという想いもあった。


「それで、その工兵さんがうちに入らないかって。才能があるっていうんだ」

「あはは、いっそ仮入隊してやったらいいじゃない。シグルド様にも頼んで」

「そうしようかなあ。面白そう」

「ところで、体験といえば……アストラエア」


 その時は、意外に早く来てしまった。ちょっとだけ自分の運を呪ってしまう。いや、むしろ本題までけっこうかかっているのかもしれない、とアストラエアは思っていた。

 これまでの会話の種はわずかに3つ。特等兵団(カリウス)が所有する魔器(アルス・マグナ)のことと、軍団兵(ミリテム)の組織その他の話、それとさっきの話題だった。小一時間ほど楽しい談笑の時間を過ごしただろうか。


「教えて欲しいの。あなた、その……恋の相手っているの」

「え……? それって」

「真剣に、教えて欲しいの。わたしの神生にも関係してるのよ」

「う、う……」


 当然、意味は分かっていた。

 男女間の交際など当然にしたことはなかった。性的なことに興味がないではなかったが、このような肉体で恋愛に挑戦できるはずもない。一生涯、大事にしたいと思う――プラトニックな愛情を宿した相手ならば――


「……アストラエア」

「い、いないよ」

「その反応」

「う、嘘じゃない」

「昔から変わらない。あなたって嘘をつくとき……ちょっと正直過ぎるの。なんていうか、とっても直情的に嘘をつくの」

「ん、んうぅ……」

「真剣な話なの」


 そう言って、ロスヴァイセは両の手のひらを握った。その際、両者の位置は出入り口の壁際、竹細工のある戸棚の方にあった。


「わ、わからない」

「そう……」


 ロスヴァイセは、真意を掴めなかったことを後悔するように手を振ってからベッドの方へ。彼女にとって、計算外はふたつあった。ひとつは、アストラエアから本音を聞き出せなかったこと。そして、もうひとつは――竹細工に指先を引っ掛けて床に落としてしまったこと。


「! ごめんな……」

「あ、ああぁーー!!」


 アストラエアは、それを手に取った。損傷を確かめると、どうやら(しな)り目の折りたたまれた部分が()げてしまって、もはや作り直した方が早く完成するのではないかという状況だった。


「うあぁ……ろ、ロスヴァイセのあほぉー!!」


 アストラエアの、3ヶ月分の想いが弾けてしまった。

 どんなに忙しい時期でも、1日に1時間は取り掛かっていた。深刻な眠気に襲われつつも、自分の頬を(つね)りながらも、ようやく完成しつつある代物だった。

 そんなアストラエアに怒られるロスヴァイセだったが、どうやら今日は虫の居所が悪いようだ。


「なによ、そんなに怒ることないじゃない!」

「なんでだよぉ、こんなに一生懸命作ったのに!」

「丁寧に作り過ぎなの! もう少しぐらい雑に作ってれば完成に間に合ったのに!」


 アストラエアの頬に、涙が伝った。


「もういいよ!」


 いよいよ間近に迫った親友(ロスヴァイセ)の誕生日の祝い品(プレゼント)について、こっぴどい思い出を付けられてしまったアストラエアは――そのまま部屋を出て行った。ロスヴァイセが顔を見たくないわけではなかった。いや、もっと見たかった。それでも、彼女には出て行くしか選択肢がないのだった。

 ……それが、アストラエアがアストラエアとしてロスヴァイセと対面する、最後の時間であった。

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