義姉を探して三組三様の件。
またお待たせしてすみません。
前の話に簡単なあらすじがあります。
ジョシュアがメリアーゼの元へ着いたのと同時刻、それぞれ分かれてしまったものたちもまた、王宮のあちこちへと降り立っていた。
「……よりにもよって、あなたと一緒になるとは思いませんでしたわ」
「そりゃこっちの台詞やけどなぁ。俺かてリリアと一緒が良かったわ」
そんなケンカ寸前の言葉を吐きあっているのは、王宮中枢部一階、玉座の間の真下へとたどり着いたアリスとセシルだった。
「そもそも、何でこんなバラバラになってしもうたん?」
「空間転移の最中にどこかから攻撃を受けたのです。何とかジョシュア様は目的の座標までお送りできましたけれど、他に構う余裕がなかったのですわ」
「ふぅん、空間魔法って、存外使えんな」
ピキリ、とアリスの額に青筋が浮きかけたが、堪えた。
「精神感応ぐらいしか出来ない方に、とやかく言われたくはないですけれど。残念ながら、口論している暇はなさそうですわね」
「そやな」
アリスの空間魔法により確認した経路には、上の玉座の間まで三部屋を通過しなければならなかった。
階段に至るまで一部屋、階段の部屋、そしてし玉座の間までに一部屋。
その、一番初めの部屋には、まるでこの二人の到着を予期したかのように、大勢の兵士が待ち受けていた。
「……殿下って戦えるんですの?」
「王族に伝わる術ってのがあるからな、割と強いで?」
「へぇ、そうは見えませんけどね」
「失礼やな〜」
それでも依然軽口を叩きあっていた二人だが、しかしその兵士たちの中から一人の人間が現れた時、アリスは息を呑んだ。
「ありゃ、久しぶりじゃん——出来損ないの隠密」
「……っ!」
夜会の日、メリアーゼ達の元に現れた刺客達を先導していた男。
明るいところで見れば、思った以上に若かった彼だが、アリスはその男の声を忘れてはいなかった。
「ん? なんやの、知り合い?」
「……ええ」
アリスは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「……因縁の相手ですわ」
「あはは、因縁だって! 単にお前が俺に全然及ばなかったってだけだろ!」
「くっ……!」
否定できないことが悔しくて、アリスはギュッと拳を握りしめた。
そんな様子に、男は一層バカにした口調で続ける。
「あれ? 今日はあの発光拳士も雷女もいないみたいだけど? あはは、お前の負け決定! かわいそうに、お前の大事なご主人様、死んじゃうかもよ? あはは!」
雷女? と何も知らないセシルが首を傾げる。
アリスはただゆっくりと、確かめるように拳を開いた。
「決して、そうはなりませんわ」
「はぁ? なに、もしかしたら俺に勝てるかもしれないとか思ってないよね?」
「……なめないで下さいませ」
アリスは真っ直ぐに男を指差した。
男の眉が不思議がるように寄る。
アリスが攻撃魔法を使えないのは既に調査して分かっていた。それは男だって同じだったが。
しかし、その指はまるで攻撃魔法を撃とうとしているかのようだった。
「何、その手?」
アリスは答えない。
ただ伸ばした指の先が、何かを操作するように小刻みに動く。
男は警戒を露わにしながら、アリスにもう一度問うた。
「何するつもり?」
アリスは答えない。
「おい、何するつもりかって聞いて——」
男がそう怒鳴りつけようとした、その時。
アリスの指の動きがピタリと止まる。
お待たせしました、なんて言って、見えた顔は……笑み。
「“開”ッ!」
その声によって、男の目前の空間、アリスの指差していた空間が——爆ぜた。
「なっ!?」
一瞬。もしもあの笑みに危険を感じ、逃げるのが一瞬でも遅れていたら、男の大怪我は間違いなかった。
いや、大怪我で済めば良い方だったかもしれなかった。
