衝撃
順調に打ち続けた彼女はワンコイン分の15球中11本をホームランパネルに当てて見せた。正直恐ろしいの一言だ。
「普通にやるとこんなもんかー。」
彼女はそう言うとゲージから出て僕の横を通りすぎて後ろのベンチに座った。勝負前に打っていたときはあまり疲れた様子はなかったが、今の疲れたー、と言わんばかりの座りをみるに、今回は全力だったのだろう。にしてもこれでこんなもん、と言えるとは。
「んじゃあ、今度は陸也君の番ね。」
「え、あ、あぁ。」
ここの従業員と親以外に下の名で呼ばれたのは保育園以来だったので少し戸惑いつつ、僕はゲージの中に入り体を温めるようにバットを振る。そして少しして温まったところでコインを入れて構える。
ん?なんで僕の名前を知っているんだ?
そんな疑問を抱いた次の瞬間、ボールの目の前を通り過ぎた。打ちごろのストレートだった。
振り返るとさっきの仕返しと言わんばかりの笑みがそこにあった。なぜ名前を知っているのかはわからないがこっちがその疑問を抱くように仕向けたのは確からしい。
視線をマシンにもどすとマシンの映像の中のピッチャーはもうすでにボールを投げようとしていた。次の瞬間に放たれたボールは鋭く外に逃げていく。バットは空を切った。
もう一度振り返ったとき、彼女は慌ているようだった。多分自分と条件を同じにするだけのつもりだったのだろう。予想以上に気をそらせたように見えたので慌てているという感じだ。
3球目のモーションはもう始まっている。でも2球目のスライダーで空を切ったバットを構えようと僕はしなかった。
当然僕の目の前で風を切っていくボールがあった。ストレートだ。
「勝負をもう諦めたの?いくら動揺して、実質打てるのが13本になったからって、途中で諦めるなんてさすがにないよ。」
後ろで呆れたように言っているのが聞こえる。他にも言い続けているようだが、何を言っているのか聞こえなかった。
「もういいよ。帰るね。」
完全に呆れたのだろう。ベンチから立ち去ろうとする音がかすかに聞こえる。
普通の人なら絶対無理に決まっている。残り12本全て打たなきゃいけないなんて。
そう、普通の人なら。
ボン
ボールは何の迷いもなくパネルに吸い込まれた。
「どういうこと……」
彼女が唖然とした声を出していた。今打っている人は偶然にも僕だけ。つまりこのホームランは間違いなく僕のものだ。
「諦める?バッティングで僕がそんなことするわけない。」
打った僕の顔はきっと自信に満ちた顔をしていたことだろう。
「でも陸也君、君はさっきはあんなに…」
「僕は別に3球目打つのをやめたわけじゃない。不確定要素を消したかっただけだ。」
僕は5球目を軽々とホームランにしながら続ける。
「このマシン、一見ランダムに球種を混ぜてくるように見えて、実は15種類の配球パターンがある。そのうち初球ストレートなのが7パターン、さらにその中で2球目スライダーが3パターン。」
話しながらもどんどん来る球来る球を打ち返していく。
「そして3球目がストレートなのが2パターン。2球目振って3球目を振らなかったのは12球連続ホームランの方が面白いと思ったから。」
「なるほど…。ん?でも待って!それじゃ4球目は結局五分五分の賭けじゃないの?」
「本当ならな。でもこのマシンは連続で同じ配球パターンをしてくることはないんだ。」
「ってことはわたしの時に真後ろにたっていた本当の意味は…!」
「そう、配球パターンを特定して可能性を一つ消すため。まぁ、それがなかったら本当は危なかったんだけど。」
もちろんこんなこと配球が分かっても普通の人になせる技じゃない。このマシンが入った2年前から毎週のように打ち続け、配球を研究した成果だ。高校で野球をやらず、他の人間に対する希望もなくした僕にとってこいつを完全攻略することだけが生き甲斐だった。
背中からでも彼女が愕然としているのが分かった。僕はそのまま打ち続け、難なく14球目をホームランにした。
「ラスト一球…!」
僕は最後の一球が出てくるのを待つ。ラストはカーブ。これを打てば決まる。
その時世界が一瞬揺れた。
まただ。でも今は考えるのをやめる。そして、マシンから放たれたボールのカーブするであろう軌道にバットを合わせる。
カシャン。
後ろのネットが揺れていた。ボールが曲がらなかったのだ。