義姉の傍で真実を聞く件。
遅くなりましたm(__)m
「一体どうなってるんだ、これは……」
周りのみんなの気持ちを代弁するように、エドウィンが深くため息をついた。
聞きたいのはこっちだ、という言葉を飲み込む。
抱きついている男からは異様なまでに殺意も害意も感じなくて、だからこそ僕は戸惑っていた。
さっきの言葉の意味も、この男の正体も何を考えているのかも、何もかも読めない。
そうして、今は穏やかに眠っている姉さんに目をやって――僕はその瞬間、とんでもない事に気がついた。
「まあとりあえず状況を確認させてほしいんやけど……」
「ちょっと待て」
リリアーヌが何か言っていたようだが無視して、未だエドウィンに抱きついたままのクロード、もといその姿をした男と姉さんとで視線を行き来させる。
「姉さんって今もしかして……その、まさか服……」
「ん? ああ、服着てないのかって言いたいの? そりゃあんな姿になったら服が無事なわけないでしょ」
「そうやな、で状況の確認を」
「見る?」
「な、や、やめろ!」
布団をめくろうと伸びたクロードの腕をを慌てて掴んだ。
何てことしようとするんだ、こいつ!
「なんで止めるのさ。あれ、弟くん見たくないの?」
「そういう話じゃないだろ!」
「あ、見たいんだ」
「〜っ!」
真っ赤になったことを自覚するほどに顔が熱くなった時、今度はアリスがあの、と声を上げる。
「少し、よろしいですの?」
「いやよろしくあらへんから状況を確認って」
「なに?」
「あの姿になったのに、あなたは服を着てらしてますよね? 変わってはいますけれど」
「見ればわかるでしょ」
「そうやん見て分かるわだから状況の」
「それは、エドウィン先輩の服をお借りにになったということですか?」
「あは、そうだよー」
男はようやくエドウィンから離れて、見せびらかすようにくるりと回った。
アリスがそれを見て、普段より数段低い声を出す。
「……脱いでください」
「ん、何か言った?」
「脱いでください、と言ったのですわ。今すぐ、脱いでくださいませ。エドウィン先輩の服など着たら……クロ君が汚れるじゃありませんの!」
「お前本人の前でだいぶ失礼だぞおい」
「いや今それどころじゃないやん他に色々せないかんことあるやん」
「ちょっと止めてよ嫌だって」
「大丈夫です!予備の服は持っておりますし着替える用に空間も作りますからさぁ早く」
「なにが大丈夫なのさ!」
アリスの目は完全に据わっていた。
それに気圧されていると、ニーナがいいのですか、と僕に聞いた。
「いいのですか?」
「お、ニーナ言ったれ! 状況確認しないかんって――」
「メリアーゼさんも同じかそれ以上の状態ですよ」
「あんたもかい!」
後ろで何か聞こえたような気もするが素通りして、僕は姉さんに視線を戻す。
「そうだ、姉さんは今素肌で男の、しかもエドウィン先輩の布団に……!」
「だから俺をなんだと思ってんだよ」
「なぁとりあえず状況整理しよや」
「ちょっと先輩クロ君に触れないでくださいませ! 腹黒がうつったらどうするおつもりですの!」
「いやうつらねぇよ」
「アリス、姉さんにも着替えを」
「それ後でええから状況確認」
「分かりましたわ! あ、でも着替えどうしましょう……」
「私やりましょうか。医療の方でそのような実習の経験が」
「ああ、ニーナさま、お願いしますわ。私はクロ君を」
「だから嫌だってばー」
「状況の確認……」
「お前ら言っておくが俺は別に腹黒じゃないからな」
「何を言ってるんですの幻術使いのくせに」
「それ関係ないだろ」
「状況の……」
「あ、でもエドって確かに昔から腹黒いとこあったよね」
「ほら見ろ、誰か知らないがクロードもどきのろお墨付きだぞ」
「もどきって何さ」
「状……」
「中身が違うならもどきだろ」
「うっわ弟くん適当すぎるでしょ」
「弟くんって呼ぶな」
そこまで言い合っていたところで――ぷつん、と後ろで何かが切れたような音が聞こえた気がした。
皆一斉に振り向くと……凄まじいまでの憤怒をにじませて、リリアーヌが仁王立ちしていた。
「……あんたら全員とりあえず正座ぁっ!」
「なんで俺まで……」
「なに? なんや言うた?」
「い、いいえ……」
ポツリとエドウィン先輩がこぼせば、怒りのあまりの笑顔が向けられた。いわゆる絶対零度の笑みだ。思わず敬語になるのも分かる。
「なんなのこの人、こわ……何でもないです!」
クロードの姿をしたやつも、つぶやきかけて視線があってすぐさま撤回していた。
僕とアリスはこの姿勢になると逆らえないのは分かっていたので、口をつぐんだままでいた。
我ながら賢い選択だと思う。
結局、さっきの会話に参加していなかったジル先生とセシルは正座を免除された、のだが。
そのセシルといえば自主的に正座して僕の隣でニコニコと笑っている。
こいつも何考えてるんだ……?
