第6話 死 闘 (ⅳ)
アストラエアは、勇猛だった。
その場で、ひたすらに突進を繰り返し、幾度も、幾度も敵将の剥き出しの肌を狙う。
「ここにはいい武器が揃っておるな。俺は、やはりこれがいい」
それは、超大なる短剣だった。
イーオン教国の剣兵というのは、そこまで長い剣は持たないものの、刀身が太い剣ならば存在しなくもなかった。普及はしていないが。
それこそがいまベリアルが握っているそれで、本来ならば両手剣である。だが、彼は易々と片手で握り持っていた。もう片方の手は、さしずめ肉体兵器とでも呼べるような腕力の兵器として在った。
「せやああああああああっ!!」
「やはり。かなりの筋をしている」
アストラエアは、その筋肉を上下左右、さらには斜めにも伸縮させて――一般の兵卒ならば到底撃てっこないほどの槍技を披露するのだが、ベリアルの戦能の前にしては、あらゆる攻撃が防がれてしまう。
彼にとっては、それは剣であるとともに盾であった。
「フンッ!!」
「あぁっ!」
剣の平面でもって叩き付けを食らうと、アストラエアの体重では吹っ飛ばされてしまう。激しくもんどりを打って武器の収納箱へとぶつかるアストラエアだった。
「ダメだ、強過ぎる! てんで攻撃が通らないじゃないか!!」
冷たい手触りの床へと舌打ちをくれるアストラエアだったが、それで問題が解決するわけでもない。
さらに、こちらへと向かって剣を振りかざすベリアル。まともに受けては、こちらの武器ごと身体を切断されてしまう。
「うおおおおおおおおおっ!!」
近くの武器棚に飛び乗ると、そこから宙返りを決めつつ、肢体を捻らせる。真上からの回転撃を試みるアストラエアだったが、槍の柄ごと握られてしまう。次いで、それごと強引に放り投げられ、さっき利用したばかりの武器棚へと投げ付けられてしまう。
金属が転がっていく鈍い音とともに、それを歯がゆい気持ちで見詰めるトールとステファ。つんざくばかりの大声で戦いを続けるアストラエアを、静かに応援するしかない。このままでは敗北は必死だと両名は考えていたが、できることはなかった。
「どうだ、降参すれば助けてやる」
「だ、だれが……」
額からの流血などなんのその、彼女は答える。勝機はなかった。なかったが、自分がここで踏み留まる必要があった。命のために。
アストラエアは、新たな槍を手に取って駆け出していく。何発もの閃撃、突射を試みるも、すべて受け止められるか受け流される。自分の技能がここまで通用しない敵というのは初めてだった。
少なくとも、直接の戦闘に限っては大海を知らなかったアストラエアだった。その事実を改めて噛み締めながら戦っている。
「だりゃああああっ!!」
「どうした、鈍っているぞ。もう疲れたか? それに、さっきから無駄吠えがうるさいな」
当初は、自分の数倍もの重みが相手にはあるから、正面切って戦っての勝利は不可能だと思っていた。だが、こうして技術を用いて戦術的に戦っているのに、敵人は平然と受けてくる。彼がアストラエアの攻撃を受けていられるのは、体力のみならず、その剣技によってでもある。
ベリアルという魔柱は、武芸においてもアストラエアを凌駕していた。そうした事実が、彼女をますます暗黒の淵へと駆り立ててゆく。
「せやあああッ!!」
「甘い」
ついに、ベリアルの一閃が彼女の戦闘衣を傷つける。ぱっくりと腹部に空いた穴を垣間見つつ、
「あ、が、あああああっ」
「痛いだろうな。そんな服さえなくば、あっという間に逝けたろうに。それにしても、五月蝿い戦い方だった。アストラエアといったな。死を覚悟しているのであれば、もっと虚心坦懐に闘うものだ」
のたうち回るアストラエアだったが、恐怖と責務との涙を流しつつ立ち上がる。
「あ、ああ、があぁっ」
「……どうした、そんな獣のような姿ではなく、もっと愛らしい姿も見せてくれ」
「……くそっ」
挑発などに乗る彼女ではなかった。そう確認して、アストラエアは再び槍を構える。
「そろそろ、サシの決着を付けようか」
「……悪いな、ベリアル。それは叶えられない」
「なぜだ」
「耳が悪いらしいな」
「! そういうことか、まんまと……」
火炎の渦がアストラエアの背後に現れた。それは先端の尖った竜巻状の物体となってベリアルを指し貫こうとするも、その一太刀によって掻き消されてしまう。
「エア、大丈夫!?」
「よく耐えた……褒める」
別棟へと繋がる渡り廊下より、颯爽として現れたロスヴァイセとヘイムヴィーゲ。
「エア、考えたね」
「え? どういうことですか」
困惑するステファに、トールが説明を始める。
「いや、僕だってさっき分かったのさ。要するに、エアはわざと大声を上げて戦ってたんだ。しかも、可能な限り戦闘を長引かせるようにして。それで、近くにいるかもしれない特等兵団の仲間たちを呼んでいた。成功すればよし、失敗しても……」
そこから先は、トールの口からは言えなかった。
アストラエアは死ぬ覚悟で闘っていた。自分たちを守るために。そんな覚悟について、間違っても口に出すべきではないと思っていた。それについて論じるという行為自体が、アストラエアの真摯な想いへの冒涜であるような気がしたから。
……この戦局も、終焉に近づいている。