勝負。
「ねえ。私と勝負しない?」
その言葉とともに浮かべた笑みは自信に満ちていた。でも彼女だけではない。陸也の装っている冷静さの裏にも、その笑みは存在していた。
「いいぞ、勝負内容は?」
「このゲージのワンコイン分でどれだけホームランを打てるか、でどう?」
彼女の背後にある140キロのマシンのケージを指して言った。
――おもしろい、そうでなくちゃ
心の内側で燃え上がる思いが増しているのを感じる陸也。
「いいだろう」
了承したとき、ふと相手の狙いが気になった陸也は
「で、勝負をするからには何か要求があるんだよな?」
彼女は察しがいいね、と言わんばかりに笑みを浮かべ、
「もちろん、でもここじゃ話しづらいからとりあえず勝ったほうの言うことをなんでも一つ聞くってことで」
――そんなに人前で言えないことなのだろうか?
そんなことを考えつつも、陸也は彼女の言うことを了承した。
会話の後、陸也ほバッティングセンター専用のコインの手持ちがないことに気づいたので、買い足しに行った。戻ると、彼女はすでにゲージの中で素振りをしていた。
――さっきは気づかなかったけど、フォームがきれいだ、スタイルが良いからかな
少しだけ見とれていると、彼女はこちらに気づいた。
「私から打たせてもらうからね」
「わかった」
彼女はコインを専用の機械に入れた。その後ろで陸也は返事をして、ゲージのすぐ真後ろの野球でいうところのキャッチャーや主審がいるであろうポジションに立つ。が、それを見た彼女がはびっくりしたように陸也に言う。
「何でそこに立ってるの?!」
「何でって、不正させないために決まってるだろう」
「え!? ま、まあそうだよね」
――あのチートまがいをまた使う気だったのか。封じられるとわかってて勝負を挑んできたのだとばかり思っていたのに。
彼女の動揺ぶりを見て落胆する陸也。そんな二人をよそにマシンはもう投げる寸前だった。このマシンはコインを入れると自動的に始まるようになっているのだ。
そして動揺した彼女のバットは振られることはなく、1球目が陸也の目の前に向かってきてフェンス越しで地に落ちた。
――なんだつまらない。結局こんなんか。
陸也の目は完全に落胆そのものだった。
無機質なマシンが二球目のための振りかぶりを始める。
――久しぶりに楽しいことがあるかなと思ったけど…… 期待したのが馬鹿だったな
陸也はそんなことを思い、もはや目の前のことは意識から消えかかっていた。
カキーン!!
不意に聞こえた音に陸也は消えかかっていた意識をかき集める。間違いなく彼女が打った音だった。
「負けないよ!」
振り返ってそう陸也に言った彼女の顔には一切の動揺はなかった。それどころか、ただの勝負には少し不自然すぎるぐらいの真剣さがそこにはあった。
ただ、陸也にはその真剣さの中に、今までにない、何か輝くものを感じ取っていた。
世界はここから動き始める。