「とーもーかーく、や」
ごほん、と一つ咳払いして、リリアーヌはジロリと僕たちを睨む。
「この状況、ウチには分からんことが多すぎる。メリアーゼちゃんが竜やとか言うし、このクロードもどきもそうなったかと思うと二人とも戻ったり、連れてかれた場所が何故かエドウィン先輩のとこやったり……おまけに? 何故かワイワイ楽しそうにしとるしなぁ?」
いやまあ、全くもってその通りだ。
挙げられた疑問も僕と大して変りはない。
ただ、僕が姉さんを救えないって言葉の意味についても追加したいところだが。
「一個ずつ、整理していくで――まず一つ目」
ぴしり、とリリアーヌは指差した。
「クロード・セレスの姿をしたあんたは、一体何者や?」
「何者って……あれ、名乗ってなかったっけ?」
「名乗うとらへんわ。なに、答えられんわけではないん?」
「そりゃそうだよ。俺はそもそもあそこに姿を現した時点で危険は全て背負ってるんだから」
危険?
僕らが首をかしげるのに、クロードの顔でそいつはクスクス笑った。
「じゃあまぁ名乗るとするかな。俺の名前はレドウィン・シュルツ。“竜の一族”の末裔にして、エドの双子の……不本意だけど、弟だよ」
その不本意、というのは兄でないということにかかっているのか、とふと考えながら、途中聞こえた耳慣れない言葉が引っかかった。
「“竜の一族”……?」
「そう。本来ならば、“原始の竜”はともかくとして、それより後世の竜、つまり一族に連なる竜たちは救国の英雄だった」
「え、は、いや、竜は倒すべきものじゃあ……」
「それは今から二十年ほど前の、あの事件の後の話だよ、弟くん。本来なら、竜は国に危機があった折に現れて、国のために力を使い忽然と姿を消す、そんな生き物だったんだ」
レドウィンと名乗ったそいつは、笑みのまま、けれど苦いものを混じらせて話す。
エドウィン先輩の方は俯いて顔を上げなかった。
「ちょっと待ちぃや。さっき、あんたも竜の一族って言うたよな? それから一族に連なる竜って……つまり、それって……」
「うん。たぶん君が考えてるので間違っちゃないと思うよ。竜の一族ってのはみんな竜に姿を変えられる人間のことさ。もっとも、俺とエドを除いてみんな殺されちゃったけど」
「なっ!?」
そもそもさ、と彼は言った。
「君たちは竜ってものをまるで勘違いしてる。竜を化け物、つまりある種の生物そのものみたいに思ってるのかもしれないけど――違うよ。竜ってのはさ」
彼は、笑う。それ以外の表情が見つけられないかのように、笑う。
「魔法みたいな、病気みたいな、奇跡みたいな……呪いなんだよ」




