義弟と義姉が離れ離れになる件。1
結果的には、大丈夫だった。
いやでも、大丈夫なことが大丈夫じゃないというか……。
「その魔物、急所は腹です」
「ああ」
会話なんてせいぜいこれぐらいのもので。
そう、一言で言えば……ものすごく気まずい。
ニーナちゃんのステータス魔法が思った以上に凄くて、弱点なんかも見れてしまうから、
「なんというか、手持ち無沙汰やねぇ」
言ったのはリリアちゃんだけど、まさにそれという感じだ。
だって、ニーナちゃんが弱点を教えてジョシュアが攻撃したら、どんな魔物も一発なのだ。
慰め程度に私も結界を張っていたけど……うん、絶対にいらなそう。
こんなサクサク進んだら前の組に追いついてしまうんじゃないかと思ったけど、そうならないように、この地下迷宮は入るたび形を変えているらしい。
なんて訳で、後ろをブラブラと歩いていた私とリリアちゃん、アリスちゃんと、ああ、一応セシルくん、だ。
「一応ってひどいんとちゃう?」
「心の声を読まれた!?」
セシルくん、精神感応系とは聞いたけど、心まで読めるのか……!?
ちょっとビビりながらリリアちゃんを伺えば、ないない、と手を振られた。
「心が読めるんはジル先生だけやからな、こいつは読めんよ」
「そっか……うん?」
あれ、今ちょっと聞きのがしちゃいけないことを言われた気がする。
「ジル先生がどうかしましたか」
「えっ、ニーナちゃん、えっ!?」
さっきまで先頭にいなかったっけ!?
思わずキョロキョロすれば、ニーナちゃんが首を傾げた。
「何か、ジル先生の話をされていませんでしたか」
「へ? ああ、うん」
「ですよね」
なるほど、ジル先生の話を聞きつけたようだ。
地獄耳とは違うけど、なんと言うか、ゆるぎないなぁ……。
「えっと、ジル先生って心読めるって本当?」
「心が読める……とは少し違いますけれど、感情が読めるのだと。だからあえて驚かせて、怯えた感情を読むのが楽しいんだそうです」
「へ、へぇ……」
ってことはあれか、あの面談の時も面白がられていたわけか。
……うわー……。
「自分、よくそんなの一緒におれるなぁ」
リリアちゃんの言葉にブンブンと頷けば、そうですか、とニーナちゃんは再び首を傾げた。
「私は別に平気です。だって……」
「「だって?」」
「だってそれは、私が……。っ!? ちょっと待ってください」
ノロケ話でも聞けるかと期待したその時、ニーナちゃんがパッと手を広げて私たちを止めた。
後ろの方にいて見えていなかったのだけど、何かの扉のところまで来ていたようだ。
待ってください、というのは私たちよりもその扉を今にも開けようとしていたジョシュアに向けてだったらしい。
「恐らく、扉の先は特殊空間です。今、地図を出します。『地図展開』『可視化』」
「うわ!?」
「おおっ!」
ブォンと音がして、空中に3Dマップが浮かび上がる。
「ああ、やはりそうですね。ここから先は火山地帯を模した空間になって……どうされたのです?」
ニーナちゃんが驚くのも無理はないぐらい、私たちは大げさに後ずさっていたけど、こっちだってそれはもう驚いてるのだ。
「それも、ステータス魔法の一貫なの?」
「ええ。人や物、動物および地理や環境の状態を表示する魔法ですから」
なぜそれで医療魔法なのだろう、と私が思ったのに気付いたのか、救助や診察などにおいてこれ以上に医療に向いた魔法はないでしょう、と付け足した。
けど正直、この魔法、かなりチートっぽい。
リリアちゃんもこの地図を見るのは初めてなのか、半透明のホログラムのようなそれを指でつついては擦り抜けさせている。
「なぁ、その地図ってどこまで広げられるん?」
「どこまでって、どこまでもできますよ。世界地図でも」
「世界地図!」
それはすごいなぁ、とセレスくんが笑っていたけど、リリアちゃんと私は顔を見合わせて、多分同じことを考えていた。
“ぽい”じゃない、これ、完璧チートだ。
だってつまり、ニーナちゃんはゲーム的機能みたいなのが使えるわけだ。
それこそアイテムボックスがないくらいのものだろう。
現に、地図には私たちを示すらしい白い点と魔物を示すらしい黒い点まで、はっきり出ている……ん?
「あれ?」
「メリアーゼ様、どうかされました?」
「あ、アリスちゃん……いや、見間違いかな」
「そう、ですか?」
今日は随分と口数の少ないアリスちゃんだけれど、きまずかった空気にちょっと押されていただけ、みたいだ。
良かった。
それにしても、さっき確かにもう一つ白い点が見えた気がしたんだけどなぁ……。
「あの、メリアーゼ様」
「え? あっ、何?」
「本当に差し出がましい話なのですけれど、ジョシュア様と、お話されては如何でしょうか?」
「ああ……うん」
話さなきゃいけない、とは思うんだけど……でも、何を話していいのかも分からない。
困るっていうのは返す言葉が思いつかなかったってことで、私もジョシュアを好きだよって、言って、その後は?
付き合う、なんて想像もできない。
今の関係が壊れてしまったら、その先が分からないのだ。
だから、
「あの、耐火耐熱の結界をお願いできますか」
「あ、うん!」
とニーナちゃんの提案へと逃げるように乗って、話をそらした。
「……」
アリスちゃんも理解したらしい、それ以上は何も言わなかった。
ごめんね、と内心で謝っておく。
まだもうちょっと、私たちには時間が必要らしい。
「じゃあ、行きますよ」
ニーナちゃんの宣言に、みんなが頷く。
扉を開けて入ってきた熱気に一瞬むせそうになったけど、結界は上手く張れたらしい、暑くはない。
ニーナちゃん、ジョシュア、セシルくん、リリアちゃん、アリスちゃんと入って、次に私が入ろうとした、その時だった。
「っ!?」
突然、後ろから手を引っ張られた。
振り向けば、何処かで見たような男の顔がある。
やっぱり、もう一人いたんだ。
でも、他の組とは会わないはずじゃ……?
困惑の中、そう思ったのもつかの間、さらに手をぐいと引かれる。
「ちょっ! えっ!?」
「メリアーゼ様!」
私の声に異変に気付いたらしいアリスちゃんが振り向き、そして後ろの男を見て目を丸くした。
「あの時の……!」
あの時。その言葉にハッとした。
ああ、そうだこの男、夜会の時に襲撃してきた時の男だ。
今更思い出しても、もう遅い。
そして。
「姉さんっ!」
ジョシュアが必死に手を伸ばしていたのを最後に——
私の記憶は途切れた。




