義姉たちを追いかける件。
○ あらすじ
竜と化してしまったメリアーゼ。その動きを空気の檻によってアリスが封じるも、意識を失って倒れてしまった。
そこに見慣れぬ雰囲気をまとったアリスの弟にして転生者のクロードが姿を現しアリスを受け止めるが、その雰囲気は奇妙な違和感をはらんでいた。
その後意識を取り戻したアリスだが、そのクロードに攻撃を仕掛けるように指を向けて……?
クロードの首に突きつけられた指先を、僕たちは体を固くして見つめた。
アリスは攻撃魔法を使えないはずだ。そのことは、僕がよく知っている。
けれどそんなことを忘れさせるほどに激しく、アリスは害意をクロードに向けていた。
「アリス、お前一体何を――」
記憶が混乱しているのかと一瞬思って、すぐに否定する。
アリスは僕の名前を確かに呼んだ。
ならば。
クロードをじっと見る。先ほどの違和感はやはり間違いじゃなかったということか。
「お前……クロードじゃないのか」
「あはは、そうだよ」
クロードは、クロードの姿をしたものは心底楽しそうに笑う。
アリスがその腕から逃れようともがくが、力が入らないらしい、抜けれずにいる。
――つまり、アリスはまさしく敵の手中にあるわけだ。
表情を苦くする僕に、男は嗤って言う。
「そんなに固くならないでよね、全く」
「……」
「そもそもさ、俺は一言もクロードだなんて名乗った覚えはないんだけど、ねぇ?」
「だけど、お前はアリスを受け止めて、兄弟だって言っただろう」
「うん? ああ! そっかぁ、この体のお姉さんは君なわけね!」
と、男がアリスに顔を寄せた。
アリスの体が目に見えて硬くなるのに、男は一層哄笑する。
「なるほど、どおりで会ったこともないのに愛着めいた感情が浮かぶと思った! でも残念、俺が言った兄弟はこの子じゃあないよ」
「なら、アリスが倒れたのは? お前が何かしたんじゃないのか」
「それだって俺はまるで関係ないさ。というか、何かするつもりなら今の時点で何かしているはずだろう――っと」
そう言って男があっさりアリスを放したのに驚く。アリスもまた表情を驚愕に染めて、フラフラと俺たちの方へと駆け寄ってきた。
「はい、解放した。これでいい? ……あは。もしかして人質にしてるとでも思ってた?」
思っていたがそれを言うのは癪で、僕はただ押し黙った。
アリスが、ジッとクロードの姿をした男を見つめる。
「……どういう、つもりですの」
「何が?」
「その体自体は、間違いなくクロ君のものですし、何よりあなたもクロ君の記憶を見られているようですわ」
「へぇ、体が本物だって分かるんだ。すごいねぇ兄弟の絆ってやつ?」
アリスは睨んだまま、質問には答えなかった。
「クロ君に、何をしたのです。そして何をしに、ここに来たのですか」
「うわ怖い、あはは。言っておくけど体を借りてるのは全部合意の上でのことだよ。それに、目的なら最初に行ったじゃんか。兄弟をいじめないでくれってさ。俺は新しくできた妹ちゃんを助けに来たんだよ」
「妹?」
僕とアリスの不思議がるような声が重なる。
男は僕を見て、ニヤリと笑った。
背筋にゾッと冷たいものが走る。
「こういう、意味だよ」
ミシリ、軋む音がした。男の、クロードの体の形が変わっていく。歪んでいく。
既視感のある、おそらくこの場で僕だけが既に見てしまったそれ。
思わず姉さんの方に目を向ける。
そんな、まさか。
アリスが崩れ落ちて、あぁとちいさく悲鳴を上げるのが見なくても分かった、が、僕には何も出来ない。何も。
「ジョシュア・レオンハイト……言っておくぞ」
そいつは、既に人の形をしていないそいつは、牙をむき出して僕に笑いかける。
その化物は、姉さんよりもずっと自然でおぞましいほどに醜悪で、だからこそ妖艶だった。
僕も、そしておそらくアリスも、本能的に理解する。
身体を貸すという、その原理は分からなかったが、きっとクロードはこれに魅せられてしまったのだ。
化物は、竜は、嗤う。人でない顔を歪ませて嗤う。
「お前じゃこの子は救えない」
そして一瞬で姉さんの側に寄ったかと思うと、魔法の檻をすり抜けて、姉さんに触れ――二人の体が萎んだように見えた、その瞬間。
跡形もなかったように、まるで初めからいなかったかのように、二人は消えた。
「……アリスっ! おい、アリス!」
その身体を揺すっても、アリスはただ呆然としていた。
意識はある。だが、まるで魂が抜けてしまったようだった。
気持ちは、誰よりもよく分かる。
僕以外の者たちだって、あり得ないものを見てしまったその衝撃に言葉を無くしているくらいなのだから。
多分、僕の口からあれが姉さんだと聞いた時は、ほとんど理解は出来ていなかったのだろう。
だが見てしまえばもう、無理矢理にでも理解させられる。
今僕がなんとか動けているのは、ただ見るのが二度目であるということと、何かを考えている余裕が余りに無いから、それだけだ。
だから僕は考えない。
思考を放棄して、ただ姉さんを求めればいい。
アリスだって、そうすればいいんだ。
「何を落ち込んでいるんだよアリス! お前は、クロードを失ってもいいのか!」
アリスがゆっくりと顔を上げた。
その瞳には既に光が戻りつつあった。
「その、言葉は……」
「お前が言ったんだ。同じ言葉をそのまま返された、気分はどうだ?」
「……最悪ですわ。まさか、ジョシュア様に言われるなんて」
どう意味だよ、それは。
口には出さないで、僕はアリスの腕を引いた。
アリスが立ち上がる。
他の面々をも見やって、フッと笑って見せた。
「お待たせしました皆々様。敵の罠のそのまた罠への旅路、ついてきてくださる方はどれほどいらっしゃいますの?」
アリスは負けず嫌いだ。負けっぱなしでは終わらない。
そしてきっと、ここにいる全員がそうだ。
「上等やん。毒を食らわば皿までって言うしな」
「リリアが行くんやったら、当然俺も行かないかんやろ」
「当然行きますよ。最後まで見ないという選択はありません……ですよね、先生」
「もちろん。私とてまだ、目的は果たしておりませんし」
そんな言葉に、アリスは顔をわずかに綻ばせた。
「では行きましょう」
「え、居場所の探知は……」
「必要ありませんわ。ここの座標ならば分かっておりますし、あの方の身体がクロ君である以上、探知せずとも転移できます」
「そうか」
そうアリスに返して、覚悟を固めて再び移動する……と。
着いたのは、それなりの広さの部屋で。
そこには、
「えっへへー! ひっさしぶりだねー!」
と嬉々として部屋の主らしき男に抱きつくクロードの姿をした者と、静かにベッドに横たえられた姉さん。
アリスと僕は思わず、ほぼ同時に叫んだ。
「なに男のベッドに姉さんを寝かしてるんだ!」
「クロ君の身体で他の人に抱きつかないでくださいませ!」
そんな僕たちに、抱きつかれている男――
「いや、お前ら今ツッコむべきはそこじゃないだろ」
エドウィン・シュルツがボソリと呟いた。
遅くなってすみません!
シリアルはじめました。




