義姉の元へと集う件。2
前話にあらすじがあります。
短いです。
「これは、一体……」
「どうなってますの……!?」
ジル先生とアリスの声を聞いて、僕は他の面々がこの部屋に来たことを知った。
だけど、今の僕は姉さんから――竜から目を話す余裕はない。
苦渋の判断で足と腕の一部を凍らせて動きを止めてはいるが、どうするべきか、僕には分からなかった。
「竜……どうして、竜がここに……」
そう呟くジル先生にハッとする。
竜はジル先生の仇そのものだ。視界にチラリと光かけた魔法特有の光に、
「アリス、ジル先生を止めろ!」
「えっ!?」
振り向きもせず叫べば、アリスからは頓狂な声が返ってきた。
だが、事態は急を要する。
ジル先生がどれほど強いかはよく知らないが、姉さんを攻撃されてはたまらない。
「この竜は姉さんなんだ!」
「えっ!?」
「納得させるような説明はできないが、ともかくこの竜は姉さんなんだよ!」
「そんな……」
アリスの驚きにも無理はない。
目の前で見ても信じがたいのに、他のみんながそう簡単に信じられるなんて、僕だって思わない。
だけど、信じてもらう他はないのだ。
「ジル先生も、だからどうか攻撃は――っ!?」
しないでください、というよりも早く、ジル先生の手から魔法が放たれた。
姉さんに当って、その大きくなった体が崩れる。
「なんてことを!」
思わず、状況も全て忘れてジル先生に掴みかかりそうになる。
が、その直前で、グワァとでも形容すべき咆哮にハッとした。効いて、ない……?
「やはり、ダメでしたか」
「え……?」
「放ったのは、ただの催眠と麻痺の魔法ですよ。竜が憎くないかと聞かれれば否ですが、冷静さは失っていないつもりです……それに、今の魔法でこの竜がメリアーゼくんだと納得できました。どうやら防御結界は未だ効いているようですねぇ」
厄介な、とジル先生がひとりごちた。
僕にとっても、この竜が姉さんであること以上に厄介なことはない。
「どうしたら良いと思います?」
「さぁ。君が今までやっていたように動きを止めるのは最低限ですが、それでは根本的な解決には程遠いですし」
「解除は、魔法の解除は出来ないんですか!?」
「……試してみましょう」
駄目元とばかりのその言葉が、暗に可能性の低さを示しているようで僕は思わず唇をかんだ、その時。
「危ないっ!」
とアリスの叫ぶ声と、僕の氷が割れる音が聞こえたのはほぼ同時だった。
「ジョシュア様、下がってください!」
アリスが前に出る。
フッと口元に指を当てて、それから姉さんに向けた。
一瞬、アリスの動作が躊躇うように止まったように見えた、が、次の瞬間には魔法を放っていた。
「“空気の檻”!」
姉さんが、見えない空気の中に閉じ込められる。
硝子にぶつかる鳥のように、不可視の壁に体当たりしている姉さんを、痛々しく見つめた。
どうやったら、姉さんを助けられるのか、戻せるのか。
僕の頭はそれだけでいっぱいだった。
そのまま姉さんから目を離さずに、アリスに聞く。
「これで動きは封じられた、のか?」
「は、はい……これ、で……」
「……アリス? ッ、アリス!」
アリスの方を向いた時には、その体が崩れ落ちるところだった。
突然のことに、思わず呆然として動けない僕を他所に、その二人は突然現れ、そしてアリスの体を抱きとめた。
どちらも見知った顔だった。いや、だからこそ。
「何で……」
「おお、リリア! やっと会えて嬉しーわ! リリアも俺と一緒におれんで寂しかったやろ?」
「ちょっ、くっつかんといてぇや!」
「わーもう、ヒドイ! ……ところで」
二人の一方――リリアーヌの方にセシルが飛びついて、それから敵意をいっぱいに込めた声で問うた。
「その男は、誰なん?」
そいつ《・・・》は笑みを浮かべたまま答えない。
僕もまた動くこともできずに、ただ呟くようにそいつに声をかけていた――
「何で、ここにいるんだ、クロード……」
アリスの弟にして、姉さんと同じ転生者。
そのクロード、僕とてそれなりに知っていたはずの人物は、全く知らない笑みを浮かべて言う。
「あんまり、俺の兄弟をいじめないでくれよ……ジョシュア・レオンハイト」
「ジョシュアくん……そいつと知り合いなんか?」
セシルの探るような質問に、僕はハッとした。
しばらくクロードとにらみ合っていた気がするが、それはおそらくほんの数秒ほどだったのだろう。
「なぁ、聞いとんのかジョシュアくん」
「……ああ。知ってる。いや、知ってるはずのやつだが……」
何かが変だ。あるいは何もかもが変だ。
口調? いや、そんな些細な問題じゃない。
まぁ、真っ先にアリスに駆け寄ったのはクロードらしいことこの上ないけれど……。
「クロード・セレス、ですね」
「え? お前も知っているのか? えっと……」
「ニーナですよ、ジョシュア様。知り合いか、ということならば返事は“いいえ”です。私はただ、魔法で見ただけです」
「魔法って、あの」
「ステータス魔法、ですか? ええ、それですよ。成績上位者の割に、記憶力が悪いのですね?」さ
そんな嫌味混じりの言葉に、単に色々あって余裕がなかっただけだと言い訳するのは止めておいた。
そもそも、この女にどう思われようが僕の知ったことじゃあない。
それにしても、その魔法でクロードであると出たという事は、それで間違いない、ということなのか。
学部祭でその正確さは証明されている、が、どうにも信じられなかった。
今のクロードには、何か底知れない不気味さと拭いされない違和感がある。
そう、まるで中身だけ、そっくり入れ替えたかのような――。
「……ジョシュア、様」
「っ、アリス! 目が覚めたの、」
か、と聞こうとした言葉も、駆け寄ろうとした足も途中で止まった。
アリスは、さながら剣の切っ先を向けるように、クロードの首に指を突きつけていた。
「この方は、どなたですの?」
クロードは、否、クロードの姿をしたそいつは――その言葉に唇を吊り上げと笑った。
「……あははっ!」
クロード(偽)登場!