……それほどの、威力だった。
男は、信じられないものを見るような顔でアリスの顔を見た。
今は笑みもなく真っ直ぐに、アリスは男を睨んでいた。
「なめないで下さいませ。“もしかしたら”でも“かもしれない”でもなく——」
「貴方を倒して差しあげますわ」
「ちょ、アリス嬢? カッコつけるのは構わんけど、こっちをちょっと手伝ってくれたりはせんの〜?」
多対一を強いられているセシルが後ろでため息まじりに呟いた。
×××
「皆、バラバラになってしまいましたね」
「そうですね……困りました」
場所変わって、ニーナとジル。
ニーナの地図で確認すれば、二人は二階の最も末端にたどり着いていた。
「やれやれ……これでは少し玉座の間までは遠いですね」
「はい。けれど、ジル先生と同じで良かったです」
ニーナがニコリともせずにジルを見つめて言う。
「まぁ私もそう思いますよ」
「え、本当ですか?」
「ええ、もちろん戦闘能力に関しても心配ですが……もしも私と別れたら、ニーナ君はメリアーゼ君の救出やら宰相へのあれこれを全て差し置いて、私を探すでしょうからね」
「そんなことは……」
言いかけて、ニーナは顎に手を当てた。
しばらく考えて、
「ありますね」
とだけ言った。
はぁとジルがため息をつく。
彼にため息までつかせる人材はなかなかに稀有だった。
しかしそれに気づいているのかいないのか、ニーナは何でもない顔で会話を続けた。
「先生、どうしますか? 向こうも色々と準備しているようです。このまま玉座の間に直行する経路は、大勢の兵士がいるようですが」
「……そうですね、確かにそのようです」
ニーナの地図に浮いた真っ赤な点の塊がそれを示している。
二人とも医療魔法科だ、避けるのが本来なら得策、だが。
「このまま突っ込みましょう」
「! 先生、本気ですか」
「本気も本気ですよ。ニーナ君は私の“全力”、見たくはありませんか?」
ジルがそう言った瞬間、初めてニーナの目が期待にきらめいた。
「見たいです……!」
「では、見せてあげますよ」
その珍しい無邪気さにジルは苦笑した。
ニーナには良くも悪くも目前のことに熱中しすぎるきらいがある。
おそらく、今やメリアーゼのことは忘れかけていることだろう。
しかし、それをあえて指摘するジルでもなかった。
……ジルとて、目的はメリアーゼの救出以上に復讐なのだから。
「さあ、行きましょう」
「はいっ!」
彼らは彼らの目的を胸に歩き出した。
そしてこの数秒後、彼らの行く先には地獄絵図が生まれることとなる。
「良いですかニーナ君。弱いものが戦うにあたって最も大事なのは、相手の心を砕くことですよ。敵全員と戦おうとする必要はありません。一人か二人ほど見せしめにしてしまえば、他のものも手を出しにくくなります。こうはなりたくないですからね」
「なるほど、勉強になります」
「さぁニーナ君。またこの彼を治してください? もう一周痛めつけますよ」
「はい、分かりました」
兵士たちの心は一致した。
「「「「こいつら……悪魔か!?」」」」
×××
「もーなんやの、ウチだけ一人とか、寂しいわぁ」
言葉の通り、リリアは誰とも別れてしまっていた。
それだけでない。攻撃の影響か、リリアは王宮の中に転移が出来ず、着いたのは中庭だった。
「どの扉には兵士がおるしなぁ……出来るだけ穏健に行きたいところやけど……」
しかし、そうとも言ってられない。
事態は急を要するのだ。
仕方ない、とリリアが決意を固めた、その瞬間だった。
「あ、記憶にある顔だ。いや、でもちょっと違う記憶だけど……」
そんな声が、リリアにかけられた。
まさか見つかった、と警戒心を露わに振り返ったそこには。
「……ちょっと、何でこんなとこにあんたがおるん?」
見知った顔が、リリアに手を振っていた。
悪戯を企む子供のような、そんな笑みで。




